005.王国と星導者の真実~これまでのこと、これからのこと~


 呪い。

 この身体が女性になってしまったことを、そう呼んでいる。


 2年前のあの決戦の日、丸3日間続いた攻防の末、僕はまだ元の姿で名前もなかった(本人曰くただの意思なき存在だった)闇王に、天秤月の女神の加護を最大限に引き出した最後の一撃を放った。


 天秤月の女神は『天秤』の名が表す通りバランスを司る神だ。

 大きな力を引き出すには、何かしらの対価が必要となるのは分かっていた。

 闇王を倒せるほどの一撃……それでも僕は、命を対価にされたとしても構わないという気持ちで力を引き出した。


 それに対して、劣勢になっていた闇王は、道連れを狙って自らの存在と引き換えにすべてを反射・反転させる技を使ったという。


 両者の最終奥義がせめぎ合い、僕のほうがわずかに押し込んでいたところで、堅牢な闇王の城が崩壊するほどの衝撃が発生した……ところまでは憶えている。


 次に意識を取り戻したときに僕が見たのは、僕を助けようと敵中を単身突破してきたクレアさんの驚いた顔と、近くに倒れている黒猫。

 そして、伸びた髪と膨らんだ胸、妙にスッキリしてしまった股間……女性になってしまった自分の身体だった。


『な、なんだこれはぁぁーっ!?』


 驚きの声を上げて、その女声にもう一度驚いたのは、言うまでもない。




 『呪い』と聞いてあの日のことを思い出していた僕は、『解呪は失敗だったのか』という陛下の問いに答えるべく、意識を現実に戻した。


「はい……国元を離れることをお許しいただき旅に出て以降、冒険者をしながら、『その葉で作られた薬はどんな難病でも治す』と言われる東の果ての『大光樹』を目指しました」


「ああ、大光樹の葉の話は旅に出る前に聞いておったな」


「道中で解呪に関する噂を集めたり、各地に伝わる薬を試しましたが効果はなく……色々ありながらもたどり着いた大光樹の里で、葉から作られた薬も使いましたが……」


「元には戻らなかった、か……」


「誠に申し訳ございません……」


 玉座の背もたれに背を預けて片手で顔を覆った様子の陛下。

 それを見て、改めて失敗したということが重くのしかかり、僕は思わず謝罪を口にしていた。


「良い、謝る必要はない。その呪いは星導者と闇王の力がぶつかりあった結果のことじゃ。並大抵のことではないとは思っておったからの」


「そうですよ、ユエ。わたくし達は、あなたが無事に帰ってきてくれたことを喜ぶべきですもの」


 ティアナ王妃殿下はそう言うと、玉座から立ち上がり、僕の前に立って微笑んだ。


「よく帰ってきてくれました。あなたは『色々』で済ませましたけど、2年間も故郷を離れて大変だったでしょう……辛いこともあったでしょう……おかえりなさい、ユエ」


 ――ぎゅっ……。


「ティアナ様……」


 ティアナ王妃殿下のその抱擁は、まるで母が自分の子供にするような暖かいもので、僕は思わず涙腺が緩みかけてしまった。


 陛下も、優しげな瞳で僕たちの様子を見守ってくれている。


 ――僕に両親がいたら、こんな感じだったのかな……。


「妾は今の姿のままでも一向に構わんっ! 愛らしい黒猫を演じておれば、何も知らないおなご達がその胸に抱えてくれるからのぉ。存分に『ぱふぱふ』できるというものじゃ」

 感動が台無しだよ……!


「恐れながら王妃殿下、おっしゃられる通り、主様は何代にもわたり闇族に支配されていた我らをお救いいただいただけでなく、それ以前も以降も大変なご活躍をされております」


「あらあら、ツバキちゃん、そのお話も後で聞かせてちょうだいね」


「御意」


「で、あるか。活躍といえば、たしか『月猫商会』とやらを立ち上げたのだったか。そなたが作った新しい輝光具は、我が国にも届いておったな。あれのお陰で民達の生活も随分便利になったと聞く。見事なものじゃが、旅先でまで国のことを考えんでも良かろうに。まあ、そなたは昔から面倒事には縁があったからの。そしてそれを放っておけないものだから、生来の苦労人じゃわい。カッカッカ」


「へ、陛下っ! それは心外ですっ! だいたいアポロが王子のくせにやんちゃすぎるからで、僕はそれに巻き込まれて―――あっ……」


「「……」」


 僕がそれを口にしてしまった瞬間、両陛下に悲しい沈黙が訪れた。

 そして、密着しているが故に、僕を抱きしめる王妃殿下の身体が一瞬だけ震えるのを感じてしまった。


「……そうね、あの子はそうだったわね……腕白で、王太子になっても落ち着きがなくて……それでいて正義感が強いものだから、すぐ面倒事を起こして……誰かさんにの若い頃にそっくりだったわ」


「若い頃の話はよせと言うに……ティアナこそ、王子だった頃のわしを引っ叩いて大騒ぎになったことがあったであろう」


「ふふっ、懐かしいですわね」


 冗談を言って笑い合うお二人だったが、玉座に戻ったティアナ王妃殿下もアルテウス陛下も、彼の……アポロのことを考えているのは明らかだった。



 ――王太子、アポロニウス・ジェス・クレスト・センツステルは、あの大戦の最中、既に亡くなっている。



 ――世界を救った星導者は王太子本人ではなく、その容姿が幼少の頃よりアポロニウスの鏡写しと言えるほどに似ていたため影武者となった、ユエという『光の一族』ですらない元孤児こそが、本当の星導者である。



 それが、この場にいる5人(うち1人は猫)しか知らない、この国の秘密だ。


 あと1人、前騎士団長でクレアさんのお母様も知っていたけれど……あの大戦の中で亡くなってしまった。

 クレアさんや誓約を課したメイドさんたちは「王太子アポロニウスが女の子になってしまった」と思っているわけだ。

 表向きには、『王太子であり星導者のアポロニウスは、決戦時の負傷が原因で長い眠りについている』と公表されている。


「それにしても……もう、2年以上も前になるのね。時が経つのは早いわ。このままだとあっという間にお婆ちゃんになってしまいそうね」


「ティアナは昔から変わらぬではないか。あの親不孝者も、同じことを言うであろうな」


「……申し訳ございません、両陛下。お辛いことを、思い出させてしまいました」


「それはこちらの台詞だ、ユエ。あの日……アポロが天に還ったあの日、わしは王としてそなたに取り返しがつかないことを強いてしまった」


 ――すまぬ……すまぬ、ユエ。この国の、世界の希望を絶やさないために……そなたが『アポロ』になってくれ……。


「そうですよ。あなたもアポロとは、主従というよりも友達のように仲が良かったですし、辛いのはお互い様でしょう。それに、私たちはあなたのことも、本当の息子のように想っているのですから、気遣いは不要ですよ。あら、いまは娘って言ったほうが良いかしら。ふふっ」


 ――うわああぁぁぁんっ! ひっく、アポロ……どうしてぇっ……! アポロォ……!


「……ありがたき、お言葉」


 親として涙を流しながら、王として、影武者に過ぎない僕に頭を下げた陛下の姿を。

 普段から穏やかで優しい母あった王妃陛下が、息子の亡骸に縋りつき悲しみに取り乱す姿を。


 僕は今でも鮮明に覚えている。


 ――ぐっ、ガフッ……! ユエ……たのむ……オレの……オレたちの夢を……、王国や……世界の、人達が……幸せに暮らせる、世界をっ……! つくって……く……れ……。


 そして何より……僕にとっての太陽そのものだった彼の、アポロとの約束を、僕は生涯の使命として胸に刻んでいる。


 だからこそ、この姿のままでは、王太子として表に立てないままでは、ダメなのに……。


「2年もいただいた上で失敗しておきながら言えた言葉ではございませんが……必ずや、元の姿に戻る方法を探し出ます」


「ユエ……あなたは……」


「そして、この国の……お二人のお役に立つことを誓います」


「……で、あるか」


 僕の決意は、あの時から変わっていない。

 改めて両陛下に宣誓しただけだ。


 でも、それを聞いたティアナ王妃陛下はどこか悲しそうな顔をしている。

 アルテウス陛下は何かを考えている様子だった。


「そうは言うがな、ユエ。ティアナも言うたように、そなたは我らの息子も同然じゃ。そんな息子が、2年も頑張ってきたのじゃから、またすぐに働かせるのは酷というもの。しばらく休んではどうじゃ」


「おぉジジィ、良いことを言うではないか。この超絶真面目美少女星導者ときたら、旅の中でも、やれ『先を急がないと』だの、やれ『少しでも可能性があるなら』と、放っておくと倒れるまで働き続けるからのぅ」


「うぐっ……」


「主様に差し出口をお許しいただけるなら……私も、主様はしばらく休養を取られた方が良いかと存じます。情報でしたら、我らの方でも集めることは可能でございますので」


「ほう、ツバキとやら、それはまことか?」


「は。情報収集は我ら『忍華衆』の得意分野でございます、陛下」


「ふむ。では元の姿に戻るための情報収集は、その『忍華衆』とやらに任せればよかろう。わしのほうで人数分の身分証を発行するように手配してやろう。そのほうが動きやすかろうて」


「有難き幸せ」


「……忍っ娘たちも、300年の呪縛からようやく一族が解き放たれたというのに……ほんに、似たもの主従じゃのぉ」


「(主様と似た者同士……ふふっ……)」


「いや、そこは喜ぶところではないぞ、忍っ娘や」


 ちょっと待って。なんだか話が勝手に進んでるけど……。


「へ、陛下……僕は、この国と両陛下のお役に立ちたいのです! 休んでいる暇など……!」


「そなたも強情じゃのう。そういうところはアポロそっくりじゃ」


「ふふっ。真面目なところは、あの子にも見習ってほしかったですけれどね」


「で、あるな。しかしそうか……ふむ。それなら、ひとつ頼むとするか」


 顎をさすりながら何やら考えていた陛下は、さも「いいことを思いついた」とばかりに不敵に笑った。

 あ。陛下のその顔、アポロが悪巧みをするときにそっくりなんですけど! いや、アポロが陛下に似たのか。


 そして口を開いた陛下は、


「勅命を以て命ずる。ユエ、そなたはに入れ」


「えっ……」


「ついでにでも探してこい(笑)」


「えぇーーーーっ!?」


 とんでもない爆弾を落としたのだった……。


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