第39話 わっちは何者なのか?
俺は羽を小さく羽ばたかせた。
「ふぅ…、本体久しぶりだわ。」
ちょっと喜んだが、今はそれどころじゃねぇ。
外ではバタバタと足音をたてて、「信長はどこだ!」とか「隠れてないで出てこい!」とか騒ぐ侍たちで溢れている。
コイツがさっさと『魔界』に帰れば、とりあえずは窃盗犯の計画は頓挫。
そして、光秀自身が光秀軍に襲われている状況になれば、光秀に嫌疑がかかることもなく、逆に『光秀を語る不届き者』の捜索に織田家臣軍が乗り出すはすだ。
とりあえず、今は『信長は本能寺にはいなかった』と言う状況を作らにゃならん。
色々手間取ってる暇は無さそうだ。
透明人間だった明智光秀は自分の体に戻ると、部屋の外の様子を伺った。
そして、
「ヴィリー殿!ここに敵兵が来るのも時間の問題です!急いでください!」
と叫ぶ。
俺は魔王の方を向き直し
「光秀、お前は邪魔だ。ミケを連れてここから逃げるんだ。さっき言った通り、公家の息のかかった連中を…。」
と、言いながら刀を構える。
すると、光秀は首を左右に振り
「いいえ、この状況では無駄でしょう。敵の手勢の方が上回ってますから!」
と、言った。
「ヴィリー一人を置いていくのは心配でありんすからね。わっちも残るでありんすよ。」
と、ミケもいつの間にか刀を構えていた。
「そっか…!だったら、光秀はこの寺の中にいる人間を救えるだけ救え!」
俺はそう言うと、魔王に斬りかかった。
キンっ!
と、金属がぶつかる音がすると、光秀は
「承知!」
と、言って部屋を出る。
そして、刀と刀を擦り合わせながら、俺はミケに言う。
「ミケ!おめぇは…猫になって『吸血鬼』の事を考えながら『左手』で顔洗え!」
と、叫ぶと、魔王は刀を弾いて右手を俺に向けた。
「燃やし尽くせ!」
と、魔王が言ったかと思うと、魔王の手のひらから炎が吹き出した。
俺はそれを羽の風圧で弾き返し、そのまま鱗粉を振りまいた。
「おいおめぇ!木造建築の中で火なんて使うんじゃねぇよ!」
と、言って刀を高々と掲げると、鱗粉はいくつかの集合体になり、それは空中で刀の形を成した。
掲げた刀を魔王の方に向けると、空中の刀の切っ先も魔王の方を向いた。
「切り刻め!」
と、俺は言いうと、空中の刀は魔王に向かって飛んでいく。
魔王が空中の刀を叩き落としているうちに、俺はもう一度ミケに叫ぶ。
「ミケ!早くしろ!」
ミケは刀を構えたまま
「はぁ?この状況じゃ無理でありんすよ!」
と、目くじらをてて怒り出した。
「余所見していていいのか?ヴィリー?」
と、全ての刀を叩き落とし終わった魔王が、再び手のひらを俺に向けて言うと、今度は手のひらから無数の火球が飛び出した。
「だから!火はやめろ!」
と、俺は叫んだが、今の魔王に俺の声は届かない。
火球を4、5球羽の風圧でかき消したが、数が多すぎて、残りの数球を刀で弾き、それでもまだ向ってくる火球。
「ちっ…!」
と、舌打ちをして、両腕を顔の前でクロスさせ防御行動を取った。
どおぉぉぉぉぉん!!!
と、俺の体に当たった火球同士がぶつかり合って大爆発を起こした。
「ヴィリー!!!」
と、ミケの叫ぶ声が聞こえたが、俺は両腕と顔をダランと下げた。
俺の右腕は流血して、こりゃ骨も折れたかも。
くっそ、これじゃ右腕はもう使いモンになんねぇな…。
「やって…くれるじゃないか…。」
俺がそう言うと、魔王はニヤッと笑いながら
「どうした?もう終わりか?」
と、言う。
俺はゆっくり顔を上げて
「やっと…面白くなって来たじゃねえか…。」
と、ニヤッと笑った。
すると
「魔王!目を覚ますでありんすよ!!」
と、ミケが高々と飛び、魔王に刀を振りかざす。
「ミケ!やめろ!」
俺はそう叫んだが、時すでに遅し。
魔王の刀はミケの体を横一線にないだ…と、思った瞬間。
ミケは猫になる事でそれを躱し、魔王の鼻を左手で引っ掻いた。
「いてぇぇぇぇ!!!」
魔王は思わず後退りして、鼻を押さえる。
猫ミケが畳に着地すると
「ヴィリー、大丈夫でありんすか?!」
と、魔王に向って威嚇した。
「ははっ!やるじゃねぇか、猫。」
と、言った俺は思わずギョッとした。
─やっべぇ!さっきの火球が障子に引火してやがる!
俺が気付いた時にはすでに、障子一枚分燃えていた。
そして、みるみるうちに延焼していく。
「火を消さねぇと!」
と、俺は刀を左手に持ち替えて燃えている障子を切る。
「燃やし尽くせ!」
と、後ろから声がした。
魔王だ。
魔王の方を向いた瞬間、魔王の手のひらには黒い炎が揺らめいていた。
「ばっか!やめろ!」
と、叫ぶが、黒い炎はまるで蛇のようにうねり、部屋中に広がった。
轟々とうねる黒炎の蛇は、部屋中に炎を撒き散らす。
「さて、これでしばらくは外部の人間たちはこの部屋には入れない。さぁ、続きをやろう。」
魔王は不敵な笑みを浮かべた。
俺は左手で刀を構え、
「おい、このままじゃおめぇも危ねぇんじゃねぇのか?外の人間どもを先に何とかした方が…。」
と、言うと、魔王は
「何だ?今更命乞いか?安心しろよ。俺にとって問題はお前だ。お前が俺を連れ戻そうとしている事が一番の問題なんだよ。外の人間どもなんて俺の敵じゃねぇしな。」
と、刀を構えた。
まぁ、言っても無駄だと分かっちゃいたけどな。
「おい、ミケ。猫の姿のおめぇならこの部屋から出られるだろ?さっさと─」
と、猫ミケの方を向くと、尻尾を丸めてガタガタを震えていた。
「火…わっちは…また…誰かを置いて…逃げる…?わっちは…わっちは…!」
と、腰が砕けている。
─そうか。
コイツは『
火に包まれるのはトラウマって事か!
と、考えていた俺に向って魔王は
「ヴィリー、余所見すんなよ!」
と、刀を振り下ろし、俺は刀で受け止める。
俺はそれをなぎ払い、魔王は後ろに飛び退いた。
俺は刀を振り上げて
「一閃!」
と、縦に振り下ろすと、斬撃がかまいたちの様に魔王に向って飛んでいく。
魔王はそれを半身で躱し、俺はその隙きをついて魔王の
「一閃!」
と、今度はかまいたちを上に放った。
「!!」
魔王に直撃したかまいたちは、魔王の体を天井にぶつけ、斬撃は天井に穴を開ける。
─ドシンッ!
魔王の体は畳に叩きつけられ、魔王の動きが止まっている内に俺は猫ミケに近付いて
「おいミケ!しっかりしろ!」
と、声を掛ける。
「わっちは…バケモノなのに…逃げた…わっちは…人でも…猫でも…バケモノでもありんせん…わっちは…何者なんだ?!?!」
猫ミケは前足で頭を抱えてその場に蹲って叫ぶ。
全く、世話の焼けるお猫様だ。
俺は血まみれの右手でミケの頭をワシャワシャと撫で繰回し
「人でも猫でもバケモノでもねぇ?おめぇは何者かって?そんなの決まってんだろ。『人』であり『猫』でもある、ミケ・キサラギだよ!」
と、叫ぶと、猫ミケの体の震えが止まり、急に俺の顔を凝視した。
「ヴィリー…。」
猫ミケはそう言うと、そのまま耳を尖らせて
「何をするんでありんすか?!せっかくの毛並みが台無しじゃありんせんか!全く…撫でるなら吸血鬼を見習って欲しいでありんす!吸血鬼は撫でるのが上手いでありんすよ!」
と、言いながら『左手』で『顔』を洗い始めた。
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