031.実技教官ルナリア先生?~理論編~
今日も空は晴れていて、学院のグラウンドに春の温かな日差しが降り注いでいる。
1限目のミミティ先生による座学の授業が終わり、輝光術実技の授業の時間がやってきた。
更衣室での着替えを全く無事ではなく乗り切った僕は、準備運動……よりも前にマリアナさんに捕まり髪型をネタに可愛がられ、準備運動も無事ではなく終わらせ、セルベリア先生の前に整列していた。
もう『アノ日』が来なければいいのに……なんて現実逃避をしていたのがいけなかったのか、整列を確認した先生が相変わらず大きな声でとんでもないことを言い出した。
「よし! ホワイライト! 今日から貴様も教える側に回れ! 教官として私をサポートし、このクラスの実力強化を図るんだ!」
「えっ……私が、教官ですか!?」
昨日の騒動の後、何かを考えていると思ったらこれだったのか……!?
入って2日目の生徒に何を言い出すんだ、というのが正直な感想だし、仮に昨日のテストの成績が良かったからと言うのであれば、彼女を差し置いてというのは気が引けてしまう。
「主席のアイネさ……ロゼーリアさんもいらっしゃいますが……?」
「だそうだが、ロゼーリア? 貴様はどう思う?」
話を振られたアイネさんは、隣にいる僕をチラッと見てから、その問いに答えた。
「残念ながら昨日見たホワイライトさんの実力と比べれば、私はその立場になれるほどの実力は無いかと存じます。むしろ私も、ホワイライトさんから教わることができるなら、自分の実力を伸ばす良い機会になると考えます」
「アイネさん……」
「(ごめんなさいね、ルナさん。気にしてくれたのは嬉しいわ。でも、これは私の本心よ)」
「(いえ……わかりました)」
アイネさんがいいなら僕に否はないけれど、彼女くらいの実力者に僕はちゃんと『教える』ということができるだろうか。人に教える経験がないわけではないとはいえ、ちょっと心配だ。
「ははっ、だそうだぞホワイライト? 私も教官としてはどうかとは思うが、私が貴様に教えられることはないと感じた。それなら教える側に回ってもらおう、とな。悪いが既に学院長には話を通してある。ふっ……昨日のお前の活躍を報告したときにな」
「う……」
初日からあんな大立ち回りをしてしまって、クレアさんはどう思っただろう……。
いや、僕が聞いたとしても『さすがです殿下!』としか言ってくれなさそうだから機会があっても聞くのは止めておこう。
「別に私が貴様に教えられることがない、というだけが理由じゃない。あえてハッキリ言うが、ホワイライトや一部を除いた今の貴様たちの実力では、近々行われる『校外実習』に臨むには不安が大きすぎる。安全が確認されている地域から実習地が選ばれるとはいえ、王都の壁の外なのだからな」
校外実習というのは、今先生から聞いたまま学院から王都の外まで出て行う行事のことだろう。
都市の壁の外では、未だに闇族や闇の獣による驚異がゼロではない。そんな場所に行くのに、小さな闇の獣の1匹も倒せないような人間が行けば危ないというのは、先生がおっしゃる通りだ。
実際、昨日の適性テストを思い出すと、残念ながらそんな危ないレベルの子が結構いたし……。
「もちろん私も教官として全体の面倒は見る。だが既にある程度のレベルにある者の指導は、私よりもホワイライトのほうが適任だろう」
うーん、下支えはセルベリア先生がやるから、上を伸ばすことを僕に期待しているってことかな?
「校外実習では貴様らの命がかかっているということを肝に銘じて、訓練に励め! 基本的には適正を伸ばす方針でいいが、実戦を想定することを忘れるな! 以上! 何か質問はあるか?」
具体的に校外実習で何をやるかは……後でアイネさんに聞けばいいか。
「……よし! では今から名前を呼ぶものはホワイライトについてもらえ。それ以外は私が指導するから残れ! まずは――」
そうして名前が呼ばれたのは、アイネさん・ミリリアさん・マリアナさん・エルシーユさんを始めとした15人くらいだった。昨日のテストでいい結果を残した生徒らしく、ちょうどクラスの半分くらい人数だ。多くないですか先生。
「よろしくね、ルナちゃん」
「ルナさん、さっきはああ言ったけれど、私にも手伝えることがあったら言ってね」
「ホワイライトさんにご指導いただけるなんて、テストを頑張ってよかったですわ!」
「ええ、本当に! あんなにすごい術が使えるホワイライトさんに教われば、わたくしたちももっと上達できるかもと思ってしまいますわね!」
「ルナっち先生、爆誕ッス!」
なんだか喜んでもらえてるみたいなので、いい……のかな?
ちなみにクラウディア皇女とシェリスさんも呼ばれていたが、皇女殿下は『我は貴様に教わることなどない』と言ってどこかに行ってしまい、シェリスさんは一言謝ってから彼女に付いていった。端的に言ってしまうとサボりになるけど、まあ昨日の今日だし仕方がない……のかな?
先生の方を見たら首を横に振っていたので気にしないでいいらしい。
『ルナリアさん、私の名前が呼ばれたみたいだけど、なんて言っていたの?』
『ああ、それはですね――』
名前を呼ばれた生徒たちが僕の方に集まってるのを見て何となく付いてきた感じのエルシーユさんに、事情を説明した。
『まあ! そうなのね! ルナリアさんと一緒にいられるなら、それは素敵だわ!』
『はは……でも、すみません。エルシーユさんの【輝舞】は特殊な術のようですので、私に教えられることがあるかは分かりません。昨日見させていただいて輝光力の流れからある程度は把握できたのですが、根幹になる舞が事象に干渉する部分が分かりませんでしたので……』
『ううん、気にしないで! 私の術は一族の中でも『陽光姫』に選ばれたものしか使えないものですもの。むしろ、そこまで解ってしまうルナリアさんはやっぱりすごいわ!』
う……キラキラとした目が眩しい。僕のはズルみたいなものだからなぁ……。
「昨日もそうでしたけれど、ホワイライトさんはチェンクリットさんとお話できるのですわね……」
「語学も堪能でいらっしゃるなんて、素敵ですわ」
こっちもキラキラしてるし……。
「みなさん、おしゃべりはそれくらいにしておきましょう。ルナさんが困ってしまうわ」
「も、もうしわけございません、ついはしゃいでしまいましたわ」
アイネさんがキャイキャイ言っている女の子たちを嗜めると、自然と僕の前に整列してしまった。『先生のお言葉を待ってます!』という空気だ。
微妙に居心地の悪さを感じながらも、僕は口を開いた。
「ええと……改めまして。皆さんの実技教官をすることになりましたルナリアです。至らぬ点も多いかと存じますが、どうぞよろしくお願いいたします」
そういって腰を折ると、小さな拍手で歓迎を示してくれた。
「よっ! ルナっち大先生!」
「こらミリリア、茶化さないの」
「あはは……。いきなりのことで私も戸惑っていますが、精一杯務めさせていただきます。まずは、そうですね……自己紹介をお願いできますか? 何人かの方は存じておりますが、何しろ編入してきたばかりで、みなさんのお名前や適正も把握しておりませんので」
「そうよね。じゃあまず私から――」
そう率先して言い出してくれたアイネさんを始めとして、全員の名前と適正を把握していく。
ミリリアさんやエルシーユさんのような特殊な場合を除いて、優秀者というだけあって複数の適正を持っている子が多いみたいだ。
エルシーユさんの自己紹介は僕が通訳した。
彼女にとっては名前呼びが普通と知って驚く子もいたけど、クラスメイトの子もエルシーユさん自身も、僕を介してではあるけど話が出来て喜んでいる。微笑ましい光景だ。
エルシーユさんは言葉が通じず普段はあのおすまし顔だから、近寄りがたい雰囲気を感じていたのかもしれないけど、将来的に彼女が言葉を覚えてくれればこんな光景が普通になるのかもしれない。
……マリアナお姉ちゃんや、せっかくいい雰囲気なんだから、笑顔のエルシーユさんを抱きしめたいのかウズウズするのはやめてください。
さて、全員の把握はできた。セルベリア先生はああ言っていたけど、適正ごとに訓練を進めたらどうしてもあぶれる子も出てきてしまうな……せっかくの授業時間を無駄にさせてしまうのはもったいないし、大変だけどある程度は一律で実力を上げられる方法で行かせてもらおう。
「みなさんありがとうございます。アイネさん、ひとつお聞きしたいのですが、これまでに『輝光路強化』の訓練はありましたか?」
「きこうろ……強化? ルナさん、それは【強化】適正の訓練とは違うものなの?」
これは……アイネさんの反応からすると、『輝光路』についてはまだ教えられていないのか。
いや、これは僕が王城時代に星導者として発見したとクレアさんに教えて、そこから輝光騎士団や軍に広がっていった知識というか概念だったから、まだ一般の学生レベルまで話が下りてきていないのかもしれない。
別に秘密というわけでもないので、僕がここでみんなに教えても問題はないだろう。
……一瞬、ミミティ先生の涙目な顔が頭に浮かんだけど、これは座学で教わるような内容ではない……はず。実践が必要だし。
「はい。まず『輝光路』についてですが……みなさんは、ご自身の身体の輝光力の流れを把握していらっしゃいますか?」
「はいはーいッス! そんなの簡単ッスよ! こうやって光を浴びて、心結晶に輝光力を貯めて、術を使う時に引き出すッス!」
元気よく手を挙げたミリリアさんは、腕を広げて胸を張り、深呼吸するようなポーズをとるとそう答えた。
「そうですね。ではもうひとつ質問です。その輝光力はどこを通っているかをご存知ですか?」
「どこって……血液と一緒、つまりは血管よね? 怪我をすると、血と一緒に輝光力も流れ出てしまうもの」
「マリアナさん、正解です。だからこそ、出血を伴う大怪我は血も輝光力も同時に失ってしまうから、より早めの処置が必要なのですが……」
この世界の人間は右胸に心結晶という物理的な器官があって、生命力ともいうべき輝光力が体内を巡っている。
『前の記憶』にある物語の魔法使いのように、身体の何処かに魔力があって、その魔力がなくなったらフラフラになってしまう……なんて程度では済まず、身体から輝光力が失われれば文字通り死んでしまうのだ。
もちろん、血を失いすぎても死に繋がる。
「それはともかく、それらを踏まえた上で本題の質問です。皆さんは、その輝光力の流れを明確に感じられていますか?」
「「「え……?」」」
僕が質問を投げかけると、皆の驚きの声がハモった。
「ルナっち……それは無理な話ッスよ? だって、アタシらは心臓の鼓動は感じらても、血の流れを感じることはできないッス」
「血液と同じで無意識に身体を巡るものであるならば、そうでしょう。しかし、私たちは明確な意志を持って心結晶から輝光力を引き出して、術を使っています」
「たしかにそうッスけど……」
「術を使うときには、心結晶から取り出した輝光力は血管を通り、その術を起こすために必要な場所まで向かいます。指先から【光線】を放つとき、他者の怪我を治す【治療】のとき、足の力を【強化】するときなど、全てにおいて同じです。適正者が少ないのでわかりにくいかもしれませんが、【顕在化】だって同じ要領なのです」
皆が頷くのを見て、僕は話を続ける。
「しかしこの時、術を発動するために必要な輝光力を『なんとなく』取り出して、『なんとなく』術の事象へと変換していないでしょうか? 『どれだけ』の輝光力が必要か、『どこ』を『どのように』通すか……それを意識している方は少ないのではないでしょうか?」
「言われてみればそうですわね……術が発動すればそれで十分と思っておりましたわ……。でもホワイライトさん、それを意識することが輝光術の上達と何か関係があるんでしょうか?」
「うーん、何だか座学の授業を受けている気がしてきたッス……」
「あはは……すみません、どうも理屈っぽくなってしまいまして……。術を使う際の輝光力の必要量と流れを感じ取って意識的に行えるようになれば、それだけで上手く術を使えるようになります。セルベリア先生が仰っていた、訓練において重要な『反復』の効果を高めることもできますね」
「それは知らなかったわ……ルナさん、それはどうすればできるようになるのかしら?」
「そうですね……せっかくですから実演してみましょう。アイネさん、お手伝い願えますか?」
「もちろんよ」
「ありがとうございます。ではこちらへ……はい。では、指先に【光球】を発動してみて下さい。大きさは10cmくらいで構いません」
僕の隣に並び出たアイネさんにそうお願いすると、アイネさんは肯いてすぐに指先に薔薇銀色の光球を発動させた。指定した通りきっちり10cm。さすがの正確さだ。
僕はその様子をよく観察し、彼女の輝光力の流れを把握しておいた。
「少しそのままでお願いします。では私も……【光球】」
続いて僕も同じ大きさの光球を発動し、指先に浮かべる。白と薔薇銀の柔らかな明かりが太陽の光に負けずに辺りを照らした。
術名を口にしたのはわかりやすさ重視だ。
「さてみなさん。この2つの【光球】は全く同じものですが、実は違いがあります。それはなんでしょうか? ああ、色ではありませんよ」
「えっ……そうなの!?」
「謎掛けみたいッスね……」
発動している本人であるアイネさんが一番驚いているようだ。
あんまり引っ張っても意地悪になってしまうだけなので、僕はすぐに話を続けることにする。
「そうですね、感覚的なものになりますので、わかりやすく数字を当てはめてみましょう。【光球】の発動に必要な輝光力を仮に10とします。そうしたとき、アイネさんの場合は15の輝光力を心結晶から取り出して、指先に11の輝光力が集まり、10の輝光力で術が発動していました」
「「「えっ!?」」」
またみんなの驚きの声がハモった。
「比較相手にしてしまったアイネさんには申し訳ないですが、それに対して私の場合は、心結晶から7の輝光力を取り出して、指先に10の輝光力を集め、10の輝光力で術を発動しています」
「「「えぇっ!?」」」
……なんだか驚く皆の反応が面白くなってきた。
笑ってはいけないけれど、つい笑みがこぼれてしまう。
「ふふっ。【光球】を発動させるという結果は同じですけれど、アイネさんの場合は『5の輝光力がいったいどこに行ってしまったのか』、私の場合は『7の輝光力しか取り出していないのにどうして10の輝光力が集まっているのか』……この謎が、先程お尋ねした『輝光力の流れを明確に感じられるか』ということの重要性、そしてその先の『輝光路強化』の訓練のお話に繋がってくるのです」
「よくわからないッスけど……なんかすごい話を聞いているってのはよくわかったッス……」
「ルナちゃんが他人の輝光力の流れが分かるっていうのも驚きよね」
「ふふっ、やっぱりルナさんはすごいわ……それで、私の『5の輝光力』はどこに行ってしまったのかしら? 自分ではそんなつもりで術を使ってなかったから、全然わからないわ」
アイネさんは素直に分からないと言いながらも、新しい発見をした子供のように目が輝いている。その姿を微笑ましく思いながら、促されるままに話を続けた。
「答えは『アイネさんの身体のどこか』です」
「私の……身体? どこかって、どこなのかしら……?」
「すみません、それがどこかというのは正確には私にも分かりませんが、原因なら分かります。輝光力の通り道……『輝光路』を意識して整え、強化していないからです」
「意識して整えて、強化する……?」
「先程、心結晶から取り出された輝光力は血管を通るというお話をして、それはみなさんもご存知のことかと思いますが、体内にある状態の輝光力は血管を通っているというだけで血液のように物理的な存在ではありません。ですが無意識下では、1本の筒に2種類の液体を流すように捉えてしまっているのです。そうなると、当然ですが流れは遅くなりますし、ごちゃ混ぜなので輝光力だけを感じ取るということは出来ません。しかし、その2つを自分の中で意識的に別のものと捉えて、意識の中で作り上げたその輝光力専用の通り道……『輝光路』に流す輝光力を感じ取り、スムーズに、より多く流すことができるようになると……」
「なるとどうなるッスか?」
「先程のアイネさんの術の例えをもう一度用いるなら……結果から考えたほうが分かりやすいですね。必要量が10、指先の時点で11。これは術に変換する際の変換効率が1を削っています。そして心結晶から指先に移動するまでに差し引き4の輝光力が削られてしまっています。これは意識的に『輝光路』に輝光力を流していないため、身体のどこかに吸収または拡散してしまった分です。結果、アイネさんは無意識に15の輝光力を引き出さないと【光球】を発動できなくなっているのです。『輝光路』に流すときよりも輝光力の流れが遅いので、発動までの時間も多くかかってしまっています。これって、とてももったいないことだとは思いませんか?」
「「「「…………」」」
僕が長々と説明してきた話をそう締めくくると、全員が目をまん丸にして驚いてしまうのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
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