011.初登校~薔薇銀の姫~
「貴女が本日より入学される方ですね? 初めまして。私はローゼリア侯爵家が次女、アイネシア・フォン・ロゼーリアと申します」
白に近い銀色を基調として、光の加減で薔薇色が混じる『
女性としては平均か少し高いくらいの身長(僕よりは頭半分ほど低い)に、可愛いというよりは美しいと言える小ぶりな顔立ち、全体的にスラッとしていながらもしっかりとした起伏があり、女性らしさを感じられるバランスの良いスタイル。
瞳は透き通る薔薇色で、輝光力に対して特に強い感受性や高い才能・加護を持つ者の瞳に現れるという輝き(小さな結晶のような器官)が2つずつ。
それは『
以前に見たときは確か『一星眼』だったから、ここ数年でまた成長したのだろう。
そしてとても見覚えがあるのは、特徴的な色の髪に添えられた、光結晶で出来た小さな薔薇の花を模した髪飾り。
薔薇銀の姫。
それが、幼い頃から彼女を指す渾名だ。
その美しい容姿と、類まれな輝光術の才能、そして侯爵家の次女としてふさわしい立ち居振る舞い。
それらを目の当たりにした貴族たちの間で、彼女は称賛の念を込めてそう呼ばれていた。
――たとえそれが、彼女にとって重荷だったとしても。
*****
寸分の隙もない洗練された華麗なカーテシーを受け、僕は早くなっていく鼓動を顔に出さないように苦労しながら、同じようにカーテシーで返礼をする。
「初めまして。私は、ホワイライト名誉子爵家が長女、ルナリア・シール・ホワイライトと申します。まさか侯爵家の方にお出迎えいただけるとは思っておらず、お待たせしてしまったということでしたら誠に申し訳ございません」
「ルナリアさんですね。確かつい最近、お父様が叙爵されたばかりと聞いていましたけど、随分と堂に入った礼で驚きましたわ」
「もったいないお言葉です。ロゼーリア様と比べれば、私など付け焼き刃感が拭えずお恥ずかしい限りです」
陛下にも褒められた僕のカーテシーも、生まれた時から淑女として教育を受けてきた侯爵家令嬢と比べると、僕でもその差が分かるくらいだ。
ってそんな感想を覚えている場合じゃなくて、いきなり顔見知り……いや、相手はこちらのことが分からないだろうけど……そんな女の子を前にして心臓の鼓動がすごいことになっている。
ここまでは普通に話せているだろうか……?
礼をして顔を伏せた姿勢のまま、僕はそんな事を考えていた。
「ふふっ、お世辞ではないですよ。あと、この学院では学生は家柄や出身に関係なく皆等しく扱われます。私が侯爵家の娘だとしても、学院の淑女としての礼以外は必要ありません。だから、頭を上げてください」
「はい、ご教授いただきありがとうございます」
「まだ固いわね、編入初日で緊張しているのは分かるけど。でも、安心したわ。貴族になって急に偉そうにしちゃうような子じゃなくて」
僕の緊張をほぐそうとしてくれているのか、口調を崩して微笑んでいたロゼ―リア様は、その表情をホッとしたものに変えると、胸に手をおいて息を吐き出した。
「そういう方もいるのですね……」
「ええ。私、貴女と同じクラスで、今朝の出迎えと、貴女が学院での生活に慣れるまでの面倒を見る役目を仰せつかっていたのよ」
「……そうなのですね。これからお世話になります、ロゼ―リア様」
同じクラスでお世話役……これは、この場を凌げばいいというだけではなさそうだ……。
「そうよ。だから、呼び方も家名じゃなくていいわ」
「ええと、アイネシア様……?」
「『様』も必要ないわ。貴女、良い子そうだし、良いお友達になれそうね。なんだか不思議と初めてお話した気もしないし、アイネでいいわよ」
グイグイくるなぁ! そしてヒヤヒヤするなぁ!
こんなに積極的な子だったっけ……。
「あ、ありがとうございます。では……アイネさん、と」
「ええ。それじゃあ貴女は……ルナさん、でいいかしら?」
「はい。家族や親しい友人からはそう呼ばれております」
……という『設定』だけど。
「良かった。ではルナさん、そろそろ行きましょう」
「わかりました」
アイネさんが先導し、僕がその後に続いて門をくぐる。
すると、当然だが僕の横をついてくる黒猫……クロがすぐアイネさんの目に留まる。
「ねぇ、ルナさん。さっきから気になっていたのだけれど、その……黒猫? は貴女についてきてるの? 黒いなんて珍しいわよね」
「え、ええ。このコは私の使い魔でして」
「使い魔……?」
「東方の一部の地域では、力や知恵のある動物を飼いならして人の手助けをさせる風習がありまして……父の行商隊についてその地域に行った際に、その、懐かれてしまいまして。それ以来、ずっと一緒にいるのです。ちょっと……いえかなり変わっていますが、学園に届けて許可はいただいておりますので……」
「そういう風習もあるのね……。私はこの国を出たことがないから、初めて聞いたわ」
実際にそういう地域もあったし、『設定』は交えてるけど嘘は言っていないので許してください。
「名前はなんて言うのかしら?」
「クロといいます」
「へぇ……。クロちゃん、ちょっと失礼するわね」
アイネさんはクロの前でしゃがみ込むと、両眼をわずかに輝かせてクロの猫目を覗き込んだ。
「(むほーーっ! いきなり眼福『いべんと』が来たのじゃー!)」
クロはといえば……コイツ、アイネさんの綺麗な顔と、しゃがんだアイネさんのスカートの中のどちらも見たくて、激しく視線をさまよわせてるな……。
「なんでしょう、これ……? 確かに何かしらの力を感じるわね。不思議な感覚だわ」
いきなり何かと思って焦ったけど、星眼を発動させたのか。クロを見る瞳が淡く輝いている。
それにしてもよかった。アイネさんが感じたのはたぶん闇の気配だろうけど、実際に闇族に相対したことがないからか、アイネさんの中で闇とは結びつかないのだろう。
これなら、クロの正体に気づくことはなさそうだ。
「ごめんなさいねー? 急に近づいたから、驚いちゃったかにゃー? ヨシヨシ」
にゃ……?
って、あ! ダメ! そんな可愛い事を言って、いい笑顔でナデナデなんてしたら……!
「……も」
「も? この子、不思議な鳴き声――」
「萌えぇ~~~~~なのじゃっ!! もう辛坊たまらんっ! 銀髪美人からの『にゃ』! 実に良い! これこそ萌えじゃ! アイネとやら! もっと! もっと撫でてたも!」
「えっ、ええぇーーっ!? こっ、この子しゃべったわっ!?」
「……はい。クロは、喋る猫なんです」
淑女の代表格であろうアイネさんの『らしくない』叫び声が庭園に響き渡り、校舎らしき建物に向けて歩いていた他の学院生たちは、何事かと足を止めてしまった。
驚いた拍子に立ち上がったアイネさんもそれに気づいたのか、ハッと頬を染めて口元を抑えた。
「ご、ごめんなさい。大声を出したりして、はしたなかったわ……。人の言葉を話す猫なんて聞いたことはないし、どんな本でも読んだことがなかったから……」
「いえ……驚くのも無理がないと思いますので」
はしたないのはこのクネクネと気持ち悪い動きをしている変態の方です。
「それにしても、すごいわね貴女。こんな珍しい猫? を使い魔にできるなんて、貴女自身も相当の術者……え……?」
変態猫のほうを若干引き気味に見ていたアイネさんは、今度は僕の方を見た。
――その二星眼を輝かせたまま。
まさか、と思ったときにはもう遅かった。
「ルナさん……いえ、『ホワイライト』さん。貴女、何か隠しているでしょうっ!?」
睨むように細められた眼と、口にされた言葉。
それを前にして僕は、心臓が締め付けられる様を幻視し、高鳴っていた鼓動が冷めていくのを感じてるのだった。
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