027.ステラ寮~自室、従者、過保護にて~
「ではルナさん、また夕食の時間に」
「はい、アイネさん。ご案内いただきありがとうございます」
お互いに軽くスカートをつまむだけの簡単なカーテシーで挨拶をして、軽く手を振ってから階段を下っていくアイネさん。僕も手を振り返し、それを見送った。
ここはステラ寮の4階。建物の中央に通された階段から東西に伸びる造りになっているうちの東側の端。『ステラ459』というのが僕の部屋らしい。語呂合わせは
それに立地というか間取り的には、3つの学生寮のうち一番南にあるステラ寮の、最上階の東の角部屋という、考えられる限り最高の条件なのではないだろうか。
何しろこの世界では『日当たり良好』が一番重視されるのだから。
今日から僕はこの部屋で暮らすんだ……とちょっと感慨深くなりながらも、近くに誰も居ないのを確認してから、『ルナリア・シール・ホワイライト』という真新しい札が入れられたその部屋の扉を開く。
広さは『前の記憶』と照らし合わせると8畳~10畳ほどだろうか、学生1人が暮らす部屋としては十分に広い。
南側に大きなガラス窓があり、角部屋だからか東側にも大きな明かり窓がある。
張り替えたばかりの薄いベージュの壁紙、真新しい落ち着いた色の絨毯、少し大きめのベッドはバッチリとメイクング済。『蓄光ライト』が置かれた勉強机と女性の部屋ならではの大きな鏡付きの化粧台には、必要なものが揃っている。
部屋の片隅には小さなクッションが敷かれたバスケットがある。クロ用のベッドかな?
水回り関係は共用スペースのものを使うとアイネさんが言っていたっけ。ちょっとしたものは水瓶に貯めて部屋に持ち込むらしい。
後ろ手に扉を締めて『今日越してきたばかり』という雰囲気が全くない部屋を見渡していると、どこからともなく鈴の音が響き、すぐに影が膝をつく人の形をとった。
ツバキさんだ。
「おかえりなさいませ、主様。クロ様も」
「ただ今戻りました」
「今帰ったぞ、忍っ娘や」
「お部屋のセッティング、やってくれたんですね。ありがとうございます」
「は。主様のお世話をさせていただく身としてこれくらいは当然です」
「それでも、僕が感謝を伝えたかったのですよ。ところで、ここでもメイド服なのですね」
白いのが見えてしまっていてちょっと落ち着きません。
「は。主様の使用人はいないことになっておりますが、お世話をさせていただく上で共用スペースを利用することがあるかと思いまして、他の使用人に紛れられるよう、念のためでございます」
「なるほど、わかりました。あ……私のクラスメイトでお世話係となった方でアイネシアさんという侯爵家のご令嬢がいるのですが、その子は二星眼です。僕の変装も見破られてしまいました。これから接することが多くなると思いますので、ツバキさんも特に注意してください」
「なんと……承知いたしました、部下たちにも共有しておきます。しかし主様、『変装』とは……? もしや、そのお美しいお顔や、私がお世話させていただいた髪を……?」
あ、しまった。朝のことは僕自身も反省してるけど、お世話してくれているツバキさんも良い気はしないよね。
「忍っ娘、お主もそう思うじゃろ? こやつときたら朝から自覚が――」
そうしてクロが朝に屋敷を出てからアイネさんに変装を見破られたことや、教室でのこと、実技での授業のことなど、今日一日であったことをツバキさんに余さず話していく。
僕はその間、ツバキさんが用意してくれた僕好みに入れられた紅茶をすすりながら、居心地が悪い思いをしていた。
当初想像していたものとは違い、我ながら学院生活初日からいろいろやらかしてしまっている気がする。
「なるほど、クロ様。本日の主様のご活躍はよく分かりました、ありがとうございます。それで……主様に失礼千万な行為をしたその帝国皇女とやらは、始末したほうがよろしいでしょうか?」
「ブブーーッ!? ゴホッ、ゴホゴホッ! だっ、だめですよツバキさん!」
ツバキさんが怖いほど真剣な目をして言うものだから、思わず口にしていた紅茶を吹き出してしまった。
「おいこらお主っ! なぜ妾の方を向いて吹き出したのじゃ! 美少女の唾液混じりの茶なぞご褒美でしかないぞ!」
「お口元、失礼いたします」
「んっ……ありがとうございます。じゃなくてですね! 心配してくださるのは嬉しいですけど、暗殺なんてそんなことしたら国際問題になってしまいますよ! ちょっとやりすぎなくらいお仕置きしてしまいましたし、僕はもう気にしていませんから! 普段は使用人のシェリスさんという方が躾けて……じゃなくて抑えているらしいですし」
「は。主様がそう仰るのでしたら……承知いたしました」
渋々といった様子ではあるけど、ツバキさんはちゃんと了解を示してくれた。僕のことを想ってのことだというのは嬉しいけれど、いつもながら過保護なお姉さんだ。
「ただ、そうですね。彼女……クラウディア皇女殿下が気になることを言っていました。『兄様達が亡くなった』と。確か帝国はそのことを公表していなかったはずです。少し、調べておいていただけますか? もし帝国の政情が不安定になっているとすれば、この国にとっても良いこととは言えないでしょうから」
「は。かしこまりました。部下を何人か、帝国に向かわせておきます」
「すみません、苦労をかけます」
「は。もったいないお言葉でございます。主様のお役に立てるのですから、むしろあの者たちも喜ぶ――――主様」
「ええ、分かっています。すみませんツバキさん、また後ほど」
「は。失礼いたします」
この部屋に近づく人の気配を感じ、ツバキさんは部屋にある影の中へ潜っていった。
数秒後、余裕をもったタイミングで部屋の扉がノックされる。
『ルナさん? アイネシアです。もうすぐ夕食の時間だから、食堂に行きましょう?』
「はい! 今まいります!」
僕は扉の向こうのアイネさんに返事をすると、手にしていた空のティーカップを置き、影に向かって『ごちそうさま』とジェスチャーをしてから立ち上がる。
「じゃあクロ、悪いけど留守番してて」
「ああ、行って参れ。おなごたちの集まる場所に行けぬのは口惜しいが、この身体では仕方ないのじゃ」
普段からキレイにしているとはいえ、食事の場に猫が入ることを気にする人もいるかもしれないからね。
扉を開いて部屋を出ると、どこかソワソワした様子のアイネさんが待っていた。
「おまたせしました、アイネさん。朝から晩まで色々ご案内いただいてすみません」
「いいのよルナさん。お世話係というのもあるけど、私たちは、その……お友達でしょう?」
「アイネさん……」
ちょっぴり不安そうに、期待したように言うアイネさん。
まずは友達作りを目標にして始まり、流れのままに必死に過ごしているだけの初日だった。驚かせたり迷惑をかけてばかりだった気もするけれど、それでもアイネさんが僕を友達だと思ってくれたなら……嬉しい。
「ええ、もちろんです。アイネさんのような方がお友達になってくださるなら、私も心強いです」
「……! ふっ、ふふっ。ではルナさんの心強いお友達で居続けられるように、まずはきちんとお世話係の役目を果たさないといけないわね」
「はい、改めてこれからよろしくお願いします」
嬉しそうに微笑むアイネさん。たぶん、僕も同じような顔をしているのだろう。
足取りが軽いアイネさんから寮の食堂のことを色々と教えてもらいながら、普通の学生生活というのもちょっと良いなと思う僕だった。
*****
――――と、そのまま学生生活初日が終わるかのようなことを考えていた僕だったが。
質問攻めにされて落ち着かなかった昼間の学生食堂とは違い、淑女らしく落ち着いた雰囲気の寮の大食堂で、豪華な夕食をアイネさん・ミリリアさんと一緒にお行儀よく食べていた僕は、『このあと』の説明を受けて思わずフォークを落としそうになっていた。
「――だからあまり時間はないの。この夕食が18時からだったでしょう? その後の19時から21時までが大浴場の入浴時間と決められているの。どんなに遅くても21時半には鍵が閉められてしまうわ。全寮生がたった2時間ちょっとの間に集中するから、あまりゆっくり入ってはいられないかもしれないわね」
「『光炉』のお陰で毎日お風呂に入れるのはありがたいッスけど、それでも限度があるッスからねぇ。お嬢様学校とはいえ、芋洗い状態になるのは仕方がないッス」
「そうね……更衣室のときみたいに私達が壁になってというのも難しいかもしれないけれど、お友達のルナさんためですもの、なるべく頑張ってみるわ」
「ニッシッシ。よかったッスねルナっち、『ルナさんの裸体は他の子には見せないわ!』だそうッスよ? ほら、ルナっちもアイねぇの独占宣言に赤くなっちゃってるッス」
「みっ、ミリリア! 私はそんなじゃなくて、ルナさんのために――」
「ホントッスか~? ただのお友達にしては独占欲が――」
「何よ――」
そうだ……部屋に個別の浴室があるほうが珍しいんだよね……。そうなると当然、寮生活で使われる『水回りの共同スペース』というのは風呂場も含まれるわけで……。
当たり前のことのはずなのに、僕はどこか考えることを避けていたのかもしれない。
2人がキャイキャイ言っているのを、僕は早まっていく鼓動のせいでどこか遠くのことのように聞いているしかできない。
まだ、僕の学生生活初日が終わるには早いようだ……。
――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★3」をよろしくお願いいたします。
次回、「肌色の拷問部屋(大浴場)~彼女が綺麗になる理由~」
お風呂回……!
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