013.学院長室にて~お友達(作り)から始めましょう~


 クレアさんの後について、僕とクロは広い学院内の敷地を歩く。


 学院長室はいまも学院生たちが吸い込まれていっている教室棟とは別の、教員棟という建物にあるらしい。

 教室棟も教員棟もその他の建物も、それぞれが貴族の屋敷のように大きく豪華で、それぞれが4階~5階建てはある。


 この世界の建物の特徴として、限られた土地を活用するために建物は上に伸びる傾向にあるが、1階が一番広く、階が上がるごとに面積が狭くなってくる。

 外から見ると北側以外の日が当たりやすい面が階段のようになっていて、ひとつひとつの段の断面は垂直ではなく半円のドーム状になっているのが特徴だ。室内であろうと光を最大限取り入れられるようになっている。


 先程の正門から続く道もそうだったが、学内にはところどころに花壇や庭園が設けられ、壁に囲まれた敷地内だというのに全く閉塞感を感じない気配りがされている。

 加えて言えば、建物の影になる場所に道はなく、通路を歩いていれば日中はなるべく日向を歩けるようになっている。


 そのまま教員棟に入り――この世界ではほとんどの地域で屋内で靴を脱ぐ文化はない――すれ違う教師らしき大人たちが振り返ってくるのに会釈をしながら、階段を登って最上階へ上がれば、『学院長室』と書かれた厳かな雰囲気の木製の扉に出迎えられた。


「で、では、少しここで待っていてくれ。声をかけたら入ってくるように」


「はい、わかりました」


 クレアさんはなぜかバツが悪そうな顔でそう言うと、最小限だけ扉を開いてあっという間に部屋に入ってしまった。

 それでもチラッと見えてしまった室内の様子と、分厚い扉越しでも聞こえてくるドタバタという音を聞いて、僕は普段のクレアさんの様子を察してしまった。


「まるで、『急に彼氏が家にやってくることになって慌てておる、仕事はできるが私生活はズボラな女』のようじゃのぅ」


「クロ、その例えはどうかと思うよ……」


 言いたいことは分かるけど。僕が今日ここに来るのは考えられただろうに……それほど騎士団長と学院長の兼任は忙しいのかな?

 あれ? でも、案内はアイネさんにお願いしてたっていうし、クレアさんが来たのは騒ぎになったからだとすると、クレアさんにとっても僕がここに来たのは想定外なのかも。


 僕がそんなことを考え、クロの毛づくろいが耳の先から尻尾の先まで来たあたりで(つまりは全部)、ドタバタしていた音が止み『入れ』という威厳たっぷりなクレアさんの声が扉越しに響いた。


「失礼いたします」


 返事をして扉を開くと、まず目に入ったのは、先ほど隙間から見えたものとは違う整然と並べられた本や書類。

 少しホッとしながら足を踏み入れると、『センツステル輝光士女学院学院長』という札が置かれた豪華な木製の机の前、この広い部屋のど真ん中で跪くクレアさんの姿があった。


「ちょ、ちょっとクレアさんっ!?」


「ヒギィッ!?」


 慌てて扉を閉めようとしたが、どうやら僕の後から足元を抜けようとしていたクロの尻尾を思いっきり挟んでしまったらしい。


「し、しっぽがぁ……! せっかく『ふわふわ』になった妾の尻尾がぁ~~!」


 ちょっと申し訳ない気もするが、それよりも今は目の前で跪く真面目すぎる忠臣に対応するのが先だ。


「クレアさん。顔を上げて、立ってください。貴女はこの学院のトップで騎士団長。私はルナリアという、イチ学生なのですよ?」


「はっ。そういう『設定』だと存じております、殿下。しかしながら、先程の私の無礼な言動の数々を考えると、その、大変申し訳なく……」


 跪かずにはいられなかった、と。

 クレアさんの良いところでもあるけど、真面目すぎてアドリブが苦手なのは困るなぁ。

 クロが『オヌシモナ』というような目で見てくるが、気にしない気にしない。


 仕方ない、ちゃんと言い含めるためにも、ここは王太子モード(公式の場バージョン)で……。


「――クレア」


「ッ!? は、ははっ!」


「そなたの忠義、誠に大儀である。しかし、これから私はこの学園で生活することになる。城とは違い、いつ誰が見ているとも限らん。毎度毎度その調子では、いずれ誰かに勘づかれることもあろう。それは陛下のご意思を損ねる事にも繋がるのは、分かるな? そなたのそういう筋の通ったところは好ましく思うが、今の我らの立場を努々忘れることなく、振る舞いには重々注意いたせ」


「ははっ! 誠に申し訳ございません!」


 うーん……これ久しぶりにやったけれど、女声だと威厳半減な気がするのは僕だけだろうか。


「――というわけですので、グランツ様? 学院長室へ案内されてきた編入生の私に、お話があったのではないでしょうか?」


「あ、ああ……そうだったな。少し待ってくれ、いま、落ち着かせる」


 僕が作っていた表情と雰囲気を元に戻して『ルナリア』として促すと、クレアさんは目を瞬かせた後にようやく立ち上がり、机と同じで重厚な作りの椅子に腰を掛けた。すーはーと胸に手を当てて深呼吸をしている。


 いつものことだけど、鎧をつけたままで事務仕事もしているのだろうか。


「相変わらずお主のその変わり身の速さはすごいのぅ。一瞬、どこぞの女王でも降臨したのかと思ったわ。ハッ……!? 女王様『ぷれい』……それも良いのぅ……グヘヘッ」


「……クロ、さっき扉で挟んじゃったお詫びに、尻尾を整えてあげようか。ぺったんこになればキレイになったって言えるよね?」


「やっ、やめるのじゃ! わかった! 大人しくしておるから、足を振り上げるのはやめんか!」


 まったく……。


「すー、は~」


 って、いつまでやってるんですかクレアさん……。


「大丈夫ですか……?」


「いや、すまない。もう大丈夫だ。久しぶりだったので、少々アテられてしまったようだ……ゴホンッ。改めて、センツステル輝光士女学院へようこそ、ホワイライト」


「はい、ありがとうございます」


「とあるお方より、ホワイライトは幼い頃より父君について旅をしていたため、学院生活については疎いであろうから、可能な限りサポートをするようにと言われている」


 あ、ちゃんと『陛下』って言わずに隠せてる。


「ただ、私は学院長という立場ではあるが、騎士団の任務や訓練などもあるため、あまり学院にいることはできない。だから、ホワイライトの編入する第2学年Sクラス所属で学年主席のロゼーリアを世話係として付けることにした」


 アイネさん、主席だったんだね。


 僕の世話係をしてくれることはありがたいけど、そのせいで成績に影響がでるようなことになれば申し訳ないな……早く学院に慣れて迷惑がかからないようにしないとね。


 あと、『アイネさんだから』案内役になったんじゃなくて、『主席だから』という理由には安心した。

 一瞬だけ、『アイネさんが王太子の婚約者候補であったこと知っている陛下の意地悪では?』と思ってしまったので、心の中で謝罪しておこう……。


「私がこれから話すのは、この学院と学院生活の概要だ。詳しいことや実際に過ごしてみてわからないことがあれば、ロゼーリアに聞いてくれ」


「わかりました」


「まず――」


 そうしてクレアさんは、前置き通りこの学院と学院生活について話をしてくれた。


 まとめると、こうだ。


-----


 『規律』と『貞淑』、そして『実力主義』というのが、この学院が掲げているルール。

 学院生はこの敷地内において家柄も血筋も関係なく、それらを背景とした権力を以て振る舞うことは許されない。

 学生は、基本的に学園の敷地内から出てはいけない。実家の都合などで出かける場合は、事前に届け出が必要。

 学内の施設は申請すれば誰でも使うことができるが、日が沈んでからの活動は原則として認められない。

 学院は3年制で、僕が編入するのは第2学年。その中でも特に実力が高い生徒が所属するSクラスになるとのこと。

 授業があるのは5日間で、休みが2日間。長期休暇は夏季と年末年始の2回。

 1日の授業は5限目まであり、朝には教室で揃ってお祈りの時間……礼拝がある。

 授業は輝光術の座学と実技がメインで、その他の一般教養と、学院生や保護者の間で『花嫁修業』と言われている『淑女教養』という科目があるらしい。

 授業以外での輝光術の使用は特に制限されていないが、他者に危害を加えたり物を壊したりなどすれば、当然処罰される。

 朝食と夕食は寮の食堂、昼食は学内の食堂で食べることになっている。

 就寝時や休日を除き、基本的に制服で過ごすことを奨励している。


-----


 概要だけでも意外とたくさんあったけれど、『前の記憶』に知識としてだけある……いわゆる『お嬢様学校』とほぼ同じようなものか、と僕は思った。

 寝るときと休日以外はずっと制服で過ごさないといけないというのはどうかと思ったけど、今はまだ着慣れていないというだけで、慣れてしまえば案外楽なのかもしれない。


「ご説明ありがとうございます。おおよそ、把握できました」


「それは良かった。今の時点で、何か質問はあるか?」


「そうですね……」


 陛下が仰っていた『学院の問題』について聞いてみたいけれど、はっきりした答えは返ってこないだろうし……あ。


 聞きたいことは、あるにはある。

 この学院での使命を果たすために僕が知らないといけない、大事なことだ。

 でも、これを聞くのは少し恥ずかしい気もするけど……クレアさんならここの卒業生ということもあるし、何か教えてくれるかもしれない……。


「その……こんな事を聞くのも、とは思いますが……」


「なんじゃ、お主らしくもなくモジモジしよって。ああ、分かったのじゃ。かわやの場所を尋ねたいのじゃな?」


「ちっ、違うよっ! いや、それも知っておかないといけないけど、私にとってもっと重要なことがあるの!」


「それは……? それほど重要なことというなら、今聞いておくのが良いだろう」


 僕の様子からただならぬものを感じたのか、尋ねるクレアさんの目が真剣味を帯びた。


「ではお尋ねします。『普通の学生』って、どのようにしたら良いのでしょうか?」


「……へ?」


 あれ、クレアさんの目が点になってる……? 質問の意図が伝わらなかったのかな?


「自分から学院では立場に気をつけようと言っておいてこういう話をするのは憚れますが……私は、王太子として王城での生活と、星導者として戦場のことしか知りません。同年代の人間といえば、貴族の子女くらいしか接点がありませんでした。だから、陛下からいただいた使命を果たすためにも、この学院を卒業されたクレアさんに、『普通の学生』とはどのようにしているものなのかを教えてもらえればと……」


「ぶっ……ぶはっ、ぶはははははははっ! お、お主……お主が今更『普通』となっ? ぶふっ……わざわざそんな事を尋ねるとは、やはりお主は底なしの真面目美少女よのぉ? ぶはははははははっ!」


「ちょっとクロ……僕だって変なことを聞いている自覚はあるけどさ……そんなに笑わなくても……」


 恥を忍んで口にしたことだったのに大笑いされてしまい、なんだか悲しくなってきた。


「殿下……。私も今だけ、元の立場での発言をお許しいただけないでしょうか」


「……どうぞ」


 クレアさんも僕が言ったことをおかしいと言うのだろうか……。


 そう思って恐る恐るクレアさんの顔を見ると……困った弟を見る優しいお姉さんのような、優しい表情かおをしていた。


「恐れながら、殿下は深く考えすぎなのかと存じます。無礼を承知で申し上げるなら、昔は考えなしで困らせられることもありましたが、ここ何年かで落ち着かれてからの殿下は特にそれが顕著です」


 う……考えなしはアポロのほうだ……。落ち着いたっていうのは、アポロが亡くなってから、つまり『王太子』がずっと僕になってからのことかな……。アポロも亡くなる前くらいまでにはだいぶやんちゃさが抜けていたし、影武者をするにあたってお互いがお互いに言動を寄せるようにしてたから、そこまで差はないはずだけれど……。

 クレアさんは『ユエ』のことを知らないが、王太子と接することが多いクレアさんはクレアさんなりに何か変化を感じていたのかもしれない。


「此度、陛下より殿下が学園に入られることをお伝えいただいた際、陛下は『あの子に1人の若者として、楽しい時間を過ごしてほしい』と仰せでした」


 それは僕も、謁見の間で直接陛下から賜ったお言葉だ。


「楽しい時間とは……私が学院生だった頃を思い出す限りではございますが、友と笑い、泣き、悩み、共に好きなことをする……そんな時間だったように思えます。今では随分と少なくなってしまいましたが……そんな友とは、未だに立場を超えた付き合いをしている者もおります」


「つまり……?」


「殿下にとって、この学院でかけがえのない『友』を得ることが、陛下の仰る『楽しい時間』……ひいては、殿下が仰る『普通の学生』であるということに繋がるのではないかと、愚考する次第です」


 友達、か……思えば、僕が自身を持って『友』と言えたのは、『前の記憶』を含めてもアポロくらいだったかもしれない。立場を考えれば不尊な考えかもしれないけれど。


「難しく考えず、お優しい殿下が殿下らしく在られれば、何も問題はございません」


「そうでしょうか……?」


「はい。不肖の身ではございますが、昔から殿下にお仕えしてきた私が保証いたします」


 僕が僕らしく、か……。


 本当は僕自身がそれが何であるかを知りたいところだけど、クレアさんが言いたいことはよく分かった。


 まずは友達を作ること。それが目標だ。

 まあ友達どころか、お嫁さんを探さないといけないのだけれど……。


 もしかしてこれが、『お友達から始めましょう』というやつだろうか……いや違うか。


 いけない……クレアさんから『難しく考えるな』と助言をもらったばかりなのに、また考え込んでしまうところだった。

 壁にかけられた時計を見れば、この部屋に来てから結構な時間が経ってしまっている。


「わかりました、学院長。お答えいただきありがとうございます」


「……ああ。気にするな。また聞きたいことがあれば、私が学院にいるときなら聞きに来てくれて構わない」


 いつまでも学院内で殿下と臣下をやっているわけにもいかない。

 呼び方を変えた僕の意図を汲み取って、クレアさんも学院長としての話し方に戻した。


「さて、そろそろ朝の礼拝が終わる時間だな。話は以上とする。これから2階の第2学年教員室に行って、Sクラスの担任講師と合流してくれ。私の後輩で、見た目や言動は少々……特殊かもしれんが、優秀なやつだ。ホワイライトのことは伝えてあるから、名前を言えば分かるだろう」


「かしこまりました。それでは、失礼いたします」


「ああ。……良き学院生活を、お過ごしください」


 カーテシーをしてから部屋を出ていく僕の背に、優しい声がかかる。

 その気遣いに心の中でお礼を言った僕は、『騎士っ娘の後輩か。担任とはどんなおなごかのぅ』なんて言ってるクロを連れて、階段を下って行くのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る