014.第2学年Sクラス~先生とシスター~
「へぇ~! それでホワイライトさんはこの学院に……」
「はい。父が名誉子爵位を陛下より賜った際に『何か望みはあるか』と問われたそうなのですが、父は商隊についてずっと旅をしていた私のことが気がかりだったようで、学院入りを願い出てくださったのです」
「ふふっ、良いお父様ですね」
第2学年Sクラスの担任だというミミティ先生と、教室棟の廊下を進む。
ミミティ先生は、なんというか……小さくて可愛らしい女性だ。
背は僕の胸のあたりまでしかなく、クリクリとした可愛らしい目鼻立ちで、癖のある桜色の髪を肩の辺りまで伸ばしている。
教員室で合流してから僕が学院に来ることになった理由を話しているが、身長の関係で常に僕を見上げる形になっているその顔はコロコロと表情が変わるし、ちょこちょこと歩く姿も僕の話に相槌を打つ姿もひとつひとつが可愛らしく、小動物っぽいという言葉が頭をよぎった。
女性としての歩き方以上に意識して歩幅を抑えていないと、すぐに置き去りにしてしまいそうだ。
クレアさんの後輩ということは既に成人してそれなりの歳のはずで、教員らしく女性用のスーツのような上着にタイトスカートという格好だが、どうにも子供が背伸びをしているように見えてしまう。
もちろん教員は正式に資格を得た輝光士から選ばれているので、クレアさんが言っていた優秀というのは疑いようはない。
得意な輝光術は【内輝活性】による速度強化で、担当科目は『輝光術座学』と『一般教養座学』。それと『淑女教養』の『調理技能』だそうだ。
陛下が仰るには大戦後に教員不足は解消されたということだから、それでもこれだけの科目を受け持っているミミティ先生は相当優秀と言えるのだろう。
「さあつきましたよ! ここがSクラスの教室です。ちょうどお祈りが終わったところみたいですね。あっ、シスター! お疲れ様です!」
ミミティ先生がつま先立ちで教室の中を窺っていると、ちょうど前の扉が開いて妙齢の女性が現れた。
「あら、ミミ先生。お疲れ様です」
先生からシスターと呼ばれた通り修道服を着ていて聖典を手にしているが、なんというか……大人の色香を感じる女性だ。
身長は普通で細身に見えるが、身につけた修道服は胸の部分が大きく押し上げられて、首から下げた輝光教のロザリオがその上に乗ってしまっている。
ミミティ先生に向けて可愛らしいものを見るような慈愛に満ちた微笑みを浮かべるその顔は、愛らしくも落ち着いた大人の女性という雰囲気を醸し出している。垂れ目気味の目元には2つの泣きボクロがあってそれがまた色気が……って、あれ?
髪色はベールに隠れて見えないけれど、泣きボクロが特徴的なシスターのこの顔、どこかで……。
「あら? そちらは……」
あ、しまった。挨拶もする前からジロジロ見てたら目が合ってしまった。
「今日からSクラスに入る編入生さんです! ホワイライトさん、こちらはSクラスの朝の礼拝を担当してくださっている、シスター・レイナさんです。学院内にある教会の本物のシスターさんで、ホワイライトさんが暮らすことになる寮の管理人さん……寮母さんでもあるんですよ!」
「初めまして、シスター・レイナ。私はルナリア・シール・ホワイライトと申します。本日よりお世話になります」
「あら、ご丁寧にありがとう。ミミ先生からご紹介に預かりました、レイナと申します。困ったことがあったら、気軽に教会に相談しにきてね。どんな悩みでも歓迎するわ」
僕のカーテシーに軽くお辞儀を返したシスターは、そう言ってウィンクを飛ばしてきた。結構お茶目な人なのかもしれない。
「ところで……ホワイライトさんは、お兄さんか弟さんはいるのかしら?」
「いえ、我が家は娘……私1人ですが……?」
「そうなのね。いきなり変なこと聞いてごめんなさいね。ふふっ。貴女の綺麗な髪を見たら、ちょっと昔の知り合いを思い出しちゃって。では、またね」
僕が記憶に引っかかったものを引っ張り出せないでいると、シスターは何かを懐かしむような微笑みを残して去っていってしまった。
「(……あっ!)」
その後姿を見送った時、揺れるベールを見てカチリと繋がるものがあった。
教会のシスター。特徴的な泣きボクロ。優しい微笑み。茶目っ気。兄か弟。白い髪。揺れるベールは――純白だった。そう、結婚式!
孤児院で僕の面倒を見てくれていた、あのシスターさんだ!
結婚して孤児院を辞めたあと、家庭に入るって言ってたけど、今は学院にいたのか……。
元気そうで何よりだ。
それは純粋に嬉しいことだけど、学院生活初日の朝から昔の僕を知ってる人に2人も会うなんて……。
この髪を隠さないことになってしまった以上、バレないように気をつけないと……。
まぁ、僕は元々知り合いなんて少ないし、そんな偶然はそうそう無いから大丈夫だろう。……無いよね?
「ほえー。シスター・レイナが相談以外で人のことを聞くなんて珍しいですね。ホワイライトさんの髪、白くてキレイですもんね! どなたかお知り合いに似ていたとかでしょうか? わたしもそんなキレな髪がほしかったなぁ……」
「さ、さあ……? それより先生、お時間はよろしいのでしょうか?」
「はわっ!? そうでした! 授業の前に皆さんに紹介しますので、声をかけたら入ってきて挨拶をお願いしますね!」
「わかりました」
『みなさーん! 席についてくださーい! 今日は授業の前に、編入生を紹介しまーす!』
ミミティ先生はトテトテと小走りに教室に入っていくと、小さな体で精一杯といった感じに声を張り上げていた。
『わぁぁっ!? みなさん、お静かにーっ! 淑女であるみなさんが、そんなに騒いではいけませーんっ! ぇぅ……しずかに、してくださぁい……ぐすんっ』
先生こそ、淑女らしさとはいったい……。
「なんというか……そのまんま童のようなじゃのぅ。あれで成人してるとは……ハッ!? あれはもしや『合法ろり』というものでは……!?」
「クロ……ちょっと黙ってて……」
ついに泣きが入ったころに、ようやく教室内は静かになったようだ。
『ぐすんっ……あ、あれ? 静かになりましたね。では、紹介します! どうぞ!』
「はい」
ついに、先生からの合図が来た。
今日から僕が共に生活することになる女の子たちが、この教室の中にいるんだ。
そう思うと、王太子として大勢の前に立ったときや、闇族の軍勢を前にした時も違う、これまで感じたことがない種類の緊張を覚える。
僕は一呼吸置いてその緊張を振り払うと、教室の扉を開いた――。
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