第35話 生意気にも大人になったミケに

 ─「…俺への貸しってのは気に入らねぇけど…そんなことがあったのか。まぁ、確かに『茨木童子』のヤツ、桃太と違ってサボり魔だからなぁ。だから桃太が封印されて、『鬼族』たちの仕事がうまく回らなかったんだよ…。」

 と、俺は盃をまた空にした。

 それを聞いたミケは

 「わっちの前任の『森蘭丸』は『茨木童子』って鬼だったんでありんすか?」

 と聞いてきた。

 俺は

 「ああ、封印される前の桃太の部下だったんだよ。でも、桃太が封印されてここぞとばかりに逃げ出したんだよ。まぁ、結局吸血鬼が脅して無理矢理『森蘭丸』に仕立てたんだがな。」

 と、ちょっと笑った。

 「桃太さんの部下の後釜がわっちって、なんか不思議なご縁でありんすね?」

 と、ミケもちょっと笑って言った。

 何か少し見ねぇうちに大人になったじゃねぇか。

 今なら話しても大丈夫そうだ。

 そう思った俺はミケに

 「んで、俺に聞きたい事って何だよ?」

 と、聞くと

 「聞きたいのは2つありんす。」

 ミケは俺をじっと見つめて

 「1つは幸は鬼に選ばれたのか?2つ目は幸の魂は『元おっかさんの魂』だったのか?でありんす。」

 と、真剣な眼差しだ。

 俺は「ふぅ」と、一息ついてから目を伏せた。

 「1つ目。お前の言う通り、幸は桃太に『選ばれた』。だから、あの日おめぇさんが家出した時責任を感じてたよ。」

 と、ミケに言う。

 ミケは俯いて

 「やっぱり、そうでありんすか。」

 とだけ言った。

 「2つ目は『分からねぇ』。転生された魂は前世の記憶も前世の意志も全て白紙になってるから、本人にすら分からねぇ。ただ…おめぇのおっかさんが死んだよりも前に転生させられ、幸として生まれてきた可能性は十分ある。」

 俺は包み隠さず言った。

 さすがの俺にも『転生先』までは分からねぇからな。

 そして

 「俺にもおめぇに聞きてぇ事がある。」

 と、今度は俺がミケに聞く。

 「何でありんすか?」

 「桃太を恨んでるか?」

 と、聞くと、ミケはすくっと笑って

 「ないでありんすよ。桃太さんは幸を『魂の生産者』に選んだんでありんしょう?『転生の斡旋』でもあるなら、幸はすぐに転生して来られる。わっちは『バケモノ』でありんす。人間たちより長く生きていられる『元天界の住人』。ならば、幸が転生してくるのを生きて待つでありんすよ。それにもしかしたら、『幸』はわっちと同じ種族に転生するかも知れないでありんしょう?」

 と、空の盃を俺に向けた。

 「同じ『バケモノ』なら、わっちにも幸を愛せる資格がありんすから。」

 と、清々しい顔をしているミケに、俺は笑いながらその盃にも酒を注いで

 「なかなか色んな知恵をつけたじゃないか。|キサラギ館ここに来た頃に比べたら。だけどな、『転生』を待つにしても時間がかかるぞ?どこの世界、どこの時代に転生してくるかも分かんねぇ。それでも待つのか?」

 と、言って「くいっ」とまた酒を飲み干した。

 「待つでありんすよ。わっちはわっちなりに『人生を楽しみながら』待つでありんす。」

 ミケは酒を一口飲み、

 「ここに来た頃、わっちは無知だったんでありんすよ。人間界って言う狭い世界でしか物事を考えられなかったわっちは、ホントにちっぽけだったでありんす。ちっぽけだったからこそわっちが置かれた環境が改善されないとばかり思って、わっちは『不幸なんだ』って思ってたでありんす。幸せになれる事を諦めて、不貞腐れて…。でも、ヴィリーや魔王や吸血鬼、キサラギ館のみんなと出会って、色んな世界があるのを知った。そして『人間界の常識では思いつかない色んな方法』があると分かったら、わっちは『幸せになる方法』を考えてなかったって気付いたんでありんすよ。だからとりあえず『自分は不幸だ』と思うのを辞めただけでありんすよ。」

 と、俺に子供みたいな笑顔で言った。

 そして、少し恥ずかしそうに

 「一度しか言わないでありんすよ?わっちは感謝してるんでありんす。ヴィリーがあの時『ここにいたけりゃ働け』と言ってくれた事に。ここで働いてなければ、色んな出会いはなかったでありんす。ヴィリー、本当にありがとう。」

 と、顔を赤くして目を逸らした。


 ─『強く』なったじゃねぇか。

 『強さ』とは『強靭な肉体』や『強力な力』、『不動の心』を手にすることじゃねぇ。

 『生きるすべ』を知る事だ。

 あの女もこれで少しは安心しただろうか。


 俺は自分の盃に酒を注ぎ足し、

 「生意気にも大人になったミケに。」

 と、言って盃を掲げると、ミケも

 「生意気は余計でありんすよ。」

 と、言いながら盃を掲げて乾杯した。

 「てか、おめぇ、何でヴィリーって呼び捨てにすんだよ?ちょっと前までは『ヴィリーさん』って言ってたくせによ?」

 俺はちょっと「むっ」とした顔をした。

 ミケは勝ち誇った様な顔をして

 「魔王と吸血鬼にヴィリーの事色々聞いたでありんすよ?わっちより全然子供じゃありんせんか。それなのに何でわっちがさん付けしなきゃならないでありんすか?ヴィリーが「ミケさん」って呼ぶなら「ヴィリーさん」って呼んでやらん事もないでありんす。」

 と、言ってきた。

 魔王と吸血鬼のヤツ、余計なことを色々吹き込みやがったな!と、思いながら

 「何が「ミケさん」だよ。調子に乗るんじゃねぇや!」

 と、笑い飛ばして、大人の対応をした。(が、内心はイライラしていた。)


 その後、桃太と話をしたミケが何を言ったか分からないが、桃太が号泣して慰めるのが大変だった。

 桃太は「ミケはイイ猫だ」とか「ミケはきっと幸せになれる」とか何とか言って、泣き止まない桃太にさすがのミケもドン引き。

 俺はそれを脇目にしれっとキサラギ館を出たんだが、ミケも桃太から逃げる様に猫の姿で俺の背中にしがみついてきた。

 俺もミケも翌日の安土城での接待があるから、長居もしていられない。

 俺はその足で安土城へ向かったんだが、背中にしがみついていた猫ミケのせいで、背中に沢山の引っかき傷が残った。


 そして、この数日後。

 『時の神』のイタズラか『運命の女神』の気まぐれか分からないが、ついに『その日』が訪れてしまった。

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