006.勅命は王立輝光士女学院~落とされた爆弾は親心~


 ――王立輝光士女学院。通称『星空の園』。


 王都の南東区にあり、世界で唯一センツステルだけに存在する、輝光士を目指す女性たちのための教育機関だ。

 学院の歴史は古く、闇王が出現するよりも前からあると言われているが、正確な記録は残っていない。

 一説では、娘に悪い虫をつけたくない当時の王族や貴族たちが創設したとも言われていて、その名残なのか、今でも学院に通うのは貴族や有力者のお嬢様たちばかり。


 そもそも『輝光士きこうし』とは輝光術を扱う人間のことを指す。


 輝光術は、天から降り注ぐ星々の光を浴びて『輝光力』に変換し、右胸にある『心結晶』ハートクリスタルに蓄え、『心結晶』から引き出した輝光力で様々な事象を起こす。

 物語に出てくるような『魔法』のようなものだが、水を生み出したり石礫を飛ばしたり……なんて万能なことはできない。

 あくまで光に由来する現象を起こすのが、輝光術だ。


 ……実は使い方次第で似たようなことができないこともないし、稀に強い星の加護を持つものは加護に応じた特殊な力を扱えるものもいるが……それはさておき。


 扱える力の大小はともかく、輝光術自体はこの世界に生きる人間なら誰もが使えることができる力だ。

 しかし、一般的に輝光士を名乗ることができるのは、輝光術について詳しく学び、専門の訓練を受け、国が定める試験を通過したもののみ。

 いわば輝光士は、国家資格であり国家公務員なのである。


 大戦中、闇族に対する貴重な戦力として輝光士は重宝され、待遇もよく出世するものも多くいたことから、男女ともに人気の職業のトップに君臨し続けた。

 ちなみに戦争が終わった今でも、資格を持つものが望めば国によって仕事が保証されるそうだ。


 そんな中で、娘を持つ貴族や有力者たちは、娘が少しでも良いところに嫁ぐことができるよう、こぞって娘を輝光士女学院に入学させようとした。

 その流れは国外にまで及び、国外のお嬢様を受け入れるために学院は全寮制に移行。

 さらには増えすぎた入学希望者対策として高水準の入学試験を設けることで教育の質を保つことに成功したため、この学院を卒業する女性輝光士たちは、その実力から『輝く星』に例えられ高く評価されている。


 長い歴史の中で、授業に礼儀作法や花嫁修業のようなものまで追加されているのは、娘を想う親たちの気持ちが反映された結果だろう……多分。


 初等部・中等部・高等部と分かれているが、一般的に『輝光士女学院』『星空の園』といえば高等部のことを指す。



 ――つまり、陛下は僕に、そんな伝統あるお嬢様学院へ入学しろと仰せなのだ。



「……っと、し、失礼いたしました。陛下の御前で大声を上げるなど……」


「良い良い。驚くのも無理はなかろう。して、どうじゃ。行ってくれるか?」


「ちょ、勅命とあれば僕に否はありませんが……理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「ふむ。そうじゃの。一番大きな理由は……王としてはどうかとも思うが、親心じゃ。先程は2年と言うたが、ユエは幼少の頃からアポロの影武者として、そして星導者として、もう10年以上も働き詰めじゃ。その働きによって、世界は平和を手にすることができたが……」


「今だから言いますが……わたくしも陛下も、ユエさんを本当の子のように想っていると言いながらも、あなたの力に頼り続けてきました。あなたが傷つき、悩み、アポロの死を悲しんでいてくれているときも、王太子としてのお役目を、星導者として戦うことを、止めさせてあげられなかった。あの日……姿まで変わってボロボロになって帰ってきたユエさんを見て、『私たちはこの子になんて酷いことをしてきたのだろう』と思い知らされたのです……」


「ユエ、そなたは今年で17になる。この国の一般的な子供であれば、学院に通ったり家を手伝うなどの経験を経て、友や恋人を持ち、まだまだやんちゃ盛りといった年頃じゃ。わしらが奪ってしまったそなたの時間は戻すことはできぬし、将来的に王族としての振る舞いを求めることになるかもしれんが……せめて、そなたが命がけで手に入れた平和な世界で、今の穏やかな時間を、そなた自身に過ごしてほしい……そんな親心が、最大の理由じゃ」


「あ、アルテウス様……ティアナ様……そんな、僕は……」


 親を知らない僕を自分たちの子供のように想い、僕に課せられた星導者としての使命を自分たちが強いてしまったと悔い、お前はもう十分に頑張ったと認めてくださった……そんなの、嬉しすぎて反則だ。


 再度緩んでしまった涙腺と一緒に呼び方も緩んでしまったのは、仕方ないことだからお許しください。


 あと陛下、アポロと同じように悪巧みなのではとか思ってしまったことも、ついでにお許しください。


「ふふっ、母と呼んでくれても良いのですよ?」


「カッカッカ。それではわしは父じゃな」


「け、けじめは必要ですので……お許しを」


 それになんだか気恥ずかしいし……。


「……ぐすっ、主様ぁ……よ゛う゛ござい゛ま゛じだね゛……ぐすっ」


「なぜ忍っ娘まで泣いておる……コヤツ、意外と情にもろいのぅ。……で、ジジィ、他の理由はなんじゃ? 妾は若くて『ぴちぴち』な、おなごだらけの『ぱらだいす』にイケるなら何でも構わんのじゃがな! うへへへっ……」


「クロちゃぁん? 少しは空気を読みましょうねぇ?」


「ひっ!? わ、わかったのじゃ! わかったからその恐ろしい笑顔をやめるんじゃ妃よ! ほ、ほれっ! 話の続きをするが良いぞ! ん……? どうしたのじゃジジィ?」


「あ、ああ……久しぶりにティアナのあの顔を見たら、わしまで縮み上がったわい……」


 陛下、僕もです……。


「ゴホンッ。ユエ、そなたに『年相応の学生としてゆっくり暮らせ』などと普通に言っても聞かぬじゃろうから、わざわざ勅命と申した。じゃが、そなたが国の者として勤めを果たしたいと申すなら、学院に入ったらやってもらいたことがあるのだ。もちろん、学生として過ごす間の片手間でも良い」


「はい、陛下。先程も申しましたが、お二人のお考えを聞いた今、なおさら学園へ入れという陛下からの勅命に背くことはございません。謹んで拝命いたします。そのやってもらいたいことというのも、必ず果たしてみせます」


「そうか。やってもらいたいことというのは、『学院の問題解決』じゃ」


「問題解決……?」


「ああ。クレアが輝光騎士団長だけではなく輝光士女学院の学院長を兼任していることは知っておるな?」


 輝光士女学院の敷地には女性しか立ち入ることができない。

 前任の学園長が高齢を理由に退任する際には既に輝光騎士団長を勤めていたクレアさんだが、実力や立場から他に適任者がおらず、クレアさん自身が学院の卒業生ということもあり、兼任が決まったというのは聞いていた。

 大変だろうに、「陛下から大任を授かった!」と大喜びしてたけど。


「はい。大戦中はどこも人手不足が深刻だった、とも聞いております」


「そうか。今は情勢が安定してその問題は解消されておるから安心するが良い。……と、話が逸れたな。そのクレアから、『今の学院には問題がある』と報告が上がってきたのだ」


「それはどのような問題なのですか……?」


「わからぬ」


「へ……?」


「そなたがそんな顔をするのも分かる。しかし、なんと申せばよいのか……クレアは見目麗しく出自も実力も確かで気が利き、部下からの信も厚い……まさしく女傑ではあるが、戦場暮らしが長かったせいか、細かいところは勘に頼るきらいがある」


「たしかに……僕も思い当たるところはあります」


 剣技、輝光術、臣下としての礼儀作法や気配りといったところは完璧だけど、仕事以外のところは大らかな……言い方を変えれば大雑把な女性なのだ。


 例えば……クレアさんから剣技を習っていた頃、アポロがクレアさんの手料理をねだったことがあった。

 アポロからすると身近なお姉さん的な存在であるクレアさんにちょっかいを掛けたくらいのつもりだったのだろう。クレアさんは丁重に辞退しようとしたが、やんちゃなアポロに押し切られて承諾。その話は後日となり、その後日というのがちょうど僕がアポロと入れ替わって稽古をつけてもらう日だったのだ。

 クレアさんは「殿下に美味しいものを召し上がっていただこうと頑張りました!」と気合を入れて手作りのお菓子を持ってきた。

 だがそれはお菓子というより、『山盛りの砂糖に埋もれたクッキーのような何か』だった……。

 きっとクレアさんの中では「甘い=美味しい!」が成り立っていたのだろう。クレアさんの中では、ね……。

 僕はその日中に、甘い味がする涙を流しながら料理用の計量カップを開発して城の厨房にプレゼントし、今では平民の家庭に至るまでその計量カップが普及しているというのは、また別の話だけど……。


「ああ……それで、じゃ。先月に学園では進級試験が行われ、その際にクレアは学内を視察したそうなのじゃが、その際に違和感を覚えたという。細かいところまでしっかり報告を上げてくるのは良いことなのじゃが、『以前と比べて、学生たちの姿に何か違和感を覚えました』と申してきての。あの者が言う事じゃから確かなのであろうが、わしが『詳しく申せ』と口にすると恐縮してしまうであろうからな」


「そうですね。クレアさんのことですから、陛下がそれをおっしゃれば『陛下に不確かな事を奏上してしまった!』と気づくでしょうが、『二度とこのような失態はいたしません!』ともなるでしょうね……」


「クレアの感覚は確かなものじゃ。わしもそなたも、その感覚に何度も救われておろう。その報告が上がってこなくなるのは、わしとしては困るからの。ままならぬものじゃ……」


「心中、お察しいたします……」


 陛下はため息こそつかなかったが、わずかに肩を落とした様子から上位者としての苦労が伺える。

 部下がのびのびと仕事をするための環境づくりに悩む上司、といったようにも見えてしまうけど。いや、実際に王と臣下という立場なだけで変わりはないか。


「それでは僕は学院に通いながら、クレアさんが言う『違和感』または『問題』が何であるかを探ればよろしいのでしょうか?」


「で、あるな」


「承知いたしました」


「学生生活を楽しんできてちょうだいね、ユエ」


「ありがとうございます、王妃陛下」


「ついでに嫁でも探してこい」


「承知いたし……じゃないですよ陛下! しんみりして忘れていましたが、それはどういう意味でしょうかっ!? 僕はいま、女の子になってしまっているんですよ!? それなのに、よ……嫁って……」


「まあまあ。ユエったら、照れちゃってかわいいわね」


「ち、違いますっ。だいたいアポロ……王太子には婚約者がいたはずですっ。そちらはどうするのですか!?」


「カッカッカ。あれはまだ候補を絞っていた段階じゃったし、確定はしておらん」


「そ、そうだったのですか!?」


 『面倒だ。ユエ、任せた!』とかいってバックレたアポロに代わって、高位貴族のご令嬢たちと必死にお見合いをしたのは僕だったんですけど!?


「それに、実際問題として王太子は療養中となっておるから、その話は有耶無耶になってしまっておる。そなたが気にすることではない」


「なんじゃ、そうじゃったのか。妾や忍っ娘に手を出しておいて、さらには婚約者までいるとは、とんだ『はぁれむ』美少女かと思ったわ。……ハッ!? いや! 妾はそのほうが良いぞぉ! お主、学園ではもっとおなごを囲うのじゃ! そうすれば妾も間に入って、見た目だけなら『ゆりゆり』な空間を堪能できるというものじゃ! グフフ!」


「ちょっ、ちょっと黙っててよ! このクレイジーサイコユリキャットがっ!」


「誰がネコじゃ! 妾はタチもイケるぞ!」


「そういう話をしてるんじゃないでしょっ!? そ、それにアレは、『アノ日』だったから仕方なく……! どうしようもなかったんだ!」


「……仕方なく……主様は……仕方なく……私と……」


「あぁっ!? ち、違うんですよツバキさんっ! ツバキさんにはホント感謝してますし、ちゃんと『責任』も取りますからっ!」


「あ、主様に責任を負わせるなど恐れ多い! お側に置いていただけるなら……お役に立てるなら……その重荷を少しでも軽くできるなら私は……主様の情婦でも構いません。ですから……その……また『アノ日』には、私を『お使い』ください……ぽ」


 ツバキさん、照れながらとんでもないことをブッこまないでほしいです……。


「あらあらまあまあ。ユエったら、モテモテね」


 ティアナ様は目を輝かせて楽しそうにしないでください……。


「カッカッカ。まあ今年で17になるのじゃ。一番持て余す時期じゃからのぅ」


 陛下、それは下品です……。


「それに、今わしが聞いた通りじゃ。どういうワケかは聞かれたくないのじゃろうから詳しくは聞かぬが、その身体でも『責任』を取らないといけないようなコトができるのであろう? さすれば問題ない。いずれ元の姿に戻ったときに、世界を救った星導者に嫁の1人や2人でもいないとなれば格好がつくまい。そなたには『王族の血』を繋いでもらわなければならぬからの。正統は途切れるが、長い歴史の中ではままあることじゃ」


「ええ。ユエは気にせず、はやくわたくしたちに孫の顔を見せてちょうだいね。ふふっ」


「そうじゃな。しかし……すまぬ、ツバキ。それにクロも……かの? そなたら2人を表立ってユエの……王太子の妻として扱ってやることはできぬ。我が国の人間ではないし、出自が特殊じゃからの……じゃからこその嫁探しじゃ。これはわしら王国の都合を押し付けていることになる。ユエのせいではない。そなたらのことに口を出すのは筋違いだとは分かっておるが、どうか許してくれないだろうか」


「わたくしからも、お願いいたしますわ」


 両陛下はそう言って、今日会ったばかりのツバキさんと、猫の姿をした変た……変態のクロに頭を下げた。


「ふん。妾の場合は、真に偶然じゃったからのぅ。旅に出た後、初めて『アノ日』を迎えた時のこやつがあまりにも哀れだったから、たまたま居合わせた妾が相手をしてやったまでじゃ。なんとも思っておらんから、ジジィに言われるまでもないわ」


「そうか。しかし……相手をするって、そなたが……? どうやって……?」


「ああ、それは……妾も『アノ日』だけは、なぜかこの姿ではなくなるのじゃ」


「『も』……?」


「クロ」


「おっと。まあ、気にするな。ともかく、こやつが小動物を相手にするようなおかしな性癖があるわけではないと保証してやるぞ」


「そ、そうか。それは安心した」


 クロが口を滑らせかけたので、思わず割って入ってしまった。

 クロのことはともかく、僕のアレは……あんな恥ずかしくておぞましいものは、できれば陛下にも知られたくなかった。


 それにしても、変態が僕の性癖を保証しないでほしいんだけど……。


「ツバキちゃんは? わたくし達のわがままを、許してくれるかしら?」


「は。立場は弁えております。私は、主様のお側に置いていただけるなら、何だって構いません」


「そう……。ありがとう、ツバキちゃん。ユエを助けてあげてね」


「御意。私こそ、皆様にとっては出自が不確かなだけでなく、闇の存在の『混じり物』……にも関わらず、こうしてご配慮いただいたこと、恐悦至極に存じます」


「良い。そなたがどんな心の持ち主かは、十分に分かった。さて、長くなってしまったが……話はこれで終わりかのう?」


「いえ、陛下。嫁探しとおっしゃいますが、仮にそのような相手がいたとして、僕のことはどのように言えば……」


 これまで普通の生活というものを知らなかった僕に、そういう相手ができるのかというのはともかく。

 そんな人に秘密を隠したままというのは無理があると思うし、生涯を共にするような相手にそんなことをされたら、その相手も嫌だろうな思った。


 ……いくつも秘密を重ねている僕が何を今更、とは思うけれど。


「そうじゃな……そなたが本当に良いと思える相手であれば、そしてその相手もユエのことを真に想ってくれていると感じたなら、真実を話すことを許そう」


「承知いたしました。ありがとうございます」


「うむ。学院への編入手続きと、学生としての身分は用意しておく。そうじゃな……そなたが作った『月猫商会』の表向きの代表者を、国民の生活向上に貢献したとして名誉貴族に任じ、そなたはその娘……くらいでよいじゃろう。準備に少々時間がかかるゆえ、詳細はまた追って伝える」


「はい」


 僕の立場とまた名前が増えるか……決まったらボロが出ないように『設定』をしっかり確認しておこう。

 商隊が王国に到着するまであと1ヶ月くらいかな? 知らないところでいきなり貴族になっちゃってて、ゴルドさん驚くだろうなぁ。

 うまい言い訳を考えておかないと。


「これで本当に話は終わりじゃ。今日はもう遅い。久しぶりに『そなたの部屋』で休むと良い」


「夕食くらいは一緒に過ごしましょうね、ユエ。ツバキちゃんとクロちゃんも」


「はい。それでは、失礼いたします」


「は」


「またの」


 僕は来たときと同じくカーテシーで礼をして、謁見の間を後にするのだった。


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