第33話 大江山の酒呑童子

 ─俺はその日、坂本城に帰ってきていた。

 翌日の徳川家康の接待を頼まれていたからだ。

 ただ、この日坂本城でおかしなことが起きていてた。

 出陣する時に掲げる『明智の旗印』が盗まれたと言うんだ。

 1つや2つだったらいいが、500枚近く盗まれて仕方なく追加発注をしたんだが、そんなものを盗んで何の得になるのか俺には分からなかった。

 この接待が終わったら、羽柴秀吉こと吸血鬼の援軍で中国に行かなきゃ行けなかったから、犯人を探している暇もなかったから仕方ない。

 そんなバタバタしていた時だ。

 徳川家康が来るのもあって、織田信長こと魔王も安土城に帰って来ていたんだが、人間界代表明智光秀がしれっとやってきて、俺にめちゃくちゃ愚痴をこぼしていた。

 最近は朝廷連中と「あーでもない、こーでもない」と揉めていたらしく、魔王をなだめるのが非常に大変でハゲ上がるって言っていた。

 もともと『キンカ頭』って呼ばれててたじゃねぇか…と、思ったが黙っておいた。

 そんな光秀が帰った後、俺は突然、「あ、『キサラギ館』行こう」と、思い立った。



 俺が一升瓶片手にキサラギ店の暖簾を潜ると

 「ヴィリーさん!久しぶりッス!」

 と、桃太がニコニコしながら言ってきた。

 「おう、桃太。おめぇさんも息災みてぇだな。ってか、おめぇさんに息災もねぇか。」

 と、笑って言うと、桃太は

 「それは言いっこなしですよ!」

 と、笑う。

 すると、部屋の奥からお菊も出てきて

 「あら?生きてたんでありんすか?戦で死んだかと思ったでありんす。」

 と、皮肉たっぷりに言った。

 「俺はそんなヘマしねぇよ。」

 俺はお菊を抱き寄せるとお菊はクスクス笑いながら

 「あら?丹波で1度負けて死にそうになったでありんしょう?」

 と、言い返す。

 「それはもう言うなよ。他の二人はどうした?」

 俺は店をキョロキョロしながら聞くと、桃太が

 「久しぶりの『お客』が来てるんですよ。ヴィリーさんも顔出したほうが良いですよ。」

 と、笑いながら言ったから、

 「そうか?誰だい?」

 と、俺は桃太の後に続いて二階の部屋に入る。

 その部屋にいたのは人型ミケだった。

 ミケに会うのも久しぶりだった俺は、

 「おめぇさんもいたのか。久しぶりだな。」

 と、一升瓶を床に置くと同時に、挨拶がわりにミケを『猫掴み』。

 ミケは


 ─ぽん


 と、猫になり

 「会って早々何をするんでありんすか?!」

 と、俺の顔に向かって猫パンチ連打を繰り出した。

 俺はそれに構わず猫ミケをギュッと抱きしめて顔を擦り寄せた。

 「ああ…猫のモフモフ…癒やされる…!」

 と、言うと、ミケは耳を尖らせて

 「キモいわ!!!」

 と、後ろ足で俺のアゴをキックした。

 「痛ぇ…でも…キライじゃないせ!」

 と、あまりにも痛かったから、両手で顎を押さえると、開放されたミケは軽やかに畳に着地して、毛繕いをする。

 「全く…せっかくの毛並みが台無しでありんすよ!」

 と、ブツブツ言いながら必死に毛繕いをしている。

 俺は座布団を2つ引っ張り出しながら

 「天目山で武田軍打ち破った猫が、毛並み程度の事でガタガタ抜かすなよ。」

 と、クスクス笑いながら言うとミケは

 「それとこれとは話が別でありんす。大体『打倒武田家』は魔王はそんなに乗り気じゃなかったでありんす。光秀がうるさいからわっちは仕方なく…。」

 と、言いながら座布団の上にちょこんと座り


 ─ぽん


 と、人の姿になって着物をいそいそと着る。

 「まぁな光秀のヤツは、武田の爺さんに皮肉で信長を「第六天魔王」って言われてご立腹だったからなぁ。それから他の民たちにもそう呼ばれる様になったから尚更だよなぁ。魔王はもともと『魔王』だからむしろ武田の爺さんはお気に入りだったけどな。」

 俺は部屋に常設されている盃を2つ並べて、持ってきた一升瓶の口を開けて盃に注いだ。

 「飲むか?」

 俺は盃の一つをミケに差し出すと

 「貰うでありんす。」

 と、ミケは受け取った。

 ミケは一口で盃の酒をぐいっと飲み干すと、急に真面目な顔をして

 「ヴィリーに聞きたいことがありんす。ここに来ればヴィリーに会えると思ってここに来たんでありんす。」

 と、言った。

 なるほど、俺はミケに『招かれた』って事か。

 俺も盃を空にして

 「何だ?」

 と聞くとミケは空の盃を見ながら言う。

 「『病をばら撒く種族』は、『鬼族』。この町に『病』を流行らせたのは、桃太さんだったんでありんすね?」

 ミケは一旦目を伏せて、その後俺をじっと見た。

 そうか、ついに見つけちまったワケか。

 俺は「ふう…」と、一息ついてから言う。

 「ああ、そうだよ。桃太は、昔『酒呑童子』と呼ばれていた『鬼族の長』。鬼達を取り纏め、人間たちに『病をばら撒く』のが天界から与えられた仕事だったんだよ。」

 俺は盃に酒を注ぎながら言った。

 『大江山』で首を切られ、首は埋められ封印されていた。

 力と体を失い魂だけで彷徨っていた所を、俺が首を掘り返す事で封印を解いた。

 鬼族の『特殊能力』の一つは『超回復』。

 首を掘り返す事で体は復元し、魂は体に戻る事ができた。

 「やっぱりそうだったんでありんすね。」

 ミケは盃を畳に置いて、俺はその盃に酒を注ぎながらまた言う。

 「でも、桃太が悪いわけじゃねぇ。桃太は…」

 と、言いかけて、ミケが言葉を遮った。

 「大丈夫、分かってるでありんすよ。」

 ミケは「ふっ…」と、笑って、注がれた盃を手に取った。

 「その事を知った時、戸惑いはしたでありんすがね。」

 と、言うとミケが珍しく饒舌に話し始めた。

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