024.続・輝光術実技の授業~Sクラスの逸般レベル~


『なるほど! そこの桃色のちっちゃい子に私の術をかければいいのね!』


「ん? お話は終わったッスか?」


 エルシーユさんへの説明が終わると、彼女は満面の笑みで右列の一番前にいたミリリアさんを指さした。

 淑女が人を指差しちゃいけません! というのは、また後で教えてあげよう。


「おまたせしました。エルシーユさんにテストについてご説明しました」


「はぁ……すまん、助かったぞホワイライト。では再開する! エルシーユとクーパーは前へ!」


「どんとこーいッス!」


『始めてください』


『わかったわ!』


 エルシーユさんに向かってその身体の割に大きな胸を張ったミリリアさんから微妙に目をそらし、僕はエルシーユさんに開始を促した。


『ルナリアさん、見ててね!』


 エルシーユさんは大きく頷くと列から離れ、ミリリアさんからも遠い場所まで行ってからそっと目を閉じた。いつの間にか手にしていた布束が広げられ、光結晶の重さで垂れ下がる両端を手にしている。


 そしてその長い睫毛に覆われた瞼が開かれた時、彼女の雰囲気は神聖なものへと一変し、その眼には『黄金の一星眼』が輝いでいた。


『――チェンクリットが陽光姫ようこうきエルシーユが奉上し、星の神々へ願い奉る』


 彼女が祈るようにその言葉を口にすると、その髪、その瞳、そして手にした布束と光結晶に輝光力が満ち溢れ、彼女とその周囲を黄金の光で包む。

 そのまま光で包まれた空間を舞台として、滑らかに、時にゆっくりと、時に激しく、東方で見た踊り子のように舞を披露していく。

 その流し目や身体をなぞるような動きから婉然とした印象を受ける舞は、彼女の手や光結晶が宙に軌跡を描くごとに激しさを増し、動きに合わせてミリリアさんの足元を中心として光の魔法陣のようなものが描かれていく。


『【輝舞カガヤキノマイ】【一の舞、えん】』


 そして魔法陣が完成したところでエルシーユさんがそう口にすると、魔法陣の上にいたミリリアさんに輝光力が吸い込まれ、彼女の舞は完成した。


 あれは……今回は魔法陣の上にミリリアさんしかいないからわかりにくかったけど、輝光力の流れは魔法陣全体に及んでいた。おそらく【集団付与】だ。

 魔法陣の上にいる者全てに一度に【付与】してしまうという、集団戦においてはとんでもない効果を発揮する輝光術。大戦時には10人単位の【付与】輝光士が力を合わせて長時間の詠唱をして、ようやく発動できるというものだった。

 それをエルシーユさんは1人で、しかも舞を舞うわずかな時間で発動してみせた。


「お……おぉ! アタシはエルっちの【付与】をもらうのは初めてッスけど、すごいッスね! めちゃめちゃ力が強くなった気がするッス!」


 ミリリアさんの体全体にエルシーユさんの金色の輝光力が行き渡っているのがので、おそらく効果は単純な身体強化だと思うけど、その効果量はすごそうだ。


「そういえば、ミリリアさんは【強化】が得意だったのですね。先程のグラウンド周回では輝光術が禁止されていたからあんなに苦労していたのでしょうか?」


「あの子……あんなナリしてるけどすごいのよ? あ、見てて」


 アイネさんに促されて見てみると、エルシーユさんから【付与】を受けてやる気いっぱいのミリリアさんが、20m先の的に向き合ってぐるぐると腕を回していた。


「じゃあいくッスよー! せぇ――」


 え!? 消え――


「――のッス!!」


 ――ドガァァンッ!


 ミリリアさんが腕を振りかぶって一瞬だけ桃色の輝光力を纏ったと思ったら、次の瞬間には的の真後ろに現れていた。そしてそのまま金色の輝光力が輝く右腕を叩きつけて、的を破壊してしまった。

 何だ今の……僕でも視えなかった……。


「うわっち!? エルっちの【付与】はすごいっすねぇ! 馬鹿力になった気分ッス!」


 いやたしかに、拳を叩きつけただけで鉄の的がひしゃげるほどの威力になったのは、エルシーユさんの【付与】のお陰で、その桁外れの効果にも驚きだけど……それよりも!


「ミリリアさん……【光速移動こうそくいどう】しましたか?」


「さすがにルナさんも驚いたでしょう?」


「はい。ふふっ」


 友達を自慢するようなアイネさんの様子が年相応の女の子っぽくて微笑ましく、つい笑みを溢してしまった。


「あれは私の『眼』でも見えないくらいの速さだわ。一度に輝光力をたくさん使うし目に見える範囲が限界らしいけど、一瞬で違う場所に移動してしまうもの。ミリリアに他の適正はないけど、十分すぎる力だわ。本人は『これで遅刻を誤魔化せるッス!』とか言ってるけど」


「たしかにそれは……すごいですね」


 本人の見た目や言動はともかく、彼女がもし大戦時に輝光士として参加していたら、とてつもない活躍をしただろう。奇襲、潜入、情報伝達。すぐに考えつくだけでもその有用性は計り知れない。


 ……僕は、『この学院の問題』というのは『学生全体のレベルの低さ』だとこの実技の授業を見て思っていた。

 ただ、それは僕がまだ彼女たちのことをよく知らないが故の勘違いかもしれない。アイネさんやミリリアさん、マリアナさんやエルシーユさん、あとおそらく皇女殿下などの何人かは、実力だけなら大戦時の輝光士と遜色ない。

 違うとすれば……って、使命のことになるとまた考え込んでしまうのは良くない。


 頭を振って意識を切り替えると、ちょうど次の順番の人が呼ばれるところだった。


 あれ、そういえば順番的にはクラウディア皇女殿下は終わってしまっていたのかな。順番待ちをしながらアイネさんとお話していた時に見落としてしまっていたのかもしれない。反省。


 その後、アイネさんは僕への宣言通り、1人で【付与】も【強化も】施していた。

 速度を【強化】して一息に的に接近し、手にした訓練用の銅剣に切断力を【付与】して的を真っ二つにしていた。訓練用の剣は刃を潰されているが、その上であえて切断力を見せることで評価を狙ったのだろう。わかりやすくていいなと思った。


 僕は先程の反省を活かして、今回はアイネさんと同じことをした。

 ただクレアさんからの言葉を加味して、速度を更に【強化】して、銅剣を2本同時で【付与】して的を十字に切り裂いてみたら、『ルナさんの意地悪』と少し拗ねられてしまった。ごめんなさい。


 その次の【顕在化】の適正テストになると、ついに列に並ぶ人間は3人だけになった。

 アイネさんと僕、そしてクラウディア皇女殿下だ。


 【顕在化】は輝光術の中でも特殊な分類に入り、適正を持つものは少ない。

 自らの心結晶から引き出した輝光力を体外で固定化し、実体のある武器や防具を作り出したり、刃を作り出して飛ばしたりするのが大戦での主な使われ方だった。


 攻撃や防御の手段としては普通の武具や【放出】があるではないかと思うかもしれないが、輝光力さえあれば誰でも使えて、さらに闇族に有効な武具を、術者の輝光力が保つ限りノーコストで作り出せる【顕在化】は、戦場ではとても重宝された。


 適正者が少ないのは、『光を実体化させる』イメージをすることが困難だからではないかと言われている。


「よし! クラウディアからだ! 始め!」


「いちいちデカイ声で我に命令するでない……っと」


 クラウディア皇女殿下は、無詠唱で右腕を覆う巨大で無骨な光の篭手(【光装甲ライトアーマー】というらしい)を作り出すと、気怠げながら鋭い動きで的に接近し、的を粉砕してみせた。なんという野性味溢れるパワースタイルだろうか。


 アイネさんは、今回も無詠唱で銀色に鋭く輝く2本の【光剣ライトソード】を宙に生み出すと、気合の掛け声と共に射出し、見事2本とも的に突き刺さっていた。これも見覚えがありすぎると思ったら、僕が愛用していた術だった。素直にすごいと思ったのでアイネさんにそれを伝えたら喜んでもらえた。


 でもどうしよう、僕も【光剣】を使おうと思っていたけれど、先を越されてしまった。【付与】と【強化】の時みたいにアイネさんのメンツを損ねては申し訳ないけど、【光剣】が一番便利でよく使っていたものだし、あまり星導者としての僕と結びつかないもので、他のものとなると……よし、。派手さは薄いけど、少しは実用性はあるとは思う。


「よし! ホワイライト!」


「はい。【光縛ライトバインド】」


 わざと発動が分かりやすいように、適当に考えた術名を口にして的に手を向ける。

 瞬時に的の周囲に何本もの光の輪が現れ、鉄製の的を締め付け始める。


『うわぁ……ルナリアさん、えっぐいわねぇ! でも発動速度も強度もすごいわ! さすがは私のお友達!』


 エルシーユさんが何やら言っているけど聞こえないふりをして、そのまま開いていた拳を握るような動作をすると、締め付けに耐えられなくなった的は輪切りになって地面に落ちた。


「ルナっち、もしかして女王様もイケるッスか? ねぇアイねぇ?」


「し、知らないわよっ。なんで私に聞くのっ」


 ……うん、なんか変な誤解されてるみたいだしこの術は失敗だったかもしれない。

 ちょっと『変態猫へのお仕置きに使えるかな』なんて考えてしまっただけに、アイネさんたちが話している内容が耳に痛い。


「よし! ……またすごい術だが、テスト結果としては問題ない! これにてテストを終了する! 最後は恒例の優秀者演舞で〆るが……ロゼーリア! ホワイライト! 今回はお前たち2人だ!」


 優秀者演舞……?


「まぁ! 今回はロゼーリアさんだけでなく、ホワイライトさんもなのね!」


「4適正全てで、素晴らしい結果を残していらっしゃったものね。どんな演舞を見せていただけるのかしら?」


 先生が宣言すると、クラスメイトたちがまたキャイキャイ言い出した。


「……フンッ、くだらぬな……ボケどもが。……やはりアイツか……」


 皇女殿下はものすごく見下すような目でその光景を見たあと、僕にニヤリと微笑んで来たのが気になる。まるで猛獣が獲物を見定めているような……。


「ルナさん?」


「あ、いえ。なんでもありません。『優秀者演舞』とのことですが、私はどうすればよろしいでしょうか? アイネさんは経験があるとのことですが……」


「そうね、優秀者演舞っていうのはテストで優秀な結果を残した生徒が、その適正を活かして他の生徒の見本になるような輝光術を披露するものなの。これまで4適正全てを持っていて、ちゃんと結果を出していたのは私だけだったけど……」


「今回は私も4適正のテストを受けて結果を残したから、だから選ばれた……と」


「ええ。編入早々すごいわよ? くすっ。これは主席の座も危ういかもしれないわね」


「いっ、いえそんな……」


 危ういかも、なんて言いながらなぜか楽しそうなアイネさん。嫌がられるよりは良いけど、僕としては恐縮してしまう。


 そうこうしている間に、先程の適性テストで使われた的とは別の……古くなった鎧のようなものが台座付きの的として設置されていた。古いとは言え作りを見るとかなり頑丈そうだ。


「よし! 準備ができたな! ではロゼーリアからだ! 他の者に目指すべき姿を見せてやれ!」


「はい!」


 大きく返事をしたアイネさんは、輝光力を高めて次々に術を発動させていった。


 【光剣】が浮かび、【内輝活性】で速度を【強化】して距離を詰め、途中で【斬光波】を放つ。【斬光波】の着弾に合わせて【光剣】もヒットさせて大きく鎧を凹ませた後、切断力が【付与】された銅剣で斬りかかり、鎧の半ばまで切り裂いた。


 これまでテストで披露した術を流れるように繋げ、まさに演舞といえるその内容にクラスメイト達から拍手が巻き起こる。


「フンッ……」


 クラウディア皇女殿下は、何がそんなに気に入らないのか、つまらなさそうな態度に変わりがなかった。


「よし! 貴様らもロゼーリアのように適正を伸ばせるよう励め!」


「「「はい!」」」


「では次! ホワイライト! そうだな……お前は趣向を変えていけ」


「趣向を変える……ですか?」


 え、なんで僕だけ? アイネさんと同じようにしてはダメなのだろうか。


「どうやら貴様の底はまだ見えていないようだ。より『実戦的な』ものを見せてみろ。……では始め!」


 セルベリア先生は一方的にそう言うと、開始を宣言した。

 いきなりそんな事を言われても……とは思うが、生徒の立場としてやれと言われた以上はやるべきなのだろう。


「ルナさん……」


 心配そうなのか期待しているのか分からないアイネさんを横目に、僕は位置につくと――全て無詠唱で同時に術を構築していく。

 

【内輝活性】で筋力を強化。

 左手に【輝光剣シャイニングブレイド】を生み出し衝撃を【付与】。

 右手に【光鞭ライトウィップ】を生み出してしならせ絡め取り、的を強引に引っこ抜く。

 勢いよく飛んできた鎧を左手の【輝光剣】を振り上げて衝撃で打ち上げる。

 そして、重力でそれが落ちてきたところで指を向け、【光線】で射抜いて大穴を開けた。


 この間、僕は一歩も動いていない。

 『実戦的な』と言われたので、もしこの的が鎧を着た相手だったとしても、何もさせずに倒し切ることができる連撃を意識した。


 鎧が地面に転がりカランと虚しい音を響かせる。

 誰も何も言わず、場が静寂に包まれた。


 えーと、これはアレだろうか。無詠唱の多重発動は、流石にやりすぎてしまっただろうか。それとも、さっきの流れから【光鞭】はまた変な誤解をされてしまっただろうか。

 また「キャー!」とか騒ぎになってしまうのだろうか。


 ……なんてお気楽なことを考えていたのもつかの間。


「…………」


 僕は徐に振り返り【光壁】を発動させた。


 ――ガキンッ!!


「……なんのおつもりでしょうか、クラウディア皇女殿下」


「クッ……ククッ……クハハハハッ! 貴様はやはり最高だなっ! 完全に奇襲だったのにも関わらず、難なく防いでその落ち着き様とは!」


 僕が発動させた【光壁】とクラウディア皇女殿下の【光装甲】がせめぎ合い、火花を散らしている。


 何がそんなに楽しいのか、皇女殿下は先程までのつまらなさそうな顔から一変、歯をむいて笑みを浮かべていた。


「白いのぉ、お前、実戦経験ヤったことがあるだろ? なぁそうだろ? こんなお遊びみてぇな輝光士ごっこしてるやつらなんかとは比べ物にならねぇくらいの場所で、殺し合いをしてきたんだろ? しらばっくれてくれるなよ? 先程の『相手がいることを前提とした術』を見てれば分かる。なぁ、こんなところ退屈だよなァ? 我もそうだったのだ……だから……」


 【光壁】から飛び退いた『狂犬皇女』を中心として、黒銀の嵐が吹き荒れる。


「くっ……!? ル、ルナさんっ! やめなさいクラウディア皇女殿下っ!」


「よせ馬鹿者! くそっ! 問題児め……! 何をボサッとしている! 退避しろ!」


「ヤバいッス! アイねぇダメッス! ここは逃げるッス! 何でか知らないっすけどアレ完全にキレちゃってるッス!」


「でもっ……キャァァァッ!?」


 黒銀の嵐はやがて彼女の元に収束していき、巨大な……見上げるほどの無骨な巨人を作り出した。皇女殿下は口元に楽しくて仕方がないというような獰猛な笑みを浮かべながら、その胸部に開いたハッチのようなところから巨人に乗り込んでいく。


『だからよぉ! 一発殺し合いらせろやぁぁぁっ!!』


 狂ったように笑う『狂犬皇女』がその巨大な腕を振りかぶり、平和だった授業は戦場へと一変するのだった。


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