第19話

 突然の来訪者は、応接室で待っていた。


 第二夫人の執事だと名乗った老齢の男性で、クローディアを前に恭しい振舞いをしているものの、敬いの気持ちはないのだろう。どこか不遜だ。


「それで、一体どのような用件なのかしら?」

「は。皇女殿下の、護衛騎士についてでございます」

「シリウスの?」


 後ろに控えるシリウスと、クローディアはつい顔を見合わせたが、思い当たる節なんてない。


「は。そちらの騎士によって、夫人に仕える騎士が数名怪我をさせられたのでございます。そのことについて」

「あ!」


 よもや。


 昨日のレイモンドと、彼の仲間の一件を想起した。


「覚えておられるようだな。喧嘩というにしては、あまりにも酷い有様だ。レイモンドをはじめとしたこちらが抱えている騎士は、君の暴行によって職務も満足にできないのだ」

「本当なの?」

「は、それは………」

「皇女殿下の騎士であるならば、それ相応の気品と立ち振る舞いが求められてしかるべきであろうに。平民と同じように街中で乱闘騒ぎなど。けしからんと夫人もご立腹でございます」


 鷹のように鋭い目つきで、シリウスを射竦める。クローディアはまだどうすればいいいかわからないといった具合で、執事とシリウスを交互に観察している。


「怪我をさせたことについては、僕自らが謝罪いたします。申し訳ございません。しかし、元々はレイモンドらに非があると」

「なに?」

「元々は僕と共に買い物に出ていたメイドとぶつかったのであります。そして買った物を駄目にしたにも関わらず、謝罪もしませんでした。更には主を侮辱されたのです」

「………そのような報告は聞いていない」


 嘘か真実か。例えどちらであっても自らの非を認めるようなことを、この執事はしないのではないか。


「皇女様のご事情はこちらも把握しております。ですが、それを抜きにしても家臣の不始末は主の不始末。ひいては夫人と皇女殿下の禍根となりましょう」

「そうね。たしかにそのとおりなのだけれど」

「そちらの騎士の申したとおり。こちらに非があったとしてもです。このままではどのような風聞がたつか。双方にとっても益はありません」


 まるで遠回りをしている言い方だ。最初から求めている答えは決まっているのに、あえてこちらから切り出すのを待っている。そんな厭らしさがある。


「具体的にどうしろと?」

「問題をおこした騎士にケジメをつけさせることでしょうな。具体的には――解任」

「!」


 とんでもないことになってしまった。


 まさかあの喧嘩がこんなことになってしまうだなんて。


「それか皇女殿下が夫人の元へ来て、直接話をつけるということもありましょう」


 クローディアの事情、公には病となっていることも知っているのも関わらず、そちらが来いと言外に含まれている。第二夫人のほうが上で、クローディア側に非があるという傲慢さが垣間見えた。


「………」

「どうされるのでしょうか?」

「く、クローディア様! 申し訳ございません!」

「君が謝ってももう遅いのだ。事態は君一人でどうにかできる問題ではなくなっている」

「し、しかし――」

「高貴なる御方に仕えるということは、それだけ責任がある。只お側で仕えてお守りすればよいということではない」

「待てよ」


 ノックもせずに応接室に現れたのは、エリクだった。


「? 誰だ?」

「訳あって皇女のところでお世話になっている薬師だ。話は聞いたがな。ずいぶんと勝手すぎやしねぇか?」


 どっかりと執事の隣に座り、そのまま近い位置を保つ。マナーもへったくれもないエリクに、さしもの執事もたじろいだ。


「俺も事情はそっちのルッタから聞いたがね。喧嘩の発端はそっちにある。なのに一方的にこちらだけを責めるのか? あ?」


 ルッタが暫く遅れて、応接室に入ってきた。


「迷惑かけて喧嘩を吹っかけて主を侮辱する非礼ってのが、礼儀か? 騎士としての振るまいか?」

「………しかしそれは――」

「一方の側の話を信じて、なにが真かもわからないのによくもぬけぬけと偉そうなことばかりほざけるな。自分達に非があることを、真っ正直に喋る馬鹿いねぇだろ」

「ぶ、無礼な!」

「お、おいエリク」

「エリク。どうしたの?」


 珍しく怒気を孕んでいるエリクに、シリウスもクローディアも狼狽した。


「それとてそちらの一方的な言でしかないだろう! なにか証拠でもあるのか!」

「証拠?」

「そうだ。貴様ら以外でこちらの騎士に問題があったとわかる者。示せる物的なものだ」


 そんなこと、できるわけがない。


「そうかい。なら、俺ら以外の奴の話なら納得するんだな?」

「「「は?」」」

「できるぜ、それ。ついでにお前んとこの騎士達も治してやるよ」


 エリクは何故か自信満々に口角の端を吊り上げ、邪悪な笑みを見せている。


「俺は薬師だからな」

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