第22話 同化

 俺の掌が静かに光り始めると、その光は徐々に輝きを増して行き、一瞬で二人を包み込んだ。

 光秀は眩しさで目をつぶったが、次の瞬間、俺の人格は光秀の体に入り、光秀は体から追い出された。

 光が収まり、光秀がゆっくりと目を開けると、光秀の体は『俺の姿』に形を変えた。

 「なんと不可思議な!私がヴィリー殿に!」

 光秀は驚いて腰を抜かす。

 「言ったろ?『肉体は人格によって作られる』って。」

 俺は「ふぅ…」と、ひと息ついた。

 「光秀、おめぇさんはどうする?このままだと誰にも見えねぇし、話もできねぇ。だが、天界にある俺の肉体には入れるが?」

 と、聞くと、光秀は

 「ヴィリー殿の肉体に入るつもりはない。」

 と言った。

 「何故だい?あんなに天界に興味あったじゃねぇか。」

 俺はあぐらをかいた。

 光秀もあぐらをかいて言う。

 「見えない存在なら、それによってできる事が増えます。殿への裏切りや謀反を前もって知る事ができるのは大きい。それに私よりも遥かに長い時間を生きているヴィリー殿の記憶量は膨大になる故、私の頭がキャパオーバーになりそうだから。」

 『同化』すると言う事は、『記憶を共有する』事になる。

 だが、それは『人格』が魂のある肉体に入らなければ記憶は探れない。

 『記憶は魂に刻まれる』からだ。

 「賢明な判断だな。それに『信長への見張りの目が増える』のは有り難てぇ。」

 俺が合掌しながら言うと、光秀は少し「ムッ」とした顔で

 「信長『様』です。」

 と、俺を嗜める。

 そして

 「まぁ、それは置いておいて。ヴィリー殿は『仕事』がキライな様ですから、城内の『仕事』をする時は私と代わって頂きたい。それ以外は好きに使って頂いて構いません。」

 と、言った。

 事務仕事の時だけ代われって…コイツ…どんだけマジメなんだよ。

 そりゃ、頭も薄く…まぁ、いいや。(失礼)

 「ああ、分かったよ。」

 「所でヴィリー殿、その姿では皆に私ではないとバレてしまわないですか?」

 光秀は俺を指差した。

 「ああ、それなら心配ないさ。」

 俺は笑って手のひらを天井に向けた。

 「さぁ、おめぇたちの出番だぜ。」

 と、言うと手のひらが光出し、そこからたくさんの『蝶』が飛び出した。

 「なっ?!コレは…?!」

 光秀はまた腰を抜かした。

 俺は、全ての蝶が飛んでいったのを確認してから答える。

 「コイツらは…おめぇたちの分かる言葉で言えば俺の『式神』だ。おめぇさんみたいに『勘の鋭いヤツ』にしか見えねぇし、コイツらの鱗粉に触れた者は『洗脳』できるんだよ。」

  と、言いながら俺はぎゅっと拳を握り、手のひらを開いた。

 次の瞬間手のひらから『キセル』が飛び出した。

 「なっ、なんと、スゴイ力ですな…!そしてそのキセルも…どこから…?!」

 光秀はキセルを指差す。

 「まぁ、今俺が使える『特殊能力』は『召喚』と『物理移動』だけなんだよ。」

 そう、しかも本来使える『力』の半分以上使えない。

 『肉体強化』も『神通力』も『変化』も『自然干渉』もぜーーーーんぶ使えない。

 『転勤扱い』されてないせいだ。

 「はぁ、これだから人間界めんどくせぇんだよ。ホント、制約多すぎる…。」

 と、ボヤきながらキセルを蒸し、光秀は抜かした腰を直せずにいた。


 『人間界の歴史』は『時の神』の管轄だ。

 『時の神』は『歴史を先読み』して、世界が傾くような重大事変が起こる前に事態を回避させるのが仕事だが、それ以外はご存知の通り『人間界不可侵条約』があるから『見ているだけ』だ。

 『歴史』にはいくつかの『分岐点』がある。

 その『分岐点』でなければ、決まった『結果(歴史)』は変えられない。

 もし、歴史を変えたければその『分岐』を別の方へ導くひつようがある。

 『時の神』からの沙汰がない、と言う事は『今のまま行けば重大な歴史変動はない』から『そのまま観察していろ』と言う事だ。

 それに、『時の神』は『人間の作る歴史』が大好きで「いやぁ、人間って面白いよね!」が口癖なくらいだ。

 だから下手に歴史を変えると、めっちゃ怒られる。

 そんな『時の神』が出てこないから、と言うわけではないが『信長の魔王召喚』は『失敗する』か『出来ない』のどちらかだろうと俺はタカをくくってた。

 『人間が作る歴史』に『魔族の力』なんか使おう物なら、『時の神』が黙ってないからな。


 ─だが、甘かった。

 これは完全に俺の『ミス』だった。


 俺は歴史にゃ詳しくねぇが、ジジィに情勢だけは聞いていた。

 この頃の信長には敵が多かった。

 『織田信長包囲網』と呼ばれる戦の真っ最中だった。

 勝つ戦もあれば負ける戦もあつたのだ。

 戦に負ければ『理想』への道が遠のく。

 それ故に『魔王の力』を欲したのだろう。

 『宇佐山城』を落とされた時信長はしばらく「世にもっと力があれば…!」と、悔やんでいたからな。

 信長はルイス・フロイスを城に招き、魔導書グリモワールや悪魔についての書物を献上させていた。

 それは間違いなく『魔王召喚』を調べていたんだろう。

 俺はそんな信長を見る度に「やめろ」と咎めていたが、信長は諦めなかった。

 そこまでして信長は『理想』を現実にしたかったのだ。

 戦のやり方は残忍で、巷じゃ『魔王』と噂されるほどだったが、信長は噂されるほど悪いやつじゃねぇと思ってた。

 信長の『理想』とは『戦のない、貧富の差もない、平和な国を作る』事だからだ。

 光秀の記憶によれば、信長は子供の頃、領土の百姓の子供たちと良く遊んでいたらしい。

 自分は領主の子供だから空腹になる事もないし、不自由もないが、百姓の生活は厳しく貧しかった。

 それを見ていたからなのかは分からないが、『民の為の理想』を現実にしたいのだそうだ。

 『羽柴秀吉』は百姓の出身だが、今は信長の側近の家臣にしたのも、そんな過去があったからだろう。

 俺はそんな『人間』信長をキライじゃない。

 だからこそ『魔王召喚』をさせる訳にはいかねぇんだ。

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