016.初授業~「私、何かおかしなことを言いましたか?」~
「アイねぇに口説かれたって本当ッスか?」
『ニッシッシ』とまるで悪巧みをする小僧のような意地悪く笑いながら、ミミリアさんはそう口にした。
「へ……?」
「『へ?』じゃないッスよルナっち! ハトが
「『貴女、この学院には不慣れでしょう? 私がずっとお世話してあげるから、光栄に思いなさい』」
「『はい、ロゼ―リア様……きゅんっ。一生ついていきます……!』」
「カァット! ッス!」
「「「キャア~~!」」」
いやいやいや!
今の劇団員みたいな2人は誰!? ご丁寧に輝光術でスポットライトまで当ててるし! というか、もしかしてそれ、僕とアイネさんのマネ!? きゅんって何、きゅんって!?
「で、どうなんッスか!?」
「ど、どうもなにも……事実無根です」
「えぇ~? ホントッスかぁ~?」
「そ、そうよミミリア! 私はルナさんが学院に不慣れだろうからと、学院長からお世話係と出迎えを仰せつかっただけよ! そんなの根も葉もない噂よ!」
「え~、でもぉ~、間近で見つめ合って顔を真っ赤にしてたって言うのを見たコが、このクラスにもいるッスよ~? あの完璧お嬢様のアイねぇがッス!」
「そっ、それはっ! ……その……あまりにキレイで……びっくりしたというか……ゴニョゴニョ……」
「なんスか~? 聞こえないッスよ~? アイねぇがそんなに慌てるなんて珍しくて怪しいッスよ~?」
「な、何でもないわよ! ねぇルナさんっ!?」
え、そこで僕に振られても……うっ、縋るようなアイネさんの目がちょっと可愛い。
昔から僕は、人に頼られると弱いんだよね……。
「そうですね……アイネさんが私の学院での生活の面倒を見てくださるというのは、本当です。学院長がご配慮くださり、主席のアイネさんが選ばれたとお聞きしています。詰め寄っていた、というのは、アイネさんが私の学院生としての規則違反を注意してくださっていたことでしょう。だから、『アイネさんが私を口説いていた』というのは間違いです」
「ちぇっ、そうだったッスか。アレ? じゃあなんで、ふたりは名前で呼び合ってるッスか? しかも愛称で、ッス!」
「きっと、お世話係としてのアイネさんのお気遣いでしょう。私とは良い友達になれそうと名前で呼ぶことを申し出てくださり、私としてもそうなれたら嬉しいなと、快諾したというわけです」
「うわぁ、ここにイケメンがいるッスよ。そんな恥ずかしいことを笑顔でサラッというなんて、アタシには無理ッス」
う……急に真顔にならないでよミミリアさん。
「ルナさん……ハッ!? も、もういいでしょう? みなさん、とっくに1限目は始まっています。これ以上はミミティ先生が泣いて……ゴホンッ。ご迷惑をかけすぎてしまうわ。主席として、そんなことは看過できません」
「ぇぅ……もう15分も……ぐすんっ」
アイネさん、先生はとっくに泣いてしまっていますよ。ああ、みんながいる方からだと、小柄な先生は教員用の机に隠れて見えないのですね……。
「お騒がせしてしまい、申し訳ございませんでした、先生。どうぞ授業を始めてください」
きっちり心を切り替えたらしいアイネさんがそういうと、他の子達も『すみませんでした』『ミミちゃん先生、ゴメンね』など口々に謝っている。
キャアキャアと暴走しがちだけど、ちゃんと切り替えて自分たちがやったことを謝れる良い子が多いようだ。
「ふぇ……? あ、もういいですか? じゃあ授業を始めますねっ! 【ライトボックス】」
泣いていた顔から一転、パアッと笑顔に戻った先生は、そう言って足元に
さらっと使っているけど、本来は実体がない光に実体を与える【顕在化】は、輝光術の中でも適正がないと使えないレアなもののはずだ。
すぐ泣いちゃうし子供っぽい女性だけど、やっぱりそういうところはこの学院の先生だなぁ。
「今日はお天気もいいですし、天井は開けておきましょう。【オープンルーフ】」
教科書を取り出し、机の脇にある輝光具を操作して曇りガラスの天井を開き、陽光が名一杯入るようにしてと、テキパキと授業を始める先生だけど……横に立っている僕のことを忘れていませんか?
「あの、ミミティ先生? 私はどうすればよろしいでしょうか?」
「はわっ!? そ、そうでした! ごめんなさい! ホワイライトの席さんは……空いてるところ……空いてるところ……あった! あそこです! あそこの席を使ってください! ロゼーリアさんのお隣ですね! あ、一番後ろになっちゃいますけど、大丈夫ですか?」
そう言って先生が小さい手で示したのは、窓側の一番後ろの席だった。
先生が言う通り右隣はアイネさんで、前の席はミリリアさんのようだ。
「はい。目は良いので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「いえいえ~!」
ニコニコとする先生に会釈をして、視線を感じながら指定された席に向かう。
机と椅子はそれぞれ1人に1つがある形のようだ。机は1人用のためか大きさこそこじんまりとしているが、年季を感じさせる木製でデザインのセンスが良い。椅子は背もたれまでしっかりある革張りのもので高級感がある。
背もたれと身体の間に長い髪が挟まらないように、うなじに手を入れて髪を背中側から前側に持ってきてから、スカートを抑えて椅子に腰掛ける。うん、今のは我ながら自然にできたんじゃないかな。
鞄から予め受け取っていた教科書、ノートと光ペン(輝光力を通すと字が書けるインクいらずのペン。開発者:僕)を取り出し、最後に底の方に押し込まれていた小さなクッションを取り出す。
クッションを椅子の脇に置いてやれば、『おお、気が利くではないか』といってクロがその上で丸くなった。
さて……と光ペンを手にしたところで、前の席で揺れていた桃色のツインテール……ミリリアさんが振り返って小声で話しかけてきた。
「朝来たらなんか机が増えてるなーと思ってたッスけど、ルナっちの席だったッスね。これはツイてるッス。あ、改めて、アタシはミリリア・クーパーっていうッス。家名があるけど貴族様じゃないッスよ。よろしくッス」
「ええ、よろしくお願いします。あの、つかぬことをお聞きしますが、クーパーって、あのクーパー商会の?」
授業はいいのだろうかと思いつつ、僕も小声で返すと、右側のアイネさんも話に加わってきた。
「ええ、そうよルナさん。この子、こんなだけど王都一の大商会の娘なのよ」
「そッスね。まぁ家業を継ぐのはアニキッスから、アタシは世界一の美少女情報屋を目指してるッス! にしても、やっぱりルナっちはウチを知ってたッスか」
「ええ、もちろんです。。私はこれまで旅をしながら父の商売の手伝いをしていたのですけど、王都に出店するにあたって色々調べておりましたので。王都一のクーパー商会の影響を無視することなどできない、と」
「カーッ! 嫌味ッスか!?」
「ミリリア? どうしてそれが嫌味になるのよ?」
「ルナっちの親父さんって……つまりあの『月猫商会』の親分ッスよ!? アイねぇが寝る前に恋愛小説を読む時に使っている『蓄光ライト』も、甘々な紅茶に入れるミルクを冷やしている『冷蔵庫』も、お風呂上がりにこっそり使っている『美髪光機』も、今持ってるそのペンだって『月猫商会』の輝光具ッスよ! 寮の調理場やお風呂にある『光炉』だってそうッス! ここ数年で、特にこの1年くらいで急速に成長し今では王都中の人々が欲しがる『月猫商会』の輝光具! 大人気すぎて、ウチはヒーヒー言いながらそれをなんとか仕入れて売ってるくらいなもので、ウチの親父も大変だ大変だとうるさいッスよ! それを……」
「す、すみません……」
うっ……旅の途中で出会ったゴルドさんに勧められるがままに商会を立ち上げて、張り切る彼らに任せていたら、王都一の商会がそんなことになる事態になっているとは……。
王城暮らし時代に作った輝光具も、陛下のご配慮があったのかいつの間にか『実は先日立ち上がった月猫商会に所属する者が開発したものだったのだ』ってなってたし……。
「ちょ、ちょっとミリリア、落ち着いて……。というか、ルナさんの前で何を勝手に人の私生活をバラしてるのよ」
「これが落ち着いてられるかッス! もーなんなんッスかね! あの『月猫商会』の開発者だっていう『ムラクモ・ゲッコー』とかいうヤツは! 調べても全然正体がわからないッス! ウチの親父がうるさいのは別にいいッスけど、情報屋としては悔しいッス! 商会ができる前の輝光具の出どころを考えると、この王都出身っぽいッスけど!」
「は、はは……」
その恥ずかしい名前も有名になってしまっているのか……『なんか謎っぽくてえぇでっしゃろ? 風流やし、お姫ぃさんにぴったりや』ってゴルドさんが考えてくれたんだけど、改めて人の口から聞くと、なんかこうむずがゆい。
「ほらっ、ルナさんも困ってるじゃない。私は商売とか輝光具のことは詳しくないけれど、ルナさんのお父様は陛下から叙爵いただくくらいに世の中に貢献しているんだから、良いことじゃないの」
「そりゃそうッス。便利になるのは良いことッスし、ウチの商会もなんだかんだ言っても、『月猫商会』の輝光具のおかげで儲けさせてもらってるらしいッスからねぇ」
「それなら良かったです」
競合が現れたクーパー商会にとっては大変かもしれないけど、ゴルドさんたちは相手と共存できるように上手くやってくれているようだ。
このあたりのことも、後日に彼が王都に到着したら話しておかないといけないかな。
「こらー! ミリリアさん! 先生はこっちですよ! 授業中なんですから、ちゃんと前を向いてくださーい! ぷんぷんっ!」
「あ……ヤベッス」
教壇の方を見ると、ミミティ先生が身体を目一杯大きく見せて威嚇する小動物のように、両手を上げてブンブンと振り『怒ってます!』と伝えようとしていた。『ぷんぷんっ!』と口にしてしまっているけど。
ミリリアさんは慌てて椅子を引いて授業を聞く姿勢に戻っていった。
僕とアイネさんはお咎めなしだ。僕は話しかけられた側として見逃してもらっただけかもしれないけれど、アイネさんは会話に入ってきている間も顔と体は前を向いたままで視線だけこちらに向けていた。その間もノートにペンを走らせていたから授業に集中しているように見えたんだろう。とても器用で強か(ちゃっかり?)なお嬢様だ。
と、僕もそんな事を考えていないで、初めての授業に集中しないと。
王城時代に一通りの勉学は済ませているとは言え、僕は編入生だし学生をするのも初めてなのだから、学院での授業というものがどういうものなのかもしっかり把握しておかなければならない。
1限目は一般教養座学の中でも歴史の授業のようで、教室の前の『光書板』(書きたい文字や図を念じながら輝光力を注ぐとその通りに表面の色を変える輝光具の一種)を見れば、ミミティ先生の可愛らしい字で『近代史までのおさらい!』と書かれていた。
「……というわけで、約500年前に闇王が現れてから、わたしたち人類は負け続き。300年前の『ズァーツ峡谷の大敗』ではルクシオール大陸中央線より北……つまり北半分の全ての生存圏を奪われてしまい、当時生き残っていた我が国を含めた国々はその国境線を南に下げていきました。一時は闇族を撃退して領土を取り戻した国もあったという記録が残っていますが、『闇将』が現れてからはまた負け続き。150年前の『トリスタンの丘の決戦』で人類は起死回生を狙って総力戦を挑みますが……残念ながら敗退。これにより最終防衛ラインと領土を維持できなくなった各国は分断されることになり、『都市国家体制』に移行しました」
『光書板』上では先生の説明に合わせ、ルクシール大陸の略図上で白かった部分が北からどんどん黒く塗りつぶされ、引かれていた国境線は最後には無くなり都市を表す点だけになってしまっていた。
「うんしょ、っと。ここまでが、近代史に到るまでのおさらいですね! さて、ここで問題です! 150年前に決定的な大敗北をしてしまった、わたしたち人類ですが……その頃を境に、闇族の侵攻を食い止めることができることが多くありました。それはなぜでしょーか!」
『光書板』にずいぶんとデフォルメされた闇族が泣きながら逃げていくような絵が描かれ、その横に大きく『?』と書き出された。
なるほど、本を読めば学べるようなことでも、人から教わる形で聞くととてもおもしろく感じられる。僕が知ってる講師というと、王城で個人的に付けてもらっていた人しか知らないし、お偉い学者先生の授業では先に本で知識を学んでからその知識を試す形式だったので、さすがにこんな可愛らしい絵なんてなかった。僕にとってミミティ先生の授業は新鮮だ。
「うーんと……あっ! せっかくですから、ホワイライトさん!」
おっと、学んだ内容を試されることは一緒だったみたいだ。
「(先生に当てたれたら、立って答えるのよ)」
「(ありがとうございます)」
小声でこっそり教えてくれたアイネさんにお礼を言って、僕は立ち上がる。
「はい。その要因は、『輝光士資格制度の確立』と『輝光具の開発』です」
答える内容はわかっていたので問題ない。先生が『せっかく』といったのは、輝光具も関係することだからだろう。『月猫商会』の娘ってことになってるし。
「ここセンツステル聖光王国、今より3代前の国王陛下の
あ、あれ? 今気づいたけど、なんで皆こっちを見てるの……?
問われたことにきちんと回答をしなければと思い、王城時代の先生から90点以上は貰えるくらいの内容は話せていたはずだけど……何か、根本的に間違ってしまっていたのだろうか……?
「(アイネさん、アイネさん)」
「えっ? あっ……。(な、なんですか、ルナさん?)」
「(急にすみません。私の回答は、何か間違っていたのでしょうか? 先生が何も言ってくださらないのですが……このまま続けても良いのでしょうか?)」
「(間違ってないというか……詳しく答えすぎたのよ。最初の『輝光士資格制度の確立』と『輝光具の開発』だけ答えていれば正解をもらえていたと思うわ。その後の内容は、私は……実家で家庭教師の先生に習ったから知っていたけど、たぶん、これから授業で習うような内容よ)」
「(そうなんですか?)」
「(ええ。その証拠に……先生を見てみなさい。泣いてしまわれそうだわ)」
アイネさんに顔を寄せて小声で相談していた僕が、言われた通りに視線を先生の方に戻すと……。
「ぇぅ……それ……これからわたしが話す内容ぜんぶ……言っちゃってます……ぐすんっ」
やっぱり既に泣いていた! 心なしか『光書板』に書かれていた文字も涙に滲むように曖昧になってしまっている。
「(わ、私……どうすればいいのでしょう……!)」
これでは、僕のせいで授業が進まなくなってしまう……!
「(ちっ、近いわよっ。もぅ……そんな捨てられた子犬みたいな顔して……)」
「(アイねぇ、キュンキュンきてるッスか? 母性全開ッスか? 美人さんはどんな顔しててもマブいッスからねぇ?)」
「(ミリリア……貴女覚えておきなさいよ……あ、良いことを思いついたわ)」
唇をとがらせミリリアさんを睨むようにして見ていたアイネさんは、何かを思いついたと言ってスッと手を挙げた。
「ミミティ先生。ホワイライトさんが答えた内容で、ミリリアさんがわからないことがあると言っています。質問をお許しいただけますでしょうか?」
「ぐすんっ……わたしがせんせいなのに……せんせいなのに……ふぇ?」
「先生? ミミリアさんが、先生に是非とも聞きたいことがあると言っています」
「……はっ!? はいっ! どうぞミミリアさん! 先生が! そう先生が! 何でも答えちゃいますよ! さあどうぞ!」
ミミティ先生は泣き顔から一転、コロッと花が咲いたような笑顔になって期待の眼差しでミミリアさんを見ている。
「(ちょ!? それはズルいッスよアイねぇ!)」
「(卑怯と言われようと構わない、だったかしら?)」
「(ぐわぁー!? しまったッス! それはさっきアタシが言ったセリフッス!)」
「ミミリアさん……? 質問、ないんですか……?」
「は、はいっ! あるッス! あるッスよ! えぇっと……」
大慌てで教科書をめくり質問を考え出したミミリアさんを見て、尊い犠牲に心の中で謝りつつも、僕はほっと安堵の息をついた。
「(アイネさん……ありがとうございます。助かりました。ミリリアさんには悪いことをしてしまいましたが……)」
「(くすっ。いいのよ。私ばかりが言われっぱなしじゃ損だもの。ミミリアも、これで予習の大切さがわかるでしょうね)」
そう言って微笑むアイネさんは、イタズラが成功した子供のようでもあり、ミミリアさんが言った言葉ではないけれど……困っている子供を見守る母のようでもあり、なんとも可愛らしかった。
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