第6話

 せっかく用意した花も、特になんの感動もなく受取られてルッタが活けている。


 その間、シリウスはクローディアに出会ったときのことを具に語ったが、にべもない。


「一階は主に使用人達の部屋と、それから物置。調理場がございます。シリウス様のお部屋もあるのですが・・・・・・」

「う、うん・・・・・・」


 すっかり消沈したシリウスは、泣きそうになるのをなんとか堪えてルッタに従っていた。


(いや、これしきのことでどうする! クローディア様が僕を覚えていなかったなんて想定していなかったのが悪い! そもそもクローディア様はまだ幼かったし毎日いろんな人に会われていたのだ! 忘れられても仕方がない! なんとおこがましかったのだ! それに――)


 母である王妃が亡くなった直前だったのだ。王妃が亡くなったとき、クローディアが嘆き悲しみの影響でシリウスを忘れても仕方がない。


(そうだ、例えどんなことがあっても僕の気持ちは変わらない!)

「ルッタ、僕はやるよ!」

「・・・・・・なにをでございますか?」


 打って変って、おー! といわんばかりに滾る。


 そして屋敷にいる者達とも一人一人挨拶を交した。皆気さくで丁寧で、良い人達ばかりだった。


「そういえばもう一人住んでいる人はどんな人なんだ?」


 なんともなしに尋ねてみたところ、空気が変わったのを肌で味わった。


「え~っと、あの人は・・・・・・・・・なんといいましょうか・・・・・・・・・うう~~ん・・・・・・」

「そうねぇ・・・・・・・・・」

「難しいなぁ・・・・・・・・・」

「一言で表すなら変人かな」

「変人ですか?」


 それ以上、誰も口を噤んだ。折しも料理人が作っていた料理を伝えてきたので、自然と各々の仕事に戻っていった。


 ルッタと料理人と一緒に配膳を手伝い、そのままクローディアの部屋に行き付き添うつもりだった。


「クローディア様、失礼いたします。昼食の用意が整いました」

「ええ。ありがとう。あら。もうお屋敷の中は良いのかしら? シリマルダリウス」

「はい。大丈夫であります。それと僕はシリウスですが」

「そう。ところでルッタ。エリクは? まだ帰ってきていないのかしら?」


 しょんぼりとしたが、エリク、という聞き慣れない名前のほうが気になった。もしかして例の住人だろうか。


「はい、そのようです」

「ならいいわ。彼が帰ってきてから一緒に食べるから」

(え!?)


 クローディアは仮にも王族だ。エリクというのが誰かはわからないが、王族で屋敷の主が誰かと一緒に食事をするなんて、家族以外はありえない。


 しかし、ここに住んでいる王族はクローディアだけのはず。


「そのエリクという人は、先程話にも聞いたのですが、どのようなお人でしょうか?」


 ここまでくると、エリクという人物が誰なのか聞きたくてしょうがなくなってくる。


「あら。気になるのかしら?」


 クローディアが体の向きを変え、パアァ、と輝いた。前のめりな気持ちになっているのか、声が弾んでいる。


「とおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっっっっっっっってもかっこいい男の人よ」

「え?」

「年齢は私より二つ上で身長が高くて少し瘦せているの。常に不機嫌そうな顔立ちをしていて初対面ではこわがられるわね。勉強熱心で研究熱心で自分の進んでる道に情熱のすべてを注ぐ立派なお人よ」


 ペラペラと捲し立てるような早口加減と果てのない説明には熱があって、興奮しきって上気している。呼吸すら煩わしいのか、時折話を中断して息を吸い込んで、また話を続けるのだ。


 ルッタはもう慣れているのか、苦笑しながら聞き流している。


 シリウスは圧倒されていた。クローディアのエリクを語っているときの嬉しそうな様子。


(こ、これは………)


 元々女の子だったシリウスは従者であったときも騎士になってからも、告白をされたことが山のようにある。それだけでなく、他の騎士が告白をされた光景も見知っているし、なんだったらそのときの女の子の様子も覚えている。


 まさしく今のクローディアは、そうであった。


 恋をしているときの乙女そのものだ。好きな人のことを語り、想う、どこにでもいる好きな人がいる女の子の反応。


「く、クローディア様は随分とそのエリクという人にお熱なのですね」


 まさか。だめ、やめて、と心の中で祈る。


「よもや惚れているとばかりの反応でしたので。はははは………」


 忘れられていたのはいいの、でもまさか憧れのクローディア様の心にはもう僕以外の誰か別の人で占められているだなんて。悪い冗談悪夢よそうよ絶対そうだから違うと言ってお願いクローディア様。


 膝がガクガク震えながら、クローディアの返答を待った。


「…………………」


 ポッと赤らんだ頬をそのまま手で隠すような仕草。いやんいやんと体を捩る。


「ひゅ………」


 それだけで察してしまった。


 嘘だろおい、と。

 冗談はよせよ、と。


 クローディアが恋をしているなんて、と。


「な、なるほどなるほど………クローディア様に大切にされているお人なのですね……はははははこりゃめでたい………」

「も、もう大切だなんて。そのようなことは………ねぇルッタ?」

「は、はい………そうですね………」


 乾いた笑いが虚しく喉を出ていく。


 もうシリウスは死にたくなっていた。


「世界一幸せ者で果報者にぜひとも天誅………ご挨拶をしたいものですな……」

「ええ。ちょっと口が悪いのだけど、それはしょうがないわね。でもシリウスも仲良くしてね?」


 どうやって?


 自分が慕っている人が恋している人と仲良くしろと命じられても、自信がない。


「失礼いたします。クローディア様。剪定がおわりやした。それとルッタさん。エリクさんが帰ってきましたぜ」


 庭師がそう告げると、クローディアが髪の毛と服装をせっせせっせと直していく。


「そう。では私達も参りましょうか」


 うきうきしているのだろう。想い人と会えるほくほくとした恋心を隠して、しかし隠しきれていない忙しない様子だ。


「あらお帰りなさいエリク。必要な物は見つかった?」

「ダメだな。帝都は数と商人だけが豊富で本当に重要なもんはねぇ。なんだったら遠出しねぇと手に入らねぇよ」


 食事室に向かう途中、ばったりと遭遇したが前方にいるクローディアが前で陰になっているし、シリウスは背が低い。なんとか顔だけでも、でも騎士然とした立ち振る舞いを崩さないように探ろうとしていたが、


「そう。そうだわ、今日から一緒に住む騎士の―――」

「腹減ったな。もう飯できてんのか?」


 エリクは話も終わっていないのに先に食事室へと行ってしまった。


「もう、本当にエリクは………」


 でも、そんなところが素敵♡


 そういわんばかりの心の声が、込められている。シリウスにはそれが感じられて胸がナイフで滅多刺しにされるほどのダメージを負った。


「くっ」


 食事室に入って、クローディアが椅子にかけるのをエスコートして、シリウスは後ろに下がった。そのまま控えているつもりだったが、やはりエリクのほうを見た。


(どんな男だ? 僕のクローディア様のハートを射止めた男はどんな奴なんだ)


 燃え上がる敵対心を抑えようともしないで。


「ああああ!?」


 愕然とした。


「お、お前は!」

「あ? なんだ? てめぇは」


 わなわなとしながら尋ねる。あら? というクローディアとルッタ、そして不機嫌そうに睥睨する男。


「まさかお前がエリクなのか?!」

「なんだ文句あんのかこのチビ」


 離宮にくる途中、助けたのに礼も告げず罵詈雑言をぶつけて消え去った、失礼な男だった。



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