第12話

 翌日、まだよもふけていない時間にシリウスは起床した。


 初日は色々とあったが、騎士としての日課と役目はしっかりとこなす。離宮の見回りがてら剣の素振りをして、昨夜のことを整理する。


(なんであっても、僕の役目は変わらないんだ)


 いや、むしろ逆だ。今もクローディアの命を狙っている者はいるかもしれない。許せないし、騎士として全力で臨まなければいけない。


 クローディアとエリクが恋仲であったという事実は、一旦脇に置いておく。


 充分に素振りをしてすっきりとしたシリウスは、そう思い定めることができた。


部屋に戻って濡れたタオルで体を拭き、制服を着込む。離宮内を回っているとルッタが朝食の準備をしていた。


「おはようルッタ。早起きなんだね」

「シリウス様!?」


 ルッタは急にひょっこりと現れたシリウスに驚きすぎたのか、仰天せんばかりの勢いだった。竈のほうからは良い匂いのする気配が漂っていて、フライパンの上ではソーセージとハムがジュウウウウ・・・・・・と焼けている。


「君は毎日こんな時間に起きているのかい?」

「は、はい。クローディア様は小食なのですが、毎朝きっちりと起きる時間が決まっているので。シリウス様こそ」

「騎士だからね」


 手伝いがてら話をすると、ルッタは祖母の代からクローディアに仕えているそうだ。小さい頃は宮廷で行儀見習いを務めていたが、そのときには入れ違いのようにクローディアは離宮へと移り住んだと。


 祖母が引退をして、ルッタが引き継いで離宮にやってきた形になったらしい。


「祖母から話は聞いていたのですが、やはり王妃様が亡くなられてから悲しかったのか、笑うことがなくなったそうです。私も最初やってきたとき会話はおろか、指示を仰ぐのも憚られるほどの冷たさを纏っておられましたわ。最初は病だと聞かされてもおりましたので、そちらも原因で己を儚んでいるものとばかりに」

「けど、あの御方は?」

「それは・・・・・ええと、なんと申しましょうか・・・・・・・・・」

「あ・・・・・・(察し)」


 シリウスは、ルッタが言い淀んでいる理由に気づいた。


 エリクがやってきてからなのだ。クローディアが多少明るくなったのは。


 呪いがエリクに癒やされているだけでも、命を助けられたからではない。


「あ、ああ。成程。なんにしろクローディア様がお元気になられたのは良いことだうん」


 気まずい沈黙が、二人の間に訪れた。


「あの、シリウス様!?」

「うん!?」


 沈黙を破ったのはルッタだった。


 シリウスの両手をがっしりと握って、自らの胸の前まで持ってくる。


「どうか気落ちをなさらないで! クローディア様は素敵な方なのですから憧れる気持ちも好いてしまう気持ちもよくわかります! 女である私も時折そうなのですもの!」

「う、うん?」

「例えクローディア様があなたのことを覚えていなくてもはせ参じたことは忘れないでしょう!」

「う・・・・・・・・・」

「意中の殿方がいたら他の人に目移りしなくなってしまうのはむしろ乙女であれば当然です!」

「ぐ・・・・・・・・・」

「例えクローディア様がエリク様を好きでとシリウス様はこれから永遠に側で見続けなくてはいけないとしてもルッタはお助けいたします!」

「ごふ!?」


 喀血するほどに、ルッタは確実なダメージをシリウスに与えてくる。悪気がなくシリウスを慰めようと本気で言っているのが悲しい。


「は、はははは・・・・・・・・・あ、ありがとう・・・・・・・・・」

「いえ、共にクローディア様にお仕えするのですもの。ルッタも頼りになさってよろしいのですよ? そ、そしていつかは私のことも・・・・・・・・・」


 ルッタがシリウスに対して、もじもじしと恋する乙女そのものになっているが、シリウスは傷心中であるため気づいていない。


「あ、もうこんな時間か・・・・・・クローディア様を起こしにいってくるよ・・・・・・・・・」


 本来ならルッタの役目だ。皇女であるならば身支度も侍女に手伝ってもらうのが常だけど、クローディアはそれを嫌うそうだ。


 朝食を並べている間に、シリウスはクローディアの元へとむかった。


「失礼いたします。クローディア様。おはようございます。シリウスです。朝食の準備が整っております」


 ノックをするものの、返答はない。何度目かにして、おかしいぞとシリウスはおもった。いつもきっちりと起きる時間を決めているクローディアなのに、まだ寝ているとは考えられないし、気配がない。


(もしやトイレに行っているのだろうか?)


 勝手に主の部屋に踏み入るのはできないししたくない。仕方なく、シリウスは離宮内を散策することにした。


 そういえばエリクはまだ寝ているのだろうかとなんともなしに考えた。昨日のことを思い返すと、クローディアはエリクと食事をしたがるので、朝食も共にしたほうがクローディアは喜ぶのではないか? 


彼の部屋までいくと、扉が微妙に開いている。何気なしにノックをしようとしたら、隙間から中の様子が見えてしまった。


エリクが床で寝ている。それはいい。


その隣にクローディアが抱きつくようにして一緒になっていなければだ。


(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)


「もう、また夜遅くまで研究していたのね? 困った人・・・・・・・・・」


 二の腕に頭を載せながら胸板に頬ずりをして、うっとりとしながら不満を漏らしているがつんつんと頬を突いたり、唇につつー、と指の腹を這わせている。


「ああ、エリク・・・・・・・・・」


 そして、足で挟みこむように全身でエリクにしがみついた。


(え? え? なにこれ?)


 チュッ、とクローディアはエリクに口づけをした。恥ずかしがっているようで楽しんでいるようで、そして控えめにもう一度、二度、三度と口づけを繰り返していく。


 一国の皇女のすることではない。はしたなく、いやらしい。


しかし、シリウスは釘付けになってしまった。ならざるをえない。


魂が、身が、引き裂かれてしまいそうだ。それでいて、クローディアの自分に見せない表情が、艶っぽさが、乙女っぷりが、滲みだしはじめている色っぽさに、目が離せない。


 恋人同士のやりとりなんて、珍しくもない。だが、それがクローディアであることから、男女の睦みごとを初めて目撃した、いけないものを見てしまった、けど見たい! という心理と同じ状況に陥っている。


 しかも恋敵とまではいかなくても、気に入らない相手に対してしているという事実が悔しさと敗北感を与えているから、シリウスは心の中がぐしゃぐしゃだった。


(え、え、クローディア様が、うわ、そこまで!?ぼ、僕のクローディア様があんな奴に・・・・・・・・・)

「エリク・・・・・・・・・私は風に・・・・・・・・・そうすればあなたは私だけをずっと見ていてくれるし、私もあなたを私だけのものにできるのに・・・・・・・・・あなたを夢中にさせるるものすべてが憎いわ・・・・・・・・・」


 しかも、クローディアもエリクへの好意を拗らせてしまっているのかもしれない。


 むくりと起き上がってエリクの顔をぼ~っと眺めていたら、ゆっくりと顔を近づけさせていく。自然と二人のある部位、唇に注視してしまう。


「だめえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

「!? え、なに!? 狼藉者!?」


 遂に我慢できなくなったシリウスは叫んでエリクの部屋へと踏み入った。クローディアはビクつきながらのけずるようになって、エリクから離れた。


「く、クローディア様! こ、こここでなにををををを!?」

「まぁあなたは・・・・・・・・・!? えっと?」

「シリウスです! な、何故こちらに!?」

「・・・・・・・・・日課です」

(さっきのを毎日やっているということか!?)

「こいつの部屋に来るのが毎朝の日課なのですか!?」

「エリクは毎日私の病を癒やそうとしてくれているのですから、そのお礼としてエリクを起こしたり食事の有無を確認することは私にとって大切なことよ? なにしろエリクが私を助けてくれているのだから」

「だ、だからってクローディア様が起こすなど・・・・・・・・・! それに――」

「ただのついでです。病や薬のこともききたいし、ルッタも食事の支度で忙しいのだし」

「皇女様のすることではないですよ!」

「いいえ。皇女だからこそです。恩ある人を無碍に扱うことは私のみならず帝族、ひいては我が国の名誉と信用に関わります」

(へ、へりくつ、こじつけすぎじゃないか!?)


 愕然とした。クローディアのエリクへの愛が、まさかこれほどとは。しかも主が頑として主張してしまえば、シリウスとしてはぐぬぬぬ、と黙るしかない。


(って病?)


「か、かしこまりました。ですが流石に寝ている殿方の部屋に勝手に入るのは・・・・・・その・・・・・・いくら皇女様といえども」

「・・・・・・・・・さっき起きていたわ。そしてすぐに二度寝してしまったの」

(嘘じゃないか?)

「それで? あなたはそもそもなにをしに来たのかしら?」

「ちょ、朝食の準備が整いましたので探しておりました」

「そう。わかったわ。すぐにいきます」


 颯爽とクローディアは足早に去ろうとする。先程の話はこれでおしまい、とばかりだ。最後にちらりと名残惜しそうな視線をエリクに投げかけたのは気のせいではないだろう。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一つたしかめておきたいのだけれど」

「はい?」

「あなた部屋に入る前になにか見たのかしら?」


 痛くなるほど、シリウスは奥歯を噛み締めた。

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