037.初めてのおでかけ~ベッドの上の女神~



 王国歴725年、大樹の月(4月)上旬。



*****

//アイネシア・フォン・ロゼーリア//



「きゅ、急に誘ったりしたら、迷惑ではないかしら?」


「はぁ……大丈夫ッスよ。友達を買い物に誘うのに、何をそんなにソワソワしてるッスかねぇ」


 学院が休みの週末の朝。

 朝食を終えた私とミリリアは、私服に着替えてから寮の階段を登って4階を目指していた。


 いよいよ週明けからは校外実習が始まる。

 必要最低限のものは学院側が用意してくれるとは言え、年頃の女の子としては外泊するにあたって必要なものは多い。

 王都に来てまだ日が浅いというルナさんはその辺りの用意が出来ていないのではないかしらと思って、私がルナさんを誘うことを言い出したのだけれど……。


 新しくお友達ができるなんて何年ぶりかのことで、しかもただのお友達ではなく……その、ちょっと特別な感情を抱いている相手を誘うということに気づいてしまい、私はつい、セットした髪や彼女に初めて見せる私服がこれでよかったのかと気になってしまった。


 3階と4階の間で立ち止まってしまった私を、数段上からミリリアが呆れたようにジトっとした目で見下ろしている。


「な、なによ」


「数日前まで『私はノーマル!』とか言ってたくせに……まあアタシは焚き付けた側ッスし、アイねぇが良いならそれでって感じッスけど……まさかあのアイねぇがこんな『初デート当日の朝の純情乙女』みたいになっちゃうとはねぇ……これじゃあアタシはお邪魔っすかねぇ? ニッシッシ」


「デ、デートッ!? 違うでしょミリリア? 今日はあくまで、お買い物にいくだけよ? デートっていったら、その、もっとおめかしして、お庭をお散歩したり、お茶をしながらお話したり、一緒に食事したりして……」


「そこでいきなりお嬢様っぷりを発揮しなくてもいいッスから……貴族様基準で無駄にデカそうッスねその庭……」


「うっ……」


 仕方がないじゃない、私は殿下への想いを自覚してからはあまりお会いする機会もなくて、デ、デートなんてさせていただいたことはないし、なんだかんだこの学院は私も含めてお嬢様ばかりで、よく街で情報収集とかいって遊んでいるミリリアほど一般のことなんて知らないんだからっ……。


「(ノーマルじゃなくなったことは否定しないッスね……)」


「え?」


「何でもないッスよ。だーいじょうぶッスよ。ルナっちがアポ無しで買い物に誘われたくらいで、アイねぇへの好感度が下がることなんて無いッス無いッス」


「そう……? それなら良いけれど……」


「ってことで、さっさと行くッスよ。ルナっち専属レポーターによる寝起き激写ッス! 突撃!」


「激写って何よ!? ちょ、ちょっと押さないでっ!?」


 いつの間にか私の後ろに回っていたミリリアにグイグイと押されて、『459号室』がどんどんと近づいてくる。


 近づくにつれて高鳴ってしまう鼓動を自覚しながら深呼吸をして落ち着いていた時、私の感覚が妙な気配を感じた。

 これは、ルナさんが編入してきた日にクロちゃんをじっくり『視た』ときに似た……なんだか右胸がザワザワするような感覚……?


「ん~? ここまで来て何を立ち止まってるッスか! ほら、ゴー!ッスよ、ゴー!」


 妙な感覚を覚えて立ち止まったのを、私がルナさんに声をかけるのをためらっていると思ったのか、ミリリアがまたグイグイと押して急かし、部屋の前に立たされた。


「わ、わかったから! もうっ……こほんっ」


 ――コンコンッ。


 咳払いをして気持ちを落ち着かせて、扉をノックする。


 ……あら? 妙な感じが無くなっている? 何だったのかしら?


「ルナさん、アイネシアです。休日の朝から急にごめんなさい。良ければ一緒にお買い物でもと思ってお誘いに来たのだけれど、ご都合はいかがかしら?」


 ……………あら? 返事がないわね。


 から、留守ではないと思うのだけれど……。


 あれ、私いま何で……気のせいよね。


「ルナさん?」


「ルナっち~? まさかホントに寝てるッスか~?」


 ――コンコンッ。


『……むぅ……なんじゃ、騒々しい……』


 もしかして、やっぱり迷惑だったんじゃ……と私が不安になっていると、中からどこか気だるそうなクロちゃんの声がした。


「クロちゃん? 私です、アイネシアです。ルナさんはいるかしら?」


『むぅ……? あやつは……なるほどのぅ。くくっ、そうじゃのう……アイネや!』


「なにかしら? 出直したほうがいいかしら?」


『いや、問題はないが、すまぬが妾は動けん。(動けてもこの身体では何もできんがのぅ)』


「クロっち?」


『何でもないのじゃ。鍵はかかっておらんから、遠慮せず入るのじゃ』


「そッスか? じゃあ遠慮なく、お邪魔するッスよ~!」


「ちょっとは遠慮しなさいよっ。ル、ルナさん、失礼するわね」


 バーン!と音がしそうな勢いで扉を開いたミリリアに続いて、初めてのルナさんのお部屋にドキドキしながら部屋に入り――――私達の時は止まった。


「「…………」」


「……すー……すー……」


 ――純白の女神が、安らかな寝顔でそこに横たわっていた。


 扉の脇には、クッションが敷かれたカゴにクロちゃんが丸まっていて、声の通り具合でも悪いのかこちらに目を向けるだけで、私がすぐ脇にいてもスカートの中を覗こうとしてこない。


 そんなことを視界の端に写しつつも、私の視線はベッドの上で静かに寝息を立てるルナさんに釘付けだった。


 東の角部屋ということもあって眩しい朝日が部屋を照らし、不思議と日に日に艶を増している気がするルナさんの白い髪を輝かせる。

 真っ白いシーツに横たわるその肢体は完璧そのもので、寝相が悪いのかパジャマの上着もズボンもはだけてしまっていていた。その滑らかな肌までもが白く輝いていているように見え、同性の私でも妙な色気を感じてしまう。


「……ん、んぅ……」


 無防備な表情で寝返りを打ったルナさんから漏れ出たその声まで、色っぽくて――。


「「(……ゴクリ……)」」


 2人揃って生唾を飲み込む音でようやく我に返った私たちは、何故か小声で話し合う。


「(って、何をジロジロ見てしまっているのよ私たちはっ)」


「(そ、そッスね)」


「(朝が苦手って言っていたけれど、ホントだったのね。もう8時半よ)」


「(アイねぇ基準で考えないほうが良いッスよ。普通の女の子の休日にとってはまだ寝ててもおかしくないッス。アタシも何もなければまだ寝てるッス)」


「(そうね……。それで、これ、どうしようかしら……)」


 クロちゃんから許しが出たとはいえ、部屋主が寝ている横でコソコソと話している私たちは、どう考えてもおかしいだろう。


「ぶはっ、何をやっておるのじゃお主ら。こやつに用があったのであろう? そこのねぼすけ美少女を起こしてやるとよいのじゃ。お主らが来る前に起こされても起きなかったのじゃ、遠慮はいらん」


「(いやー……こんな気持ちよさそうに寝てると、なんかアタシでも罪悪感があるッスね……ということで、アイねぇ、がんばッス!)」


「(わっ、わたしっ!?)」


「(ここで優~しく百合……じゃなくて揺り起こしてあげれば、ルナっちの好感度アップ間違いなしッス! 間近で寝起き顔まで見られちゃうッスよ!)」


「(うっ……)」


 それはとても魅力的ね、なんて考えてしまう自分が恥ずかしい。


「ええのぅ、ええのぅ……美少女たちの密談、実に良いのじゃ。しかし、ほれ、早うせい。この時期、こやつは放っておくといつまでも寝ておるぞ」


「わ、わかったわよ……」


 クロちゃんが言う時期というのは、生理の周期のことかしら……なんて浮かんだ考えを慌てて頭のどこかに押しやり、ルナさんが寝ているベッドにゆっくりと近づいていく。


「……すー……すー……ん……」


 本当に綺麗ね……じゃなくて、起こさないと……。

 私は寝返りをうって窓側に寄ってしまっているルナさんの肩を揺らすために右手を伸ばそうとして、ベッドの端に体重を支えるために左手をついた。


 あら……何かしら今の。私の前にも同じことをした人がいたような、シーツに手の形のシワがあったような……クロちゃんは猫だし……じゃなくて、起こさないと。


 触れたところがパジャマがはだけて素肌だったせいで、その極上の触り心地に妙にドキドキしながら、今度こそ私はルナさんを起こすために彼女の身体を揺すった。


「ルナさん……ルナさん……」


「んっ……んんっ……」


「ルナさん、起きて……私よ、アイネよ……」


「んんっ、んぅ……つばきしゃん……きょうはやすみじゃ……」


「つばき? 私はアイネよ。ほら、起きてルナさん」


 声をかけながら揺すっていると、長い睫毛が震えて白銀の双眸が開かた。

 何度も瞬きながら、徐々に焦点が合っていく。


「………………ぇっ」


「あ、おはよう、ルナさん。目が覚めたかしら?」


「え……えぇぇぇぇぇーーーっ!? アイネさんっ!?」


「きゃっ!?」


 目の前にいるのが私だと気づいたルナさんは、見る見る内に顔を赤くさせると勢いよく起き上がった。ベッドの上でバランスが取りづらかった私は、その勢いで体制を崩してしまうが、すぐにルナさんの腕が伸びてきて背中から私を支えてくれた。


「っと、すみませんっ。驚いてしまって、つい……」


「い、いえっ、あの、私こそ驚かせてしまってごめんなさい……突然お部屋にお邪魔してしまったのは、私の方だもの……。それより、その……」


 抱きとめられる形になった私は、ベッドの上で薄着のルナさんに密着する形になってしまっていて、顔も近い。本で読んだことがある『これから睦事に臨む直前の2人』のような状態だった。

 驚き顔から私を心配するように、申し訳無さそうに変わったその顔を、私は恥ずかしくてよく見られないでいた。


「……はぁ~、朝からいきなりそんなにイチャイチャし始めて……やっぱりアタシはお邪魔ッスかねぇ?」


「!? す、すみませんアイネさんっ」


「ぁっ……い、いえ、気にしないでルナさん」


 ミリリアがジト目で私達の方を見てそんな事を言うからか、ルナさんが今の状態に気づいて離れてしまった。

 ……しまったってなによ、私。残念そうな声出してるんじゃないわよ……。


「ミ、ミリリアさんも、おはようございます」


「ニッシッシ、アイねぇしか目に入っていなくて、アタシには気づいてなかったッスか? 仲がいいッスね~」


「いっ、いえそんなっ……そ、そういえばお二人は今日はどうされたのですか? 私に用があったのではないでしょうか?」


「話を逸したッスね……まぁいいッス。実はアイねぇが――」


 ミリリアがパジャマ姿のままのルナさんに事情を説明している間、私はひたすら心を落ち着けるのに忙しかった。


 よし、ようやく落ち着いてきた――


「なるほど、それでお二人共私服だったのですね。よくお似合いです、とても可愛らしいですよ」


「っ~~~~~!」


 ――のに、ルナさんが私の方を見ながら微笑んでそんな事を言うものだから、私はまた赤くなってしまった顔と高鳴ってしまった鼓動を落ち着かせるのに苦労するのだった……。







――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

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次回、「初めてのおでかけ~お嬢様な私服~」

主人公くんの私服は時を止める?

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