第37話 名探偵 吸血鬼
─俺は本能寺に向かって馬を走らせていた。
光秀の息子には
「嫌な予感がするから、本能寺の様子を見てくる。」と言って置いてきた。
すでに夜の帳はおり、月がこうこうと輝いている。
全く、誰が俺を嵌めたか知らねぇが、下手に魔王に手出しされるのも後々めんどくせぇ事になりそうだ。
正直、虫の知らせなんてモンは信じちゃいねぇし、俺に『先読み』や『未来予知』の力はねぇが、『嫌な予感』だけは外れた事がねぇ。
─その時だった。
暗かった空から一筋の光が空から一直線に地上に降りてくると、その光の中から一人の爺さんがゆっくりと降りてきた。
「…。」
俺は馬を止め呆れ顔でその爺さんが降りてくるのを見ていた。
「儂はゼウス。全知全能の神なり。」
と、ジジィは錫杖片手にドヤ顔で両手を広げてそう言った。
俺はジジィを睨みつけながら
「俺は今忙しい。さっさと天界に帰れ。」
と、だけ言う。
するとジジィは
「そんなこと言わないでよ。かっこよかったでしょ?儂。」
と、俺の顔を覗き込んだ。
「人間どもに見つかっても知らねぇぞ?」
俺は右の小指で右の耳の穴をかっぽじった。
「人間に見られるためにこうやって降りて来たんだよ。なんか、君たちばっかり人間に良い恰好してるのズルいじゃん。」
と、ジジィが拗ねる。
「俺たちの正体、人間どもにはばれてねぇっての。それより俺は今忙しいんだよ!『明智の旗印』盗んだ窃盗犯捕まえに魔王のいる本能寺に向かってる途中なんだよ。用がないならさっさと帰れよ!」
俺は怒鳴った。
「そんな事言われてもねぇ?そろそろ織田信長君の寿命なんだよ。だからさ、魔王君連れて帰って来てね?可及的迅速に。」
俺は色々すっ飛ばして
「こっちの用事済んだら連れて帰るよ!」
と、また怒鳴る。
ジジィは緊張感のない声で
「だからね?可及的迅速に、連れ帰ってって言ってるじゃん?明日の朝には寿命らしいからさ。」
と、錫杖を俺に突き付けて言う。
「はぁ?明日の朝って…あと数時間しかねぇじゃねぇか!急にも程がある!」
と、俺は突き付けられた錫杖を握り返して言うと、ジジィは
「しょうがないじゃん?儂が『時の神』に聞いたの、さっきだもん。まぁ、そう言う事でよろしくね?」
と、言うと、また一筋の光の中に消えて声は聞こえなくなった。
『信長の寿命』ってこたぁ、『織田信長』は本能寺で死ぬ運命だったって事か?
だとしたら、魔王の身に何か起こる…いや、起こったとしても、魔王は『本体』でここにいるから『何か』起こったとしても人間が返り討ちに合うだけだろう。
だが…アイツはリサイクル前の『魂』を吸収してこっちに来てるから、何か起こるとしたら…
「魔王の体自体に何かが起こるかもしれねぇって事か。窃盗犯云々言ってる場合じゃなさそうだな。」
俺は兎に角馬を急かした。
─そして、こちらはまだ何も知らない吸血鬼がいる備中高松。
『籠城』されてて動けない吸血鬼は、羽柴秀吉の焦る姿を見てせせら笑っていた。
吸血鬼もヴィリーと同じく『人格』だけの存在だから、実体はない。
そんな中、一人の足軽が慌てて秀吉の前に現れて言った。
「殿!大変でございます!明智日向守光秀、謀反でございます!」
と言う言葉で、陣内はどよめいた。
(は?ヴィリーがいくらバカでもそれはないよ。)
と、その言葉に一番驚いたのは吸血鬼だ。
「明智殿が?!ありえない!明智殿は、殿と儂と三人で立てた計画の立案者だ!その計画の真っ最中で謀反などありえぬ!」
羽柴秀吉は甲冑姿で立ち上がった。
(そうそう。使えない公家を引きずりおろして、民たちに政治を行わせる計画の真っ最中だからね。光秀には謀反の動機がないよね。)
吸血鬼は腕を組んで考え込んだ。
と、次の瞬間、吸血鬼の頭の中に直接声がとどいた。
─『あー、吸血鬼君、聞こえる?儂だけどー。』
吸血鬼は
「なんだよゼウス。僕、今忙しいんだけど?」
と、めんどくさそうな顔をする。
すると、ゼウスは少し凹んだ声で
─『あれ?もしかして儂…空気読めてない?さっきもヴィリーに忙しいって怒られちゃったんだよね。』
と、言うと吸血鬼は間髪入れずに
「ヴィリーが今忙しいって?アイツ今どこにいるの?」
と聞くと、ゼウスは
─『うーん、何か良く分からないけど「明智の旗印を盗んだヤツを締め上げに魔王のいる本能寺に行く」とか何とか言ってたよ?』
と、答える。
吸血鬼は黙って色々思考を巡らせていると、ゼウスが空気を読まずに話し出す。
─『あのね、さっきヴィリーにも言ったんだけどね?明日の朝には織田信長君の寿命だから…。』
とまで言うと吸血鬼が
「魔王を連れて帰ればいいんだね?分かったから、悪いけど今は黙っててくれる?」
と、ゼウスの言葉を遮った。
─『…うん、分かった…。何か相手にされなくて儂寂しいけど…とりあえずよろしくねぇ。』
と、通信が途絶えた。
吸血鬼は頭脳をフル回転させて考える。
─気になる『キーワード』は三つ。
「今さっき」ヴィリーと話したゼウス。
『魔王のいる本能寺に向ってる』と言っていたヴィリー。
そして『盗まれた旗印』。
ここは備中高松。
今、丹波にいるはずのヴィリーや京の本能寺にいる魔王の現状の知らせが届くのは速すぎる。
だが、時代が時代だ。
それが『真実』なのか『謀反がいつ起きたのか』は確かめようがない。
(なるほど…読めたよ。でも、それにはまず確認しなきゃね?)
吸血鬼はニヤッと笑い、一息ついてから拳を胸に当てた。
拳が少しずつ光だし、一瞬吸血鬼の『人格』を包み込んだと思うと、光は収縮して、突然人間たちの前に吸血鬼の『姿』が現れた。
吸血鬼は自分の『本体』を『召喚』したのだ。
「人間のくせにやってくれるじゃないか。でもね、どんなヤツでも僕の仕事を増やす事は許さない。」
と、突然現れた男に、秀吉陣内は蜂の巣を突いたような状況に陥った。
「何者だ!」とか「どこから現れた!」とか、そんなありきたりな言葉を繰り返していた人間たちは、吸血鬼に向かって槍を突き付ける。
吸血鬼は背中に生やしたコウモリの翼で人間たちを一仰ぎすると、人間たちは吹き飛び、そして剣を構えた。
「外野はちょっと黙っててよ。僕はそこの足軽の君に用があるんだから。」
「…ひぃっ!」
謀反の報告をしてきた足軽は、すでに風圧で尻もちをついていたので、そのままお尻を地面に付けたまま、後ろにお尻を引きずる。
吸血鬼はその足軽の胸倉を掴んで
「ねぇ君?その『謀反』の情報の出所は?そもそもその『謀反』はいつあったの?」
と、足軽を自分の顔に近付けて聞いた。
足軽は怯えた顔で
「ばっ…バケモノなんかに重要な情報を漏らすわけないだろう!」
と言うと、吸血鬼はニッコリ笑いながら胸倉を掴んだまま足軽を高々と持ち上げる。
「君、自分の状況分かってる?僕はね、質問してるんじゃないんだよ?君を脅してるんだよ。」
と、金色の目を光らせて、口の牙をちらつかせた。
足軽は浮いた両足をバタバタさせている。
周囲の人間はその異様な光景を目の当たりにして動くことができない。
と、言うか吸血鬼の『悪気』に絡まれて動けずにいるのだ。
細身の男が甲冑だって着ている男を片手で軽々と持ち上げているのだ。
おそらく『悪気』に絡められいなくても動けなかっただろう。
「…うぐぅ…。」
足軽は苦しそうにもがいて唸る。
それに気付いた吸血鬼は
「おっと、ちょっと力を入れすぎちゃったね。まだ何も聞いてない内に死なれちゃ困るよ。」
と、足軽の足を地面に付けさせた。
「さぁ、これで喋れるよね?君はその『謀反』の情報を誰に聞かされたのかな?」
吸血鬼はまた笑って聞く。
足軽は震えながら答える。
「じょ…情報は…近衛…前久様から…聞いた…。明智が…謀反を企んでる…から…、今日までに…必ず尻尾を掴むと言われ…、私は今日…羽柴様に…『明智謀反』と伝えるよう…指示されました…!」
足軽がそう答えると、吸血鬼は
「なるほどねぇ。光秀に信長を襲う動機はない。だから『明智旗印』を盗み『謀反』をでっちあげた。旗印を持った連中が信長を包囲していれば、周りは「光秀が裏切った」って思うからねぇ?」
と、周りに聞こえるように少し声を張って言った。
そして続ける。
「羽柴秀吉、これの意味…分かるね?」
と、秀吉の方を向くと、秀吉は震えながらも
「公家が…信長様を討とうとしている!そういう事か?バケモノよ。」
と、答えると、吸血鬼は足軽を放り投げて
「それだけじゃないよ。」
今度はゆっくりと秀吉に近付きながら言う。
「今はまだ『謀反』は起きていない。いや、今まさに起きようとはしてるだろうけど、今ここで『謀反が起こった』と知れば、君はどうする?」
秀吉は力強い声で
「この戦を終え、可及的速やかに京に戻り光秀を討つに決まっておる!」
と、言うと吸血鬼はニッコリ笑って秀吉の肩に付いている『ヴィリーの蝶の鱗粉』をポンポンと落とした。
「そう、公家の連中は光秀の口を君の手で塞ぐまでが計画なんだよ。光秀と君は信長のお気に入り。その二人を同士討ちにして織田家臣軍の混乱を招くつもりなんだ。」
吸血鬼がそう言うと、秀吉の洗脳が解けたのだろう。
自分の記憶の中の信長が、いつからか知らない男が信長を名乗っていたと気付く。
秀吉は驚いた顔をしながら
「ちょっと待て!儂の知ってる『信長様』は、こんな出で立ちではござらん!」
と、叫ぶ。
吸血鬼は笑いながら
「そうさ、今信長を名乗ってる男は魔王。僕はこの魔王を魔界に連れ帰るためにここに来たんだけど、公家が余計なことをしてくれたからその計画が狂ってね。困ってるんだよ。この偽物信長が魔界に帰れば、本物の信長も帰ってくるはず。だから秀吉。ちょっと僕を手伝うついでに、もう一旗あげてみない?」
本物の信長が帰ってくるのも、計画が狂ったのも嘘だったが、相手を信用させる効果は絶大だった様で、秀吉は意気揚々と
「承知した!」
と、拳を握った。
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