第13話

 護衛騎士としての仕事は、本来は多忙を極めるがクローディアの暮らしは静かでゆったりとしたものだった。公務も人と会う用事は皆無だし、シリウスはルッタや身の周りのお世話をしている庭師とも料理人の手伝いをすることが主な仕事だ。


 月に二~三回、宮廷に赴くが今のところその予定はない。なにかないかと尋ねても側にいようとしても、困惑される。なにか用件があるときは、必ずといっていいほどエリクとの話題だ。


エリクのことを持ちだされて腹の底からドロドロと殺意すら含んだ感情を押さえて、笑顔で答えるのはシリウスには酷だった。


「やい魔術師!」


 空いた時間を利用して、エリクの元へ行くのに、時間はかからなかった。彼はちょうどなにかの実験をしているところでビーカーや試験管を小さい火種で温めながら擂り鉢で植物を調合している。


「んだよ、またクローディアが呼んでんのか?」

「おあいにく様だが、違う! 僕の個人的用件だ!」


 憤然としているが、対するエリクは冷めきっている。あからさまに迷惑だという渋面をこちらに向けようともしない。それだけで、エリクへの嫌悪感が強まる。


「俺は忙しいんだ」

「喋りながらでもできるだろう」

「はぁ・・・・・・・・・」

「溜息をつくな! 貴様クローディア様に呪いのことと魔術師のこと教えていないだろう!」

「それがどうした」

「あの御方は病だと信じているぞ! 何故嘘をついている!」


 本来なら、まっさきに教えておくべき事柄じゃないか。


 クローディアと、離宮で一緒にいる人達と親しくなった結果だが、全員がクローディアの呪いのことを知らない。かろうじてルッタだけは知っているが。


「手伝え」


 エリクは擂り鉢をシリウスにグイグイと押しつけてくる。仕方なしに受け取り、ゴリゴリと磨りつぶす。


「絶対に中身には触れるなよ。服にもかけるな」


 異臭に耐えながら、言われたとおり慎重に取り扱う。


「あいつに呪いと魔術のことを教えたら、あいつも俺も危険になるとおもっているからだ」

「・・・・・・どういうことだ?」


 棚からなにかの材料だろうか、ウヨウヨとした蚯蚓に似た虫と花の蕾を掌でくしゃくしゃにした。


「呪いをかけた奴は、身近にいる。あの類いの呪いは遠方からかけられるのとは違う。しかもかなり複雑で、解けるかどうかもわからねぇ。俺も聞いた話だが、あいつが病だと診断されたのは母親が亡くなってすぐのことだ。そのとき呪いをかけられたんだろうぜ。呪いを癒やすことができる俺が今側にいたら、呪いをかけた実行犯はどうする?」

「・・・・・・・・・クローディア様と貴様を襲うか口封じをすると? それか更に呪いを強くすると?」

「そうだ。誰が漏らすかどこまで話が広がるかわかんねぇ。いわば情報を遮断させてる。クローディアに教えていないのは、解けるかどうかもわからない呪いだと知ったら、あいつはどうするか。また自死しようとするかもしれねぇしな」

「自死?」

「俺の住んでいる場所に来た目的は、治らない病のまま生き続けることに疲れたからだ。滝壺に身を投げようとしていたぜ」

「・・・・・・!」

「あいつはボロボロだった。身も心も。そのうえ誰かが呪いをかけて自分を苦しめているなんてわかったら、お前ならどうする? もしかしたら自分の身内かもしれない。側にいた人かもしれないと疑って、嘆き悲しんで」

「・・・・・・・・・また自死しようとするかもしれないと?」

「もちろん、最後まで黙っておくつもりはねぇ。改善の糸口が掴めたらあいつには教える」

「だが、わからんのだろ!? 貴様は!」

「解くさ。絶対。魔術師の誇りにかけてもな」


 エリクの瞳の奥に、カッと燃えあがる熱が灯った。決意と覚悟が宿っている。

 それは、クローディアへの想いなのだろうか、とはたじろぐほど。


 なにはともあれ、エリクにはエリクの考えがあったということで納得は、できた。


「だが、簡単には進まねぇ。解いたら解いたで他のやつらの目には病が治ったと見えるだろうが。実行犯からしたらたまったもんじゃねぇだろうよ。なにが目的かは不明だが、自分達の目的が達成できなくなるんだからよ」

「犯人を捜せばいい! そうすればすべて解決する!」

「やだね。殺されるかもしれねぇんだからまっぴらごめんだ。俺は呪いを解明できればそれでいい。そっから先はどうでもいい」

「無責任ではないか!?」

「じゃあお前がすればいいだろ。バレねぇで犯人をとっ捕まえて証拠も自白も揃えられて危険なめにあわせないって自信があるんならな」

「だが魔術師の貴様がいるということは周知の事実だろう!?」

「それは大丈夫だ。クローディアは離宮の外じゃあ俺のこと内緒にしろって口止めしてるから」

「なにを自分だけは安全圏内にちゃっかりと置いているのだ!」

「むしろ褒めろ。例え国が滅びようと俺は自分の研究と魔術さえできればいいって割りきってるんだからよ」

「誰が褒めるか!」

「俺からすりゃあ、お前みたいな騎士とか王族とかのほうが理解できねぇよ。名誉だのお役目だのと。生きてて楽しいか?」

「ほっとけ! 好きでやってるんだ!」

「じゃあお前も俺の生き方は放っておけ」

(こ、こいつは・・・・・・・・・!)


 クローディアは一体どうしてこんな男に惚れているのだ。呪いで目が曇っているのではないか? 


「くそ、貴様のことを僕は認めん!」

「勝手にしろ。認められたいなんざおもっちゃいねぇ」

「なにをををををを!?」


 バッ! と、シリウスは持っていた擂り鉢にこめる力が強くなった。ガシャン! と割れて、中身が手に零れ、制服まで汚れてしまった。


 ばっちいことこの上ない。急いでナプキンを取りだし、拭こうとしたが、制服がプシュウウ、と煙をあげ、かかった部位を溶かしはじめたではないか。


「なんだこれは!?」


 液体は重力に従い、それに伴って制服を浸食し、制服を消失させていく。穴がどんどんと広がり、あちこちを浸食している。


「あ~~あ、だから言ったじゃねぇか」

「なんて危険なものを作っているんだ!」

「他の材料を入れれば別の効能になって危険じゃなくなるんだよ」

「くそ!」


 シリウスとは正反対に、のろのろとした動きで、樽から水を掬ってびちゃびちゃとかけてくる。


「ん? お前なんだ? それ」

「!」


 制服の下には晒しと、そして下着を身につけている。穴になって布の面積を失った箇所からそれが覗けそうになっていた。


 しかもいつの間にやらベルトの留め具も壊れてしまったのか、すとんとズボンが脱げ落ちた。


「み、見るな!」


 シリウスはエリクからひったくると、ダッシュで部屋を後にする。自分の部屋に辿りつくまでルッタや料理人と擦れ違ったが、羞恥心とバレたらどうしよう!? という恐怖心でまともに目も合わせられなかった。


「くそ、あの野郎!」


 ほぼ全裸に近い姿で、ボロボロに成り果てた制服を水で満たした桶に浸す。替えの制服はまだあるが、シリウスのエリクへの不信と敵対心は激しくなった。


「本当にあいつに任せていていいのか?」


 魔術師だかなんだか知らないが、どうにも信用できないし、もし呪いがとけなかったらどうするというのだ?


 刻一刻とクローディアの命は蝕まれているのも関わらず、エリクのあの態度はクローディアからの愛と、命を軽んじているのではないか?


 あんな男を好きでいるクローディアが不憫にすらおもえる。


(僕だったら・・・・・・・・・!)


 そして、シリウスにある閃きが迸った。


「そうだ!」


 あいつだけで手にあまるなら、僕が犯人を捜す。そうすれば呪いもとけてクローディアが脅かされることもない。そうすればクローディアへの信頼も得られるだろうし、自分のことを思い出すかもしれない。


 そして、なにも役にたたなかったエリクに愛想を尽かすだろう。晴れて彼はお役御免になってクローディアの側からいなくなる。めでたしめでたし。誰も悲しまない、幸せな結果ではないか。


 もちろん、おおっぴらに調べて捜すつもりはない。万全を期して注意深くしなければいけないだろう。


「待っていてくださいクローディア様! 今度こそ! このシリウスめがお救いいたします!」


 やる気漲るシリウスは、今からクローディアの幸せを願って雄叫びをあげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る