036.ダンス・ダンス・レクリエーション~淑女教養の授業~
王国歴725年、大樹の月(4月)上旬。
僕がこの学院に来てから数日が経ち、今週最後の平日。
学院生活も慣れてきて、少しでも耐性がついてきたのか着替えやお風呂で『溜まる』回数が僅かだけど減っていた。
輝光術実技の授業では、僕が教える側に回って見ている女の子たちの実力がめざましく向上し、セルベリア先生に褒められた。
これは恥ずかしい思いをして尊い犠牲(僕)を支払った甲斐があったな……なんて思っていたら、セルベリア先生が面倒を見ていた残り半分の女の子たちにも『輝光路』開発を施すことになってしまい、『溜まった』回数は差し引きで大幅にプラスになってしまった……。
おかげでクラス全体のレベルアップが図れて、校外実習への不安が少なくなったのは良いことなのかもしれないけど……。
そんなこんなで迎えた今日は、これまでになかった『淑女教養』の授業の日だ。
今回は『社交ダンス』とのことで、制服のまま『前の記憶』にある体育館のような施設に移動してきたのだった。
「ワン、ツー、ワン、ツー! ほらそこっ! もっと腰を落としなさいっ! そう! いいですわ! ワン、ツー、ワン、ツー――」
銀縁のメガネを掛けたそうな神経質な女性講師が手をたたき、一定間隔で並んで腕を開き、見えない相手を想定してステップの練習をする僕らの前を歩きながら檄を飛ばしている。
「ホワイライト嬢! それは男性のステップです! 貴女は女性でしょう!? 隣のロゼーリア嬢を見習って、やり直しなさい! ほらっ、ワン、ツー、ワン、ツー――」
「すっ、すみませんっ」
社交ダンスがあるようなパーティーはアポロがめんどくさがるから、レッスンの段階から代わりに僕が出ていたんだよね……。城の先生もとても厳しい人で、徹底的に叩き込んでくれたおかげで貴族たちの前でも恥をかくことはなかったけれど、当然覚えたのは男性のステップだったから、徹底的すぎて身に染み付いた動きがつい出てしまった。
「ルナさん、なぜか男性のステップは覚えているのね……?」
そしてそのことをアイネさんにもツッコまれてしまう。
「そっ、それはその……父が過保護でしたので、商人同士の交流パーティーのときなどでも男性相手に踊ることは許されなかったのです。そうなるとお相手は女性になるのですが……私はこの背ですので、男性役をやることが多くて……お恥ずかしい限りです」
ゴルドさん、ごめんなさい。咄嗟の言い訳に使ってしまいました。
「くすっ。それは大変だったわね。ルナさん、次は右よ。足を前に出すのではなくて下げるの」
「は、はいっ」
「ワン、ツー、ワン、ツー! そう! さすがロゼーリア嬢! その調子でホワイライト嬢を立派な淑女に仕立て上げておしまいなさい!」
「はい先生。……ルナさんには輝光術実技で教わってばかりだから、私でも教えられることがあってなんだか嬉しいわ。ふふっ」
「そんな、私の方こそ、アイネさんにはいつも色々教えていただいていますので……」
「ふふっ、そうだったわね。」
なんだか最近、アイネさんはご機嫌だ。
夜にアイネさんの部屋でお話した次の日、気まずくなってたらどうしよう……と内心はドキドキしていたけれども、特にそんなことはなく、毎日学院生活のことを色々と教わったり昼食を一緒に食べたりと、友達としてではあるけれども順調に(?)過ごせていると思う。
僕、アイネさん、ミリリアさんの3人でエルシーユさんに共通語を教えたりもしていて、僕たちは4人で行動することも増えていた。マリアナさんの都合がいいときは5人になる。
「ワン、ツー、ワン、ツー! ……あなた! いつもボーっと立ってないで、みなさんの真似でもいいからやってみなさい!」
『……? この人、何を怒っているの?』
皆がステップを踏む中で、何をして良いのか分かっていない様子で立っているエルシーユさんが先生に注意されている。これは僕の出番かな?
「ルナさん」
「ええ、ちょっと行ってきます。……先生! エルシーユさんには私がご説明しますので、良ければ列の場所を変えさせていただけないでしょうか?」
「ホワイライト嬢? それは良いですが……」
「ココさん。申し訳ございませんが、よろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんですわ!」
「ありがとうございます。『エルシーユさん、こちらでご説明します』」
『あら、ルナリアさん? よくわからないけど、ありがとう!』
僕は先生に提案をして、アイネさんの前にいたココさんとエルシーユさんの位置を入れ替えさせてもらった。
「お優しいですわよね、ホワイライトさん」
「ええ! わたくしたちにも良くしてくださりますし、素敵な方ですわ!」
「なんだか日に日にお美しくなっているのは気の所為でしょうか……?」
「私語は慎みなさい! ワン、ツー、ワン、ツー!」
僕の行動ひとつひとつになぜか称賛が入るのは、未だに慣れないな……。
『こうかしら?』
「ええ、そうよ」
「エルっち、すぐに覚えちゃったッスね」
『えっへん! 種類が違うけれど舞は私の得意分野ですもの』
「ふふっ、そうですね」
子供っぽい仕草をしても、それが美人なエルシーユさんだと妙に様になっていて、何だか微笑ましくなってしまった。
「はいっ、では次は実際に相手を付けて踊ってみましょう。男性のステップを覚えている方は、積極的に相手役をお願いします。相手をどんどん入れ替えて、どんな体格の方とでも踊れるようにしてください。……では始め! ワン、ツー、ワン、ツー――」
『今度は2人で踊るの? ねぇルナリアさん、最初は私と踊りましょうっ!』
「わかりました、お相手させていただきます」
『やった!』
先生の言葉を伝えると、すぐにエルシーユさんにお誘いを受けたので、僕はそれを受けることにした。それを皮切りに、次々と違う子の相手を務めていく。
満面の笑みで楽しそうに踊るエルシーユさん。
身長差に苦労しながらも何とかフォローして踊ることができたミリリアさん。
激しいステップは苦手そうだったので、ゆったりと揺れるように踊ったマリアナさん。身長の関係で男性役をやらないといけないことが多かったらしい。女性のステップでゆっくり踊れて嬉しいと言っていた。身体の動きに合わせて色々揺れるので、目をマリアナさんの顔に固定していたら照れられてしまった。
順番に列がずれて相手が変わっていく。僕が実技を教えている女の子たちも、形式通りの誘い文句で手を差し出すと喜んで応じてくれた。
「次が最後です! 最後まで気を抜かずにしっかりと相手との呼吸を意識しなさい!」
そうしてやってきた最後のお相手は、お互いに男性役を務めていたためここまで順番が回ってこなかった、アイネさんだった。
「お嬢様、お手を拝借」
「くすっ、ルナさんったら……お茶目ね」
「あはは……気にしないで下さい」
相手がアイネさんとなると変に緊張してしまい、それを誤魔化すためだった、というのは内緒だ。
「お誘いいただけるということは、ルナさんが男性役をやってくれるのね。喜んでお相手するわ」
微笑みながら僕の手を取ってくれたアイネさんに僕も微笑みを返し、そのままリードしてステップを踏み始める。
さすがというか、アイネさんはリードされ慣れているというか、全く違和感がなく僕のリードに乗ってステップを踏み、ターンを決めてくれる。
「……くすっ」
「ふふっ……」
僕も何だか楽しくなってきてしまい、いつの間にか授業で教えられている工程の先まで2人で進めてしまっていた。
「お二人共ステキですわ……」
「純白と銀色が踊って……夢の世界みたい……」
「あそこだけお城の舞踏会みたいですわね……」
「うわー、二人の世界に入っちゃってるッス……最近妙に仲がいいッスし、いったいあの夜にナニがあったッスかねぇ」
外野が何かを言っている気がするが、アイネさんとのダンスを楽しむ僕の目には、目の前で笑顔でいてくれている綺麗な顔しか目に入っていなかった。
アイネさんの瞳に、笑顔になっている僕の顔が映る。
こんな純粋に楽しい気持ちになったのはいつ以来だろうか……なんて思っていたが、楽しい時間はすぐに過ぎてしまい、少しだけ息を荒くしたアイネさんと視線を交わすと、僕らは最後のターンを決めてポーズをとる。
――パチパチパチッ!
いつの間にかクラスの皆が……先生までも僕たちのダンスに注目していたようで、僕とアイネさんがダンスを終えると拍手が巻き起こった。
「ブラボー! エクセレント! 侯爵家のロゼーリア嬢はともかく、ホワイライト嬢! 貴女は誰かに師事したことがおありなのかしら!? 男性側で……というのが驚きですが、完璧なステップでしたわ!」
「あはは……ありがとうございます。私などまだまだで……」
「何を謙遜してるのルナさん! 私、こんなに気を使わず楽しく踊れる相手なんて久しぶりよ! お城でもこんな上手な方はいなかったわ! ほんと、どこかで習ったのではないの?」
「い、いえあの……アイネさん、落ち着いて下さいっ」
「あっ、ごめんなさい……私ったら、はしたなかったわ……」
僕の手を取ったままブンブンと振って喜びを現すアイネさんに落ち着くように言うと、アイネさんは頬を染めて恥じ入ってしまった。
僕はその顔を改めて可愛らしいと感じながら、ダンスをどこで覚えたのかという言い訳をどうするかを考えるのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
お読みいただき、ありがとうございます。
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次回、「初めてのおでかけ~ベッドの上の女神~」
日常は 非日常への 調味料(5.7.5)
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