第14話

 クローディアのため、自分のため、新たな目的が見つかったはいいものの中々機会が得られない。離宮内だけでは願った情報収集はできないからだ。


 とはいえ、護衛騎士であるクローディアの側を離れることはあってはいけないと誓うくらい職務に忠実なのも原因ではあるが。


 そもそも情報収集しようとおもったものの、肝心の情報を得られるであろう場所の見当もついていない。王宮にいけば人の出入りも多いが、シリウス一人が出入りをしていればそれこそ怪しまれるだろう。


 クローディアが日課としている、庭でのお茶を楽しむ一時にもシリウスはじれったくなって、気が急いていた。しかし、燦々と降り注ぐ太陽の下、優雅にルッタと会話に戯れているクローディアを眺めていると心が癒やされていく。


(ああ、美しい・・・・・・・・・まるで絵画だ)


 上品な振る舞いに控えめな仕草。儚げではあっても帝族としての威厳と美貌に満ちあふれたクローディアと長閑な緑と暖かな陽気が様になっていて、穏やかな時間が過ぎていく。


「クローディア様。その本はなんでしょうか?」

「これは勉学のための本よ。王宮内にある書架から借りてきたの」


 書架にある書物は古い物から新しいものまで、今東西ありとあらゆる種類の本が集められている。帝室が特別に解放していて、一般の貴族でも借りることができるのだ。


「さすがはクローディア様! どのようなときも勉学に励む姿勢は敬服いたします!」

「褒められることではなくってよ? 一日中ここにいて暇を持て余しているだけなのだし」

「いえいえご謙遜なさらず! 知識は力であります! いついかなる時に役立てることができます!」

「そう。ありがとう。とはいえ過去の偉人達の経験を纏めただけの本で大層なものではないのよ?」

「温故知新という言葉もございます! 過去の人達に倣うのは悪いことではありません!」

「そう。でもあまり参考にはできなくってよ? 実際に試しているのに意味がないことばかりで」


 一体クローディアはなんの本を読んでいるんだろうと、気になってきた。

 クローディアに許可をもらって背表紙を読んでみた。


「『男を骨抜きにする仕草、ボディータッチは積極的に』?」


 あまりにも想定外すぎて、シリウスは身も心も固まった。


 ギギギ、と軋む音がするようなぎこちなく首を動かすと、クローディアは澄まし顔。


本当になにを読んでいるんだろうとシリウスはおもった。


 中身をペラペラと捲ると、簡素な絵とともに詳しい解説が描かれている。


「・・・・・・・・・クローディア様はこれを試してみたので?」

「ええ」


 相手が誰か。シリウスにはもうわかっているのでその男のいる部屋の窓へ、ありったけの憎悪をこめて睨んだ。


「・・・・・・・・・クローディア様は勉強熱心ですね・・・・・・・・・」


 お尻と太腿の皮膚をこれでもか! と捻りあげて引き攣った作り笑いをなんとか作り上げた。


 これだけでは終わらない。ティーカップの横にいくつも本は積み上げられている。


『身分違いの恋。障害はあればあるほど燃える。引け目に感じる彼をその気にさせる百の方法』

「昔は駆け落ちや身分違いの恋がよくあったと聞きますしね・・・・・・・・・」

『誘惑できる下着の選び方』

「く、クローディア様もお年頃ですものね・・・・・・・・・」

『実践編。押してダメなら押し倒せ!』

「しゃおらああああああああああああああああああああああああああ!!」

「なにをするの!?」


 ダメだった。


 衝動のままに本を漁明後日のほうへと投げてしまった。


「申し訳ございません。風が強くて」

「そよ風しか吹いていないわよ!?」

「僕はスプーンとフォークを持つのも困難なほど握力が弱くて」

「何倍も重い剣を振る騎士によくなれたわね!?」


 ルッタが本を持ってきてくれたが、惜しいことに本が無事だった。


(というかなんて危険なものを書架に入れてあるんだ・・・・・・・・・)


 クローディアはそれで本を読む気を無くしたのか、少し不機嫌気味だ。


「クローディア様。昼食はいかがなさいますか?」

「そうね、できればこちらで食べようかしら」

「かしこまりました」

「太陽の光をできるだけ浴びたほうがよいとエリクも言っていたし」

「・・・・・・・・・あいつが言ったのですか?」

「ええ。太陽の光は体の栄養を少しでも作りだすし、心を元気にしてくれるそうよ」

「・・・・・・・・・ほう」

「私も半信半疑だったのだけれど、本当だったみたい。気分がよくなったの」

(あのやろう・・・・・・・・・)

「水を飲むのもいいんですって。血の巡りもよくなって肌が美しくなるんだそうよ」

「それももしやエリクが言ったので?」

「ええ。よくわかったわね?」

(あいつは魔術師ではないのか? 魔術に関係ないことまでなんでそんなに詳しいのだ)


 それも呪いを解くのに必要なことなのかと、怪しんだ。


「あと、少しでもいいから体も動かせと言われているけれど、庭を散歩していても味気ないし」

「! それでしたら花を植えられるのはいかがでしょうか!?」


 ここぞとばかりに、シリウスは提案した。


 出会ったばかりのとき、クローディアは花を大切にし、愛していた。活発で少々やんちゃな彼女は、花を摘むのも種を蒔くのも好きだったし、水やりもかかさずしていた。そのときのクローディアの笑顔は眩しいほどだった。


 今離宮の庭には花はおろか花壇すらない。だけど季節ごとに色とりどりに咲く花が少しでもあれば華やぐだろうし、散歩しているときにも心が弾むだろう。昔とまではいかなくても、元気になる手助けにできないか?


(もしかしたら僕のことをおもいだしてくれるかも!?)

「嫌よ」


 きっぱりと、クローディアは拒絶した。


「花は嫌い。大嫌いよ」

「く、クローディア様・・・・・・・・・?」


 険しい眉間と、強ばった表情。今までついぞ見たことなんてなかった、怒りとも憎しみともとれる負の感情のクローディアに、おののいた。


「クローディア様。昼食をお持ちいたしました」

「そう。ありがとう。エリクは?」

「まだ寝ていると」

「・・・・・・・・・つれない人」


 刺々しいまでになった雰囲気は黙々と食事をはじめた。

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