第40話 細工は流流 仕上げを御覧じろ
─本能寺で魔王とヴィリーが『喧嘩』している一方。
こちら、備中高松では吸血鬼があぐらをかいていた。
片手に鏡を持ち、前髪をいじりながら鏡に向ってブツブツと何か言っている。
それが終わると吸血鬼はあぐらの膝に肘を置いて、手のひらで顎を支えながら
(…いい加減どうするか決めてくれないかなぁ…。)
と、思いながら溜め息をついた。
「そもそも、光秀殿が我らを裏切る動機がなかろう?!儂は、吸血鬼殿を信じる!」
と、羽柴秀吉。
「ですから!私も光秀殿が裏切ったとは思えませんが、こんなバケモノの言う事を何故信じるのです?実際本能寺で謀反が起こってる『確証』が御座いません!」
と、秀吉の軍師・黒田官兵衛が言い返す。
黒田にかかっていたヴィリーの洗脳はとっくに解けているのに、黒田は一向に吸血鬼の言う事を信じようとはしなかった。
秀吉は
「それはそうだが、もし本能寺が襲われていたらどうする?!公家が何か図り事をしているのは間違いなかろう?!」
と、叫ぶ。
─と、まぁ、こんな言い合いがずっと続いていて、吸血鬼はすでに飽き飽きしていた。
「とにかく!こんなバケモノに騙されてはなりません!バケモノは人を惑わし騙す者でございます!」
黒田は吸血鬼を指指した。
「はいはい、もういいよ。君たちは勝手に言い争っててよ。僕は本能寺に行くから。」
と、しびれを切らした吸血鬼がゆっくりと立ち上がると、黒田が
「逃げるのか、バケモノ!お前など信用しておらん故本能寺に行かせる訳には行かぬ!信長様の命を狙ってるやも知れんなからな!」
と、黒田は吸血鬼の胸ぐらを掴んだ。
吸血鬼はその手を振り払う事もせず、
「まぁ、君が僕を信じようが信じなかろうが、魔王を何とかしないと大変な事になるのは事実…」
と、言いかけて、自分の体が光っているのに気付いた。
そして
「あらら、時間切れみたいだ。『あの子』が僕を『本能寺』に『招いてる』。」
と、言うと、光は強さを増していく。
それに驚いた黒田は
「な…?!」
と、言葉を失う。
「とりあえず、秀吉。あんまり時間ないから言っておくね。光秀は裏切ってないから、『光秀に会ってちゃんと話を聞いて』ね?あと…。」
と、吸血鬼は言いかけて、胸ぐらを掴んでいる黒田の手をギュッと握った。
「毛利とはさっさと講和結んでなるべく早く京に帰って来てね?それから、黒田官兵衛は本能寺まで借りてくね?答えは聞かないけど。」
と、ニッコリ笑ったかと思うと、吸血鬼を包んでいた光は黒田の体をも包み込んだかと思うと、光は収縮されていき、吸血鬼と黒田の姿は消えていた。
─顔を洗う猫ミケの後ろで、燃える炎に怯むことなく飛び込んできた人影があった。
明智光秀だった。
「ヴィリー殿!敵兵がもうそこまで…!」
と、言う光秀は部屋はすでに火で囲まれているのに気付いて一瞬たじろいだ。
俺は
「光秀!何で戻ってきたんだ?!ここはもうやべぇ!」
と言った時、魔王がヨロヨロと立ち上がる。
頭から血を流してはいたが、魔界の王だ。
この程度でくたばる玉じゃねぇ。
「お前とこうやって喧嘩すんのもホント久しぶりだな。」
と、魔王は楽しそうに笑う。
「いくぞ、ヴィリー!」
魔王はまた刀を振りかぶり─
と、その瞬間。
細かい無数の発光体が突然現れ一か所に集まり、合体して光の玉になる。
それを見た魔王は
「何だ?」
と、振りかぶるのをやめる。
光は段々大きくなり、激しく光ったと思ったら、パッと消えた。
消えた光の中からは吸血鬼と黒田官兵衛が現れて、
「おせぇよ、吸血鬼。」
俺は一息つきながら言った。
「黒田殿?!」
と、言って光秀は腰を抜かし、猫ミケは、自分で『招いた』クセにビックリして垂直飛びをした。
まぁ、猫ミケは自分が『招く力』を持ってるって知らねぇし、人間にとっちゃ超常現象なんてそうそうお目にかかれないから、当然の反応だ。
流石に俺も、吸血鬼が黒田官兵衛を連れてくるとは思ってなかったが。
吸血鬼は
「はいはい、悪かったよ。それにしても強引に招いてくれたもんだね。てか、ヴィリー、スゴいボロボロでザマァ見ろなんだけど。」
と、笑って俺に言ったが、黒田官兵衛も自分の理解を超えた現象を目の当たりにして、こちらも腰を抜かしている。
「吸血鬼、おめぇ『本体』か。なら話は早ぇ。さっさと魔王に噛みついてくれよ。」
と、俺は魔王を指差すと、魔王は
「吸血鬼、まさかお前も俺を魔界に連れ戻すために来たのか?」
と、魔王に聞く。
「…。」
しかし、吸血鬼は何も答えずに、周囲をキョロキョロした。
そしてやっと状況を把握したらしく
「…これ…ヤバいよね?」
と、いつもとは違う引きつった顔で言う。
俺は刀を持った左手で頭を掻いた。
「ああ、魔王のヤツ、『食あたり』起こしやがったんだよ。」
と、言うと、吸血鬼は
「はぁ?食あたりぃ〜?ホント魔王ってバカだよねぇ。あれ程『気をつけろ』って言ったのに。」
と、いつもの吸血鬼に戻った。
バカと言われた魔王はムッとして
「バカとはなんだ、バカとは。お前も俺を連れ戻そうとしてんなら容赦しねぇぞ?」
と、今度は吸血鬼に向って刀を突き付けた。
「はぁ…。僕はね、野郎に噛み付くなんてキモくてイヤだし、喧嘩だって痛いからイヤなんだよね。神族の中でも戦闘向きのヴィリーでさえこんなにフルボッコにされてんのに。」
と、吸血鬼はヤレヤレと言いたげに首を左右に降った。
そしてやっと落ち着いた猫ミケが
「ヴィリーって一体何者なんでありんすか?」
と、聞いてきた。
すると吸血鬼はニヤニヤしながら、
「『天界の魔王』って呼ばれてた『元・破壊神』だよ。魔界の魔王、天界の破壊神は超武闘派で、『手を出しちゃダメ』って言われてるんだよ。」
と、言った。
「『元・破壊神』…?実はヴィリーってスゴイヤツでありんすか?」
猫ミケは「そうは見えない…。」と言いたげに首を傾げた。
「まぁ、二人ともただの『脳みそ筋肉』で『怪力バカ』ってだけだよ。」
と、吸血鬼は鼻で笑った。
カチンと来た俺と魔王は
「「あ゛?(怒)」」
とハモる。
「まぁ、それはさて置き。黒田官兵衛くんは僕の事信じてくれたかな?」
と、吸血鬼は話をぶった切り、腰を抜かしてしゃがみ込んでいる黒田の顔に、自分の顔を近付けてニッコリ笑う。
黒田官兵衛は顔を引つらせながらも
「あ…ええ…。それは信じました…。」
と、言った。
まぁ、人間にはこのぶっ飛んでる『特殊能力』を前にしたら顔も引きつるわな。
「良かった。じゃ、僕はこのバカ魔王を魔界に連れ帰った後の事は任せるよ?光秀と良く話してね?」
吸血鬼は黒田官兵衛の肩をポンと叩いて、またニッコリ笑う。
それを聞いた魔王は
「また俺を『バカ』って言いやがったな?!それにやっぱり俺を連れ戻しに来たんじゃねぇかよ!」
と、また刀を構えようとすると、吸血鬼は魔王の懐に入り込んで、魔王の顔に顔を近付けた。
「当たり前じゃないか。君を連れ帰るのが僕のシゴト。僕が君に噛み付いて『魂のサルベージ』しなくても君は自分から『帰る』って言い出すよ。異論は認めない。」
と、吸血鬼が珍しく怖い顔をした。
俺は右手を庇いながら
「いやいや、無理だろ…。コイツは天下取るまでは帰らんとか言ってんだぞ?」
と、言うと吸血鬼は俺の方を向いて
「だから君は『脳筋バカ』なんだよ。」
と、小馬鹿にした様な笑顔で言った。
すると、やっと腰のすわった光秀が口を挟む。
「何か仕込んであるのですか?」
「細工は流々、仕上げを御覧じろ。」
と、吸血鬼は笑いながら、スッと鏡を出して魔王に向けた。
『お前様、人間界でのお勤めお疲れ様でした。』
と、鏡の中から女の声がする。
魔王は「うっ…」と唸って一歩身を引く。
『先程、吸血鬼から聞きましたよ。今から帰っていらっしゃるのでしょう?』
と、鏡の中の女はニッコリ笑いながら言う。
切れ目長の髪の長い女…。
この女は魔王の『嫁』だ。
俺は思わず「なるほどねぇ」と、笑う。
そりゃ…魔王は自分から『帰る』って言い出すに決まってる。
「えっ…?あ、うん、帰るよ?帰るけど…まだちょっと仕事が…。」
魔王はそう言いかけたが、魔王の嫁はそれを遮って
『わたくし、さっき吸血鬼から聞いたって言いましたよね?お前様、人間界から帰りたくないそうですね?』
と、俯いたと思った瞬間。
『…てめぇはまた人間界で暴れるつもりか?』
と、ドスの効いた声で言った。
魔王はまた一歩引いて
「あっ…、イヤ…帰る…!帰るよ!」
と、両手のひらをヒラヒラと左右に動かしながら言う。
『てか…もう暴れてる訳じゃねぇだろうな?てめぇ、人間界に手ぇ出したらどうなるか…分かってんだろうなぁ?』
魔王の嫁は顔上げて、ヤンキーばりのガンを飛ばすと、魔王はビビりながら
「はいっ!帰ります!すぐ帰ります!今すぐ帰りますぅぅぅぅ!!!」
と、叫んだと思ったら、鏡の中に飛び込んだ。
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