025.狂犬皇女の鬱憤~●●に代わってお仕置きよ!~


『一発殺し合いらせろやぁぁぁっ!!』


 とても淑女とは思えない言い様で獰猛な悦びを爆発させたクラウディア皇女殿下は、全高が人の10倍はありそうな【光鉄こうてつの巨人】の中で何度も腕を振りかぶり、その動きに合わせて巨人の拳が僕が展開している【光壁】に打ち付けられる。

 ドカンドカンとぶつかり合う音と衝撃が辺りに撒き散らされ、その余波で退避した女の子たちが悲鳴を上げている。


「「「キャアァァァッ!?」」」


「やめろクラウディア! 貴様何やってるか分かってるのか!!」


「クハハハハッ! クハハハハッ!」


「あのメイドさん……シェリスさんはどこにいらっしゃいますの!?」


「飼いぬ……シェリスさんはご用事があるとのことで本日はいらっしゃいませんわっ! キャッ!?」


「ストッパーがいない日に限ってこれはマズイッス! ここまで大暴れなのは初めてッスけど! うわっち!?」


「クハハハハッ! 何だこれは! ビクともしないぞ! クハハハハッ!」


「(うーん……どうしようこの状況)」


 僕はと言えば、辺りに吹く風に髪を揺らされながら、どうしたものかと考えていた。【光壁】の向こうに迫る巨大な拳を前にしても特に驚異があるとは感じられないので、他人から見たら文字通り『どこ吹く風』かもしれない。


 状況を整理しよう。


 何やら、この皇女殿下は座学の授業で居眠りしていたり、実技の授業でもつまらなさそうな態度を取っていたり、あまり真面目な生徒ではないのだと思っていた。学生生活というものを知らない僕にとっては、『そんな人もいるんだなぁ』としか思っていなかったけれど、何かが彼女の琴線に触れてしまったようでこんなことになっている。


 先生やアイネさんが止めようとしてるし、この状況が『普通の授業風景』ではないことは流石に僕でも分かる。


 しかし、いくらここは身分が関係ない学院と言っても、仮にも相手は帝国の皇族らしいし、たとえ相手が癇癪かんしゃくを起こした子供みたいに暴れていたとしても、ここはなるべく穏便に済ませないと不味いことになるかもしれない。今の僕はただの新興貴族の娘に過ぎないのだから。


「皇女殿下、もうお止めになっていただけませんか? みなさんのご迷惑になってしまっています」


『クハハハハッ! 迷惑ぅ? そんなの我の知ったことではないわ! ようやく……ようやくマトモなやつが出てきたのだ! そこの腑抜ふぬけ共とは違ってなぁ!』


「……今日編入してきたばかりの私が申し上げるのもおかしいかもしれませんが、共に学院で過ごしてきたクラスメイトを『腑抜け』呼ばわりはないのではないですか?」


 話をする間にも拳は打ち付けられ続けているが、一向にヒビが入る様子もないのを見て取った皇女殿下は大きく巨人を飛び退かせた。ズシンと地面が揺れる。


『いいや、腑抜けどもだ。貴様も見たであろう、先程のテストとやらを。動かない的に向かってお遊びのような術を繰り出すことに何の意味がある? しかも大半が使い物にもならん。こんな体たらくでこれから闇族を滅ぼせるのか? 輝光士とはそのためにあるのではないか? こいつらは、たった2年でそれを忘れているのではないか? だから言ったのだ、腑抜けだと』


「…………」


『白いの……貴様はどういう訳かは知らぬし、訳などどうでもよいが、実戦を経験しているであろう? そんな貴様の目から見て、我と同じことを思ったのではないか?』


 ……確かに、そう思った部分もある。


 『たった2年』というのもまた同感だ。

 王都に戻ってきた時に感じた寂しさも、『たった2年』で変わってしまった人たちに対して覚えたものだというのも。


 でもそれは……陛下が仰っていたように、ようやく手に入れた『平和』がもたらしたもので、人々の顔に希望に満ち溢れる光景は、彼が……アポロが夢見た世界の一端だ。

 そして陛下は僕に、そんな世界を楽しむように仰ってくださった。


 なればこそ、僕はここで絶対に頷くわけにはいかない。


「私は、そうは思いません」


『なんだと……?』


「私は、これまで各国を旅してまいりました。2年前と比べ、平和を手にした人々の顔には闇族への恐怖ではなく将来への希望があります。そして、失ってしまったものを取り戻そうと精一杯努めております。そんな世にこれから必要とされるのは、世界を、人々の暮らしを豊かにする力です。悲しみや驚異がなくなったわけではありませんが……決して戦うだけが輝光士の存在意義ではないのです。私が実戦を経験しているかどうかなど、これから輝光士となる皆さんには関係ありません」


『下らぬな。平和になったからなぞ、己の実力不足の言い訳にするには戯言が過ぎるというものだ。力なくば失うのは当然。力ある者こそが今も昔も世界を導くに相応しい。あの星導者のようにな。力なくば、何も成すことはできぬ』


 ……

 仮にも国を治める側の人間が、今の平和を手に入れた人々の姿を見て言うことが、下らない?

 その平和を手に入れるために散っていった人たちを……力及ばず後を託すしかなかった人たちを……何も知らない癇癪持ちの子供なんかが、下らないと言った?


「……そう仰る皇女殿下は、いかがなのですか? 失礼ながら、貴女はそう言いながらも実戦経験など無いのでしょう? 帝国の皇族ともあろうお方が、あの大戦で民達が失ってしまったものを平然と『下らない』と言えるなど、有り得ません。大事にされて育ってこられたのではないですか?」


『なっ……』


を気取るのは皇女殿下の自由ですが、帝国も含めたこの世界が前に進んでいこうという大事な時期に、国元を出されて他国で学生をしている……さて、世界を導く実力者であるかどうか、お立場を自覚されたほうがいいのはどちらでしょうか?」


「ルナっちぃ!? 煽ってどうするんスか!?」


 煽って……か。たしかにカチンときて言いすぎてしまったかもしれない。少なくとも、新興貴族の娘ごときがイチ国家の皇族に言うことではなかったよね。

 ただ後悔はしていない。アポロや今はいないみんなのことを悪く言われることだけは、僕の中で許されることではない。


 これで皇女殿下が立場を自覚して拳を収めるなら良し。そうでないなら……この上位者としての自覚が足りない女の子に、ちょっとお灸を据えてやるだけだ。


『……サマに……』


 ――ガキンッ!


 皇女殿下の答えは……拳だった。


『貴様に我の何が分かるっ!? 帝国のために……兄様達のためになろうと必死に力を磨き! いつか肩を並べて戦場に出るものだと思っていたのにっ! 兄様達は亡くなり! 敵を討つ間もなく戦いは終わってしまった! 『灰色地帯』の北伐にも参加させてもらえず! 国元からも出されたっ! 姉様は次期皇帝となる婿をもらうだろうが我はどうだっ! 女としても! 皇族としても! 我は帝国に必要ないというのかっ!』


「……先程も申し上げましたが、もう少し皇族として、人の上に立つものとしてのご自覚を持つべきです」


『っるせぇ! このっ……貴様! いい加減そこから出てこい! 我を侮辱しよって! 不敬罪で叩き潰してやるっ!!』


「敬えるような振る舞いをしていただけるなら、きちんと敬わせていただきますよ。それにここは学院です。力を振るうべきところをわきまえ、もう少し淑女らしくするべきかと存じますが? 今の貴女は上位者としての自覚もなく、ただ思い通りにいかずに癇癪を起こしているに過ぎません。貴女も皇族であるなら、もう少し落ち着いてください。国元を出される際に、そのあたりのことも言われたのではないですか?」


『っ! 母上のようなことを言いおって!! 御託はいいから我と戦えっ! この鬱憤を晴らさせろっ! クソッ! 出てこいっ! スカした顔をしおって!』


 とうとう開き直られてしまった。

 口が止まらない僕自身にもちょっと自己嫌悪してるけど、ここまで言っても大人しくしないならば仕方がない。この状態を怖がっている子も多いし……。


 気は進まないけど、ちょっとだけその伸びた鼻を折らせてもら――――


『いつまでもそこから出てこないなら……こうだっ!!』


 バシュッ! という音とともに黒銀の閃光が走ったかと思うと、【光鉄の巨人】の片腕の肘から先が切り離され勢いよく飛び出した!

 そしてその腕が猛烈な勢いで飛んでいく先には……!


「マリねぇ!?」


「っ!? マリアナさん、逃げてっ!!」


 ――――転んでしまったのか、逃げ遅れて身をすくめてしまっている、マリアナお姉ちゃんがいた。



*****

//アイネシア・フォン・ロゼーリア//


「きゃあぁぁぁぁっ!!?」


 ――ドガァァンッ!


「マリアナさんっ!!」


 目にも留まらぬ速さで突っ込んだ【光鉄の巨人】の腕がマリアナさんがいる辺りにぶつかり、大きな衝撃が土煙を伴って駆け抜ける。

 私は思わず腕で自分を庇いながら、突然の展開に戸惑っていたとは言え、どうしてマリアナさんが逃げ遅れていることに気づいてあげられなかったのかと後悔していた。


 ――私達より2つ年上だというマリアナさんは、クラスで孤立気味だった。


 一部の下品なクラスメイトが話していた下らない噂話が原因らしい。

 私はそんなことは気にしないし、チェンクリットさんと同じように、ミリリアと一緒にクラスメイトとして普通に接してきた。

 でも、その一部の人たちは姑息にも私達が知らないところで噂を元に品のないちょっかいをかけていたらしく、いつの間にかマリアナさんは塞ぎ込むことが多くなってしまっていた。


 私は、そんな子達とは違う。私があの方に救っていただいたように、私も誰かを救えるはず。助けになれるはず。そう思って、あの優しいお姉さんに笑顔が戻ってくれるようにと接してきた。

 それなのに……いざというときに気も利かず、身体も動かず、何も出来なかった。


 あんな攻撃を受けたら、マリアナさんじゃなくてもひとたまりもない……。


「そんな……――――え?」


 私が無力感と後悔に包まれているうちに、マリアナさんがいた辺りの土煙が晴れていくと、そこにあったのは凄惨な光景ではなく。


「もう一度問いましょう、アグニス帝国のクラウディア皇女殿下。これは、どういう、了見でしょうか」


 驚きで目をまん丸にしたマリアナさんを背に、火を吹く鉄腕を片手で受け止めたルナさんが、目の前に荒々しい暴力が吹き荒れているのにもかかわらず静かに佇んでいた。


 ルナさんはさっきまで、優秀者演舞を行った位置にいたはずでは!?

 今いる場所まで50m以上はあるわよ!?

 1限目のときにいつの間にかマリアナさんを助けていたことも驚いたけど、その比じゃない距離よ!? まさかミリリアと同じ力が使えるというの!?


「ルナちゃんっ……!? だ、だめっ! 逃げてっ! 手っ……血がっ!!」


 マリアナさんはどうやら転んだ拍子に足を痛めてしまっているらしく、上手く立ち上がれないながらも、自分を庇って掌から白い輝光力の光を含んだ血を流しているルナさんにすがりついて、必死に止めさせようとしている。


 ルナさんが庇うのを止めてしまったら酷いことになるのは自分であろうに、自分のせいで目の前の人が傷ついているのが嫌なのかもしれない。


 すがりつかれている当の本人は、目の前の驚異などないかのように彼女の方を振り返り目を閉じたまま微笑むと、優しくマリアナさんの手を解いた。


「これくらい大丈夫ですよ。良かったです、マリアナさんがご無事で」


「ルナちゃん……」


 どうして……。

 そんな気持ちが私の中で湧き上がってくる。


 どうして、あんな巨人に殴りかかられても平然としていられたのか。

 どうして、そんな遠い距離を一瞬で移動できたのか。

 どうして、自分が傷ついても何のためらいもなく他人を庇うことができるのか。

 どうして、その微笑みを見ていると、私の心のどこか……大切に仕舞ってあるはずのその記憶の蓋が開きそうになるのか。


 そして、どうして――――私の身体はいま震えているのだろうか。


「さて……これで正当防衛が成立したと言ってもいいでしょうか。ですよね? 皇女殿下?」


 ――ゾクッッ


『ッ!? ぁっ……ぐっ……グェェッ! ゴホッ、ゴホゴホッ! な、なななんだ、こっ、これはっ……!?』


 ルナさんが瞳を開くと、冷たい表情となった彼女の眼が一瞬だけ輝いたように視えた。

 するとその途端、彼女からクラウディア皇女殿下へ向かって何かが広がったように感じる。


 これは……ソレを直接向けられているわけでもなく、遠くにいてその余波しか感じていないのにも関わらず、この身の底から震え上がるような恐怖は……これが『殺気』というものなの……?


 直接殺気を向けられたであろうクラウディア皇女殿下は、直後に胃からせり上がるものを我慢できずに恥も外見もなく吐き出した後、膝をついて一歩も動けずに身体を震わせ、その震えに合わせて【光鉄の巨人】も耳障りな音を立てている。飛ばしていた片腕は術を維持できなくなったのか消えてしまった。


「どうしましたか? 私はただ睨んだだけですよ? 貴女のように無駄に力を撒き散らすのではなく、もうちょっと『すまぁと』に……いえ、『』威圧してみただけです」


 ルナさんの言っていることはよくわからないけれど……たしかに、皇女殿下が教室でルナさんに『威圧』をしたときのように輝光力が荒れ狂ったりはしていない。一瞬だけ輝光力の高まりは感じたけれど、現状でルナさんはただ『睨んで』いるだけだ。


「貴女は己の我儘で皆さんに迷惑をかけるだけではなく、多くの人を侮辱し、あまつさえ殺人という絶対にやってはならないことにまで手を出そうとしました」


 ルナさんはそのまま、まるで罪人に罪状を告げるような冷たい声で、顔をひきつらせて震える皇女殿下に後悔を刻んでいく。先程マリアナさんに優しい声をかけた人とは別人のような冷酷な声。


「先程まではちょっとお灸を据えて……反省していただくだけにしようと考えておりましたが、口で申し上げても分からないようですし、正当防衛も成立していることですので、人の命を軽んじる皇女殿下には、お望み通りの殺し合い……死ぬということを体験していただきましょう」


「ルナさん……貴女はいったい……」


 優しく笑う恥ずかしがり屋なルナさんと、許せないことに対してどこまでも冷酷な雰囲気を纏う今のルナさん。


 いったいどう生きてきたら、そんな2つが同居する人間になるのだろうと、私の中でまた『どうして』が1つ増えた。



*****



「人の命を軽んじる皇女殿下には、お望み通りの殺し合い……死ぬということを体験していただきましょう」


 ……僕はいったい何を言っているのだろう。


 そう頭のどこかで思いつつも、がクラスのみんなやマリアナさんに手を出した……それも殺そうとした時点で、端的に言えば僕は静かにキレていた。


 このを放っておいたら僕のこれからの学院生活が、ひいてはこの国の今後にとっても悪いものにしかならないと判断できる。帝国にとっても、だ。

 かといって言葉通りに命を奪っては鹿と同じになってしまうし、国際問題になる。だからちょっと臨死体験でもして命の大切さを学んでもらおうという訳だ。


 ……どうやら僕は怒ると悪口の語彙が少なくなるらしい。


「さて……」


 僕はまず、彼女に視線を向けてかけていた『威圧』を解除する。


『……あっ!? キサマァッ! 良くも我に恥を……!』


 そうすると直情的な皇女殿下はこれ幸いと殴りかかってくるので、その直線的な動きに合わせて懐に入り込み跳躍、薄く引き伸ばした【ライトボックス】を宙に出現させ足場にしてさらに跳躍、瞬時に生み出した【輝光剣】を掴んで【光鉄の巨人】胸部の彼女が居る位置、その眼前ギリギリまで突き入れる。


『――ヒッ!?』


「まず1回。もう少し深かったら死んでいましたね」


 突き刺した【輝光剣】は解除せず、僕は飛び上がったままの状態で足元に足場を作り、両足を肩幅に広げ右手を彼女がいる位置……もうコックピットでいいや、ロボっぽいし。そのコックピットに衝撃を【付与】した右手を添え、【強化】した筋力と体術の練気の要領で衝撃を与える。


『アガァッ!?』


 ドンッ! という鈍い音とメキメキという金属が凹むような音を響かせながら【光鉄の巨人】が吹き飛ぶ。


「2回目。もう少し衝撃が強かったら潰れて死んでいましたね」


『クッ、クソッ……ガァッ!?』


「3回目。もう少し【輝光剣】を落とす位置をズラしていれば、真っ二つになって死んでいましたね」


『グアッ! や、やめっ!? ギャァッ! ゴフッ!?』


「4回目――5回目――――8回目――――13回目――――」


 【輝光剣】で突き刺し【光線】で居抜き【斬光波】で切り裂いて、【光鉄の巨人】の四肢を奪い、コックピットがある胴体部分だけが転がっても、それを端から刻むようにして僕は手を止めない。


『…………』


「じゅうは……気を失いましたか。……ふぅ~」


 大きく息を吐きだして、熱くなってしまっていた気持ちを落ち着かせる。


 【光鉄の巨人】が光になって消え、ハリネズミのように【輝光剣】が突き刺さりボロボロになって転がっていたコックピットから、いろんな液体にまみれたクラウディア皇女殿下が放り出されて地面に転がった。

 ちゃんと息をしているのは確認したので、彼女の様子がどんな風かは明言は避ける。彼女の名誉のためではなく、僕の精神安定のために。

 ……うぅ、目をそらしても臭いがキツイ。


 ――ビクッ!?


 目をそらした先……先生やアイネさんたちが退避していた方を見ると、まるでコントのように皆がそろって身体を震わせた。


「(どう見てもドン引きされてるよねこれ……)」


 その光景を見て、『やりすぎた』という後悔がムクムクと湧いてくる。星導者の力は使っていないとはいえ、戦いを知らない彼女たちを怖がらせてしまったのは僕も同じだ……。


 「……めぇ……よ、くも……」


 と、思っていたら。なんと僕の背後で直視し難いナニかが動き出す気配が。

 黒いアレ並のしぶとさだ。いや、とどめを刺す気はないんだけど……ん!?


 ――ドドドドドッ!


「っ!?」


 同時に、今までグラウンドにいなかった気配が猛烈な速度でこちらに近づいてくるのを感じた。

 僕がやりすぎたせいで帝国の人間か誰かが助けに来たのか!? と、思わず身構える。


 その気配がやってくる方向を見ると、を着た女の子が、自身よりも大きく重たそうな鉄の塊……ハンマーのようなものを手に低い姿勢で疾走してきていた。


 この状況でメイド服というのはよくわからないけど、やはり帝国の人間かっ!!


「よくも我を……こんなにっ……」


 そのメイド服の子は鋭角に飛び上がると、空中で手にしたハンマーを軸に回転を始めた!


 『ぬちゃぁ……』という嫌な音を立てながら立ち上がる皇女殿下への警戒もしつつ、僕は迎撃しようと手を向け――――その勢いづいたハンマーが振り下ろされようとしている相手を見て呆気にとられてしまった。


「このっ……クソ主人がぁぁぁぁぁっ!!」


「――グェッ!!?」


 ドゴッ! と危ない音を立てて勢いが乗ったハンマーを叩きつけられた皇女殿下は、見ではいけないものを撒き散らしながら地面を何度も跳ね、そしてピクリとも動かなくなった。あ、いや、ピクリとはしてる。痙攣っぽいけど。


 そして皇女殿下にトドメをさした(?)メイド服の女の子は、徐にハンマーを地面に置くと、何事もなかったかのようにおすまし顔で僕に向かって綺麗なお辞儀をしてきた。


「お初にお目にかかります。わたくし、このゲ●まみれの主人のメイドをしております、シェリスと申します。この度はうちの脳足りんのクソ主人が大変ご迷惑をおかけしたようで誠に申し訳ございません。二度とこのようなことがないようよく躾けておきますので、どうかこの場はお許しいただけないでしょうか」


「え、ええ。私は良いのですけど……」


 呆気にとられたままの僕が返事をすると、主人であるはずの皇女殿下を口汚く罵った、シェリスと名乗った青いショートヘアのメイドさんは頭を上げた。


「貴女様の寛大なお心に感謝いたします。よろしければ、お名前をお伺いさせていただけないでしょうか?」


「ルナリアと申します。ルナリア・シール・ホワイライトです」


「ホワイライト様、でございますね。どうやらあの駄犬の凶行を止めていただいたご様子。ホワイライト様には、僭越ながら皇帝陛下に代わりまして改めて謝罪とお礼を申し上げます」


 とうとう『主人』が抜けた……。


「い、いえ。もういいですから。もし謝るなら、どうかあちらにいる皆様にお願いいたします」


「かしこまりました」


 そう言ってもう一度お辞儀をしたシェリスさんは、ピクピクと痙攣する主人を放置して皆が居る方へと歩き出した。皆にも頭を下げて、事情を説明してもらっているようだ。

 いつの間にかあの大きなハンマーが無くなっているのは気の所為だろうか。


 僕も皆のところに……戻る前に、動けないマリリアさんのところにいって、足を治してあげなきゃ。


 結局、この実技の授業で巻き起こった騒動は、キレてしまったルナではなく、最終的には皇女殿下のメイドの制裁によって幕を引いたのだった。

 いつの間にか僕の行動にドン引きだった皆の空気もどこかに吹き飛んでいたので、これでよかったのかもしれない。



*****



「これで大丈夫です。もう治りましたよ、マリアナさん」


「ルナちゃん……もうダメかと思ったわ……助けてくれてありがとう! 手は大丈夫!?」


「もがっ!? だ、大丈夫ですからっ! はっ、離してくださいっ」


 シェリスさんを囲んでキャイキャイ言っているその脇で、マリアナさんに抱きしめられ、また熱が『溜まる』ことになってしまったのは、今回の出来事に比べれば余談に過ぎない……うぅ。





――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき(今回からこちらでも始めてみます)


ルナに代わって(メイドさんが)お仕置きよ! でした。


お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★3」をよろしくお願いいたします。

次回、「放課後、ステラ寮へ~おんなのこどうし?~」

主人公くん、百合な世界の存在を知る。

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