028.肌色の拷問部屋(大浴場)~彼女が綺麗になる理由~


『ステラ寮大浴場』。

 そう札が掲げられたその扉を前に、僕は笑顔を取り繕うことも出来ずに立ち尽くしていた。


 ――ガチャッ。


「あら、失礼。……今の方が編入生の方でしょうか」


「お綺麗でしたわね……。わたくしたちも、もう少し後に入ればご一緒できたかしら」


「でも貴女、それだとゆっくり入れなくなってしまうわよ」


「それもそうですわね」


 扉が開いて頭にタオルを巻いた湯上がりの女の子たちが出てくる度に、思わずビクッとしてしまう。

 出てくる女の子たちはお風呂で火照った身体を思い思いの寝巻きで包んでいて、中には『それで寝るの!?』と思ってしまうようなお姫様然としたネグリジェを着ている子もいた。スケスケでもうイロイロ見えてるんですけど……。


 耳元で鳴っているのではと思えるほどの心臓の鼓動を自覚しながら、このまま引き返してしまいたい衝動をなんとか堪えて待っていると、中の様子を見てきてくれていたアイネさんが扉から現れた。


「おまたせルナさん、今なら大丈夫よ。もう20時半を過ぎる頃だから、だいぶ人は減ってるみたい。脱衣所は端の方を確保できたわ」


「ハイ、アリガトウゴザイマス」


「恥ずかしくて緊張しているのね……大丈夫よルナさん。私もミリリアも付いているわ。行きましょう?」


 僕を安心させようとしてくれているのか、微笑んで僕の手を優しく取ったアイネさんは、そう言いながら僕を大浴場へと誘う。

 その手の滑らかさを感じる間もなく、まるで深海へと引きずり込まれる溺れた人の気分で、僕はそこへと足を踏み入れた。


 ――後から思い返しても、僕はこの日の僅かな時間で、もう何度『溜まって』しまったのか思い出せない。


 扉を開けて踏み入れたそこは、まず脱衣所だった。

 『前の記憶』にある銭湯のように、いくつかの棚で区分けされており、棚の中には脱いだ服などを入れておくためのカゴが置かれている。


 アイネさんが人が少なくなる入浴時間終盤を選んでくれたとは言え、何人もの女の子たちがそこで身体を拭いたり、今まさに服を脱いだところだったりと、とにかく目に入る肌色が多かった。

 これから入浴するらしい子はお嬢様らしい恥じらいをもって薄手のタオルのような白布を巻いて浴室へ向かっていく子もいたが、女性だけの空間ということもあり気にしない子も多いのか、惜しげもなくその裸体を晒している子もいる。


「まぁ、モカさん。貴女、また大きくなったのではなくて?」


「きゃっ。もう、人の胸を急に触るのはお止めになってくださいまし。クラウさんこそ、綺麗なお肌で羨ましいですわっ」


「ひゃんっ! へ、変なところをなぞらないでくださいな!」


 そんな中でも女の子たちは美の追求に余念がないのか、単にじゃれあっているだけなのか、裸のままで僕にとっては大変刺激的なやりとりをしているところもあった。


「うぅ……」


 目をそらしたところでその先にも同じような光景が繰り広げられているし、何よりいま制服を脱いでいる僕の目の前では、同じように服を脱ぐアイネさんとミリリアさんの姿がある。

 なるべく見ないようにと思いつつも、彼女たちは僕を他の女の子の視線から守ろうとしてくれているわけで、ほとんど目の前で、昼間の更衣室で見てしまった下着のさらに下が顕になっていく。

 アイネさん……肌が綺麗なのは更衣室でも分かっていたけど……もキレイになんですね……。


 アイネさんはすぐに白布で身を包むと、僕にも同じものを渡してくれた。


「こっ、これを使ってルナさんっ。ミリリア! 貴女もよ!」


「えー、どうせ洗う時に取るのにめんどうッスよー」


「いいからっ。ちょっとは淑女として恥じらうことを覚えなさいよっ」


ルナっちや、アイねぇみたいにスタイル良ければいいッスけど、アタシなんかが隠しててもちんちくりんに見えるだけで虚しいッスよ……。せめて堂々としてるッス! それより時間がないッスから、さっさと行くッスよ~」


「あっ、こらミリリア! ルナさんを置いていかないのっ!」


 先程から頭と身体が熱くなっては冷やされるということを繰り返している僕は、アイネさんに手を引かれるままにフワフワとした足取りで浴場へと入った。


 不自然な湯気さんなどいないその浴場は広く見通しが良い。広さだけなら城の王族が使う浴場とほぼ変わらないくらいある。シャワーが取り付けられた洗い場も軽く20人以上が同時に使えるほどのスペースが設けられており、持ち込んだ洗髪料や洗顔料といった物を手に熱心に身体を磨いている女の子が何人かいる。


「まぁ……」


「わぁ……」


 僕たちが入ってきた瞬間、それに気づいた何人かの女の子がうっとりとした溜息を漏らした。思いっきり見られている……。

 そしてちょうど浴場を出ていくところだったのか、白布で身を包んだマリアナさんとばったりと鉢合わせしてしまう。


「御機嫌よう、アイネちゃん。ルナちゃんも。珍しい時間にお見かけすると思ったら、ルナちゃんとご一緒だったのね」


「御機嫌よう、マリアナさん。ええ、彼女は今日が初めてだから、お世話係として案内をしてるところです。……ルナさん、先に身体を洗っていて」


「ご、ごきげんよう。すみません、失礼します……」


 話しかけられた僕達に注目が集まったのを気にしてくれたのか、アイネさんは僕にその場から離れることを勧めてくれたので、僕はそそくさと洗い場の隅の空いているスペースに向かう。

 授業後に話が出来なかったマリアナさんとせっかく会うことができたのに、僕には全く余裕がなかった……それとお姉ちゃん、脱いでもやっぱりすごすぎます。


「あらあら……ふふっ。ルナちゃんは恥ずかしがり屋さんなのね」


「同性とは言え、他人に肌を見られる機会が少なかったようですから。そういえば、お怪我はもうよろしいのですか?」


「ええ、ルナちゃんのおかげですっかり。あんなにキレイで、すごい輝光術も使えて……ああ、ごめんなさい。お邪魔してしまって」


 聞こえてくる様子だと、マリアナさんはアイネさんと普通に話しているようだ。僕も教室での様子のこととか、話したいことが色々あるのに……ちょっと自分が情けない。


「別にマリアナさんがお邪魔というわけでは……」


「ふふっ。アイネちゃんったら、早くルナちゃんのところに行きたくてソワソワしてるわよ? かわいいっ」


「ふにゅっ!? ……ぷはっ! ま、マリアナさんっ」


 マリアナさんの抱きつき攻撃がアイネさんに炸裂したようだ。お風呂でほぼ裸ということもあり、きっと絶大な破壊力があることだろう。


 洗い場の隅にいる僕の視界にはほとんど壁しかないのに、どんな状況になっているか想像してしまう自分の頭が憎い……。


「あらごめんなさい、つい。では、私はお先に上がりますね。また明日」


「は、はい……また明日」


 僕が入浴グッズが入った防水ポーチから色々と取り出して並べていると、話を終えたアイネさんが左隣にやってきた。これから身体を洗うためか巻いていた白布を外すところが見えてしまい、その美しさに引き寄せられそうになる目線を必死に前に固定する。


「いやぁ、マリねぇも容赦ないッスねぇ~。あのおっぱいのせいでいつか死人が出るッスよ」


 アイネさんの更に左側に座ったミリリアさんは、シャワーの蛇口を捻ってさっさと洗い始めてしまっているようだ。


「思わず変な声が出てしまって恥ずかしかったわよ……あら? ルナさん、そのシャンプー、パッケージが付いていないのね。どこのブランドのものかしら?」


「へっ!? あ、いえその……実はお恥ずかしながら私自身はこういうものに詳しくないので、父の商会で働いている知り合いのお姉さんが用意してくれているんです」


 話を向けられて少し慌ててしまったけど、何とか『設定』を忘れずに答えられて良かった……。もちろん『知り合いのお姉さん』というのはツバキさんのことだ。


「へぇ……意外ね。ルナさんならこういうのも詳しいのかと思ってたわ」


「あはは……」


 何しろまだ女の子歴2年ちょっとなものでして……。

 やっぱり女の子ってこういうのが気になるのだろうか。


「市販のシャンプーに、東方で採れた薬草から抽出した成分を配合した……と言っておりましたので、特にブランドものというわけではないかと思います」


「そうなのね……でもそのオリジナルのシャンプーのおかげでルナさんの髪がそんなにキレイなのだとしたら、すごいわねそれ……。もしかして、その他の瓶も?」


「ええ。同じように調合されたボディソープとフェイスソープだそうです」


「すごいわね、そのお姉さん。ねぇルナさん、それはお父様の商会で販売しているものなのかしら? もしくはこれから販売するものなの?」


「今のところは非売品ですね。その予定もないと思いますが……」


「それは残念ね……」


 ツバキさんが僕のためにといって作ってくれたものだからなぁ……でもアイネさんみたいなお嬢様が気になるようなものってことは、ツバキさんさえ許してくれれば売り出したら女性たちの間で人気が出たりするのかもしれない。


 ちょっと物欲しそうにしているアイネさんの様が微笑ましくて、少し落ち着きを取り戻した僕は思わず笑みをこぼしてしまう。ツバキさんが作った物を褒めてもらえたのも嬉しい。


「ふふ。もしよければ、使ってみますか? アイネさんの髪質や肌に合うかは分かりませんが……」


「いいのっ!?」


 僕の提案に予想外の勢いで食いついたアイネさんが身を乗り出してきた。


「あーあ、出たッスねアイねぇの美容マニアっぷりが。ルナっち、気をつけないと全部使われちゃうッスよ?」


「そっ、そこまで恥知らずなことはしないわよっ。ちょっと試させてもらうだけよ……ちょっとだけ……でもちゃんと洗ってみたいし……」


 ちょっとだけと言いつつ、その薔薇銀の長髪をなぞるアイネさん。


 ああ……僕もこの身体になってから知ったけど、髪が長いと毎回使うシャンプーの量がかなり多くなるんだよね。

 だから『ちょっと』の定義で悩んでいるのかもしれない。一部だけこのシャンプーで洗ってみて効果を見るっていうこともできるからだろう。


「せっかくですし、ちゃんと使ってみてください。ささやかですが、お世話係をしていただいているお礼ということで」


「ホントっ!? ありがとうルナさん!」


「どういたしまして。もし気に入っていただけるのでしたら、父に言って商品化できるかどうか検討してもらいますので」


「もしそうなったら絶対に買うわ! じゃあ、使わせてもらうわねっ」


「カーッ! 『月光商会』はムラクモの輝光具だけじゃなくて、美容部門にまですごい人材がいるッスか。羨ましいことッスねぇ~」


「あはは……ありがとうございます」


「~♪」


 頭越しにミリリアさんとやり取りをしている間に、アイネさんは機嫌が良さそうに髪を洗っている。長いと男みたいにまとめてワシャワシャと洗うことは出来ないので、上の方はワシャワシャしたとしても、毛先にかけては手でシャンプーを泡立てて髪束ごとに洗っていく感じだ。

 僕は未だにこれを面倒くさく感じてしまうけど、アイネさんは当然ながら慣れた手付きで、隅々までキレイになるよう丁寧に行っているようだ。


「わぁ……いいわねこれ。合わないって心配はなさそう。洗っているそばからツヤが出てるし、傷んでた毛先のところも不思議と治っていくようだわ。香りも良いわね。これは乾かした後が楽しみだわ……ふふっ」


「ほぇ~。アイねぇがそこまで言うなんて珍しいッスね。ルナっち、もし売り出したら教えて欲しいッスね。ウチの親父に言っておくッスよー」


「わかりました。クーパー商会でもお取り扱いいただけるよう、私も父に言っておきますね」


 家業はお兄さんが継ぐと言っていたけれど、利に聡いミリリアさんはなんだかんだで大商会の娘だ。


「サンキューッス! じゃあアタシは先に行ってるッスよ。アイねぇはこうなると長いッスからねぇ」


「あはは……そうなんですね。わかりました」


 もう洗い終わったのか、ミリリアさんはそう言って髪をタオルで巻くと先に浴槽のほうに行ってしまった。


「これ……ボディソープもいいわね。フェイスソープも……うん、化粧落ちが良いし、優しい感じで……ん~♪」


 ご機嫌を通り越して幸せそうなアイネさんの様子は微笑ましいしけれど、その手が身体をなぞっていくのを見てるとまたドキドキしてきてしまった。

 僕もさっさと洗ってしまおう。


 結局アイネさんは僕が洗い終わって声をかけても、それに気づかずにまだ身体を磨いていたので、僕は白布を巻いて浴室の端の方に向かう。入浴セットは後で返してもらえばいいや。


「……はぁ~……っとと」


 まだ浴室に残っている何人かの女の子の視線を感じながらつま先からゆっくりとお湯に浸かれば、癖になってしまっている声が出てしまったので慌てて誤魔化し、そのままなるべく周囲の肌色が見えないように目を閉じる。


 やっぱりお風呂は良い……周りが女の子だらけじゃなければもっと落ち着いて楽しめるんだろうけど、どうしても音や気配が気になってしまう。


 しばらくそうして周りに気を配りながらお湯の熱を楽しんでいた時、不意に輝光力の高まりを感じた。


「ん……? ――――ひゃぁっ!?」


 その直後、脇腹をなぞられるような感触があり、ゾクゾクとした何かが背筋を駆け上がって僕は思わず変な声を出してしまった。


「ニッシッシ。意外と良い反応してくれるッスね。ルナっち、感度良好……っと」


「みっ、ミリリアさん!? いつのまに!?」


 驚いて目を開けると、先程まで遠くでまったりしていたはずのミリリアさんがすぐ隣に居て、笑いながらメモを取るような仕草をしていた。


「アタシの【光速移動こうそくいどう】を忘れたッスか~? そんな端っこの方で『湯入り美人』を決め込んでないで、せっかくだからハダカの付き合いをするッスよ~! ま、アイねぇが来るまでお話でもしましょーってことッス」


「な、なるほど……?」


 そんなレアな能力をイタズラに使わないでほしい……一応周囲を警戒していたのにその警戒を抜けられて本当にびっくりした。

 変に跳ね上がってしまった鼓動を整えながらアイネさんの方をチラッと見ると、まだご機嫌でゴシゴシやっていた。


「お話ですか……そうですね、アイネさんのことを『美容マニア』と言っていましたけれど、いつもその……あんな感じなんですか?」


「あー、今日は特別念入りっぽいッスねぇ……よっぽどルナっちのアレが気に入ったっぽいッス」


「そうなのですね……女の子だけの学院なのに、そこまで美容に気を使ってるというのは、普通のことなのですか?」


 他の子はミリリアさんみたいにサクッとという感じではないけれど、アイネさんほど丁寧に時間を駆けている様子はなかった。


「んー……アイねぇは超一途な乙女っすからねぇ。身ぎれいにするのは貴族のお嬢様なら子供の頃から教えられてると思うッスけど……」


「けど……?」


「んー、これは内緒にしてほしいッスけど……アイねぇはあの王太子さまの婚約者候補だったらしいんスよ」


「へ、へぇ……さすがは侯爵家のお嬢様ですね」


 急に自分が知っている情報が出てきて内心で動揺してしまったが、僕はなんとか『ルナリア』としてそう答えた。


「まー、貴族のお嬢様というとお家のための政略結婚とか当たり前の世界でも、本人にとっては色々あるらしいッスねぇ。小さな頃のアイねぇも最初は乗り気じゃなかったらしいッス……。でも、中等部の頃だったと思うッスけど、あるとき王太子さまにお会いしたって聞いてから、なんとそれがコロッと恋する乙女に大変身してたッスよ」


「恋する乙女……ですか」


 中等部の頃というと、今から1年~4年ほど前か……ちょっと範囲が広いな。

 最初の頃だとするとまだアポロも生きていた頃だし、僕が知らないだけで何かあった……いやまて、アポロは『婚約者とかめんどくさい』と言ってずっと僕に任せていたから、何かあったとすれば『アポロが僕のとき』のはず。

 ということは中等部でも中盤から後半くらいかな……?

 でも、何度か話をした覚えはあるけど、なにか大きなことがあったような覚えはない……いや、何かあったような……?

 ……最近の僕の記憶はあまりアテにはならない。大事なことでも、何かきっかけがないと思い出せなかったりするし。


「あのときのアイねぇはすごかったッスねぇ。チョロすぎ!って思ったのを覚えてるッス」


「は、はは……そうだったんですね……」


「それから何かと自分磨きにハマっちゃったッスねぇ。そういえば、アイねぇの雰囲気が変わったのもそのへんだった気がするッスねぇ。アイねぇ、昔はツンツンしてデレもないような『完璧すぎお嬢様』だったッスし」


 『完璧すぎお嬢様』か……たしかに、10歳くらいのときに初めて会った彼女は周りを寄せ付けないような雰囲気があった……気がする。

 『薔薇銀の姫』であり侯爵家令嬢として相応しい振る舞いをするために、精一杯だったらしいから。


「(あれ……)」


 アイネさんのそんな内心を僕は知っている。それは……そう確か、アポロが亡くなった後の、あの丘で……。

 なにか思い出せそうなところで――――その後にミリリアさんが口にした内容を聞いてその引っ掛かりはどこかに吹き飛んでしまった。


「まぁつまりッス。アイねぇはその時から本気で相手を……王太子さまに恋する乙女になっちゃって、いつかお目覚めになられたときに少しでも綺麗な自分でお会いしたいと思って、ああして自分磨きを続けてるってことッスねぇ……泣けるほど一途な話ッスよね~」


「っ……!?」


「およ? はは~ん、さてはルナっち、ショックだったッスか? アイねぇのこと気になってたッスか~? 駄目っすよ~? さんざんからかってるアタシがいうのもアレッスし、アイねぇの反応もちょっと怪しいッスけど、アイねぇはノンケで売約済みッス! アタシも友達としてそこは譲れないッスよ~?」


「…………」


「あ、あれ……ルナっち……? ご、ごめんッス! そんなにショックだったッスか!? だ、大丈夫ッスよ! 不謹慎ッスけど王太子さまはずっとお目覚めになられてないッスし、きっとルナっちにもチャンスが……ルナっち? おーい、ルナっちー?」


 ミリリアさんが慌てた様子で何かを言っているが、僕は胸に渦巻く複雑な感情のせいでそれをどこか遠くのことのように聞いていた。


 ――陛下は、婚約の話は有耶無耶になっていると仰っていた。

 でも実はそれは、止む終えない事情を抱えた『こちら側』の話というだけだった……?

 もう一人の当人であるアイネさんは、今でも相手を想っている……?

 しかも、その想いを募らせる原因となったのは、タイミング的に僕が相手のときしか考えられない。


 その事実に、今まで感じたことがない温かな気持ちが溢れそうになる。


 だがその一方で、彼女の想いをこれまで知らないものとして簡単に片付け、現在進行系で素知らぬ顔をしてアイネさんの前にいるという罪悪感が、その気持ちとぶつかり合い、ぐちゃぐちゃになった。


「だ、大丈夫っすかルナっち?」


「……ええ、急に黙ってしまって、すみませんでした。大丈夫です……」


 そう、絞り出すように答えるのが精一杯だった。

 たぶん、今のはうまく微笑えなかっただろう。


 結局、その後は変にドキドキして『溜まって』しまうこともなく、浴槽に来たアイネさんに体調を心配されたので『少しのぼせたかもしれません』と言って、すぐに上がることになってしまった。


 僕はまたひとつ、僕を心配してくれた彼女へ嘘を重ねてしまった。


 そのことに沈みそうになる心をなんとか抑え、笑顔を取り繕い、僕らは部屋に戻るのだった。







――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★3」をよろしくお願いいたします。

皆様からいただく応援が筆者の励みと活力になります!


次回、「月光浴~想いの在処、約束の在処~」

悩める主人公くんとお姉ちゃんの月下の邂逅


【直近の予定】


明日の朝公開の第29話で第一章は完結し、明後日よりいよいいよ物語が本格的に動き出す第二章へ突入いたします。


明日の夕方~夜には第一章完結時点の簡単な資料と第二章の特別予告を公開予定です。


引き続きお付き合いいただけますと幸いです。

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