012.初登校~学院に舞い降りた月~


「ルナさん……いえ、『ホワイライト』さん。貴女、何か隠しているでしょうっ!? 私の『眼』は誤魔化せません! 隠すようなやましいことがあるなら、今すぐこの学院から立ち去りなさいっ!」


 毅然と言い放ったアイネさんの睨むような眼を見て、僕は心臓が締め付けられる思いだった。


 よりによって、彼女にその言葉を言わせてしまったことを。

 正規の輝光士ならばともかく、学生レベルでこの変装を見破れる者はいないであろうと考えた己の無知と浅はかさを。

 使命を果たすためといって、姿を偽り相手を騙す手段を安易に選べてしまった自分自身を。


 ただただ後悔した。


「あそこにいらっしゃるのは、ロゼーリアさんですわよね……? もうお一方は、どなたでしょう?」


「さぁ……? わたくしも見覚えがありませんわ」


 学院の正面口前。色とりどりの花が咲き誇る庭園に、ざわめきが広がっていく。


 後悔は一瞬で済ませ、意識を今に戻す。


 こうなっては、たとえ周囲で見ている人間が多かったとしても、これ以上誤魔化すより、ここでアイネさんに対して誠実に対応するのが正しいと信じるしかない。

 僕は、固くなってしまった表情をなんとか取り繕い、目の前にある2つの輝きをまっすぐ見返す。


「大変申し訳ございません。あまり目立ちなくなかったもので……」


 僕がそう言うと、アイネさんはまるで『何言ってるんだコイツ』とでも言いたげな怪訝な表情をした。


「ほれ、妾も言うたであろう。お主が目立たぬなど有り得ぬと。悪あがきなど無駄じゃ無駄」


「誰のせいだ誰のっ……あ、いえ、大変失礼いたしました。お騒がせしてしまい申し訳ございません」


 思わずクロにいつも通りのツッコミを入れると、口調が荒かったせいか周りの女の子たちがビクッとしてしまった。

 慌てて頭を下げて、アイネさんに向き直る。


「アイネさんが言う通り、私は姿を偽っておりました。浅はかな行為だったと反省しております。アイネさんが言う『やましいこと』が無いことの証明になるかはわかりませんが……今、元に戻しますね」


「元に戻す? 何かしら……輝光術で姿を変えているというの?」


「ええ」


 怪訝な表情から一転、長い睫毛を瞬かせて驚いたようなアイネさんに、僕はうなずいて見せる。


「これで、良いでしょうか?」


 そして輝光力を纏った右手を動かし、【偏光】と【光学迷彩】がかけられた場所をなぞるようにして術を解除していった。


「――っ……!?」


 僕が顔と髪色を元に戻すと、アイネさんは目を見開いて固まってしまい、周囲は時が止まったようにシーンとしてしまった。


 あ、あれ……? 誰も何も言ってくれない……?

 いや、まだだ。誠実に対応するためにも、『今の本当の僕』として、ちゃんと言い直そう。


「改めまして、私が、ルナリア・シール・ホワイライトと申します。よろしくお願いいたします、アイネさん」


 ここでニッコリと微笑みかければ、何もやましいことはないと分かってくれるはず……!


「――ぅ……ぇ……」


 あれ……なんでだろう。アイネさんは頬を染めて両手で胸を抱えるようにすると、何か衝撃を受けたようにたじろいで一歩下がってしまった。


「あ、あの……アイネさ――」


 その長い睫毛を震わせて、口から言葉になっていない何かを漏らすアイネさんを不思議に思い、僕が声をかけようとしたその時。


「「「きゃああああぁぁぁぁ~~~!」」」


 先程のアイネさんの驚きなんて比ではない、黄色い悲鳴が爆発した。


「いまの、見まして!? 見まして!?」


「あぁ……なんとお美しい方でしょう……」


「女神様……」


「ローゼリアさんと外からいらっしゃっていたわよね……どなたかしら?」


「ホワイライト家を名乗っておいででしたけれど……」


「ホワイライトッ!? お父様がおっしゃっていましたわ! あの『月猫商会』の会長の方が陛下からその名を賜ったって!」


「そうでしたのね。では、あの方がそのご息女……」


「お姉さまとお呼びしたい……」


 え、ナニコレ。

 女の子たちがキャーキャーといって大騒ぎになっちゃったんだけど……。

 アイネさんは固まっちゃったままだし……これ、どうすればいいの……?


「お主……またやりおったな。それに、妾が言うのもじゃが、おなご同士なのにこれほどのものになろうとは……」


「クロ? またって何をさ……?」


「はぁ~~。やはり分かっておらんかったか。何とはお主のその『無自覚美少女すまいる』じゃ。旅の間も、それにやられた哀れな男女が何人おったことか……」


「な、何それ。ぼ……私はそんなつもりじゃ……」


「あーはいはい、なのじゃ。妾は常々、お主の美少女っぷりについて言うておったのじゃがの……この人誑しめ。それよりも、ほれ。騎士っ娘のお出ましじゃぞ」


 クロの肉球が示す先を見れば、いつもの光銀製騎士鎧を身につけたクレアさんが学院校舎の正面口から出てくるところだった。


「この騒ぎは何事か! 規律と礼節を重んじる学院の淑女であり、将来の輝光士たるもの、朝の登校くらいは……静粛に……ああ」


 いわばひとつの軍隊である輝光騎士団の長であり、この学院の長である立場からか、厳しい言葉を飛ばしていたクレアさんだったが、僕の姿を見た途端にその声はしぼんでいき、最後には納得の声を上げた。


 なんですかその『殿下なら目立つのは納得。むしろ誇らしいです』みたいな顔は……。


 しかし、このタイミングでクレアさんが来てくれたのはありがたい。ちょっと情けないけど……。


「(タスケテ)」


 僕がクレアさんに【アイコンタクト】――自らの眼から視線を通して極短時間の光信号を相手の眼に投射し、その明滅パターンで決められた意味を伝える輝光術。王国軍等で用いられている――を送ると、わずかに肯いて了解を示してくれた。


「皆、もうすぐ朝の礼拝の時間だ! 解散して教室へ行け!」


「「「は、はいっ!」」」


 この学院のトップのお出ましで、キャアキャア言っていた女の子たちも姿勢を正して、次々と校舎へ入っていった。

 中には、クレアさんに熱い視線を送ってる子もいたけど。


「で……キミがホワイライトで……だな? 私は学院長のクレア・グランツだ」


「初めまして。ルナリア・シール・ホワイライトと申します。本日よりこの学院でお世話になります」


 先程アイネさんに教わった通り、あまり過度にならない程度に……頭を下げすぎないように意識し、クレアさんに対してカーテシーで礼をする。


 この人、また『殿下』って言いかけてたよ……。


「ああ。……ロゼーリア。ロゼーリア?」


「……はっ!? はいっ、グランツ様」


「どうした、顔が赤いが……? 体調が悪いなら、無理を言ってしまってすまなかったな」


「いっ、いえ! 問題ございませんっ。……むしろドキドキして血の巡りが良くなりすぎてしまったといいますか……あぁいえ、とにかく問題ございません」


「そうなのか? まあいい。ロゼーリア、出迎えを頼んでおいてすまないが、ホワイライトにはこのまま一度学院長室に来てもらうから、先に教室へ行くと良い。その後のことは頼んだぞ」


「かしこまりました、学院長。ル、ルナさん……も、後ほどまた」


「はい、アイネさん」


 軽く頭を下げると、アイネさんはチラチラとこちらを振り返りながらも、正面口から校舎へと入っていった。


「では、参りま……ゴホンッ。行こうか」


「はい」


「わかったのじゃ」


 いきなり騒ぎを起こしてしまったときはどうしようかと思ったけど、ここからが僕の新しい使命の始まりだ。


 踵を返すクレアさんについていきながら、僕はこっそり気合を入れ直すのだった。


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