第42話 猫と団子

 ─天界に帰ってきた俺。


 【悲報】怪我と筋肉痛で3日間寝込む。


 寝込んでいる間、ミケは俺の家の中の観察したり、人になって食器棚の団子を盗み食いをしたり…と、まぁ好き勝手やっていたらしく、俺が動ける様になった頃には、我が物顔で家の中をのさばっていた。

 縁側はもはやミケの領域テリトリーと化していて、人の姿でゴロゴロしてると思ったら、急に起き上がって猫の姿で毛繕いしたりと、危機感を何処かに落としてきちまった様だった。



 そして、右腕の怪我も良くなった事だしジジィに『労災』の請求に報告に行くか、と重い腰をあげたのはあれから一週間たった日の事だった。


 「やぁ、ヴィリー。人間界は楽しかった?」

 相変わらずの長い白髭を弄りながらジジィが言う。

 俺はちょっと考えてから

 「まぁ、悪くはなかったな。」

 と、答える。

 ジジィはニヤニヤしながら

 「またまたぁ、そんな事言って。結構楽しんでたじゃない?人間界って楽しいよねぇ。美人多いし。儂も若い頃は人間界行っては美人ナンパしたもんだよ。」

 と、得意げに言う。

 そうだな、知ってるよ。

 人間界行って美女たぶらかしてたせいで、人間と神のハーフが沢山生まれたんだからな。

 俺は溜め息をついて

 「とりあえず、報告に来たんだが、もうどうせ吸血鬼から報告受けてんだろ?」

 と、ぶっきらぼうに言う。

 どうせ、「やりすぎだ!」と、怒られるんだろうと思っていたら、ジジィは

 「うん、報告は受けたよ。色々やって楽しかったでしょ?魔王君の『食あたり』は予想外だったけど。」

 と、怒る素振りは全くなかった。

 逆にゴキゲンで怖いくらいだ。

 「色々ありすぎて大変だったんだぞ?」

 と、俺は頭を掻きながら言うと、ジジィが「ホッホッホッ」と、声に出して笑ったかと思ったら

 「いいじゃない?君、『破壊』のご依頼なくて『平和ボケ』してたんだから。」

 まぁ、そうなんだけど。

 「しかし、『時の神』は怒らなかったのか?ある意味『人間の歴史』に干渉しまくったし、本能寺の件は『怪奇事件』っぽくなっちまってっけど。」

 俺はちょっと心配になってそう聞いた。

 魔王が帰った時点で、『織田信長』の存在が消え、それどころか亡骸すら本能寺にはねぇんだからな。

 人間どもにとっちゃ『いたはずの信長が忽然と消えた怪奇事件』に見えるだろう。

 「いいや、全然怒ってなかったよ。むしろこれで良いってニコニコだったよ。」

 ジジィは首をひねって不思議がっている。

 「儂にも『時の神』の考えは良く分からないんだけどね?あの場にいた人間たちが色々闇に葬ったから、謎が多く残っちゃって、儂も怒られると思ったよ。でも、時の神いわく…


 『魔王君が『人間・信長君の魂で食あたり起こした』時点で、それはもう『人間の意志』が魔王に勝った訳だし、この『本能寺の変』の真相は謎で終わって欲しかった。日本史における最大のミステリーにしたかった。』


 って言ってたよ。ホント、あの人良く分からない人だよねぇ。」

 と、呆れ顔で顔を左右に振った。

 「確かに、日本史における最大のミステリーだよなぁ。結局は『光秀は謀反人』って事になっちまったが、出家して生きてるって事も、『信長は本能寺で死んだ』事になってるが、実は比叡山でとっくに死んでるから本能寺には死体はないのは当たり前って事も、人間にゃとっちゃミステリーだな。」

 と、俺はクスッと笑う。

 「人間たちがいつか『真実』に辿り着くと良いねぇ。まぁ、『超常能力』を認めたくない種族だから無理だろうけど。」

 ジジィもクスッと笑った。

 『魔王の意志』を飲み込む程、『人間・織田信長』の『天下取って平和な国にしたい』って思いが強かったのも俺にはミステリーだ。

 他人の為に自分を犠牲にする人間がホントに存在するとは思わなかった。

 そして、俺は忘れていたことを思い出した。

 「そうだ、ジジィ。この怪我。『労災』おりるよな?」

 と、左手で右腕を指差すと、ジジィは

 「それはムリ。だって君、『契約』してないもん。」

 と、耳の穴をかっぽじった。

 「はぁ?ふざけんなよ!」

 と、俺はキレる。

 するとジジィは

 「まぁまぁ、落ち着いてよ。その代わりと言っちゃあナンだけどさ。天界の『吉原』にある『鉄火場』をあげるからさ。そこで好きに経営やってみなよ。君は『誰かに雇われる』より『雇う側』の方が向いてると思うんだよねぇ。」

 と、笑った。

 『経営者』ねぇ。

 「うん、悪くねぇ話だな。」

 と、俺はニヤッと笑う。

 「まぁ、頑張ってね。あ、それからさ?」

 ジジィは少し前のめりになって俺に顔を近付けた。

 「猫の事なんだけどさ?死んだあの子は子供いなかったの?」

 と、ジジィが聞く。

 俺は少し考えてから答えた。

 「知らねぇよ。」

 そもそも、魔王の監視を引き受けたのは『ジジィが俺のせいで時の神に怒られた』と思ったからだ。

 でも、時の神が怒ったのは『信長の魔王召喚を止めたから』って理由だ。

 俺は一杯食わされたんだから、これくらい『嫌がらせ』しても良いだろう。

 「そっか…。そこまで頼んでないもんね。仕方ないか。」

 と、ジジィが言った時、後ろから

 「もう一週間も経ってるのに今頃報告?相変わらずやる事ずさんで遅いよね。君は。」

 と、声がして、俺は振り向いた。

 そこには書類を小脇に抱えた吸血鬼がいた。

 「うるせぇな、魔王のせいだっつーの。怪我したんだし。」

 俺はブスっとした。

 吸血鬼は俺に近付けて

 「君は良いよねぇ?無職だから『仕事が滞る』事がないんだから。こっちはもう次の仕事に入ってるって言うのに。」

 と、呆れ顔だ。

 「ほっとけよ。俺だって今から忙しいんだよ。」

 鉄火場貰ったからな。

 俺がそう言うと

 「まぁいいや、今は君と言い争ってる暇ないから。ゼウス、これが調査書だよ。」

 吸血鬼は俺を素通りしてゼウスに書類を渡した。

 するとジジィは

 「とりあえず、ヴィリー。今日はもう帰っていいよ。報告ご苦労さま。」

 と、言って、真剣に調査書を見始めたから、「おう、じゃあな。」

 と言ってその場を去った。


 俺がいなくなったのを確認して吸血鬼はゼウスに聞いた。

 「良いのかい?『招き猫』は今、ヴィリーの家にいるんだよ?」

 「知ってるよ?『千里眼』で見てたから。でも、猫は家に懐く生き物で、ヴィリーの家が気に入ったみたいだし、ヴィリーとあの子、良いコンビだから離すのは可愛そうだよ。」

 と、ジジィは調査書から目を離さずに言った。

 それを聞いた吸血鬼は「フッ」と鼻で笑って

 「ゼウスはヴィリーに甘いよねぇ。いつも。」

 と、言うとジジィは調査書を読み終わったらしく吸血鬼の方を見て

 「何かねぇ、ヴィリーの事、ほっとけないんだよね。猫みたいでさ。」

 と、笑う。

 「そうだね。だから僕とは合わないんだよ。」

 と、吸血鬼は溜め息をついた。

 「話は変わるけど…この調査書見る限りだと、ちょっと色々まずいよね…。」

 ジジィは真剣な顔で吸血鬼にそう言った。

 「ああ。だから僕が動いてるんだよ。」

 と、言った。

 まぁ、この『色々まずい』事件はまた別の話だ。



 俺は紙袋を小脇に抱えて家に帰った。

 天界の『団子屋』の前を通ったら、久しぶりに団子が食いたくなり『お持ち帰り』にして貰ったのだ。

 「ただいまー。」

 と、玄関を開けて居間の障子を開けると、縁側でミケが人の姿であぐらをかき、「マタタビ」をかじっていた。


 <i643381|38957>


 「ヴィリー、どこに行ってたんでありんすか?わっちは腹が減ったでありんすよ。」

 と、俺を睨む。

 「マタタビ食ってんじゃねぇか。」

 呆れてそう言う俺にミケは

 「はぁ?マタタビは食べ物じゃありんせん。空腹を紛らわす為の麻薬みたいなものでありんす。」

 と、ブスっとした。

 俺は頭を掻きながら

 「おめぇさ…?ここにいたいなら働けよ。働かざる者食うべからずだぞ?」

 と、言うと、ミケはちょっと考えてから


 ─ぽん


 と、猫なって俺に近付いて「スリスリ」した。

 俺は訝しげな顔をして

 「何だよ?急にそんな態度とって…気持ち悪ぃな。」

 と、言うと、

 「仕事はちゃんとしてるじゃありんせんか。ほら、こうやって。」

 と、また俺の足に「スリッ」とする。

 「はぁ?」

 と、言いながらも俺はやぶさかではない。

 「猫の仕事は『同居人』を癒やす事でありんす。昔隣に住んでいた黒虎のねぇさんが言ってたでありんす。」

 ミケはそう言い返す。

 「いやいや、お前はただの猫じゃねぇだろが。つか、おめぇ、人で都合が悪くなると「猫だ」って言い出すわ、猫で都合が悪くなると「人だ」って言い張って、ここに来てからワガママなんだよ。」

 俺はそう言いながら台所に向って歩くと、猫ミケが後ろを付いて来る。

 「おめぇ、何で付いてくるんだよ?飯は朝食っただろ?」

 と、足元の猫ミケを見ながら言って、台所の机の上に紙袋を置いた。

 猫ミケは机の足元で猫座りして見上げ

 「それ、天界の団子でありんしょう?くりゃれ。」

 と、後ろ二本足で立ち上がり、前二本足を俺の足についた。

 目はまん丸でキラキラしている。


 …かっ…かわいい…。

 

 はっ!いかんいかん。

 こんな事で「猫の魔力」に惑わされたらいかん。

 これからは「飼い主」としての威厳を…。

 と、思い俺は首を左右に振った。

 そして、団子を皿に移しながら

 「おめぇがちゃんと働くって言うならくれてやるよ。」

 と、猫ミケに言うと…。

 首を斜め45度に傾け、目をクリクリのキラキラにして、口角を上げて

 「ニャン。」

 と、普段出さない様な少し甲高い声で鳴いた。


 くっ…!可愛すぎかよっ!!


 だっ…ダメだ…可愛すぎる…。

 と、俺は手で目を隠して、また首を振りながら

 「ワカリマシタ…サシアゲマス…。」

 と言って、団子を乗せた皿を片手に縁側まで行き座った。

 そして、俺が団子を一つ手で摘んで口に運ぼうとすると猫ミケは

 「早くおくれよ。」

 と、俺の足に前足を乗せて団子に顔を近付けた。


 <i640678|38957>


 くっ…猫…ズルい…。

 と、思いながら

 「しょうがねぇヤツだな。おめぇ最近食い意地はりすぎだろ。デブるぞ?」

 と、猫ミケに一つ団子を差し出すと、むしゃむしゃと食べ出した。

 猫ミケは一つペロッと食べ終わると、顔を洗いながら

 「わっちは人間界で色々ヴィリーのお世話してあげたでありんす。ヴィリーがわっちに何かを奉仕してもバチは当たらないでありんす。」

 と、言う。

 俺は眉にシワを寄せて

 「おめぇ、何様だよ。」

 と、言うと、猫ミケは俺をじっと見て

 「わっちはミケ・キサラギでありんす。猫であり人であるミケ・キサラギでありんすよ?」

 と、言われて思わず「ふっ」と笑った。

 俺は団子をもう一つ摘んで

 「何だ、おめぇは自分が何者なのか分かったって事か?『自分探しの旅』もしめぇか。つまんねぇな。」

 と、言って口に運んだ。

 「天界ここに来て、驚いたでありんすよ。ホントに『バケモノだけの世界』があったんだって。天界ここでは『バケモノなのが普通』でありんす。わっちが猫から人になっても誰も驚かないし、人から猫になってもみんな「かわいい」って頭を撫でてくれるでありんす。」

 猫ミケは今度は手を舐めながら

 「わっちに、どんな『特殊能力』があって『何故呪いをかけられて人間界に落とされたのか』はまだ知らないでありんすが、そんなのはもうどーでもいいでありんす。ここなら『猫であり人であるミケ・キサラギ』、わっちはわっちでいられるでありんす。」

 と、言うとまた足に前足をかけて

 「もっとおくれよ。」

 と、身を乗り出す。

 俺はクスクス笑いながら団子を差しだし

 「生意気にも大人になったじゃねぇか。」

 と、言うと、猫ミケは団子をまたむしゃむしゃ食べながら

 「生意気は余計でありんすよ。」

 そう言って団子をたいらげた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る