第21話 明智光秀

 「とりあえずさ、『時の神』にバレちゃうから、人間界に『転勤扱い』にはできないからさ。その辺上手くやってね?できれば止めて欲しいから『同化』か『憑依』して対応宜しく。」

 ジジィは爽やかな笑顔でサムズアップしながらそう言って、得意の「魔法の錫杖しゃくじょう」で、俺をその場で人間界に放り投げやがった。


 『転勤扱い』になってねぇから、人間に俺の姿は見えない。

 だから、テキトーな所に落としやがったな、と察した。


 今の俺は『人格だけの存在』だ。

 『人格』は『魂』の複製だから、『魂』と『人格』が『肉体』と言う器の中に収まっていなければ『存在』できない。

 だから『人間界には存在しない者』扱い。

 簡単に言えば人間界の人間に、俺は『見えない』『聞こえない』『触れられない』んだ。

 『転勤扱い』にしてくれりゃ『異動辞令書』が即時発行されて、大義名分ありで『存在』まるっと人間界に移動できるのだが。

 「まぁ、仕方ねぇか…。」

 俺は頭を掻きながらボヤく。

 人間界に『存在(肉体+魂+人格)』ごと移動する=人間界に『魂』の数が増える=『魔界』と『時の神』の管轄になって歴史変動しそうなのがバレるってワケだ。

 まぁ、でも。

 いざとなりゃ、俺は『神族』で神の力持ってるから、俺自身の『肉体』と『魂』をここに『召喚』出来るけど、後がめんどくせぇ事になるからなるべくならやりたくねぇんだ。

 「とりあえず、ここは何処だ?」

 俺は辺りを見回す。

 見た所どっかの城の中で、夜らしい。

 いくらあのジジィが『テキトー』に落としたとは言え、『適当』である場所であるだろうから、この城のどっかに『織田信長』は居るんだろう。

 とりあえず、織田信長を見つけて、『同化』か『憑依』する為に適当な人物を探すしかない。

 俺は仕方なく城の中を歩き始めた。


 何度か階段を上がって、薄暗い廊下を歩いていた。

 度々人間とすれ違ったが、俺が見えるわけもないので、隠れる素振りもなく歩いていた。

 「それにしてもこの国の夏は蒸しあちぃな。」

 と、額の汗を拭くと蠟燭の火の光が漏れた部屋があった。

 風を入れる為か、障子が開いていたから部屋の中を覗くと

 「誰だ!?!?」

 と、一人の男が蠟燭の火をこちらに向けた。

 「誰もいない…?いや、確かに何か『気配』が…。」

 たまに居るんだよ。

 こう言う『勘』の鋭い人間が。

 まぁ、そんな『勘』の鋭い人間の中でも『見え』たり『聞こえ』たりする奴は稀だ。

 俺は思わず

 「ビックリさせんなよ。」

 と胸を撫でおろした。

 すると男は驚く事もなく

 「やはり誰かおるのか?アヤカシの類か?」

 と言い目を細めて凝らした。

 「おめぇさん、俺の声が聞こえるのか?!」

 俺は驚いてそう問う。

 男は俺の声を頼りに俺の方を向いて目を凝らし続けた。

 そして、俺の『波長』と男の『波長』のピントが合った。

 「そこにおるのは、やはりアヤカシか?信長様が治めるこの岐阜城に何用か?」

 男はやはり驚く事もなく俺を真っ直ぐ見る。

 俺はこの男が驚かない事に驚いた。

 「おめぇさんは、俺が見えても驚かないんだな?」

 と、俺はゆっくりと部屋に入る。

 男は持った蠟燭を机に置きながら

 「慣れておるのでな。この城は呪われておる。」

 と、冷静に机の前に座した。

 「そなたも信長様が起こした戦により命を失い、信長様に恨みを抱いておるのだろう?そなたの様な者をこの城は招くのだ。」 

 そして、俺の方を向き直し、両手を付いて頭を下げた。

 「そなたの尊い命は無駄にはせぬ。我が主信長様に変わり謝罪する、そして、約束しよう。信長様とともに戦のない平和な国を作る事を。」

 と、言った。

 俺は慌てて

 「おいおいおい!俺はおめぇさんに土下座される覚えはねぇし、戦で死んだわけでもねぇよ!」

 と、土下座を辞めさせようとしたが、男は

 「しかし、そなたは何か恨みがあって成仏もできず彷徨っているのではないのか?この城が『稲葉山城』と呼ばれていた頃の歴代の城主はみな非業な死を遂げておる。この城がそなたの様な彷徨う霊を呼び寄せるからだ、と言われておるのだ。」

 男は顔をあげる。

 端正な顔立ちだが、残念な事に…ちょっと頭の毛が…な?(失礼)

 それはさておき、誤解を解くことにする。

 「俺は、そう言った類のもんじゃねぇよ。まぁ、今は人の目には見えねぇけどな。それによく見てみろ。足、あるだろ?」

 と、自分の足を指差す。

 男は初めて驚い仕草をした。

 「なんと!?では神や仏の類か?!」

 と、言うので、

 「どっちかってぇと神寄りだな。」

 俺がそう言った途端、男は焦ったように身を乗り出しながら言う。

 「神と言う事は、殿が『魔王の力を借りる』事を咎めにいらっしゃった、と言う事なのか?!」

 「!?」

 それを聞いて、俺は男の前にドカッとあぐらをかいて言う。

 「それ!詳しく聞かせろ!」

 男は乗り出した身を引きながら座り直す。

 「殿はルイス・フロイスと言う宣教師が説く『キリスト教』を認め『布教』を許したんだが…その宗教には『悪なる力を持った悪魔の王』と言うものがいるらしく、その力を欲しがっているのです。そんな訳の分からない力がなくても、殿は天下を治める事が出来る程の力量を備えておられるのに。」

 男は手で頭を抱えた。

 「殿はそれから『魔王召喚の儀』について、調べておられるのだ。そんな『人間を滅ぼしかねない力』など必要ござらぬ、と殿に何度も進言しておるのだが…殿は…!」

 と、男は顔を左右に振った。

 「なるほどねぇ…。」

 俺は腕を組んだ。

 この『男』、使えるんじゃねぇか?

 「おめぇさん、名前は?」

 と、言う俺の質問に、男は

 「織田信長様が家臣、明智光秀と申す。」

 と言い俺に頭を下げた。

 信長の家臣で、信長にも意見を言える明智光秀。

 もう、コイツしかいねぇ。

 と、思った俺は光秀に言った。

 「俺はヴィリー・キサラギ。『天界』から来た『神族』だ。おめぇさんらが言う『高天原』から来た『神の一人』と言ったところだ。」


 俺は光秀に包み隠さず全て話した。

 世界の仕組み、信長の監視、そして俺は人間界に存在しないと言う存在だ、と言う話も全て。

 話を聞いた光秀は驚いてはいたが、理解はしている様だった。

 「なるほど、ではヴィリー殿は世界の均衡を保つ為に殿を監視しにきたわけですな?」

 「そう言う事だ。おめぇさんの望む『魔王の力を借りてほしくない』ってのは俺がここに来た理由と合致してんだ。そこで…。」

 俺はひと息ついてから本題に入る。

 「俺におめぇさんの『肉体』と『魂』を貸してくれねえか?」

 「?!」

 俺は続けて言う。

 「天界の住人が人間界に来た場合、『憑依』するのが一般的なんだが、『憑依』した場合、別の人格が体を乗っ取っちまうから『憑依された側』は『憑依されてる間』の記憶がなくなっちまうんだ。1つの体と魂に2つの人格がある状態だな。」

 「なるほど、ヴィリー殿の任務は長期間に及ぶ。だからヴィリー殿が天界に戻る時、『憑依された側』は浦島太郎状態になると言うわけですね。」

 と、光秀が言う。

 コイツ、頭いいな。

 「そう言う事。よって『憑依』は却下。と、なると『同化』しかねぇ。『同化』だと記憶は共有される。『魂』と『人格』はもともと繋がってるから、『魂』に刻まれた記憶は『人格』が変わっても残るんだが…。」

 と、言うと、ここでも光秀が口を挟む。

 「『人格』を『入れ替える』事になる、と言う事ですね?」

 そうそう、そういう事。

 やっぱ、コイツ頭いいな。

 「ヴィリー殿の人格が私と入れ替わったとしたら、『私の人格』はどこに行くのでしょうか?」

 光秀は考え込んだ。

 「今の俺みたいになる。人間界にいれば『誰にも見えない存在』になるし、今天界にある俺の『肉体』と『魂』に入る事もできる。ただし、『肉体』は『人格』によって作られるものだから、俺がおめぇさんと『同化』したら、その『肉体の見た目』は俺になる。」

 この辺はホントややこしい世界のシステムだな。

 と、思っていたら、どうやら光秀はそうは思ってなかったらしい。

 「なんて興味深い!」

 と、目を輝かせている。

 頭いいを通り越して変人だ。

 「あと一つ聞きたい。」

 光秀は人差し指を立てた。

 「何だ?」

 と聞く。

 「もし、殿が実際に『魔王召喚の儀』をやった場合、殿はどうなりますか?」

 悲しそうに、だが、強い眼差しで聞いてきた。

 「まぁ、(後がめんどくせぇから)そうさせない為に俺が来たんだよ。まぁ、やったとしても俺が成功させない。(後がめんどくせぇから)」

 そう言うと、光秀は深く目を閉じて、そして言った。

 「分かりました。ヴィリー殿にお任せします。殿の事、宜しくお願い申し上げる。」

 と、深々と頭を下げた。

 俺はニヤッと笑って

 「上等!」

 と、言って立ち上がり、光秀の頭に右掌をかざした。

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