026.放課後、ステラ寮へ~おんなのこどうし?~


 ――カランカラーン! カランカラーン!


「起立……礼!」


「「「本日もありがとうございました」」」


「はいっ! みなさんまた明日!」


「……はぁ」


 5限目の終わりを告げる鐘が鳴りミミティ先生が教室を出ていくと、僕はそっと溜息を零した。


「お疲れ様、ルナさん。初日から大変だったわね」


「あ……アイネさん。これは失礼しました」


 声をかけられて隣の席を見れば、溜息をつくところをアイネさんにバッチリ見られていたようで、僕は慌てて口元を押さえた


「くすっ。そんな仕草ができる淑女なルナさんなのに、怒らせるととっても怖いのはよくわかったわ」


「あはは……」


 そんな微笑ましいものを見るような目をされてしまうと、僕は苦笑いで誤魔化すしかない。


 マリアナさんに抱きしめられて見事に『溜まって』しまった僕が、皆と合流した後。


 シェリスさんがピクピクと痙攣するクラウディア皇女殿下の足に縄をつけて引っ張っていくと(直接触れたくなかったのだろう)、アイネさんに心配され、クラスの皆からはすごかったとキャアキャア言われ、セルベリア先生にまで『あんな術や使い方をどこで覚えたんだ』と詰め寄られて大変だった。旅は危険だったので自衛のために色々覚えたと答えたら一応は納得してくれたようだったけど、『これでは私が教えることは何もないな』と何やら考えているようだった。


 まあ僕としては一番大変だったのは、更衣室でまた着替えることだったけど……。


 クラスメイト達の反応は、僕が心配していたようにドン引きしたり怖がって距離を置かれてしまうようなことはなく、実技の授業の後には休み時間が来る度に僕の机を囲んでは質問攻めにされた……。

 出身はどこなのかとか、どんなところを旅してきたのかとか、なんでエルシーユさんとお話できたのかとか、実技授業でのことはなんとも思っていないのかと逆に心配になるくらい僕自身についての質問ばかりだった。


 なんとか笑顔を保ちつつ『設定』から外れないように答えるのがとても気疲れしてしまい、初日の授業を終えたというちょっとした開放感も手伝って、思わず溜息が漏れてしまったのだった。


 毎回囲まれてしまっていたせいでマリアナさんやエルシーユさんとはあれ以来お話できていない。お昼はアイネさんに案内してもらって食堂で食べたけど、食事中も話しかけてくる人が絶えなかったので何を食べたのか印象に残ってもいない。

 明日はちゃんと味わって食べられると良いな……。


「まだまだじゃぞアイネ。こやつを本当に怒らせたら手がつけられんからのぅ。まぁ大抵は自分以外の者のために怒るからなのじゃが、毎度付き合わされてきた妾の身にもなってほしいものじゃ」


「人をそんな悪ガキみたいに言わないでくれる? それにその言い方じゃまるでクロが私の保護者みたいじゃない」


「まあまあルナさん。クロちゃんの話も気になるけど、それはまた今度にしましょう。ルナさんは今日から入寮よね? 案内するから、いきましょう」


「そうですね、よろしくお願いします」


 アイネさんは僕を嗜めると、鞄を手に立ち上がった。僕もそれに習って机の上のものを片付けて鞄を手にした……のだけど。


「ルナっちルナっち。エルっちがルナっちのことをめちゃめちゃ見てるッスよ?」


「え?」


『じー……ルナリアさん……お友達の私を置いていくの……?』


 わ……エルシーユさんが仲間になりたそうな目でこちらを見ている……。

 でもごめんなさい。今日は無理なのでちゃんと説明して分かってもらおう。


『エルシーユさん、ごめんなさい。私は今日から初めて寮に入りますので、アイネさんに案内をしてもらってきます。お話は、また後日でもよろしいでしょうか?』


『あっ、ごめんなさい。ルナリアさんが謝ることはないわよ! せっかくお話ができる人ができて、ちょっと焦っていたかもしれないわ』


『そう言っていただけると助かります。私たちは同じクラスですし、まだまだお話する機会もありますので、今日はこれにて失礼いたします』


『うん! 今日はありがとう! また明日ね!』


 エルシーユさんは満面の笑みで僕に答えた後、フッとすまし顔に戻って読書を始めてしまった。


「なんだか彼女もルナさんと話せて嬉しそうね。良かったわ」


「言っていることはわからなかったッスけどね。笑ってくれるのは良いことッス!」


 アイネさん達がこれまで持っていた印象は『おとなしい人』みたいだったけど、違う一面があると知ることができて良かったと、2人も笑顔だ。


「美人が無邪気に笑うのは『ぎゃっぷ』萌えじゃのぅ。誰かさんのような切り替えの早さじゃったが」


 クロ、一言余計だよ。


「では今度こそ行きましょう。御機嫌よう、みなさん」


「ごきげんよう、ロゼーリアさん」


 そういえば、挨拶は『御機嫌よう』なんだよね……お嬢様っぽい。


「ご、ごきげんよう」


「御機嫌よう、ホワイライトさん」


 ちらっとみた廊下側のマリアナさんの席は空席だったので、僕もそのままアイネさんとミリリアさんに続いた。



*****



 校舎棟や教員棟がある区画を抜け、5分ほど歩いた場所に同じような外見の3つの建物があった。それぞれ4階建てで、これまた貴族の屋敷のような外観をしている。


 道中でアイネさんに説明してもらった限りでは、この学院の寮は入学年度ごとに3つに分かれているらしい。

 各寮は4階建てで、基本1人に1部屋が与えられる。1階は貴族のお嬢様の生活をサポートする使用人専用の部屋になっているとか。

 そのうち、今の第2学年の生徒たちが入っているのが『ステラ寮』ということで、僕は案内されるまま一番南側の建物に足を踏み入れた。


 両開きの扉を開けて建物に入ると、そこは玄関ホールになっていて、小さなテーブルと椅子がいくつも設置されている。そのテーブルは優雅にお茶を楽しむ生徒たちで既に埋まっていて、僕たちと同じように後から学院から帰ってきたらしい生徒たちがあちこちで立ち話に花を咲かせていた。


「まぁ……」


「あの方がSクラスに編入されたという方でしょうか」


「スラッと背が高くて、お綺麗ですわね……」


「ロゼーリアさんと並ばれていると、また絵になりますわ」


 ……なんだか注目されてしまっている。別々の話題でおしゃべりをしていたようなのに、僕たちが玄関ホールを進むにつれて、みんな僕たちのことについて話しだした。今日一日で顔を見たことがない子たちばかりだから、きっと他のクラスの子たちなのだろう。


 もしかして、もう噂になってしまっているのだろうか……教室とはまた違った雰囲気ということもあって、慣れているはずの人目がなんだか落ち着かない。


「ルナさんは、人目を集めるのには慣れてないのかしら? そういえば、目立ちたくないのでしたっけ」


 そんな僕の様子を見てくれていたのか、玄関ホールを抜けて年季が入った螺旋階段に入ったところで、僕とは違い堂々として気にした様子がなかったアイネさんが尋ねてきた。


「いえ、まあ……慣れていないかといえばそうではないのですが、こう遠巻きに、さらには同年代の女性たちばかりに……というのは今日が初めてのことですので」


「ああ……言われてみればそうね。何年もいると当たり前になってしまったけれど、女性しかいないというのはこの学院くらいよね」


「なんとも素晴らしきところじゃのぅ」


「ルナっちなら、これまでたくさんのオトコどもの熱い視線を独占してきてそうッスよねぇ~。いったい何人のオトコをたぶらかしてきたッスか?」


「はは……生憎とこれまでそういうことには全くもって縁がなくて……」


 視線というなら旅の途中で何度も感じたことはあるけど、男を相手にそういう展開になるのは、ちょっと想像もしたくないかな……。


「そうなんッスか? こーんな美人さんなのに、意外ッス。まぁルナっちなら、この女だらけの学院でも同じになりそうッスけど」


「? どういうことでしょうか……?」


 女の子が、女の子をそんな目で? そんなクロみたいな子がそうそういるものなの?


「なんじゃ? 妾の顔には『きゅーと』なお目々とおヒゲしかついておらぬぞ?」


 それにここには貴族の子女も多いはずだ。家を次代へ繋げる為に嫁入りしたり婿を取ったりというのが当たり前の社会で、女の子同士でそんなことが起こるのだろうか?


 もしそういう事……女の子同士があるのなら、女の子になっている僕にとってはお嫁さん探しをする上ではプラスになるのだろうか……?

 いやそれだと真実を口にしたとして『えっ? 中身が男? 聞いてない、チェンジで』とか言われたらどうしよう……。


「あぁ、哀れ純情なルナっち……何も知らないウブなルナっちは、やがてアイねぇの毒牙に……」


「ちょっと!? なっ、なんでそこで私の名前が出てくるのよっ! ルナさんに誤解されちゃうでしょ!?」


「アイねぇこそ、なんでそこで誤解されたくない相手としてルナっちの名前が出てくるんスかねぇ~?」


「私が、アイネさんの毒牙に……?」


「あぁぁっ!? 違うのよルナさんっ、私っ、毒牙にかけるとかそんなっ」


「そうッスよね、アイねぇはちゃんと両想いになってから手を出すッスよね」


「違うわよ! 私はノーマルでまだ清いままなの! もぅっ……あのね、ルナさん!」


 ミリリアさんにからかわれたせいか顔を赤くしたアイネさんが、その勢いのままズイッと身を寄せてきた。

 思いがけず綺麗な顔が視界いっぱいに広がり、フワッと鼻をくすぐる香水の香りに心臓が跳ねる。


「っ!? は、はい」


「この女学院という特殊な世界のせいか、そういう嗜好を持った子はいるらしいわ。でも私はノーマル……普通に殿方が好きなの。ミリリアが何か言ってたけど、別にその……ルナさんのことがキライとかそういう話をしてるんじゃないから、勘違いしないでもらえると嬉しいわ」


「はっ、はいっ」


 アイネさんは真剣に僕に説明をしようとしてくれているのはわかるのだけど……その、近いです……!

 クロが『『つんでれ』キタのじゃ!』とか言っているけど、そんなこと気にしている余裕はない。

 ただきっと、『溜まる』ときとは別のドキドキで僕は顔が赤くなってしまっている。


「アイねぇ……そういうトコッスよぉ? 朝のコトが噂になったばかりなのに、その今にもルナっちに『壁ドン』でもしそうな格好はまた誤解を呼ぶッスよ?」


「あっ!? ご、ごめんなさいルナさんっ。私っ……」


「い、いえその……気にしないでください」


 アイネさんは慌てて僕から離れると、顔を真っ赤にして自分がしてしまったことを恥じらっていた。高鳴った心臓がうるさくてその顔を直視できず、僕も顔をそらしてしまう。


「あの完璧お嬢様のアイねぇはドコにいっちゃったッスかねぇ。それにしても……ルナっちの反応も怪しいッスね……ニッシッシ」


 ギクッ。

 そ、そりゃ僕は中身が男なんだからこんな綺麗な女の子の顔が間近に迫ったらドキドキしちゃうでしょっ。そんな言い訳は口にできないけど!


「まかさこの中でノンケはアタシだけ――あいたっ!?」


「いい加減にしなさいっ。もうっ、行きましょルナさん!」


「わ、わかりました」


「ってて……アイねぇ! アタシは先に部屋に戻ってるッスよ!」


「わかったわ。また後でね。さあ、ルナさんのお部屋は4階よ」


 2階の踊り場でミリリアさんと別れ、僕は赤い顔を隠すように先導し始めたアイネさんについて、僕が暮らすことになる部屋へと向かうのだった。








――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★3」をよろしくお願いいたします。


次回、「ステラ寮~自室、従者、過保護にて~」

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