第15話
「すみませんシリウス様。買い物に付き合ってもらって」
「いや、かまわないよ。でも、君はいつもこれだけの量を一人で買っているのかい?」
「ええ。なので毎回大変で・・・・・・・・・。手が空いているときは庭師のサムさんと料理人のバートンさんも手伝ってくれるんですが」
ある日、シリウスはルッタと買い物に来ていた。
食材、生活品をあちこちの店で買い巡るなんてしたことなかったけど、気分転換になっている。楽しそうに、そして真剣に吟味しているルッタと談笑しながら一緒にいるとすり減った心が癒やされていくのだ。
それに加えて、新しい発見や驚きがある。
買う物はクローディアの好みが反映されている。鶏肉が特に好きで、ハーブも紅茶の茶葉も、石鹸や刺繍に使われる糸の材質にまで至っている。クローディアの細かい好みまで把握できていなかったので、それだけでも喜ばしい。
今は買い物を終えて、喫茶店で小休止をしている。平民が主な客層だが、雰囲気は悪くない。ダークブラウンの床板と白の壁、落ち着いた内装だがほどよい明るさを維持していて安らぐ。
「ここのウーブリは絶品なんですのよ?」
パンに似ているが、大分小さい。食感は固めだが、できたてのワインの風味と砂糖の甘さがほどよくて、コーヒーとも実に相性がいい。
「シリウス様は、甘い物がお好きなのですね?」
「うん、そうだけど」
「騎士様で、男の人が甘い物を好きなのは珍しいとおもったもので・・・・・・」
ぎくりとした。
もしかして、女の子っぽいとおもわれただろうか?
たしかに、男だったらあまり好まないかもしれない。騎士団にいたときは、よくからわかれていた。女なんじゃないか、とレイモンドに笑われていた。
「人の好みを笑うなんて育ちが悪いな。貴族のすることかい?」
と返してはいたものの、そこから女であることがバレるのではないかと不安になって、一人でこっそりと一人で楽しむようになった。
「おかしいかな?」
おそるおそると、尋ねてみた。
「いえ。リスみたいだったので・・・・・・・・・つい」
「り、リス?」
「はい。ほっぺたを膨らませるほど一杯に口に入れていたので。可愛く見えてしまって」
「か、かわいい? 僕が?」
初めて言われて、シリウスはたじろいだ。
「あ、ごめんなさい! 格好いい人の意外なギャップがありまして! それでつい!」
あわあわと慌てた素振りで理由を説明したけど、シリウスとしては複雑だ。男として生きているのだから、女は捨てた。今更女として生きようとはおもわない。
だが、嬉しくないわけではなかった。
「あ、ありがとう・・・・・・・・・」
若干の照れを含んで礼を言ってしまうくらいには、シリウスには若干女心があったのだ。
「ぐふ・・・・・・・・・」
「る、ルッタ!?」
「い、いえ・・・・・・・・・も、申し訳ございません」
吐血したかのような呻きだったが、ルッタは心臓のあたりをぎゅう、と押さえている。シリウスを見つめる視線には熱い熱が込められているが、シリウスはどうしたんだろう? と呑気に首を傾げている。
「え、ええと、離宮での暮らしはどうでしょうか?」
「うん、そうだな。護衛騎士は初めてだし、騎士団での生活と違うけど、やりがいはあるよ。君も含めて皆良い人達ばかりだし」
「それはようございました」
「ただ・・・・・・・・・」
そこで、シリウスは迷った。ルッタはシリウスの言わんとしていることを察したのか、沈痛な面持ちに。
「エリク様ですよね?」
「ああ。あいつがクローディア様に必要な男なのは重々承知している。僕ではできないことをできるし。僕は身分、仕事に関わらず人を嫌ったり好いたり接し方を変えることはすべきではないとおもっている」
「はい」
「けど、あいつは嫌いだな。大っっっ嫌い」
(ああ、やっぱり・・・・・・・・・)
「誤解しないでほしいが、なにも敵対心とか対抗心とか僕のクローディア様を返せ! って気持ちだけじゃない」
(あるにはあるんですね)
「けど、言葉遣いとか人となりとか性格が、一番好きになれない。魔術師とは皆ああなのかな?」
「どうでしょう。私は魔術師の方と他に会ったことはありませんし」
ルッタは、シリウスの一部分に共感していた。
とにかくエリクは自分本位で、ずぼらで勝手なところがある。好悪問わす、接し方に困るときが多い。だからシリウスとエリクは性格的に合わないだろうな~~、となんとなく気づいていた。
「クローディア様は、お寂しかったのかもしれません」
「寂しい?」
「お父上である皇帝陛下は政務公務ともに多忙ですし、中々お身内と会えることがございませんもの。そんなときに自分を助けてくれた人が殿方であれば・・・・・・・・・心を寄せてしまうのも無理はないのかと」
「うう・・・・・・・・・」
「それに、クローディア様に敬語も敬意もなく自然と接する相手というのもございませんし。ある意味で対等な言葉遣いのエリク様が新鮮におもえたのではないでしょうか」
「うううう・・・・・・・・・」
「帝族ですが、いずれは政略結婚ということも、クローディア様は病と称されているので今のところはございませんし。過去に一度持ち上がったそうですが、同時期に王妃様が亡くなられて破談になったと。それに、継承問題もありますし」
「継承問題?」
「はい。ご存じないのですか?」
皇帝には現在、後妻がいる。
立場的には第二夫人で王妃ではないが、その第二夫人が男子を産んだ。先に無くなった正妻である王妃にも息子がいる。クローディアの兄で三つ上の二十歳。第一皇子である。
第二夫人の子供はまだ五歳で第二皇子だから、本来なら継承権はない。だが、第二夫人は躍起でいるらしい。
「あくまでも噂でございますが、第二夫人は自分のお立場をよくするために人を集めているそうでございます。優秀な学者さんを第二皇子の家庭教師にしたり、専属のお医者様と薬師を招いて宮廷に住まわせているそうです。それから貴族の夫人、ご令嬢を集めたサロンを週に一回は開いて交流を深めたり」
「どうしてそんなことを?」
「いざ権力争いになったときの味方を集めているのではないでしょうか? 学者さんもお医者様も薬師も、まるで第二皇子が後継者だと、周囲にアピールしているようにもおもえますし。なので、余計他の方々はクローディア様を茅の外扱いせざるを得ませんし」
「成程な。だが、クローディア様には無縁だね。いざというときは僕が身を張って守るし」
「ええ。それよりまずはクローディア様の呪いをどうにかすることが先決――」
「ルッタ」
「え? あ・・・・・・・・・」
呪いのことは、周囲には秘密になっている。喫茶店は人が少ないとはいえ、誰が聞いているかわからない。そこから噂が広まってしまうかもしれない。
シリウスにそのことを言外に窘められたルッタは、すぐに口を手で塞いだ。きょろきょろと見回して肩をすぼめる。
対面で座っていたシリウスは、ごく自然な流れでルッタの隣に座り直した。声を潜ませれば、他の人には聞こえない。
「ルッタはどこまで知っているんだい?」
「わ、私はお世話の仕方と呪いがどういうものかの簡単な説明くらいでして・・・・・・その・・・・・・」
「そうか・・・・・・・・・クローディア様に呪いをかけた者は、絶対許さない。僕が絶対見つけだして報いを受けさせるよ」
「は、はい・・・・・・・・・」
「呪いのことについて、僕は詳しくない。だけど犯人捜しはできる」
「はいぃぃ・・・・・・・・・」
「一緒にクローディア様に仕える者同士、助け合おう。僕達でクローディア様をお助けするんだ」
「はぃぃぃぃ・・・・・・・・・」
ルッタからすればシリウスは美少年だ。距離が近いせいで、ルッタはドキドキとしているのだが、シリウスは気づいていない。ただ自分の覚悟を語り、そしてルッタとともに相談している気持ちでいるのだから。
ひとまず、呪いのこと、そしてシリウスの目的、今後についての相談を話し終えたところで、ようやく二人は少し離れた。
ルッタは名残惜しいようでもあり、安心したようでもあり、複雑なままコーヒーを飲んだ。
「けど、クローディア様は花に嫌な思い出があるのかな?」
「どうしてでございますか?」
「いや、花は嫌いだと申していたから」
「さぁ。そちらの理由は存じませんが。でも以前エリク様が花を植えたいと仰ったのを反対して」
「花? あいつが?」
「ええ。魔術や薬の材料にできると教えてもらいましたが」
「そうか・・・・・・・・・? どうしたんだいルッタ?」
「いえ。シリウス様は本当にクローディア様が大切なのだなぁ、と」
このとき、シリウスの瞳が怪しく光った。
「知りたいかい?」
「え?」
「どうして僕がクローディア様を大切におもっているか。出会ったのか」
「ええ、是非とも」
ルッタはわくわくとした。
仄かな恋心、もしくは憧れであるシリウスのことを知れるのだから。
「そう。あれはまだ僕が小さいとき――――――」
ルッタは大いに後悔することになった。
シリウスが嬉々として、興奮し目を血走らせ、呼吸さえ後回しになるほどのこわい迫力で延々と話を聞くことになったのだから。
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