018.輝光術実技の授業~更衣室でのお約束・その1~
椅子に座りそこねたクラスメイトを助けたら、それが孤児院時代のお姉ちゃんであるマリアナさんだと判明したその後。
つい気になってしまって時々マリアナさんの方を見ていたら、その手前にいるアイネさんに不思議な顔をされたり、ミリリアさんからメモが回ってきたので見てみれば、『マリねぇのおっぱいが気になるッスか?』とからかわれたりしつつも。
――カランカラーン! カランカラーン!
学院全体に響くような鐘の音が鳴り、女学院での初めての授業は終わった。
個人的にはマリアナさんの椅子のことで気になることもあったけれど、ひとまずは初授業を乗り切れたので僕はホッと一息ついた。
「はい! 本日の一限目の授業はここまでです! ミリリアさん、またわからないことがあったら先生に聞いてくださいねっ!」
「は、はいッス……」
ミミティ先生はニコニコとしながらそういうと、テキパキと片付けをして教室から出ていった。
「……んぁ? つまらぬ座学が終わったか。次は……ククッ……」
そのとたんに女の子たちはおしゃべりを始めたり、寝ていた皇女殿下が起き出して教室から出ていったりと、ゆるんだ空気に包まれた。
しかしすぐに、おしゃべりをしていた女の子たちも、次々と友達同士(?)で連れ立って教室を出ていってしまう。
ええと、次の授業は……『輝光術実技』? どこかに移動して行うのかな?
「ルナさん。次の授業は『輝光術実技』よ。今日は天気がいいから、学院に隣接した野外訓練場で行われるわ。更衣室に案内するから、早く着替えを済ませにいきましょう」
僕が鞄に入れていた時間割表の存在を思い出して見ていると、アイネさんがそう申し出てくれた。
「ありがとうございますアイネさん。ではいきま――――き、着替え?」
早速お世話係として気遣ってくれるアイネさんに感謝しつつ、僕はその言葉の中に聞き捨てならない単語を見つけてしまった。
「そうよ? ウチの学院の訓練は本格的だから、さすがに制服のままではダメよ。あ、ルナさんの分の訓練服は更衣室にあるらしいから安心していいわよ。ロッカーは席順の通りになるから、私の近くになるわね」
いえアイネさん……僕は訓練服とやらの心配をしているのではないのです……。
「そ、そうですか。ありがとうございます。ですが、その……」
「んー? どうしたッスか、ルナっち。ルナっちがモジモジしたりしてもただカワイイだけッスよ? ……あ、わかったッス~! ルナっち、おトイレに――あいたっ」
「貴女ねぇっ! もう少し淑女としてデリカシーを……」
どこかの変態猫と同じことを言ってひっぱたかれるミリリアさん。
こらそこっ! 女の子たちの着替えと聞いてワクワクして準備運動してるんじゃありませんっ! 焼くぞ!
「(ビクッ!? わ、わかったのじゃ……口惜しいがここで待っているのじゃ……)」
こっそり指をつきつけてやると、クロはクッションの上で再び丸まった。
「はぁ、まあいいわ。それでルナさん、もしかしてだけど――」
「は、はい」
どうしよう。女の子たちの着替えの場に突入したりなんてすれば、我ながら情けないけど確実に『溜まって』しまう。せめて何処か別の場所で着替えるとか、なんとか切り抜けられる方法はないのだろうか……。
「――他人に肌を見られるのが、恥ずかしいの……?」
それだ! アイネさんには申し訳ないけれど、せっかく勘違いしてくれてるし、それに乗っからせてもらおう。
頑張れ僕。
僕としての羞恥心は捨てて、羞恥心を感じる女の子を演じるんだ……!
左腕で身体を抱き、右手で口元を隠すようにして、照れた表情を作って上目遣い、返事はこれ!
「は、はい……///」
「(ズキュ―――ンッ)」
「女の子同士でもッス?」
「そうなんです……///」
どうだ……! もう頬を押さえて『いやんいやん』とクネクネしちゃうぞ!
「そうッスかぁ、どうするッスかアイねぇ」
「(私は普通私はノーマルッこんなキレイなヒトがあざとカワイイ表情をするなんて反則ッッッとか思っていないわっそう私は侯爵令嬢身は清いままだし心も清いままでなくてはいけないわそれに私には既に心に決めたお方が――)」
「アイねぇ? 頭を抱えたりなんてしてどうしたッスか? なんかプルプルしてるッスよ?」
「な、なんでもないわっ。そうね……私も中等部の最初の頃はそうだったし、ルナさんの気持ちもわからなくはないけれど……。訓練場までは距離もあるし、輝光術実技の先生は厳しいお方だわ。つまりは遅れられないから、あまり着替えに時間を取ってはいられないし、時間をずらすことはできないのよ。そうね……更衣室のロッカーは場所的に一番奥の角になるから、私とミリリアが手前で着替えていれば、そうそう人目には付かないはずよ。ミリリア、それで良いかしら?」
「そッスね。ルナっちのためなら、それくらいお安い御用ッス」
切り抜けられませんでした……。捨て去ったはずの羞恥心がブーメランのように返ってきて僕の心を抉っております……。
「はい、ありがとうございます……わがままを言い、申し訳ございません……」
「気にしないで。ルナさんのその貞淑さは、本来なら見習うべきですもの。ただ学院という集団生活の中では、そんなルナさんにとってはちょっと辛い部分もあるかもしれないわ。慣れていく部分もあるとは思うけど、その時はまた相談してね」
「ありがとうございます……お優しいアイネさま……」
「さま? 朝にも言ったけど、ルナさんなら様付けは必要な――」
「はいはい分かったッスから! もう行かないと時間がないッスよ! ルナっちもほらほら!」
「ちょっと、押さなくてもいいでしょっ」
小柄なのに意外と力があるミリリアさんに背中を押され、教室を後にする。
ちらっと振り返った誰もいない教室には、まるで出荷されていく仔牛を見るような目……ではなく、ニヤニヤとしたいやらしい表情をした黒猫の姿があった。
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