017.お姉ちゃん~二度あることは三度ある~
「――そうして行われた『南北中央線奪還戦』は、我が国の王太子殿下でもある星導者様のご活躍により連合軍の勝利に終わります。この辺りのお話になると、みなさんもまだ記憶に新しいでしょうね」
ミリリアさんの尊い犠牲によりすっかり調子を取り戻したミミティ先生の授業が進む。『光書板』に書かれた年表も進んでいき、先生の話はここ数年の出来事に及んでいた。
「このあたりで1つ問題が浮上してしまいます。王太子殿下が星導者様としての力にお目覚めになられてから、わたしたち人類は連戦連勝! すごい勢いで闇族をやっつけて生存圏を奪還していきました。でも、その勢いがすごすぎて、奪還した土地の扱いに困ってしまっているんです」
自分が戦ってきた結果を、こうして授業で教わるなんて、誇らしいというよりなんだか恥ずかしいな……。
「数百年という年月は、わたしたちには長すぎました。国家間、地域間の繋がりが絶たれたときに人類の中でも長寿の『光樹族』ともほとんど交流が絶たれ、過去にどの国がどの程度の土地を保有していたのか記録も記憶も失われてしまったんです。あっ、今ではもう『光樹族』のみなさんとは交流が再開されてますけどねっ。それに、長年闇族に支配されていた土地は闇の力は祓われたものの完全ではなく、光の力が弱まり、そのままでは人が住めない場所になってしまっています。この、現在はどの国も所持していない荒れた土地を『
そうそう、多くの犠牲を払ってせっかく取り戻した土地にも問題が山積みなんだよね……。
「この『灰色地帯』には闇族の残党が目撃されることがあるほか、闇の獣たちがまだまだ多く残っていて、これが各国の悩みのタネにもなっています。では、ここで問題です! 各国は自国の復興や戦後処理に忙しく、さあ大変! そこで、各国の国軍とは別に、独立して闇を祓う作業や闇の獣の討伐を請け負ってる人たちがいます! それはどんな人達でしょうか?」
ミミティ先生がそう言いながら『光書板』に手を触れると、大慌てになってる人たちの絵が描かれた。先程の闇族と同じくデフォルメされていて、その人達の頭の上には王冠のようなものがあることから、各国の代表を表しているのだろう。そしてその慌てる人たちの横に、「?」と書かれた人のシルエットが颯爽と現れた。
「ではこの問題を……エーデルさん!」
「は、はいっ」
ミミティ先生がニッコリと笑って1人の名前を呼ぶと、教室の中でも通路側の一番うしろ……僕から見て右端の席の女の子が、当てられるとは思っていなかったからなのか、どこか慌てた様子で立ち上がった。
「えっと……『探索者』と……『冒険者』のみなさん、です……」
チラリと目を向けてみれば、『エーデルさん』と呼ばれたその女の子は……なんというか、すごかった。
背は高く、僕と同じか少し低いくらいだろう。何がすごいかというと、位置的に横から見てるせいもあるだろうけど、とても胸が大きい。先程会ったシスター・レイナよりもありそうだ……。お尻も大きめで、くびれがすごいことになっている。
空色の髪は長くお尻にまでかかっていて、毛先の方でふわっとウェーブを描いている。前髪は目にかかりそうで、横髪も耳を覆い隠すほどに長く、ちょっと『もっさり』しているように見えてしまった。
「正解です! さすがエーデルさん、よく勉強していますね! 座って大丈夫ですよ」
エーデルさんは回答を口にする時も声が小さくおどおどとしていて、うつむきがちだった。
大人しい子なのかな……なんて視線を元に戻そうとした時に、彼女が座ろうとお尻を落としていく先の椅子の位置おかしいことに気づいた。
あれ、そんなに離れるほど勢いよく立ってたっけ……?
「は、はい……きゃっ!?」
エーデルさんは案の定、あるべき位置に椅子がなかったことにより、そのまま後ろへと体制を崩してしまう。
危ない! と思ったときには身体が動いていた。
――ポフッ
「~~~……ぇ……?」
来ると思っていた衝撃が思ったより小さかったからだろうか。
痛みに備えてぎゅっと目をつむっていた彼女が恐る恐る目を開けると、目の前にあった僕の目とバッチリ視線が合ってしまった。今の彼女の体勢のせいか前髪は重力に引かれて左右に払われていて、その髪と同じ空色の瞳が露わになっている。
――……く……くだよ……!
あ、あれ……? 今なにか僕の中で……。
「大丈夫ですか?」
「ぇ……? は、はい……。あれ、私なんで……お姫様抱っこ……?」
今のエーデルさんは、僕に背中と膝裏を支えられた、彼女が言う通りの『お姫様抱っこ』状態だ。体勢を崩した際に足元が滑ってしまったようで、一瞬だけど彼女の身体は宙に浮いてしまっていた。そこをうまく抱えあげたらこのような格好になってしまったのだ。
元からそういう性格なのか、それとも混乱しているのか、自分の状態をオロオロしながら確認したエーデルさんは、『お姫様抱っこ』を認識するとほんのりと頬を染めていた。
「あ、ありがとう……」
「いえ、どういたしまして」
そうお礼を言って微笑んだエーデルさんの優しげな顔を見て、やはり僕の頭の中のどこかをムズムズと刺激しているのを感じた。
「る、ルナさんっ!? いつの間に……」
「ほぇ~、すごいッスねぇ。それにサラリとお姫様抱っこっていうあのイケメンムーブ! やっぱりルナっちパネェッス!」
文字通り『瞬く間』に教室の端から端まで移動したからだろうか。アイネさんが驚いて僕の席とこちらを見比べている。ミリリアさんは、なんか違うことで感心しているようだけど。
「あ、あの……そろそろ下ろしてもらえると……んぅっ! む、胸が……」
「へ……? あっ、あああごめんなさいっ!」
言われて見ると、背中を支えるために回した右手が、思いっきりエーデルさんのその大きな胸を掴んでしまっていた。
とても言い表せないほど柔らかな感触が右手に残ってしまったことにドキドキしながら、僕は慌てて、でも彼女が危なくないようにそっと立たせたが、その時に気づいてしまった。
長い横髪に隠された耳が、少し尖っていることに。
そして、彼女の身体から香る女の子特有の香りに混じった……不思議な森の香りに。
「(え……?)」
――香りは、人の記憶を呼び覚ます上で大きな要素になると、どこかの本で読んだ記憶がある。
「(その本、なんで……どこで読んだんだっけ……?)」
――『―――さんって、森の香りがしますよね。不思議です』
――『あー! お姉ちゃんにハグハグされて、そんな事を思ってたの? ユエくんの『えっち』!』
――『ち、ちがいます。人から森の香りがするなんて、ただ不思議だと思っただけです』
――『そうなの? わたしのお母さんも、そうだったよ?』
――『なるほど。ではそれは『光樹族』の特徴なのかもしれませんね。今度、本で調べておきますね、―――さん』
「(まさかまさかそんなことが……二度あることは三度あるなんて『前の記憶』にはあるけど! 『そんな偶然ないよね』なんてフラグみたいなことを思ったのがいけなかったのかもしれないけど!)」
「マリアナさん、大丈夫?」
「え、えぇロゼーリアさん。ホワイライトさんが助けてくれたから、大丈夫でした」
「はわわっ! エーデルさん、お怪我がなくて良かったですぅ! 先生が急に当てたせいで、びっくりしちゃったのかと……わぷっ!?」
「ふふっ。ご心配ありがとうございます、先生」
「で、でたーッス! マリねぇの『可愛いものはとりあえず抱きしめちゃう』攻撃! その母性の塊に押し付けられ、ミミちゃんはジタバタともがくも抜け出せないーッス! カウント入るッス! ワン! ツー!」
こ、このすごく身に覚えがある光景は……!
「もがもがっ……プハーッ!」
「あら、ごめんなさい先生。つい……」
「し、死ぬかと思いました……生徒のおっぱいに埋もれて……うぅ、先生のほうが年上なのに……ぐすんっ」
「いやぁ、ミミちゃん先生はたしかに歳だけなら上ッスけど、マリねぇの年上お姉ちゃんパワーには敵わないッスよ~」
「2つ違うだけで……何でここまで違うのよ……」
「ふむ。大きいのも美しいのも小さいのも良いものじゃ。アイネよ、お主は大きさはほどよくそして美しい。落ち込むでないぞ、なのじゃ。グフフ」
「なぜだか猫に諭されたわ……雌猫なのにいやらしい目で見てるし……」
青い髪、少し尖った耳、不思議な森の香り。そして2つ年上の抱きつき癖があるお姉ちゃん。
確定的だ……マリアナさんは、孤児院時代の、あのお姉ちゃんだ……!
――『うぅっ……ッ……ユエくん……また会えるよね……? わたしはっ……ユエくんのお姉ちゃんなんだからぁっ……また会えるようにがんばるから……やくそくだよっ!』
僕が影武者として城に引き取られて以降、生きているかどうかも伝えることができなかった、あのマリアナお姉ちゃんだ……。
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