038.初めてのおでかけ~お嬢様な私服~


「じゃあルナさん、私たちは下……玄関ホールにいるから、準備ができたら来てちょうだい。あ、急に誘ったのは私達だから、ゆっくり準備していいからねっ」


「またあとでッス~」


 ――パタン。


「……はぁ~、びっくりした……」


 扉が閉まりアイネさんとミリリアさんの気配が遠ざかったところで、ようやく一息つけた僕は胸をなでおろした。


「……申し訳ございません、主様。ずっとご多忙であった主様が休日くらいはゆっくりお休みいただけるよう、いつものお時間にお起こししておりませんでしたが……」


 鈴の音と共に膝をついたツバキさんが現れ、申し訳無さそうにそう言った。

 猫耳と尻尾も、心なしかうなだれているように見える。


「いえ、先程のことはどう考えても僕が悪いですから、気にしないでください」


「そうじゃぞ、忍っ娘や。お主はあやつらが来る直前までこやつを起こそうとしておったではないか。まぁ、まもなく憎っくき満月じゃ。この時期のこやつは特に朝が駄目じゃからのぅ。妾が動けたら寝巻きの中に潜り込んででも起こしてやったのじゃがのぅ……グフフッ」


 変態が変態なことを言うのはいつもどおりだけど、その変態っぷりにキレがない。

 気持ち悪い顔をしてるけど、先程のことはこの時期とは言え気を抜きすぎた僕が悪いのだし、お仕置きは勘弁してあげよう。


「(……主様をお起こしするのは私の役目ですのに……)」


「ツバキさん?」


「いえ、何でもございません。先程の銀髪の方が、アイネシア嬢でございますね? 随分と親しくされていたご様子でしたが……」


「あ、あはは……クラスメイトで僕の案内役でお友達ですからね」


 これは、何でもなくないよね……膝をついて顔を伏せてるから表情は分からないけれど、声色から拗ねているというか可愛い嫉妬が見え隠れしてしまっている。


「それより、楽にしてください。聞いての通り出かけることになりましたので、支度をお手伝いしてもらえますか? ツバキさんに手伝ってもらえないと、僕ではダメダメですので」


 僕が屈み込んで肩に手を置き微笑みかけると、顔を上げたツバキさんは笑顔になってくれた。


「ルナ様……もちろんでございます! 本日も誠心誠意、お世話させていただきます!」


「ありがとうございます、ツバキさん。いつも感謝しています」


「もったいなきお言葉。それでは、お着替えと御髪のお手入れの準備をさせていただきます」


 そのまま手を取って立ち上がらせると、頼られたことが嬉しかったのか、ツバキさんは機嫌よくテキパキと準備を始めた。


「……こやつ、人たらしに磨きがかかっておらんかのぅ」


「なにか言った?」


「何でもないのじゃ……それよりほれ、もう忍っ娘が準備万端じゃぞ。お主も人を待たせておるのじゃから、早うせい」


「分かってるよ。ってツバキさん、それは……?」


 クロに言われて横に控えたツバキさんの方を向けば、ツバキさんはその手にこれまで見たことがなかったものを手にしていた。


「ルナ様の本日のお召し物でございます。せっかくご友人とお出かけなさるのですから、ルナ様の魅力を最大限に引き出せるものを選ばせていただきました」


「……やっぱりそうですよね」


 休日は制服着用の規則(正確には奨励だけど)はない。

 先程見て思わずドキドキしてしまったアイネさんも私服だったし、ミリリアさんも同じだ。

 つまり僕も私服を着るのが自然なんだけれど……嬉しそうな良い笑顔のツバキさんを見て、僕はそれ以上どうこう考えるのを放棄するのだった。



*****



「いってらっしゃいませ、ルナ様。近くに控えるようにいたしますので、いつでもお呼びください」


「ええ、ありがとうございます」


 目を輝かせたツバキさんに女の子っぽい小さなポーチを持たされて見送られ、部屋を後にする。

 手に下げた専用バッグには気怠げなクロが収まっているが、ツバキさんによって居心地が改良されたらしく、大人しく中で丸くなっているようだ。

 今のクロは満足に動けないので、遠出するときはこうして連れていかないといけない。


 そのまま階段を下り玄関ホールに入ると、置かれているテーブルのひとつにアイネさんとミリリアさんの姿を見つけた。こちらからは背になっていて表情は見えないけど、なぜかアイネさんは落ち着きがないように見える。


 待たせすぎてしまったかな……? ミリリアさんがこっちを見て固まっているけど、とにかく声をかけよう。


「おまたせしました。お時間をいただいてすみません」


「あ、ルナさん。そんなっ、全然待ってない……わ……」


 声をかけると慌てて立ち上がってこちらに向き直ったアイネさんが、そのままミリリアさんと同じように固まってしまった。その目線が、僕の格好を余さず見るかのように頭の先から爪先まで何度も往復している。


「あはは……に、似合いませんでしたか?」


 ツバキさんによってコーディネートされた今日の僕の格好は、女の子の格好に対して語彙が少ない僕に言わせれば、『清楚なお嬢様っぽい私服姿』だった。


 髪型は先日と同じようにツーサイドアップ。

 春らしい白いブラウスには袖口などにフリルがあしらわれ、胸元には控えめな紐状のリボンがアクセントになっている。

 コルセットのように腰上部分まで覆うハイウエストタイプのスカートは、落ち着いていながらも春らしさが感じられるダスティブルー。裾の長さはちょっと心もとないけれど、それはこの世界のスタンダードなので仕方がない。

 スカートに合わせたのか、一部がレースで彩られ、ストラップがあるタイプのネイビーカラーのパンプスを履いている。


 改めて見直したこの格好は、ツバキさんのコーディネートなのだからおかしいところはないはず……と思いつつも、僕自身は着慣れていないし2人とも何も言ってくれないので少し不安になってしまった。


「「「…………」」」


「あら、ご機嫌よう。どうかされたので――――」


 というか、玄関ホールにいた他の女の子たち、後から入ってきた子まで、この部屋だけ時間が止まっているのではないかと思えるほど、僕の方を見て次々に固まっていってしまう。


「んぁ……どうしたのじゃ、やけに静かじゃぞ……? あぁ、またお主の美少女『ぱわー』におなごたちが釘付けになっておるのか」


 鞄から首だけを出して状況を把握したクロの声は、この場においてやけに大きく聞こえた。


 さすがにもう読めてきたぞ、このパターン……。


「「……はっ!?」」


『キャアァ~~!』


 やっぱり。


 アイネさんとミリリアさんが我に返り、玄関ホールには黄色い悲鳴が巻き起こった。


「ホワイライトさんっ! なんて……なんてステキなの!」


「えっ、あの方、名誉子爵家の方ですの? 公爵家とかではなく?」


「清楚ッ……! 圧倒的ッ……! 清楚ッ……!」


 ざわざわしてしまったその中で、僕はなんとか微笑みの表情を作ったままアイネさんとミリリアさんの元に向かう。


「えーと……なんだか騒ぎになってしまいましたし、とりあえず、出ませんか?」


「そ、そうね。ほらミリリアもっ」


「アイねぇ……アタシ、もう自分がノーマルな自信が無くなってきたッスよ……」


「ちょっ、ダメよ! 貴女しっかりしなさい!」


「ニッシッシ。そうッスね、アタシまでノーマルじゃなくなったら、ルナっちを取られちゃうかもしれないッスもんねぇ?」


「っ~~~!? い、行くわよっ」


「グェッ!? あ、あいねぇ……絞まってるッス……絞まってるッスからそれっ!」


「あはは……」


 赤くなった顔をそらし、ミリリアさんの首根っこを引っ張って寮の外に向かうアイネさんについて、僕も賑やかな玄関ホールを出る。



****



「はぁっ……はぁっ……死ぬかと思ったッスよ……」


「ご、ごめんなさい、つい」


 学院の正門前まで来たところでアイネさんはようやく落ち着いたようで、ミリリアさんは開放されて息を整えていた。


 そういえば、玄関ホールでの騒動で忘れていたけど、外出申請が必要だったような……?


 僕がそのことを伝えると、アイネさんは僕の方に向き直って小さな紙を取り出した。


「あ、言っていなかったわね。これ、さっきルナさんが来るまでに私の方で3人分の申請をしておいたから大丈夫よ」


「そうですか、ありがとうございます」


 それはよかった、さすがアイネさんだ。

 準備に時間をかけて遅れてしまったのに、気を利かせてくれて嬉しい。


「うっ……そ、それでルナさん……その……ちゃんと言っておかないと、と思って……」


「? なんでしょう?」


 僕が笑顔で感謝を伝えると、アイネさんはモジモジとして僕の方をチラチラと見てから、意を決したように後ろ手に手を組んで、


「……私服、とても似合っているわ。とてもステキよ」


「っ……ぅ……ぁ、ありがとうございます」



 そんなことを頬を染めながらもとても綺麗な笑顔でそう言ってくるものだから、僕は顔が赤くなるのを感じながら、お礼を言うので精一杯だった。


「ふふっ、ルナさん、照れているのかしら?」


「ア、アイネさんだって今朝は――」



*****



 その後、アイネさんが手配した馬車がやってくるまでの間。


「のぅ、ミリリアや。こやつら、もう付き合っておるのか?」


「クロっちもそう思うッスよね……まだなんスよね、コレで。アタシら今日一日、コレにつきあわされるんスよ……」


「ククッ、妾はこの『ゆりゆり』な空気はたまらんがのぅ」


「そうだったッス……やはりこの場でノーマルなのはアタシだけッスね……」


 アイネさんと僕がお互いの私服を褒め合う横で、こんな会話があったとかなかったとか。







――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

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次回、「初めてのおでかけ~冒険者ギルドと闇の噂~」

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