034.気になるあのコのお部屋訪問~その発想はなかった~
昼休みにアイネさんの告白を直接聞いてしまったその日の夜。
僕は今日も刺激的だった入浴を終えてツバキさんに髪のお手入れをしてもらい、フワフワする頭のまま、制服姿で寮の階段を下っていた。
アイネさんが部屋に来てほしいと言っていると、ミリリアさんから伝言があったからだ。
こんな時間に女の子の部屋を訪れるなんて失礼なのでは……と思ったけれど、今の僕は女の子だ。女の子同士ならよくあることなのかもしれない。
それよりも問題は、あの話を聞いた後でも僕が普通にアイネさんとお話できるかということと、いったいどんな話があるのだろうということだ。
「……すー……はー……」
2階まで階段を下り、西側の突き当りにある『201号室 アイネシア・フォン・ロゼーリア』という表札を前に、僕は深呼吸をして心を落ち着け、意識して微笑みを作ってから扉をノックした。
「アイネさん、ルナリアです。お呼びとお聞きしてまいりました」
『ル、ルナさんっ!? ど、どうぞ……』
なんだか慌てた様子なのが引っかかるが、お許しが出たので僕はそのまま扉を開ける――と、気配で分かっていたけれど、部屋にはネグリジェ姿のアイネさんだけでなく、オーバーサイズのシャツ1枚で淑女としてどうなのかという姿のミリリアさんもいた。
「(じゃ、アイねぇ。そういうことッスから、アタシはこれでっ!)」
「(ちょっと、ミリリア!?)」
アイネさんと何事か話していたミリリアさんは、僕が開いていた扉から僕と入れ替わるように勢いよく出ていくと、『ニッシッシ、頑張るッスよ』というつぶやきを残して隣の部屋に入っていった。
何を頑張れば良いんですかね……?
改めてアイネさんの方に向き直ると、アイネさんは何故か顔を赤くしながらミリリアさんが出ていった扉に手を伸ばすようにしていた。
「え、ええと……ご機嫌よう、アイネさん」
「ご、ご機嫌よう、ルナさん……」
「お話があるとお聞きしてお伺いしたのですが……」
「へっ? え、ええ。そうね……」
……何だこの空気は。
アイネさんは顔をうつむかせて髪をいじっているし、僕は僕でアイネさんのネグリジェ姿が色っぽく感じてしまい直視できずにいる。
アイネさん自身がお話があって呼びましたという雰囲気ではないし、格好から考えてもアイネさんにとっては予定外という感じで、これはミリリアさんに図られた気がする。
アイネさんから視線を外したまま、僕は何となしに部屋の中を見てしまう。
部屋の作りはどの部屋も同じようで、ベッドに机・化粧台などが置かれている。
お嬢様の部屋ということでもっと『女の子女の子』しているのかと思ったけれど、落ち着いた色合いの家具や絨毯で統一されていて、貴族っぽいといえば貴族っぽい部屋に仕上がっていた。
チラッと見える本棚は普段は前面にカーテンのような布を敷いて隠せるようになっているのかもしれないけど、今はびっしりと詰まった本が見えていた。少女小説、美容関連、料理本など、様々なタイトルが見えている。
「あっ! ご、ごめんなさい、お客様を立たせたままで……。といってもこんな格好だけど……」
「いえ、お気になさらず……」
「はぁ……いまお茶を入れるから、そこにかけてて」
「わかりました」
アイネさんは自分を落ち着かせるように一呼吸置くと、僕に勉強机の椅子を勧めてくれた。
僕も気持ちを切り替えて表情を作り素直に腰を下ろと、慣れた手付きで準備を進めていくアイネさんの様子を何となく眺める。
「ルナさんは、紅茶はアリーアとジンリーだったら、どちらが好みかしら?」
アイネさんがポットを小型の『輝光炉』付きのヒーターに乗せたところで、背中越しに言った。
「あ、ではアリーアでお願いします」
「あら、意外ね。ルナさんって大人っぽい印象があるから、ジンリーのほうが好みかと思ってたわ」
貴族の嗜みとして、そういう話を影武者としてできるようにと色々覚えた僕だが、紅茶の好みは本当の話だ。
「あはは……ジンリーはあの独特の苦味が少し苦手でして。アリーアのフルーティーな香りが好きなのです」
「そうなのね。くすっ。実は私もアリーアのほうが好きよ」
「それは、アイネさんの手間が省けて良かったです」
「ふふっ、そうね」
僕らが微笑みあって落ち着きを取り戻す頃には、アイネさんは紅茶を入れ終わり、部屋に良い香りが漂い始めていた。
「はい、どうぞ。ストレートで良かったかしら?」
「ありがとうございます」
僕がソーサー付きで出された可愛らしい白磁のカップを受け取ると、アイネさんはベッドのサイドテーブルにカップを置いて腰掛けた。
サイドテーブルの下が小さな『冷蔵庫』になっているらしく、ミルクを取り出して少しだけ注いでいる。
僕は部屋主のアイネさんが口をつけるのを待ってから、カップを手に取り香りを楽しみ、口をつける。鼻に抜ける爽やかな香りが、さらに僕の心を落ち着かせてくれた。
「……くすっ。ほんと、ルナさんは貴族になりたてとは思えないほど、自然と気品がある振る舞いができてしまっているのね」
「あっ、いえ、私なんてまだまだです……」
「そうかしら? どこかの国のお姫様だったって言われても、私は信じてしまいそうよ?」
「あはは……私はただの商家の娘ですよ」
陛下やクレアさんと似たようなことを言われて困った僕は、微笑みながらそう誤魔化した。
「……そうね、ミリリアには困ったものだけど、ルナさんとこうしてゆっくりお茶でもしながらお話してみたかったのは本当だわ」
「それは光栄です」
やっぱり、このお茶会?はミリリアさんに仕組まれたものだったか。
「ふふ、何よそれ。ねぇ、せっかくお友達になれたのだから、もう少し砕けた話し方でもいいのよ? 本当に、私が侯爵令嬢だからって遠慮することはないわ」
「いえ……その、これまで周りには年上や目上の人ばかりという生活だったものでして、どうしてもこういう口調が染み付いてしまっているのです……すみません」
これは本当の話だ。『前』から僕はそうなのだ。
クロに対してはああだけど、クロはクロだし。
「あ、いいのよ、謝らないで。ルナさんがその方が楽ならそれでいいわ。そうだ、よければルナさんがどんな生活をしてきたのか、お話を聞いてみたいわ」
「どんな生活を……ですか?」
「ルナさんは旅をしてきたのよね? 私はこの国を出たことがないから、どんな国があって、どんな人がいて、どんな景色があるのかとか、色々聞いてみたいわ」
「それは構いませんが……そうですね、面白い話になるかは分かりませんが、お話いたします」
「ええ、ぜひ」
「そうですね……私はこの国より西側はあまり詳しくないので、主に東側のお話になりますが――」
そうして僕は、これまで各地で戦ってきた記憶や2年間の旅で得た経験を元に、商家の娘として当たり障りがないように注意しながら、アイネさんが望むままに色々な話をしていった。
国、種族、気候、食べ物、伝承、輝光樹、楽しかったこと、危なかったこと、などなど。
アイネさんは僕の話ひとつひとつに楽しそうに肯いてくれて、興味が強かった話については色々聞いてきて僕がそれに答えていく。
「――そうして、私はこの国に戻ってきて、こうして学院に入ることになったのです」
紅茶のおかわりが空になる頃に、僕はそう話を終えた。
「そう……旅というのは、楽しいこともあり、大変なことも多いのね」
ソーサーにカップを置く小さな音が鳴る。
アイネさんが知らない世界に思いを馳せるように目を閉じそう締めくくると、部屋に静寂が戻ってきた。
でもそれは、先程この部屋を訪れたときのような気まずいものではなく、僕にはどこか自然で居心地が良いもののように感じられた。
「……良かったわ」
「……? 私の話で喜んでもらえたのでしたら、私も良かったと思います」
「いえ、そうではなくて……その……」
僕が微笑みかけると、アイネさんは両手で包むようにして持ったカップの持ち手をなぞるようにいじり、頬を染めて何事か言いにくそうにしている。
その仕草が可愛らしいな……なんて思っていたら。
「ルナさんが、その……食堂で私の話を聞いて落ち込んでいたって聞いたから……普通にお話してくれて、嬉しかったのよ……」
「う……す、すみません……」
結局はその話に戻ってきてしまった。
僕はアイネさんの顔を見られず、つい俯いてしまう。
「あっ、いえそんなっ、謝らないでっ。その、それが悪いとかそんな話では、全く、そんなことはないわっ」
僕がまた落ち込んでしまったと思ったのか、慌てて歯切れが悪いながらも、アイネさんはそう言った。
「えっ……?」
それって、どういう……?
僕が驚きの声を上げると、アイネさんは胸に手を当ててポツポツと話し始めた。
「その……自分でもよくわからないけれど……もし、ミリリアが言っていたことが本当で、ルナさんが私に『そういう気持ち』を持ってくれているとしても、私は……不思議と嫌だとは思わないの。でも、昼間に言った通り、私にはずっとお慕いしている殿方がいて、それはこれからも変わらないわ……。でも、そのはずなのに……エルさんがあんなこと言うから……」
「エルシーユさん……?」
もしかして、一夫多妻とか相手をシェアするとか、その話のことだろうか……?
「気づいてしまったのよ……私が『殿方に向ける想い』を全てあの方に捧げるのは変わりないけれど、私の気持ちさえ許すなら、『女の子に向ける想い』があってもいいのではないかって……」
えっ……あの話からどうして、視点を変えて『アイネさんをシェアする』という発想に!?
しかもそのシェア相手、実は両方とも僕なんですけど……!?
「いえ、いえそのっ、私は……私たちはまだお会いして2日目で……」
「重ねてになるけれど、私にも正直なところはわからないわ……。でも、昨日の朝にルナさんの本当の姿を見て……マリアナさんを助けて戦うところを見て……ルナさんが優しく微笑んでいるのを見て、不思議な気持ちを抱いたのは確かなの……何なのでしょうね、これは……。私はノーマルだと思っていたのに……ねぇ、ルナさんは、どうなの……?」
「う……」
頬を染め、上目遣いで僕を見つめてくるアイネさんに、思わず僕も赤面して言葉に詰まってしまった。
僕がアイネさんのことをどう思っているかというと、悪いとは全く思っていない。
アポロの代わりにお見合いをしながら、『ああ、将来アポロはこんな女の子と結婚できるんだ』と少し羨ましく思ってしまったこともあった。
そして、アイネさんはあの丘でのことを『救われた』と言っていたけれど、それは僕の方だって同じで……。
……まて、落ち着こう。
急な展開でこみ上げてきたものを自覚してしまい、逸りそうになる気持ちはあるけれども、ここで軽率な行動に出ては駄目だ。
アイネさんに対しての僕の今のスタンスは、親しくしてもらっている女友達だ。いくらアイネさんのほうが悪くないと思ってくれていても、それをハッキリと嬉しいと思えるのは僕の中身が男だからで、それを彼女は知らない。
そんな状態で、『ルナリア』がいきなりアイネさんに友達以上の好意を抱くのはおかしいのではないだろうか。
……頭の片隅に『ルナちゃん、前向きにね』というマリアナさんの言葉や、『殿下は深く考えすぎです』というクレアさんの言葉、『お主はヘタレじゃのぅ』という言われた覚えもないクロの言葉がよぎったけれども、僕だってこんなことは初めてなんだ……。
その、なんというか、失敗したら怖い。
だから、アイネさんの問いに対する僕の答えは――。
「……その、私にも……よく分かりません。もちろん嫌いではないですし、アイネさんの話に驚いてしまった自分がいるのは確かですが……」
はぐらかす、だった。
脳内でブーイングが起きている気がするけど努めて無視する。
「ふふっ……そう、ルナさんも私と一緒なのね……」
「すみません……せっかくご自身のお気持ちと向き合っていただいたのに……」
「いいのよ。お互いわからないことなのだから、これから確かめていけばいいわ……そうでしょう?」
「え、ええ……そうですね」
「それともルナさんは、はっきりしない相手とはお友達を続けていくのも嫌……?」
「そっ、そんなことはありませんっ! ……あっ」
つい、勢い込んで立ち上がり、大きな声を出してしまった。
寮の壁は高貴なお嬢様のプライベートを守るために防音素材でできているから、どこかに聞こえてしまったということはないだろうけど、こんな反応をしていては丸分かりかもしれない。
僕は恥ずかしくなって顔が熱くなるのを感じていた。
「くすっ。それなら良かったわ」
「うぅ……お恥ずかしいところをお見せしました」
「またルナさんの新しい一面を知ることができたわね」
そう微笑みながらも、アイネさんの顔も赤かった。
「も、もうこんな時間ですねっ……遅くなると悪いですし、私はそろそろ失礼しますっ」
「ふふっ。ええ、また明日ね。ルナさん」
「ご、ご機嫌ようっ」
何だか胸の内側のムズムズするような感覚のせいでいたたまれなくなってきた僕は、頬の熱を感じたままそう言ってそそくさとアイネさんの部屋を後にした。
「……ニッシッシ……」
そこの扉の隙間からニヤニヤしながら覗いている桃色娘よ、覚えてろ……。
その後、頭を冷やすことも兼ねて日課の月光浴をするために外に出たけれど、何となくマリアナさんの顔を見られる気がしなくて、寮から近いあの丘とは別の場所に向かうのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★3」をよろしくお願いいたします。
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次回、「夢~私が救われた日~」
アイネの大切な記憶。
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