第41話 さようなら人間界

 俺は、魔王とその嫁のやり取りを見て、

 「…こう言うの見てると、結婚すんの…怖ぇよな。」

 と、しみじみ言う。

 吸血鬼も

 「同感だね。結婚なんて墓場だよね。」

 と、しみじみ言う。

 そして、人間の光秀と黒田はあんぐりしていた。

 「あのー、彼女は?あんなに強かった魔王が…あんなに素直に…。」

 と、光秀が口を開いた。

 吸血鬼はくるっと向きを変えて

 「彼女は魔王の嫁だよ?『元・人間界の勇者』だけど。」

 と、笑って言う。

 「あのぉ…とりあえず…、皆さんまったりしてますが…この本能寺…そろそろヤバい気がしますが…。」

 と、黒田も口を開いた。


 ─ドドーーーーン、


 黒田がそう言ったと同時に建物の一部が崩れ落ちた。

 いつの間にか火は寺全体に燃え広がっていた。

 我に返った俺は

 「こんな事してる場合じゃねぇ!早く逃げねぇと!」

 と、言って猫ミケを抱き上げる。

 「フニョ!?」

 と、猫ミケは急に抱きあげられたから、体をビクッとさせて変な鳴き声になる。

 「ああ、そうだね。僕も帰るよ。」

 と、吸血鬼は鏡を覗き込んだ。

 「じゃ、黒田官兵衛、明智光秀。後のことは任せたよ。あと、秀吉に言っといて。体勝手に使っちゃってごめんね、ありがとうって。」

 と、言うと、二人に手を振って鏡に吸い込まれた。

 俺はそれを見送ると、刀を振り上げて

 「一閃!」

 と、叫んで縦に振り下ろし、かまいたちで壁と炎を切り裂いた。

 かまいたちは炎を吹き消し、一直線に本能寺の裏口を貫いた。

 「じゃあ、おめぇさんたちはここから脱出しろ。俺も帰るわ。光秀、世話になったな。」

 と、今開けた穴を指差して言うと、光秀は深々と頭を下げた。

 「こちらこそ…色々とご配慮頂いて…。」

 そう言う光秀を遮って

 「俺は『天界の仕事』をしただけだ。ここから先はおめぇさん達『人間』が歴史を紡いで行け。じゃあな。もう会う事もねぇだろ。」

 と、言うと、さっき魔王との戦いで開けた『天井の穴』から屋根に出た。

 その時、炎の中から「親父殿、無事ですか?!」と、部屋に入って来た人間がいた。

 明智秀満だった。

 「え?黒田殿?!何故こちらに?あなたは備中高松にいるはずでは…?」

 秀満は驚いていたが、

 「秀満!何故ここに?!」

 と、光秀が聞く。

 「何を仰るのです?!親父殿が「敵は本能寺にあり」と言って一人で飛び出して行ったのが心配で、数百の兵で後を追ったんですよ!」

 秀満がそう答えるとそのまま

 「しかし、親父殿が言う通り、敵はここにおりました。我が軍の『旗印』を掲げて本能寺ここを襲う輩の指揮官らしき者を捉え、亀山城に連行しました。さすが親父殿でありますな!」

 と、意気揚々だ。

 俺はその様子を俯瞰して見ていた。

 そして少し安心する。

 これなら『光秀は謀反など企んでなかった』と、証言できる、と。

 「秀満、やるじゃねぇか。」

 俺はクスッと笑って猫ミケに言う。

 「さて、行くか。」

 「どこに行くんでありんすか?」

 猫ミケは俺の腕の中から俺の顔を見上げる。

 「天界に決まってんだろ?」

 俺が言うと猫ミケが急に暴れだし

 「でも、わっちはまだ『自分が何者』なのか分かってないでありんす!『呪い』は解けてないでありんす!天界には入れ…。」

 と、騒ぐ猫ミケを他所に、俺が空を仰ぐと、雲の隙間から一筋の光が俺たちの体に降り注いだ。

 「安心しろよ。おめぇのおっかさんがおめぇの呪いは解いてくれたよ。そして、俺は約束したんだよ。『おめぇを天界に連れて行く』ってな。」

 と、言うと俺はその光の筋の中を空に向って飛んだ。


 ─その後の人間界は…。

 これもややこしい話になるから詳しくは割愛するが、俺が天界に帰った後、本能寺を襲った軍の指揮官(偽光秀)を、その軍の後ろから来た明智秀満の軍が捕縛・捕虜にし亀山城に連行。

 光秀親子と黒田も無事本能寺から脱出出来た。

 魔王がいなくなった事により、織田信長の存在が人間界からなくなった事を光秀に聞いた黒田は、この時点で一計を講じていた。

 偽光秀の証言もあり、本能寺を襲わせた犯人がやはり『近衛前久』である事が分かり、光秀と黒田は近衛の屋敷に行き何故こんな事を起こしたのかを聞いたのだが、近衛はしらばっくれるばかりで結局話が進まなかった。

 黒田は

 「非を認めないなら我が主、羽柴秀吉が京に戻り次第『信長の敵』として討つから。」

 と、宣戦布告した。

 しかし、真実を知っているのは光秀軍と秀吉軍のみで、本能寺であれだけの騒ぎになった事もあり、織田家臣軍は光秀が謀反を起こし信長を討ったと信じて疑わなかった。

 この時代の『噂話』は『真実』として語り継がれる。

 何が嘘で何がホントかを確かめる術を持たないからだ。

 羽柴秀吉軍が備中高松を攻略し、京へ戻るスピードの速さににビビった近衛前久は、偽光秀を京から逃す為、九州へ向け進軍させた。

 『証拠隠滅』して白を切る満々だ。

 そして、偽光秀軍と備中高松から京へ戻って来ている途中の羽柴秀吉が山崎で激突。

 秀吉は吸血鬼に言われた通り『毛利との講和』をこぎつけ、たったの10日で中国から京まで帰ってきたから、まさに鉢合わせだった。

 これが『中国大返し』と言われる秀吉の偉業の一つとなり、この後の『清洲会議』で優位になったらしい。

 光秀と秀満は秀吉軍と合流して偽光秀軍を打ち破ったが、偽光秀は戦場から逃走。

 竹やぶの中で落ち武者狩りで討たれた。

 黒田の采配により、『偽光秀』を『本物光秀』として処理し、織田家臣軍の怒りを収めた。

 公には『明智光秀討ち死』となり、光秀と秀満は出家。

 それと同時に、黒田は近衛前久に

 「光秀は公には死んだ事になったけど、光秀は本能寺の件は口外しないし、お前を許してやるってよ。良かったな。その代わり今後、俺達武将がやる事に口出しすんなよ?破ったら…分かるね?」

 と、脅して、その後公家は大きな動きもなく大人しくしていた。

 こうして、色んな事が闇に葬られた。


 吸血鬼の言いつけどおり、光秀の話を聞いていた秀吉は、明智家臣の殆どを家臣にした。

 光秀は秀吉の『良き相談相手』として秀吉の政治を影で支えた。

 秀吉が死んだ後、『淀』って言う秀吉の鬼嫁が傍若無人っぷりを発揮して、秀吉家の内部が少し荒れ始めた。

 それを見た光秀は危機感を感じ、過去信長と自分を慕ってくれた徳川家康を頼った。

 家康は光秀を『南光坊天海』として迎え、側近として側に置いた。

 その後、家康は天下を統一し『江戸幕府』を築いた。

 光秀は江戸幕府が長く平和を保てる努力を惜しまずに家康を支え、そして平和な時代になったのを見届けて魂をあの世に返した。

 光秀はきっと満足してると俺は信じてる。

 

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