第16話 アヤカシ居マス

 ヴィリー・キサラギとお菊さんは『天界』の住人なのだそうだ。

 ─天界。

 おっかさんが『自分たちにかかった呪いが解けたら行ける』と行っていた場所でありんす。

 ヴィリーは『織田信長』を監視する為に天界から来たらしいのだが、「『明智光秀』になりすましてると息が詰まる、たまにはヴィリーに戻って自由にしたい」と言う理由でこの店を開いたらしい。

 割と自分本位な理由ではあるのだが、この店にいる『バケモノ』たちにとっては、ありがたい店だと言う。

 ここにいるのは、なんらかの仕事で『天界から転勤』になった『バケモノ』たちだ。

 看板にあったように『アヤカシ居マス』と堂々と謳っておけば、犬耳が付いてようが、尻尾が付いてようが、角が生えていようが、人間たちはそれを『作り物だ』と錯覚するから、正体がバレても『嘘を付くことなく誤魔化せる』ワケだ。

 そして、もう一つ。

 人間界暮らしにはお金がかかるのだ。

 いくら『バケモノ』でも人間界で人間に混じっての生活はお金がないと始まらない。

 ひっそりと人間に混じって『天界の仕事』をしてる者達が手っ取り早く稼ぐにはどうしたらいいか?と考えたヴィリーは、「この遊郭が『男を癒やすための店』で溢れてるなら、『男を癒やすための女を癒やす店』があってもいいだろう、とも考えたらしい。

 現代で言う所の『ホストクラブ』でありんすね。


 そんな『キサラギ館』でありんすが、店主のヴィリーは普段ここにはいない。

 坂本城で明智光秀として織田信長を監視している。

 店を空けることの多いヴィリーは、天界の遊郭で「太夫」の地位を持つ花魁だったお菊さんを気に入り、「店番に丁度いい」と身請けしたらしい。


 キサラギ館のホストはわっちを入れて4人。

 犬耳の兄さんは『コマ』さん。

 名前の通り『狛犬の化身』で邪気を祓うお仕事で人間界に来ているらしい。

 モフモフ尻尾の『コン』さんは『白狐の化身』で『うかのみたま(?)』と言う神様の護衛。

 鬼の様な角があるのは『桃太』さん。

 『鬼退治』の『桃太郎』から取ったらしい。

 人間界での仕事を聞いたら「ナイショ☆」とはぐらかされてしまったんでありんすが、そこまで深く聞かなかった。

 ちなみにこの名前でありんすが、全員ヴィリーに付けられたでありんす。

 捻りも何もない、ホント、ネーミングセンス皆無でありんす。

 わっちには『福』と言う名前がありんすが、ヴィリーに猛烈に却下された。

 「もう戻れない場所で呼ばれてた名前を使うより、新しい場所で新しい生活をするんだから新しい名前にしろ」と言われ、『三毛猫』だから『ミケ』と名付けられた。

 そんなこんなで、わっちは『キサラギ館のミケ』になったでありんす。

 『キサラギ館』の仕事は、さっきも言ったように現代で言う『ホスト』でありんす。

 店の客は『女性』、それも『遊女』が殆どでありんした。

 最初の頃は勝手が分からずしどろもどろで、幸の事を考えている暇などなかったでありんす。

 仕事に慣れて来た最近では


 ─幸はどうしているのか

 ─幸は元気だろうか

 ─幸は笑って暮らしているだろうか

 ─幸との暮らしはわっちは幸せだったが幸はどうだったのだろうか


 と、思い出して、涙で枕を濡らすことも多くなった。

 仕事が休みの日には、頭の耳を隠し、幸の部屋を探しながらこの遊郭の中を彷徨って、挙げ句迷子になってコンさんやコマさんに迎えに来て貰っていた。

 猫の姿が長すぎたせいか、耳だけはどうしても人の形になる事は出来なくなってしまったんでありんすが、『アヤカシ居マス』のお陰でそこは気にしなくても良かった。

 むしろこの『耳』が遊女達に大人気なんでありんす。

 とにかく、何かに専念している方が幸を忘れていられるのだと気付いて、わっちは毎日を忙しく暮らしている。


 男の相手をしている遊女は、世間の色んな情報を持っていて、まるで『歩くスピーカー』でありんす。

 その中でも『ある噂』が猛威を振るっているでありんす。

 最近この遊郭の遊女の間で、ある疫病が流行っている。

 その疫病は織田信長が振りまいてる、と言うものだった。

 織田信長…つくづく懲りない、と言うか魔王まっしぐらでありんす。

 わっちは織田信長がキライでありんす。

 そもそも織田信長があの寺が燃やさなければ、おっかさんが死ぬ事もなかったでありんすから。

 政治や人間共の事情何て分からないでありんすが、言える事は『幸を守る』のはわっちでありんす。

 疫病が織田信長の仕業であるなら、わっちが織田信長の魔の手から幸を守るんでありんす。


 ─そんなこんなで、気付けば1年も経とうとしていた。


 「もう帰るんでありんすか?さみしいでありんすよ。」

 わっちは『客の女』の髪を撫でながら言った。

 初見さんでありんした。

 「ミケさん、後ろ髪引かないでくりゃれ。わっちは『仕事』に行かないといけないでありんすから…。」

 女は乱れた着物を直し、わっちの『耳』を撫でた。

 「ミケさんのこの耳を撫でてると…うちの子を思い出すでありんすよ…。」

 女は少し涙ぐんだ。

 「誰でありんすか?」

 わっちが問うと

 「わっちが飼ってた猫でありんす。虎毛のかわいい子だったでありんす…わっちが帰るといつも出迎えてくれて、いつもわっちの心を温めてくれた、わっちの心の支えでありんした。」

 女は穏やかに話す。

 「何かあったでありんすか?」

 わっちは女の頬に手を当てて聞いた。

 女は頬に触れたわっちの手を自分の手で包み込みこんで、ゆっくりと話しだした。

 「一年程前、わっちの住む区域で空き巣被害が何件も続いていたんでありんすよ。そんな折、わっちの隣の部屋の『お幸さん』が被害にあったんでありんす。」


 ─幸!そうか、この遊女は『ししゃも姉さん』の同居人でありんすね!


 わっちは驚いた。

 世間は狭い、とは良く言ったもんでありんす。

 「それで…どうなったでありんすか?」

 幸は…無事だったんだろうか?

 あの気絶した空き巣は捕まったんでありんしょうか?

 聞きたいことは山ほどあったが、わっちは今は『仕事中』でありんす。

 色んな質問を押し殺してそう問う。

 「空き巣が部屋を物色してる最中、運悪く忘れ物を取りに戻ったお幸さんは、空き巣に襲われたんでありんすが、かすり傷だけで済んだんでありんす。でも、そんな時、お幸さんの部屋から『バケモノ』が飛び出して、大騒ぎになったでありんすよ。」

 ここまではわっちも知っている。

 「そんな事があったんでありんすね…。でも、空き巣に襲われてかすり傷だけで済んで良かったでありんすね。」

 『バケモノ』はわっちの事でありんすね。

 わっちが知りたいのはこの先の事でありんす。

 話を合わせながら続きを問うと、女ははにかんで

 「ええ、空き巣に殺されそうになった所を『バケモノ』が助けてくれた、と言っていたでありんす。空き巣は『バケモノ騒ぎ』に便乗して逃げ出したんでありんすが…。」

 と、言った。

 そうでありんすか。

 アイツは逃げたんでありんすね。

 女は続けて言う。

 「その日わっちはたまたま暇を貰っていて部屋にいたんでありんす。空き巣はそんなわっちの部屋に逃げ込んできて、襲われそうになったわっちを助けてくれたのが、うちの子だったんでありんす。あの子は空き巣の足に噛み付いて、小刀で刺されても…放さなかったでありんす…。」

 女はそう言うと、両手で顔を覆ったでありんす。

 あとは想像がついたでありんす。


 ─わっちは幸を助けるのに精一杯で…ごめん…ししゃも姉さん…。


 わっちも俯いてぐっと涙を堪えた。

 すると、女は涙を溜めたままわっちに笑いかけた。

 「泣いてくれるんでありんすか?ミケさんはほんとに優しいんでありんすね。湿っぽい話をしてしまったでありんす。わっちは行くでありんす。」

 わっちはそっと女の涙を拭いて

 「その子は、今でもお前さんに思って貰えて幸せでありんすねぇ。」

 と、抱きしめた。

 「そうで…ありんしょうか…?」

 つと、女はわっちの腕の中で喋り出した。

 「…あぁ、『ミケ』で思い出したでありんす。あの子の猫友達でお幸さんの飼っていた三毛猫が、あの日から行方不明でお幸さんが探してるんでありんす。お幸さんは『あの子は絶対どこかで生きてる』って言って。一緒に暮らしてた者が突然いなくなる寂しさや悲しさはわっちにはわかりんす。それでなくてもお幸さんはあんな身体…。もしミケさんが三毛猫を見かけたら教えてくりゃれ。」

 そう言うと女は立ち上がりニコッと笑って部屋を出て行った。


 ─幸がわっちを探してるって?

 そんな事ありえないでありんす。

 幸はわっちを怖がってる。

 そんな事より…あんな身体とはどう言うことなんでありんしょう?


 わっちの心は色んな気持ちがぐるぐる回っていたでありんす。

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