010.初登校~学院への道~
「うーん……」
さぁいくぞ! とツバキさんに見送られたのもつかの間。
あと一歩を踏み出せば屋敷の外というところで、頭をよぎった1つの考えに、僕は足を止めていた。
「なんじゃ、『もうすぐ生理が来るのが憂鬱』みたいな顔をしよって。お主の『アノ日』はまだ遠かろう」
「さらりと人の周期を把握しないでくれる? そうじゃなくて……このままだと僕、目立ちすぎじゃないかなって」
ツバキさんに手入れをしてもらってサラサラな髪を一房つかんで、クロに向けてヒラヒラさせる。
昔から、この白い髪は多くの人にとって異質に映ることは身にしみている。
人は異物を排除したがり、集団であればその傾向は顕著になる。
これから学院という場で生活していくに当たり、陛下から賜った使命を果たすためにも、いきなり悪目立ちをするのは得策ではない、と思ったんだ。
『前の記憶』も含めて学生生活など縁がなかったから、想像でしか無いのだけれど。
アポロや両陛下など、変な目で見ない人がいることは分かっているが、それは僕を知ってくれているからであって、数少ない例外だ。
もう朧げな記憶だけど……孤児院時代のあの青髪の子も、そうだったっけ。
髪の事以外にも、僕のこの顔。
女性になってしまったことで元の顔からは多少変化があるが、陛下や王妃陛下が仰るには、元々の僕の顔……つまりは王太子アポロの面影があるらしい。
輝光士女学院には、貴族の子女たちが多く通っている。
アポロは王太子としてしっかり表に立っていた(時々入れ替わっていたけれど)ので、社交場に出ていた貴族の子女たちがその顔を憶えている可能性がある。
性別が違うという時点で王太子と結び付けられることはほぼ無いかと思うけど、念のため……ということだ。
ちなみに、髪の色を変えるのは特定の色調の光の反射を変えるイメージの【偏光】で、顔を変えるのは光の屈折をいじって違うものが見えるようにするイメージの【光学迷彩】で行える。
どちらも『前の記憶』から引っ張り出した知識を元に創った僕のオリジナルだ。
自分で言うのもなんだけど、僕にとっては術を毎日維持したとしてもいくらの労力もかからない。
僕が頭によぎった考えを伝えると、クロは大きなため息をついた。
「はぁ~、お主、まだそんな事を言っておるのか。ジジィも言うておったじゃろう。お主が目立つ原因に容姿は関係ないのじゃ。困っておる者や悲しんでおる者を放っておけぬと自ら首を突っ込みよるし、なぜか面倒事によく巻き込まれる。いわゆる『とらぶる』体質というやつじゃな」
やれやれじゃの、といったふうに肩をすくめて首を振るクロ。
「ククッ、お主、学園に行ったら『なぜかおなごが空から降ってきた!』じゃの『曲がり角でおなごにぶつかったらなぜか股間に顔を埋めてしまった!』じゃの、そういうことが頻発するかもしれんのぅ?」
「なにそれ。それはクロの
「なに、ただの戯言じゃ。気にするでない。まぁともかく、お主の考えは分かるのじゃが、お主が目立たぬことなど有り得ぬ。旅の中でもそうじゃったし、きっとこれからもそうじゃろうて。無駄な足掻きをしたいなら好きにすればええじゃろうがのぅ」
「むぅ、僕は真面目に考えてるのに……いいよいいよ、やらなくて後悔したくないし、無駄じゃないかもしれないんだからやっておくよ」
「むしろやったことを後悔しそうじゃがの」
「ふんっ」
クロのあんまりな言い方に僕は若干ムキになりながら、さっさと【偏光】と【光学迷彩】を発動して姿を変える。
白かった髪はどこにでもいるようなくすんだ金髪になり、顔は若干丸みを帯びて凹凸が少なくなり、全体的に平凡な印象を与えられるように意識した。
「せっかくの美少女がもったいないのぅ」
「いいのっ。さぁ、今度こそ行くよ」
屋敷の門の脇に備え付けられた輝光具に向かって、指先から決まった波長の細い光を照射すると、光炉に溜められた輝光力を動力として門が開いていく。
「あ、待つのじゃこらっ!」
門が開ききったところで勢いのまま足を踏み出そうとしたところで――ツバキさんから教わったことを思い出し、鞄は身体の前で構えて歩幅を押さえ、貴族の女性らしく見えるように意識して歩を進めていった。
*****
登城するのであろう貴族たちの豪華な装いの馬車を横目に中央区を抜け、用水路にかかる掛かる橋を渡り、南東区の大通りを進む。
南東区には僕が向かっている輝光士女学院の他に、国軍兵や騎士を目指す軍学校や、その両校の訓練場、役人や城勤めの文官を目指す法務学校などがある。
それぞれ初等部と中等部があり、輝光士女学院以外は男女共学だ。
世界でも有数の大きさとはいえ限られた王都の壁の中の6区のうち、丸々1つが教育関連の区域なので、王国が教育にどれだけ力を入れているかが分かる。
大通りの脇には学生向けの文具店や安価な弁当を売る店がちらほらと出ていて、登校する学生たちで賑わっていた。
その学生たちの中にも、道を行く若者たちの中にも、輝光士女学院の制服を着た学生はいない。
輝光士女学院は全寮制なので、3校の中で一番大きな敷地の中から出てくること自体が少ないのだそうだ。
さらにはその少ない機会でも、通っているのは貴族や有力者の子女がほとんどなので、学院の外に出たとしてもほぼ馬車で移動なのだろう。
つまり何が言いたいかというと……輝光士女学院の制服を着て、馬車に乗っているわけでもないのに高貴な身分を伺わせる所作で楚々として道を歩き、ついでに珍しい黒猫を連れた僕は、今の時点で十分に目立ってしまっていた。
「失敗したなぁ……」
「そうじゃのぅ。妾のことを抜きにしても、妾もこれは予想しておらんかった。まぁ他人のことを言えた義理ではないが、お主は大概世間知らずじゃからのぅ。こちらの方に来るのも初めてなのじゃろう? 知っておれば、多少手をかけることになってもジジィなり忍っ娘なりに馬車の支度を頼んでおったはずじゃ」
クロが言う通りだ。
学院に入ってからのことばかりを考えていたので、それ以前にこんなことになるとは予想できなかった。
世間とは隔離気味の孤児院から王城暮らしになり、その後は影武者として働き、星導者として戦うばかりの日々だったので、貴族社会においてはいざしらず、一般社会を知らないという評価も反論できない。
「そうだね……」
「口調が乱れておるぞ」
「……そうですね」
「今のところ遠巻きに見ておるだけじゃし、こちらは小声だから聞こえんじゃろうが」
学生たちはもちろん、店を開いている大人たちまで『どうしてここに女学院生が』というような目で見たりヒソヒソ話したりしている。
一部の女性たちからは憧れのような視線を感じるが、それは僕が着ている制服に対してだ。
今のところは僕個人ではなく『輝光士女学院の学生』が目立っている、と考えてもいいだろう。
まだ大丈夫なはず……。
「それで、学院に着いたらどうするのじゃ? 股間に顔を埋めさせてくれるおなごでも探すのかのぅ?」
「そんなことしないよっ!? まだその話を引っ張ってたの!?」
「口調、口調じゃ」
「はぁ……もう、クロに対してはいいよ。クロは僕の使い魔ってことにするし。他の人にはしっかりするから」
「ボロが出ぬと良いがのぅ」
「大丈夫だよ。僕が何年、他人を演じてきたと思ってるのさ」
「……すまんかったのじゃ」
「いいよ。クロも呼び方には気をつけてね。それで、学院に着いたらだけど、クレアさんから正門に迎えの人が来てくれるって聞いてるから、まずその人と合流しよう。あ、あれが学院かな?」
大通りは、南に進むに連れて上り坂になっていく。
その先、南東区の端のほうまで来たところで、広大な敷地を囲む背の高い壁、その壁よりも高いいくつもの建物が見えてきた。
「おー、これは立派じゃのぅ」
壁は白壁でできていて、流石に王都を囲う物のように光結晶ではないが、端から端まで何百メートルあるんだと思えるほどのもので、不埒な輩が女性たちだけの『星空の園』に侵入するのを守っているかのように見えた。
学院の南側は切り立った崖になっていて、その先は海しか無い。
以前に見た資料には、輝光士女学院の敷地だけで南東区の3割から4割ほどを占めている、とあったはずだ。
大通りは学院の壁沿いにある通路につながったところで終わり、左右に天秤月の女神像が置かれ、『センツステル輝光士女学院』と彫られた銀盤が掲げられた、歴史が感じられる立派な門が僕らを出迎えた。
そしてその門の脇に、僕と同じ制服を来た1人の女学生が姿勢よく立ち、門に近づく僕らを見ていた。
その姿を見た途端、僕の心臓がドクンと跳ねた。
まさか、と。
風が吹き、彼女の特徴的な色の髪が揺れる。
その、白に近い銀色を基調として、光の加減で薔薇色が混じる、不思議な髪色の女の子は。
「貴女が本日より入学される方ですね? 初めまして。私はロゼーリア侯爵家が次女、アイネシア・フォン・ロゼーリアと申します」
――王太子の婚約者候補、最有力とされていた高位貴族のご令嬢で、僕がアポロと入れ替わってお見合いをした相手だった。
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