第38話 魔王覚醒

 俺が本能寺についた頃には、もうすでに寺は不審な人影に包囲され、誰かの合図を待っているかの様だった。

 包囲網の外側から様子を伺っていた俺は、寺の正門の前に『蝶』を飛ばして、見える範囲の不審者どもを眠らせた。

 不審者たちは甲冑を着て、背中にはやはり『明智の旗』を背負っている。

 俺を嵌めたヤツを一発ぶん殴ってやりたい気持ちを抑えて、信長の門番兵に声をかけた。

 「明智光秀だ。信長はいるか?」

 と、言うと、門番兵は

 「これは明智光秀様、信長様はもうお休みになられてますが…。」

 と、答えたが、事情を説明すんのもめんどくさくて、コイツも眠らせた。

 「わりぃな。お前も寝てていいよ。」

 と、言った俺は、魔王の寝所へと向かった。


 「おい、魔王。お前大丈夫か?」

 と、俺は障子を勢いよく開けると、刀を腰に指した魔王と猫ミケがきょとんとした顔で俺を見た。

 「なんだ、ヴィリーか。」

 魔王は残念そうな顔をする。

 「ヴィリーはホント空気読まないでありんすねぇ。」

 猫ミケも呆れ顔だ。

 俺はむっとして

 「なんだよ、俺が来ちゃいけねぇのかよ?」

 と、部屋に入ってあぐらをかくと、透明人間・明智光秀が

 (ヴィリー殿!どうやって入って来たんです?外はすでに敵に包囲されてたでしょう?)

 と、驚いている。

 どうやら状況は理解していた様で何よりだ。

 「あ?正門から入ったよ。正門近くでウロウロしてる連中を眠らせてな。所で、お前は何ともねぇのか?」

 と、俺は魔王に問う。

 すると、魔王は不思議そうな顔をして

 「何ともないぞ?」

 「ならいい。とりあえず、正門の連中は眠らせてあるからここから出るぞ。そして、魔界に帰る時間だ。」

 と、言うと魔王はニコニコしながら

 「やっと魔界に帰れるのか!長かった!!」

 と、言って喜んだのも束の間。

 魔王はハッとしながら

 「それより、このままじゃ光秀がヤバいんじゃねぇのか?」

 と、聞いてきた。

 俺は腕を組んで

 「確かにな。このままじゃ光秀に『裏切り者』のレッテル貼られちまう。とりあえず、アイツら何者だ?」

 と聞くと、魔王は

 「公家だよ。光秀謀反をでっち上げて内輪揉めでも狙ってんじゃないか?」

 「へぇ、なかなかやるじゃないか。」

 と、俺は少し感心した。

 すると、猫ミケが


 ─ぽん


 と、人の姿になって言った。

 「ヴィリーが外の連中を数人眠らせたんでありんすよね?そいつらをとっ捕まえて、光秀の偽物がいるって証言させたらどうでありんしょう?」

 俺と魔王は

 「それだ!」

 と、ハモった。

 「俺が帰ったら、おめぇさんは体に戻れるから、外の正門の近くにいるヤツを縛り上げて亀山城に行け。そして、偽明智軍を討てばいい。」

 俺はそう光秀に言った。

 俺の『嫌な予感』も外れたか。と思った瞬間。

 「織田信長、その首を貰い受けに来た!私は明智日向守光秀である!!」

 と言う声が響き渡った。

 それと同時に正門からなだれ込む兵たち。

 俺から盗んだ旗印使って、それだけでは飽き足らず俺の名前語るたぁいい度胸してやがるな。

 と、ちょっとイラッとしたが、もう俺も帰る時間だ。

 後は人間たちに任せるのが筋だ。

 (正門から?!門番は何をしているんだ?!ヴィリー殿はもうここにいるのだから、今来た光秀は偽物だって分かるだろ?!)

 と、光秀が慌てて言った。

 あっ…いけねぇ…。俺、門番兵眠らせちまったわ。(てへぺろ)

 「あー…えっと…まぁ…その…。」

 と、俺はどもりながら目を逸らすと、猫ミケがキリッとした目付きで

 「ヴィリー、お前さん…また何かしでかしたでありんすね?」

 と、言った。

 俺は頭を掻きながら

 「うっ…、まぁ、とりあえず、魔王はこのまま魔界に帰れ。召喚されたヤツは『自分の意志で帰りたい』と願わないと帰れねぇからな。俺は…ちゃんとこの責任を…。」

 と、言った時、魔王が急に頭を抱えしゃがみ込んだ。

 「う…うぅ…お前…まだ…『意志』が…!」

 魔王は頭を抑えていたかと思うと、急に「がああぁぁぁ!!」と、叫んだ。

 その叫び声に驚いた俺と猫ミケと光秀が魔王を見る。

 「おい…?魔王?」

 と、俺が声をかけながら、しゃがみ込む魔王の肩に手をかける。

 「…気安いぞ、ヴィリー。俺に触るんじゃねぇ。」

 と、俺の手を振り払って下げていた顔をゆっくりとあげる。

 「!!」

 そして、その魔王の顔を見て俺は思わず後退る。

 「お…おい…魔王?『魔族の紋章』まで出して…何をそんなに機嫌損ねてんだ…?」

 と、聞いた。

 『魔族の紋章』とは、『魔族』が『本気モード』になると浮かび上がる紋章(入れ墨?)だ。

 魔王は首に浮かび上がる。

 「何故機嫌を損ねたかって?お前はホントにバカだな。俺はまだこの国を統一してねぇ。平和な世を作れてねぇ。そんな状態で魔界に帰るだと?ふざけるな。」

 魔王はゆっくりと立ち上がる。

 「ここまで来たんだ…もう少しなんだ…。俺は…この世を…天下を取るまでは帰らん!」

 と、刀を抜き俺に突き付けた。

 それを見ていた猫ミケが

 「魔王…?どうしたんでありんすか?!らしくないでありんすよ!?」

 と、尻尾を丸め身を低くして後退る。

 (こ…これは…?!どういう事ですか?魔王殿は…いったい?!)

 光秀もたじろいでいる。

 俺は魔王が引き抜いた刀身を片手で握り

 「コイツは…魔王だが、もう魔王じゃねぇんだよ。」

 と、言いながら魔王を睨んだ。

 「ど…どう言うことでありんすか?」

 猫ミケがビビりながらそう聞いてきた。

 俺はニヤッと笑いながら

 「コイツは『信長の意志』に『飲まれた』んだよ。」

 と、言いながら、魔王の溝落ちに一発拳をぶち込んだ。

 が、魔王に効くはずもない。

 今の俺は『ただの人間の力』しかねぇからだ。

 (ど…どう言うことですか?!)

 光秀が言う。

 「魔王は召喚された時、1000の魂と信長の魂を吸収した。それはリサイクルされてない上『下処理されてないナマモノの魂』だ。リサイクルした『魂』は『記憶』も『この世の未練』も残ってはいない。だが、吸収した魂は『ナマモノ』だ。そこには『色んな想い』が残ってるんだよ。」

 俺は腰に差していた刀を抜く。

 「簡単に言えば『魂に当たった』んだよ。いわゆる『食中り』だ。」

 と、言って刀を構えた。

 すると魔王は

 「話は終わったか?」

 と、言って不敵な笑みを浮かべた。

 「ああ。とりあえず、おめぇを連れて帰んねぇと、またジジィにどやされちまう。力ずくでも連れて帰る!」

 俺は舌なめずりする。

 「お前と本気の『ケンカ』は久しぶりだな?」

 と、魔王。

 「あぁ、そうだな。手は抜かねぇぞ。」

 と、俺は言ったと同時に魔王に斬りかかる。

 魔王は刀でそれを受けてすぐ弾き、今度は俺に斬りかかる。

 俺はそれをひらりとかわしたが、次の薙ぎ払いの攻撃にギリギリで後ろに下がって躱した。

 「くっ…そ。」

 その斬撃は俺の着物をかすり少し破けた。

 力の差がありすぎる。

 なんたって俺は『本体』じゃねぇからな。

 「どうしたヴィリー?本気のお前はそんなもんじゃねぇだろ?そのままの体でいいのか?」

 と、魔王は余裕かましてニヤニヤしている。

 「ヴィリー!どうするでありんすか?!このままじゃ…!」

 と、猫ミケが足元で叫んでいる。

 「分かってるよ!このままじゃやべぇのは!でもな、時間さえ稼げりゃいいんだよ。吸血鬼が来るまでの…時間が稼げれば!」

 と、言ってまた斬りかかった。

 吸血鬼が来て、魔王に『一噛み』すれば終わる。

 吸血鬼は『噛む』事で魂の『開放』させる能力がある。

 信長の魂を開放させれば、元の魔王は大人しく魔界へ帰るだろう。

 何たって『愛妻家で良いパパ』だからな。

 だから、それまで持てばいい。

 魔王は俺の斬撃を受ける事なく半身で躱し、俺の溝落ちを殴る。

 「ぐはっ…!」

 俺は思わずえづいた。

 時間稼ぐにしても、これは流石にダメだな。

 と、思った時、魔王がまた聞く。

 「もう一度聞くぞ?そのままでいいのか?『元破壊神』のお前でも、人間の肉体じゃ魔王である俺にかなうわけねぇだろ?」

 そう言われて俺は「ふぅ…」と一息ついた。

 仕方ねぇ。と、俺は心を決めた。

 「そうだな。おい、光秀。体…返すぜ。」

 と、立ち上がると、俺は目を瞑って天を仰いだ。

 そして、体は鈍く光出すと、細かな光が空から降ってくる。

 その光が俺の体を包み込むと一瞬激しい輝きになり、俺の体から『光秀の体』が外に追い出さた。

 光が収まった時。

 俺は背中の蝶の羽を再生させ、『本体』の『召喚』を終えた。

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