第20話

 エリクはどういう魂胆なのか、シリウスと執事とともに第二夫人の元へと赴くこととなった。薬の材料と調合に必要な器具をシリウスに持たせると、怪訝がっている執事の抗議なんてそっちのけで外へと出た。


「ま、待て! いきなりどういうつもりだ!」

「どういうもこういうも、さっき説明したとおりだ。お前んとこの騎士を治しがてら

「そんな勝手な言い分が通るか! 第一こっちはまだ了承していないのだぞ!」

「俺はこいつがやめようとやめまいとどうでもいいんだ。だが、それが原因であの離宮に暮らせなくなったり面倒ごとに巻き込まれんのが嫌なんだよ」

「そっちの理屈だろう!」

「それともなんだ? あんたらは自分達に都合の悪いことでもあんのか?」

「そ、そんなわけがあるまい! 正しい手順と――」

「なら問題ねぇだろ。逆にいやぁこいつが悪いってことが証明されるかもしれねぇ。そしたら改めて処分なりなんなりそっちで決めればいいんだ」

「ならばそちらが勝手にすればいいだろう! 私達が付き合う道理はない!」


 執事は勝手すぎるエリクに頭に血がのぼってしまっているのか。親の敵とばかりの怒意を発している。馬車に乗り込もうとした瞬間に運悪く車輪が壊れ、車体が傾いた。執事は倒れ、なにが起こったのかと粟を食っている。


「あららら、お気の毒様。これじゃあもう使えねぇなぁ。歩いていくしかねぇんじゃねぇの? ひゃひゃひゃ」

「く! この!」


 人を小馬鹿にしきったエリクに、執事はすっかり嫌悪感バリバリになった。シリウスはハラハラしながら二人を見ているうちに、


(こいつはどういうつもりなんだ?)


 と気色ばむのをやめられない。


 執事は徒歩にて帰ることを肯じざるをえなくなった。途中で馬車を拾うつもりらしいが、エリク達の思惑通りになったのが気に入らないのだろう。あからさまに距離をとり闊歩する。


エリクは執事とともに第二夫人の元へと赴く途中で証明してくれるつもりだが、その方法は説明してくれていない。


 エリクは当然とばかりに荷物を持っているシリウスを気にかける素振りはない。大通りまでやってきたとき、ようやくこちらに振り向いたかとおもえば、


「それで? お前は昨日どのへんで喧嘩した?」

「えっと………もう少しあっち。あの道の先だ」

「おいおっさん! こっちだこっち!」

「お、おっさんだと!? 無礼な!」


 そして、なんとかレイモンドらと喧嘩をした場所へと辿りついた。エリクはここでシリウスの非について調べるつもりらしいが、どうやってするのか。シリウスの不安と値踏みしながらも渋面である執事を他所に、エリクはぼけ~~っと辺り一面を見渡している。


「おいあんた。ちょっといいか?」

「あ? なんだ。俺は忙しいんだ」


 一人の男性に声をかけた。


「時間はとらせねぇ。昨日この辺で喧嘩騒ぎがあったのを知ってるか? こいつと――」


 ぽん、と頭に手を載せられて、つい反射的にはねのけたい衝動に駆られたが両手が塞がれているので頭と首をブン! と振っただけに留める。


「何人かの騎士が大暴れしていたって聞いてな。もしかして見てるやつがいないか探してる」


 エリクはシリウスには意も介さずに、会話を続けている。


「あ? そんなもん俺が―――」


 イライラしだした男の様子が、一瞬の違和感を見逃さなかった。


 目が、硬直した。


 次いでとろんと所在なさげの、酒に酔っているようでもあり、微睡の中にいるようでもある。


「ああ。見たぜ」

「「!?」」

「そうか。で、どうだった? どっちが先に仕掛けたとか」

「この坊やじゃねぇな。相手の大勢のほうだった。坊やと一緒にいたメイドの荷物がダメになったとか。それで相手が馬鹿にしていた。クローディアがどうとか挑発してた。この坊やは詫びだけを要求してたぜ」

「な、あ……」

「そうかい。邪魔したな」

「あ、ああ?」


 男は急に眠りから覚めたように目をぱちくりとさせると、首を傾げながら去っていった。


「じゃあ他の奴にも聞いてみるか」


 エリクはそれから数人に声をかけたが、さっきの男と同じ言葉が返ってくる。シリウスではなく、レイモンドらが原因であると。主張はまったく同じというわけではないが、やはり一緒だった。


「これで納得したかい? なんだったらあんたらが納得できる方法で試してみてもいいぜ?」

「く、この………」

「しかし、昨今の騎士ってのは随分と程度が低いんだな。衆目に晒されてるのに平気で恥知らずな真似して、そんで人の主を侮辱するなんざお里が知れる。しかも平気で嘘八百を並べるなんざ」

「………」

「こいつも褒められた騎士じゃねぇけどな」

(それは余計だ………)


 執事は、謝罪するでも怒るでもなく、ただ諦めたのだろう。レイモンド達が嘘をついていると。こうもわかりやすく第三者らが口を揃えているのだから。「改めて事情を問い直す」と告げただけだったが、その表情は忸怩たるものだった。


 そして、すごすごと元気のなくなった様子で馬車を拾い、御者と交渉をしている。

「お前、もう面倒ごとおこすなよ」

「あ、ああ?」


 シリウスとしては濡れ衣が晴れ、護衛騎士解任もなくなるだろう。クローディアへも迷惑はかからない。


 だが、もやもやとしたものが胸の中で広がっていく。


「おい何をしている! 私だけで乗ってしまうぞ!?」


 執事の呼びかけに、エリクの後をついていく。


(どうしてこいつは僕を助けるようなことを?)


 嫌いだったエリクの、好意とも手助けともいえる行いが、素直に受け入れられないままだった。

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