015.第2学年Sクラス~編入生のお約束~


 教室の扉を開くと、まず感じたのは一斉に僕を見る30人ほどの視線。


 これは別に気にならない。そのすべてが女の子ということは経験がないけれど、注目されること自体は慣れてしまっている。


 僕にとって問題だったのが、部屋を包む独特の甘い香り。1種類だけではなく、何種類もの香りが混ざって作り出されているかのようなそれは、これまで嗅いだことがないものだ。決して嫌悪感を感じるものではないけれど、これが年頃の女の子たちが集まった場所の香りか……と思うと、少しドキドキしてしまった。


 それを悟られないようにすまし顔を作り、一歩一歩が淑女らしく見えることを意識する。自分の動きに合わせて髪がなびくのを頬で感じながら、教室の中央にいるミミティ先生の横に並び、カーテシーで一礼。


「初めまして、皆様。私はホワイライト家が長女、ルナリア・シール・ホワイライトと申します。本日よりこの学院、このクラスでお世話になります。学院生としても貴族としても新参者ですので、ご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、仲良くしてくださると嬉しいです」


 元々考えていた挨拶に、クレアさんからのアドバイスを取り入れて『お友達ほしいです』ということをほのめかすアレンジをしてみたけれど、どうだっただろうか?


「どうぞよろしくお願いいたします」


 挨拶を終えて伏せていた目を開けると、ちょうどアイネさんと目が合ったので、ここは無難にニッコリと微笑んでおく。


「――ぅ……」


 赤くなって目をそらされてしまった。


 しかし、誰も反応がない。時が止まってしまったかのようだ。

 僕の挨拶は、何かまずかったのだろうか。てっきり、こういう場では拍手か何かで迎えてくれるものだと思ってたけど……。


 いやまて、こんな反応はさっきも――。


「「「きゃああああぁぁぁぁ~~~!」」」


 やっぱりぃ!


 先程と同じような黄色い悲鳴が爆発し、音がなかった教室が一気に騒がしくなってしまった。


「朝に見たあの方がこのクラスに来るなんて、今日はツイてますわ!」


「Sクラスということは、きっと実力も確かなのでしょうね」


「近くで見るとやはりお綺麗ね……」


「本当に最近貴族になられたばかりなのでしょうか……私などよりもよっぽど気品に溢れていますわ」


「おいくつなのでしょう? とても凛として落ち着いたご様子ですけれど、同い年かしら?」


「あの純白の髪、とても輝いていますわよね……。どんなお手入れをされてるのかしら?」


「……すー……すぴー……」


 なんとか聞き取れた内容を考えると、今のところは好意的な反応といっても良いのかな……? 熱量がすごくてちょっと引いてしまいそうだけど……女の子ってこんなにキャアキャアいうものだったんだね……。


 とりあえずはいきなり『なんだァテメェ』みたいな反応をされないで良かった。


 こんな騒ぎの中でも我関せずで寝てる子がいるけど、誰も何も言わないし僕が気にすることではないのかな?


 でもこのままじゃ、朝の繰り返しだ。収集をつける立場のはずのミミティ先生は『あわわっ』と可愛らしく慌ててしまっているし。入ったばかりの僕が嗜めるのもおかしい気がするし。


「ちょ、ちょっと貴女たち! はしたないわよ! 少し落ち着きなさい!」


 と、思っていたら、後ろの方の席にいるアイネさんが立ち上がり、そのよく通るキレイな声を響かせた。

 しかし、おしゃべりに花を咲かせまくっている今の女の子たちに対しては、こうかはいまひとつのようだ。


「まあまあ、アイねぇ。そう怒っちゃダメッスよ。あのコ、激マブすぎてちょーパネェッス。みんなあの美人オーラにやられちゃってテンション上がりまくりッス。聞きたいこと話したいことがいっぱいありすぎてたまんねー! って顔してるッスよ。ちょっとガス抜きしておかないと、これは収まらないッス!」


「ミリリア……じゃあどうするのよ」


 アイネさんが、静かにならないクラスメイトの様子に『ぐぬぬ』というような顔をしていると、そのすぐ近くの席の桃色の髪をツインテールにした小柄な女の子――アイネさんからミリリアと呼ばれていた――が、まあまあとそれを窘めた。


 どうでもいいけど、ミリリアさん、ギャルなのか三下なのかわからない癖のある話し方だね。


「ここはこの(自称)学院イチの情報通にして(自称)美少女突撃レポーターにして(自称)クラスのムードメイカー、ミリリアちゃんに任せるッスよ! ……はーい、みんなちゅうもーく! アイねぇの言う通り、いーかげんにしないと、またミミちゃん先生が泣いちゃうッスよ? あー、分かってるッス分かってるッス。みんな『謎の白髪美少女編入生・ルナっち』に興味津々ッスね? 聞きたいこといっぱいって顔してるッスね? ミミちゃんせんせー、ジブン、5分だけもらってもイイッスか?」


「ぐすんっ……はい……」


 いや、もう先生は泣いちゃってるんですけど。それにミリリアさん、肩書多すぎない? あと、『謎の白髪美少女編入生・ルナっち』って何!?


 気になることが多すぎて、さっきから笑顔を維持するのが大変だ……。


「じゃー、おゆるしをもらったところで! ゴホンッ。えー、『輝光士女学院の学生たるもの、規律を重んじ、いかなるときも淑女であれ』ッス。ってことで、ルナっちに聞きたいことがあるコは、おしとやかにして、ちゃんと手を挙げてからッスよ! このアタシが(自称)ルナっち専属レポーターとして進行するッス! 5分だから全部で5つまで! はいスタートッス!」


 勝手に教室を仕切り始めたミミリアさんが挙手を促すと、ススススッと多くの手が静かに挙がった。


 いやあの、僕は答えるとは一言も言っていないし聞かれてもいないんだけど……。

 これは新手の新入生イビリなのだろうか? なんて思ってしまうが、このまま流れに身を任せるしかなさそうだ……。


「はいそこっ!」


「おいくつですか?」


「今年で17になります」


「はい次はそこっ!」


「ご趣味は?」


「……読書と輝光具作りです」


 お見合いかっ!? お見合いなのかっ!?

 っていうかこんな質問の内容を話題にしてあれだけキャアキャア言えてたの!?


「はい次っ!」


「あ、あの……その猫さんはどうしたのでしょうか?」


「あっ、それアタシも気になってたッス!」


 これは予想してた質問だ。


「この猫は私の使い魔で、クロといいます。えー、驚かれるかと思いますが、このコは人の言葉が話せます。ほら、クロ。ご挨拶して」


「グェッ!? じゃ、じゃから首根っこを掴むでないと妾はいつも言っておろうに! 放さんかっ! 妾は『脳内めもりー』に『色とりどりの景色』を焼き付けるのに忙しいのじゃ!」


「クロ……(女の子のパンツ鑑賞なんてしてないで)ご挨拶して」


「わ、わかったのじゃ! わかったからそう睨むでないわ……。妾はクロ。こやつの使い魔のようなものじゃ。『ぺっと』ではないからその点は勘違いせぬようにな。美少女の一夜限りの『ぺっと』なら大歓迎じゃが……グヘヘッ」


 …………。


「ほ、ホントにしゃべったッス……! なかなかすごい猫ちゃんッスね……」


 一瞬の間の後、静かになってしまった教室……というよりドン引いている場をとりなすようにコメントするミリリアさん。そういうところは確かにレポーターっぽいかもしれない。


 あと、『先程猫さんを睨んだときの汚物を見るような眼差し……ステキですわ……』とかいって震えてるそこのキミは、クロと良い友達になれると思うよ。僕はお近づきにはなりたくなりけど。


「ま、まあ! クロちゃんのことが気になったら詳しいことは休み時間にでも聞くと良いッスよ! ってことで次は……みんな驚いて手を下げちゃったッスね。あと質問は2回ッスよー! 再開ッス!」


 再びミリリアさんの合図がかかり、まだ当てられていない女の子たちはこぞって手を挙げ――ようとしたが、先程まで手を挙げていなかった1人が手を挙げるのを見て、遠慮するように手を下ろしてしまった。


 あ、あの子はさっきまで寝てた子だ。


「はいそこっ……げ、『狂犬皇女』……」


「あ……? なんだチビ助? 出席を取ってたのではないのか? というかこの騒ぎは何だ? 我の眠りを妨げるとは良い根性をして……ん? なんだこの白いのは?」


「ク、クラウディアさまっ。白いの、じゃないッスよ! このコは今日からこのクラスに入った編入生ッス。ルナっちッス!」


「初めまして。ルナリア・シール・ホワイライトと申します」


「ふむ……?」


 寝起きで不機嫌そうにしていた銀髪の女の子――クラウディアさんは、ミミリアさんに紹介を受けて挨拶をした僕に値踏みするような目を向けた。


 ミミリアさんが「クラウディアさま」と敬称をつけていたし、うっかり『狂犬皇女』と漏らしていたことから、おそらくは西のアグニス帝国の皇族だ。

 第一皇女の顔は知っているので、僕が見たことがないってことは、クラウディアさんは第二皇女か第三皇女といったところだろう。


 髪は磨き上げられた鋼のような銀髪。座っていても分かるほどの高身長と引き締まったボディ。鋭い顔つきで、右目の下には小さな切り傷。どことなく漏れ出る上位者の風格。鋭い線を描く切れ長の眼差しは、『黒銀の二星眼』。


 全体的に抜き身の剣を思わせる彼女が、その黒銀をわずかに輝かせ――急に殺気を飛ばしてきた。


「キャァッ!?」


 高まった彼女の輝光力が教室の中に黒銀色の嵐を巻き起こし、誰かの悲鳴が上がる。


「……ほう、やはり。貴様、相当デキるだろう?」


「何のことでしょう?」


「白々しいな。我の威圧を受けても、涼しい顔をしておる癖に」


 威圧? ……あ、しまった。


 陛下や帝国の皇帝といった本当の上位者や、闇族の将軍、それこそ闇王時代のクロと比べると、威圧と言ってもそよ風程度に感じてしまったので、何も反応できなかった。

 誰かみたいに悲鳴でも上げておけば良かったのだろうか……それはそれで、男としては何か大切なものを失ってしまう気がするけれど。


「滅相もございません。皇女殿下」


「ふんっ。まあ良い」


 スッと、教室に吹き荒れていた嵐が収まる。あくまで輝光士が感じられる輝光力をもとにしたもので、物理的な衝撃は伴っていなかったので物が壊れたりはしていないが、一部の女の子はその荒々しさにアテられ震えてしまっているようだった。


 誰彼構わず牙を剥く……だから『狂犬皇女』って言われてるんだろうか。


「白いの……ルナリアといったか。楽しみが増えたと思って、我を起こしたことは不問にしよう。つまらぬ座学などで起こすなよ。……すー……すー……」


 寝るの早っ!?


「え、えーと……? クラウディア皇女殿下……?」


 楽しみって何ですか……?


 これは結局のところ、『なんだァテメェ』な展開を回避できず、問題児に変な目のつけられ方をしてしまったということだろうか……。


「し、シーッ! ルナっち! 起こしちゃダメっす! そっとしておけば、ただ寝てるだけのキツイ系美人さんって感じッスから!」


 いやミリリアさん、淑女の学院としてそれもどうかと思うよ……。


「さぁ気を取り直して……ルナっち! 最後の質問行くッスよ!」


 あ、まだ続けるんだねそれ。


「ぐすんっ……。もう、10分は経ってるのに……」


「そうよミリリア。もう十分でしょう?」


「いーや、まだッスよアイねぇ! まだミリリアちゃんのターンは終了していないッス! ここで中途半端に終わっては、(自称)突撃レポーターの名が廃るッス! ということで最後に質問があるひとー? はいはーいっ! アタシッス!」


「ミリリア……貴女ねぇ……」


「ハッハッハ、卑怯? 何とでも言えッス! それにアイねぇ、そんなこと言ってて良いッスか~? (自称)突撃レポーターミリリアちゃんには真実を明らかにする義務があるッス! 当然、質問はみんなが聞きたいことにするッスよ! そしてそれは、アイねぇにも関係あるッス!」


「「「(うんうん!)」」」


「え、私? ちょっと貴女たち……一体何を……?」


 アイネさんと僕に関係があることで、みんなが気になっていること……?


「フッフッフ。ではルナっち! 最後の質問ッス!」


「は、はい」


 お世話係のことだろうか? それとも、クレアさんのことだろうか?


 なんて身構えていた僕だったが……。


「アイねぇに口説かれたって本当ッスか?」


 予想もしていなかった問いに、今度こそ笑顔が固まるのを感じていた。


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