035.夢~私が救われた日~
まえがき
今週末の6/26(日)はちょうど連載一ヶ月目ということで、記念日に向けて更新強化周間といたします!
朝+夕方以降に更新しますので、飛ばし読みが無いよう更新状況にはご注意ください。
そしてより多くの人にご覧いただくためにも、ぜひ★評価等で応援をよろしくお願いします!
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//アイネシア・フォン・ロゼーリア//
――これは夢だ。
そう認識できる夢を見るなんて、私にしては珍しいことかもしれない。
毎日でもあの方の夢を見たいけれど、夢は思い通りにはならないし、見たい夢を見られたときでも、月日が経つにつれて夢に出てくるあの方のお姿が
今日の夢は……真っ暗だ。
真っ暗な闇の中で、私は体を丸めて浮いている。
今日は何だか良いことがあったはずなのに、なんで闇の中なんて怖い夢をみているのだろう……と思っていると、私の胸の中から淡く白い光が浮かび上がった。
ボーっと光を眺めていると、優しくて、暖かくて、どこか懐かしさを覚える。
この光は……そう、今日まさに私の胸の中に入ってきて、知らず残っていた、あのコの……。
夢の中の私が思わず手を伸ばし、白い光に触れた途端。
その光が弾けて世界を覆い尽くし、夢の中の私の意識は何処かに飛ばされた。
*****
闇が晴れた視界……この夢の世界の中で、私は誰か別の人物になっているようだった。
――悲しい。
夢の中で私が『私』になった途端に、強烈な感情が流れ込んでくる。
思わず胸を抑えたくなるけど、私の意志は『私』には反映されない。
『私』が何度涙を拭っても視界は晴れず、またすぐに滲んでしまう。
――寂しい。
『私』はどうやら独りのようで、どうしても我慢できなくなってしまった感情を……何かを失って悲しんでいる姿を誰にも見せられないと、人気のないどこかの丘の上までやってきて、静かに泣いているようだった。
――逃げ出してしまいたい。
時間は夜なのか辺りは暗く、『私』の心を現すかのように空はどんよりとした分厚い雲に覆われていた。
押し殺しても漏れ出てしまう声から、『私』は声変わりをしたばかりの年頃の男の子だと分かる。
泣いている『私』の頭の中に、失ってしまったモノの記憶が浮かんでは消えていく。
夢の中だからか、私が『私』ではないからか、その記憶が何かはわからないけれど、『私』にとってとても大切なモノであることは、その記憶を思い出す度に悲しみが深くなる『私』の感情から読み取ることができた。
夢の中の『私』は、生まれてからずっと『私』ではなかった。
『私』自身が『私』が何なのかが分からず、何か怖い思いや痛い思いをしながらも、『私』は『私』以外であり続けていた。
それは全て『私』を『私』として肯定してくれていたモノ……大切な人のためであり、『私』はその人の為に頑張ることで、これまで『私』でいられた。
――何であの時にもっと……。
でも『私』はその大切な人を失ってしまった。
『私』の中で後悔の感情が湧き上がり、涙となって流れ出ていく。
『私』はこれからどうしていったら良いのかという不安もまた、共に流れ出していく。
そうしてしばらく、外見的には静かに、内面的には激しく渦巻く感情のままに涙を流し続けていた『私』が、丘に近づいてくる人の気配を感じ取った。
その気配はかなり遠くにあるというのに、不思議な感覚で『私』はしっかりと色を認識していた。
ハッとした『私』は一生懸命に涙の痕跡を消し、両手で顔を揉むようにして泣き顔を柔らかな微笑みに変えている。
その途中、『私』の視界の端に映った白い何か……髪?が柔らかで眩しい金色に変わったのを私は見た。
『私』が居住まいを正してしばらくして、丘の下にその気配の主がやってきた。
目を向けた『私』の視界に、暗い中を歩いてくる小さな人影が映る。
人影は何か気に触るようなことでもあったのか、肩を怒らせて不機嫌であることを隠しもしていない。しかしそんな状態でも、整っている歩幅は教育を受けた者のそれで、だんだんと顕になる姿は髪が長く、夜会で着るようなドレスを纏っている。『私』と同じくらいの年頃の貴族の女の子だろうか、と夢の中ではっきりしない意識のまま私は考えた。
そしてやってきた女の子は、この場所に誰かがいるとは思っていなかったのか、その銀の瞳をまん丸にして立ち止まり、銀色の長髪を風に揺らしていた。
風が雲を運び、月光が地上に差し込み、『私』と女の子を照らす。
月光に照らされた『私』の髪が金色に輝き、女の子の銀の髪には不思議な薔薇色が混じって……えっ……?
両者の距離が10mくらいになったところで、私の驚きとは別に落ち着いた優しい声色で『私』が口を開いた。
「こんばんは、ロゼーリア嬢。侯爵家のご令嬢で『薔薇銀の姫』であるそなたが、このような時間にこんなところまで出歩くとは、感心しないな」
「……あなた様こそ、護衛も付けずにこんなところにお一人で何をしていらっしゃいますの、アポロニウス殿下」
「ハハ、これは手厳しいな」
格好だけは淑女としてカーテシーをしながらも、棘のある口調でそう返した女の子に、『私』は苦笑しているが……それよりも。
あれは、私……よね?
あのドレスは……そう、あの頃の私が……『薔薇銀の姫』と期待されてそれに相応しい自分を演じ続けることに嫌気がさしていながらも、そんな期待を寄せてくる周囲にちょっとした意趣返しをしたくて『侯爵令嬢は同じドレスを二度着ないもの』という変なこだわりを主張して特注で作らせたものだ。
私の恥ずかしい黒歴史の1つでありながら、これを着ていた日が私の忘れられない大切な思い出となった日……。
と、いうことは。
この夢で私はあの方……殿下になっているというのかしら……?
殿下の夢を見たいといつも願っているけれど、私が殿下になってあの日を夢に見るなんて初めてのことだった。
我ながらなんて一途なんでしょう、なんて自分で自分を微笑ましくなるが……どこかで引っかかりを覚えていた。
しかし、それがハッキリしない間に、夢の中の『私』と私の話は続いていく。
「それで、どうされたのかな?」
「……あなた様には関係ありませんの。放っておいてくださる?」
「一応、私とそなたは婚約者候補だったはずだが? 将来……一緒になるかもしれない相手に、相談くらいしてくれても良いのではないか?」
あら……?
『私』が今の言葉を口にする時……『将来』『一緒になるかもしれない』と口にした時の心が、本当に小さくだけど、何かの感情で揺れた気がした。
これは……不安と、嫉妬かしら……?
「お生憎様ですが、わたくしはただ候補に選ばれただけですわ。それもお父さまや周りの者が勝手に決めたことで、わたくしの意志はそこにはございません」
夢の中とは言え、私の黒歴史をまじまじと見せつけられているようで恥ずかしい……。そういえば、あの頃は型にはまったお嬢様言葉を話していた気がする。
あぁ……殿下に対してなんて失礼で可愛くない物言いを……。
「そうか……。でもそなたは、自分の意志はないと言いながらも今日までその責務を果たしているではないか」
それは……貴族として、輝光士として自らの務めを全うしていたお兄様たちやお姉さまがいるのに、私だけがそこから逃げ出すわけにはいかなかったから……。
そうでないと、亡くなってしまった大好きな人達に顔向けできないと思ったから……。
今の私が思い返せば、生まれや立場、周囲の状況に
「それが、どうかしましたの? そんなこと、貴族の娘としては当然のことですわ。わたくしにとっても、務めを果たすことは誇りですもの」
「誇り……か。ならばなぜそなたは、そんな……辛そうな顔をしている?」
「っ!? そ、そんな顔など……していませんわっ」
プイッと、ドレスのスカートを掴んでそっぽを向く私。
こんな分かりやすく『何かあります』という反応をしていたのね……。
「あはは……そう邪険にするでない。ともかく、そんなところにいても何だ。こちらに来て座るが良い」
そう言ってその場に腰を下ろした『私』の視界が低くなる。転がっていた小石をさり気なく払い、『私』はポンポンと隣を叩いて私に座ることを促した。
「な、何をなさるおつもりですのっ!? こんな人気のないところで、殿方が嫁入り前の淑女を隣に誘うなんてっ」
私のその反応を見た『私』は、どこか微笑ましさのような温かい感情を感じていた。
「安心しろ。そなたが心配するようなことは何もせぬ。ただ私の話を聞いてもらうだけだ」
「い、嫌だと言ったらどうしますの……?」
「え? あ、いや……そうだな、王族として命じるしかなくなるな。ふふっ」
『そこでまだ拒否されるとは思っていなかった』と内心で一瞬驚いたような『私』だったが、それをすぐに取り繕って私にそう言った。
「それは卑怯ですわね……ですが、わたくしはそのご命令に逆らえませんわ」
「そうだな。これは私の我儘な命令だ。そなたは仕方なくそれに従っただけで、そなたが自分の意志を曲げたわけではないから気にすることはないな」
「それなら……失礼しますわ」
私はカツカツとわざとヒールの大きな音を立てながら『私』の横までやってきて、お尻の下に手を入れてドレスのスカートを押さえながらちょこんと腰を下ろした。両手を膝にあてて背筋を伸ばし、精一杯虚勢を張っている。
「それで、お話とはなんですの?」
「そう慌てるでない。とりあえず、月でも見て落ち着いてはどうだ」
そう言って『私』は空に浮かぶ2つの月を見上げた。
『月なんてそんな気分では……』とブツブツ言いながらも、隣にいる私も空を見上げているのが視界の端に映る。
月明かりや星明かりを浴びた『私』の胸に、私が日光を浴びているときと同じような感覚が起こっているのを不思議に思っていると、『私』は空を見上げたまま私に向かって話し始めた。
「……立場や環境というのは、その人間を形作る大きな要素だ」
「な、なんですのいきなり……」
「まぁ聞くがよい。生まれや家柄、家族や友人、生活環境の貧富、本人の能力……誰一人として全く同じものでもないその中で、人は己の役割を全うしようとする。そなたが王国侯爵家の令嬢として生まれ、家柄に相応しい教育を受け、それらをこなし、有り余る才能を遺憾なく発揮したが故に『薔薇銀の姫』と呼ばれているようにな」
「それがどうかしましたの? 先程も申し上げましたが、それがわたくしの責務であり、誇りですわ」
「それはまことか?」
「えっ……どういう意味ですの?」
「責務と誇りというのは、全く別のものだ。責務は環境が……他人から課せられるものであり、自らの意志など関係ない。逆に、誇りというのは自らの意志の中で生まれるものだ。その責務と誇りが同じものであると捉えているなど、少々おかしいのではないだろうか? もしくはその違いに気づいていながらも、環境というどうにもならないものを意識しているからこそ、そなたはそれを誇りという言葉に変えて自らを納得させようとしているのではないか? だから、そんな顔をしているのではいか?」
『まぁ僕が言えたことじゃないけど』と、自嘲気味に心の中で付け加える『私』。
「っ……殿下が仰っていることはよくわかりませんわ」
いや、本当はこのときの私は分かっていた。分かっていたけれど、ずっとモヤモヤとしていたものを言い当てられて、つい反発してしまっただけだ。
『何よ! どうしようもないことをわざわざ指摘して!』と。
「ハハ、そうだな。簡単に言うとそなたは……いや、キミは、とっても困っているんだよ」
「殿下……?」
急に纏っていた威厳を引っ込めて、年相応の男の子のように口調を柔らかくした『私』に、『私』の方を見る私も驚いている。
『私』は、私が反発して硬い態度を取り続けていることに気づいていて、気を使ったのだ。
「可愛い女の子と話をしているのに、ぼ……オレもキミも堅苦しいままではいけないと思ってね。嫌だったら戻すよ?」
「かっ……!? わ、わたくしはかわいくなんて、ありませんわ。殿下対してこんな態度を取る女など、可愛げがあるわけないですものっ。あと、嫌ではありませんわっ」
「ふふっ、そうかな? 強がってるところとか、年相応な感じで可愛らしいと思うけれど」
「で、殿下とわたくしは同い年ではありませんの! 子ども扱いしないでいただきたいですわっ」
「それは失礼。じゃあお許しをもらえたし、このまま話を続けるけれど……要はキミだってそんな普通の女の子なんだよ。侯爵家の令嬢であろうが、才能があって『薔薇銀の姫』と謳われようが、それは『どうしようもない環境』というもので、キミの本意ではないんじゃないかな? でもキミの場合は、そんな環境から望まれることが……そう、大きすぎるんだ。自分自身の望みを横において『誇り』と偽って受け入れるしか無いくらいにね」
このとき、『私』が私に言い聞かせるように言った言葉は、なぜか『私』自身の心にも響いていた。
「本意ではない……それは、そうかもしれないですわ……全て決められた中を歩むだけの毎日で……。でっ、でもそれこそ、殿下が仰ったようにどうしようもないではありませんこと? 自分の望みというのがあったとして、わたくしはロゼーリアの娘で、それは変えられない事実ですわ! 殿下は、わたくしにどうしろと仰っしゃりたいのですのっ!?」
「わからないよ」
「な、なんですのそれはっ! わたくしをからかっておいでですの!?」
「ごめん、そうじゃないよ。だって、今の話は『責任』と『誇り』という言葉を聞いたオレが、キミのことを想像して話ただけだから。キミが自分のことを話してくれないと、なんとも言えないんだ。どうかな、よければキミが何を思っているか、話してくれないかな? キミが何を話してくれたとしても、決して誰にも言わないと誓うよ。ね?」
「っ……」
そう、この微笑みだ。
月明かりを背に、『私』が私に向けてくださったこの優しくて綺麗な微笑みに、私を慮ってくださる気持ちに――今こうして見返すと我ながら単純だけど――私は心を打たれたんだ……。
「わ、わたくしは――」
そうして顔を赤くした私は、つい先程までツンツンとした態度を取っていた相手に、これまで『薔薇銀の姫』という周囲に作りあげられたメッキの裏で、心に隠していたことをポツポツと打ち明けていった。
お稽古が大変で、失敗すると怒られてしまい、それでも弱音を吐くことも許されずに高いレベルで結果を求められてきたこと。
街で見かけた同い年くらいの平民の子供が、親に甘えて楽しそうにしているのを見て、自分もそうしてみたいと思ったけれども、厳しく躾けられているせいか自分にはできないと諦めてしまったこと。
その分こっそりと甘えさせてくれていた大好きな兄達や姉は、大戦で亡くなってしまってもういないこと。
兄達と姉が亡くなってしまってから、父と母から向けられる将来への期待が大きく、厳しくなっていき、泣きたくなることがあったこと。
その積もり積もったモヤモヤをつい周囲に振りまいてしまい、自分自身が嫌になってしまうことがあったこと。
今夜行われたパーティーで、私が兄や姉たちよりも優秀だという人がいて、ものすごく言い返してやりたいのに立場から必死に笑顔を貼り付け我慢することしか出来なくて、パーティーが終わった後に誰も居ないところで叫んでしまおうかと、ここまでやってきたこと。
「――そういう訳ですわ……。ははっ……わたくし、殿下に……婚約者にしていただけるかもしれない殿方に、こんなみっともないお話をして……」
このときの私は、意識してしまった相手である殿下が、優しい微笑みで静かに聞いてくださっているのが不思議と嬉しくて、私を知ってもらいたくて、つい淑女としてあるまじき話までしてしまっていて……それに気づいて落ち込んでいた。
お茶請けのクッキーをおかわりしたいけど我慢した、なんて、意識してしまった殿方相手に話すようなことではないわよね……幻滅されてしまってもおかしくないわ。
実際、その話を聞いたときの『私』は微笑ましくて笑ってしまうのを堪えている様子だったし。
それでも殿下は、変に話を挟むこともせず聞き続けてくださって――
「みっともなくなんて、ないですよ。それらひとつひとつは、貴女という女の子を形作る大切な自分自身なのですから。他人によって作られたモノ以外が貴女の中にしっかりとあるっていう、証拠なのですから」
――不思議とまた口調を変えて、そう言って私の頭を撫でてくださったのだ。
久しく他人から優しくされることなんてなかった私の心の中はもうぐちゃぐちゃで、確かこの後は……。
「っ……ぅっ……うぅっ……うえぇぇぇぇんっ!」
あろうことか隣にいる殿下の胸に飛び込んで、大声を出して泣いてしまったのだった……。
――ひとつひとつが、自分を形作る大切な自分自身……その証拠、か。
溜まっていたものを吐き出すかのように泣き続ける私の頭を優しく抱き、薔薇銀色の髪を撫でながら、『私』の中にも不思議と光が差し込むかのような感情が湧き上がってきて、『私』が口にした言葉を反芻していた。
夢の中の私は『私』の事が全て分かるわけではないけれど……『私』が私に言った言葉が、『私』自身が気づいていなかったことに気づくきっかけになり、それが原因でこれまでの『私』を少し肯定できる気がして――全てではないけれど――、ここに来て泣いていた『私』の心はいつの間にか晴れていた。
「うっ……うぅぅっ……えぅっ……」
「ごめんね……お兄さん達やお姉さんを守れずに、ごめんね……」
「っ……で、でんがのっ……ぐすっ……殿下のせいではございませんわっ! 殿下は星導者様として、ご立派に責務を果たされておりますわ……わたくしの、お兄様やお姉さまも……責務を……うぅっ……」
『私』の視界の中でバっと顔を上げた私は、自分のせいだという『私』を否定したくて必死に言葉を紡ぐが、私自身が口にした『責務』という言葉で兄姉達のことを思い出し、また涙を溢れさせてしまう。
「……ありがとうございます。ぼ……オレでよければ、いつまでもこうしてていいから」
どうやら、あのときの私の必死な言葉は、『私』に届いてくれていたらしい。
責任を感じてまた落ち込みそうになっていた『私』の心が、かろうじて踏みとどまってくれていた。
また、口調が変わったのはなんでだろうか。
私はさっき、何かひっかかりを覚えていなかっただろうか。
私は何でこんな夢を見ているのだっただろうか。
そのことが妙に気になるし、もっと考えたり思い出したりする時間がほしいけれど、夢の中の私がいくらそう思ったところでどうにもならず、『私』と私の思い出のあの日は続いていく。
「……落ち着いたか?」
「ぐすっ……はい……大変、お恥ずかしいところをお見せいたしましたわ……。でもお陰様で、ずいぶんと……そうですわね、軽くなった気がしますの」
「それはよかった」
「ぁぅ……」
みっともないところを見せられてもなお微笑みかけてくれる『私』に、私の顔がまた赤くなる。
夢でも考えるだけで恥ずかしいけど、このときにはもう私は……ミリリアみたいな言い方をするなら、『メロメロ』だった。
頬を染めながら、間近にある綺麗な顔を見られず目をそらしながらも、このときの私はどうしたら殿下とのこの時間を長引かせて、またお会いすることができるかを考えていた。
殿下は星導者様。人類全ての運命と期待を背負い、日々戦い続けているお方。
王太子としての公務もお忙しく、次にお会いできるのはいつになるのかもわからない。
実際にこの日は、婚約者候補の私ですら前にお会いしてから2年近く経っていた気がする。
「殿下……その、不躾ではございますが……お願いがございますの……」
そんな殿下のご活躍を私が縛ることなどできないけれど、何か……殿下とのつながりをいただきたいと私は思った。そのつながりを大切にこの想いを持ち続けていれば、いつかまたお会いすることもできる、周囲が貸す責務なんかに負けずに頑張っていける、そう思っていた。
……いえ、今でも想っているわ。
「何だ? オレにできることなら、泣かせてしまったお詫びに何でもするぞ?」
「も、もぅっ……殿下は意地がお悪いですわっ」
この時はからかわれてしまったのかと思ったけれども、私の『お願い』が重くならないように気を『私』は使っていたのね……。
「ハハ、すまない。それで、お願いとはなんだろうか?」
「……わたくし、これからも頑張りますわ……殿下の婚約者にしていただけるように……いつかずっとお側にいられるように。だから、その……何か殿下とのつながりを……証をいただきたいですわ……」
……あれ、私、こんな言い方してたかしら……って、そこで殿下に潤んだ視線を向けてから目を閉じたりなんかしたら!
キ……キスをおねだりしているみたいじゃない!? 淑女からいきなりそんなっ……はしたないにも程があるわよ昔の私っ!?
「ぅっ……」
ほらっ、『私』も困って……! あら……?
なんだか『思わずグッと来たけど我慢した』みたいなものを感じるような……?
「わ、わかった……そのまま少し待っていてくれ」
「はい……」
何かを期待するように目を閉じたまま待つ私を前にして、どこか慌てたような『私』は着ている豪華な外套のポケットを漁ると、何に使うものなのかは分からないけど小さな光結晶を取り出した。
チラッと私を見た『私』が掌に乗せた光結晶を白い輝光力の光で包むと、光結晶はその形を変えていった。
それは、小さな薔薇を模した形の髪飾り。
私がずっと大切にして毎日身に着けている、殿下への想いの証……。
『私』はその出来栄えを確認すると、そっと目を閉じたままの私に髪飾りを付けてくださった。
「もう目を開けていいぞ」
「殿下……?」
こらそこの私、ちょっと残念そうな顔をしないでっ。
ほらっ、そうそう、頭に手を伸ばしてみなさい。
「あっ……これは……髪飾りですの?」
「『薔薇銀の姫』を重荷に感じているキミに薔薇はどうかとも思ったが……よく似合ってるぞ」
「~~~~~っ!? あっ、ありがたき幸せすわっ! わたくし、大切にいたしますわっ!」
私が嬉し涙で目の端を濡らしながらも満面の笑みを見せて、それに『私』の中から温かい気持ちが溢れてくる。
夢を見ている私も改めて温かな想いを抱いたところで――――。
唐突に光が世界を塗りつぶした。
*****
目を開けると、まだ低い太陽の光が窓から差し込み、私の顔を照らしていた。
「…………夢、よね……。はぁ……」
今朝は珍しく、幸せな夢の余韻が不思議とはっきり残っていた。
はっきりと残っているからこそ、現実に立ち返ってしまい、思わずため息が出てしまう。
小鳥の鳴き声を耳にしながら時計をみれば、いつもの起床時間。
規則正しい生活リズムが刻まれてしまっている自分の身体が、今朝ばかりは少し恨めしかった。
「……よしっ」
私は枕元で朝日を浴びて輝いている宝物を両手で包み、素敵な夢が見られたことへの感謝と個人的な願いをお祈りをすると、今日も朝の支度を始めるのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★3」をよろしくお願いいたします。
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