第32話 みんな『バケモノ』
とりあえず、ミケも見つかった事だし俺は坂本に向かって馬を走らせていた。
ミケは猫の姿のまま、俺の着物の併せの間でまったりしている。
風はすでに陸から琵琶湖へ向かって吹いていて、日はもう大分沈んでいた。
猫ミケは急に鼻をフンフンと鳴らしながら風の匂いをかぎ始めた。
それを見て俺は思わず笑ってしまう。
猫ミケはそんな俺の態度が気に入らなかったらしく、俺の顔を見上げて
「なんでありんすか?気持ち悪い。」
と、耳を尖らせた。
俺はクスクスと笑ったまま
「おめぇさんのその仕草は完全に猫だなぁと。」
と、言って猫ミケの頭を片手で撫でる。
「違うでありんす。わっちは
と、言いながらも、ミケの顔は曇ってはいなかった。
俺はまた少し笑って
「いいじゃねぇか。俺だって
俺は馬の手綱を引いて速度を落としながらそう言うと、猫ミケは俺の顔を見上げて
「そうでありんすね、みんな『バケモノ』でありんすね。」
と、笑った様に見えた。
「そうさ。住んでる場所が違うだけだ。」
俺がそう言うと
「そうなんでありんすよね。今日初めて『魔界の住人』と会って思ったんでありんす。わっちは人間界と言う1つの世界しか知らない。て、言うか、人間界でも知らないことの方が多いでありんす。わっちは自分の知ってる事でしか世界を見てなかったんでありんす。だから人間界の事をもっと知る事から始めようと思ったでありんす。」
ミケは髭を風になびかせ湖を見ながら言う。
俺もミケと同じ様に湖を見て
「世界の仕組みはフクザツだぞ。思った以上にな。」
と、言った。
「分かってるでありんす。でも、もっと世界を知れば『わっちが普通に暮らせる世界』もあると思うんでありんす。もしかしたらそれは人間界かも知れない。だから、わっちは人間界をもっと知るんでありんす。」
ミケはまた俺の顔を見上げて
「とりあえず、早く帰るでありんすよ。『キサラギ館』のみんなに謝らないと。」
と言う。
「そうだな、帰るか。」
と、俺もそう言って再び馬を走らせた。
ミケを連れて帰ると、お菊がカンカンになってミケを怒った。
「封印されたらどうするの?」とか「専門的に退治する人間だっているんだから!」とか、完全にミケの保護者気取りだ。
ミケはただ「ごめんなさい」を繰り返していた。
他の連中はミケが無事と知って、今までの苦労を愚痴る事なく喜んでいた。
そして、魔王のそばに行くと告げるとみんな羨ましがって「昇進祝い」と称してその日は朝までどんちゃん騒ぎだった。
─その後、ミケは魔王の元に身を置いた。
吸血鬼の言った通り、『森蘭丸』として安土城で暮らし始めた。
『本物の森蘭丸』と姿が違うので、そこは俺の『蝶』を使ってなんとかしている。
安土城での暮らしにも慣れてくると、ミケは猫の姿で部屋でゴロゴロする様になった。
猫の姿の方が、魔王に仕事をさせるのが楽だったからだ。
魔王が仕事をサボり始めると、猫ミケが魔王のあぐらの上で昼寝を始める。
猫ミケの寝顔が可愛くて魔王は動けない。
しかも、ミケの上手いところは、仕事が終わるとあぐらから降りる。
裏を返せば『仕事が終わらない限りあぐらの上から降りない』。
だから、魔王は仕方なく仕事をする。
猫の体重はジワジワくるから、仕事が終わる頃には魔王の足はいつも痺れていた。
そんな様を見ていた吸血鬼は「素晴らしい人材が来た!」と、いつもご機嫌だった。
魔王が遠征に出る時も、ミケは『森蘭丸』としてついて行った。
遠征中の魔王にとっても『森蘭丸』の存在は良かったらしい。
ミケは気分転換のおもちゃだった様で、『森蘭丸』のミケに『猫じゃらし』をちらつかせては、耳を必死に隠そうとするミケを見て楽しんでいたらしい。
そんなこんなであっという間に3年が過ぎた。
その間に俺は『亀山城』を完成させ、『丹波・丹後』を平定。
そして、平定した『丹波』の管理を任されたため、『亀山城』と『坂本城』を行ったり来たりの生活になった。
だから『キサラギ館』はほぼお菊に任せっきりになってしまった。
俺はまだ丹波と坂本でそこまで離れた距離ではないが、可哀想だったのは吸血鬼だ。
魔王は吸血鬼の『お小言』を聞きたくないがため、遠征も「中国攻め」を命じた。
吸血鬼は「めんどくさい」と怒るかと思ったが、「僕も魔王の仕事の催促しなくて済むから楽だ」と、両手を振って出掛けていった。
もちろんそこまでご機嫌だったのも「ミケが魔王を仕事をさせてくれる」からだ。
この3年で着実に『天下』と言う物に近付いたのも、魔王の采配あってこそだが、そこには『ミケの力』も含まれている。
各地を治める武将が、次々に『和睦』、そして『傘下』に加わった。
今まで敵対していた勢力が、だ。
それは間違いなくミケの『人を招く力』が作用していたのだろう。
丹波・丹後を平定、そして羽柴秀吉こと吸血鬼の中国攻めが成功すれば、人間・織田信長が望んでた『天下布武』まであと一歩だ。
俺は俄然やる気だったのだが─
人間界のとある『勢力』が織田信長を追い詰める計画を立てていた事に、俺たちは全く気付いていなかった。
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