第15話 キサラギ館

 人間の伝達力を舐めていたでありんす。

 町中の人に追い回され、石を投げられ、たまたま当たった当たった石でわっちの頭や顔は腫れ上がっていたでありんす。

 三毛猫のままでいるよりは、人の姿の方が紛れやすいだろうと人の姿の方が紛れやすいと人になって細い路地に入って身を潜めている。

 幸い大分遠くまで走って来たから、周囲にざわめく人はいないが、裸でありんすから出てはいけないんでありんすが。

 それより…ここはどこでありんしょう…?

 猫の領域テリトリーは狭いもの。

 大体半径100〜200メートルでありんす。

 だから、驚いて逃げ出した猫が迷子になって帰れなくなるってのは日常茶飯事。

 「迷い猫探してます」の張り紙が後を絶えないのは、それが理由でありんす。

 まぁ、迷子になってなくてももう帰れないんでありんすがね。

 わっちは腫れた顔と頭を撫でた。

 「痛いでありんすね。」

 耳は猫のままだと気付いて、耳を何とかとしたが、どうやればいいのか分からなくなっていたんでありんす。

 わっちは猫の姿が長すぎたんでありんすね。

 所詮わっちは化け物でありんす。

 あの後気絶した空き巣とか石を投げつけてきた人間共とかどうでも良かった。

 わっちにとっては幸のあの怯えた目が一番参ったでありんす。

 分かってたことでありんす…そう分かってた事。

 おっかさんがあれ程やってはいけないと言ってた事でありんす。

 こうなる事は分かってた。

 「痛いでありんす…。」

 痛いのは『石が当たった頭』じゃなく、『投げられた』と言う行為そのものの方。

 痛いのは『腫れ上がった顔』じゃなく、『分かってたと思っていたはずの心』の方。

 わっちは蹲ったまま胸を両手で押さえて、膝に顔を埋めた。

 これからどうすればいいのかとか、どう生きていくかとか、今はそんなのはどうでも良かった。


 ─締め付けらるこの胸の苦しさを何とかしないと─


 「お前さん、そんな格好でどうかしたのかい?」

 ふと、後ろから声がした。

 わっちは顔をあげて思わず振り返ると、まだ離れてはいたが人間の女の姿があった。


 ─人間の…女?!また追いかけられる!


 わっちは立ち上がって逃げ出そうとしたが、後ろ手に腕を掴まれた。


 ─え?

 まだ距離はあったはずでありんすが…?


 わっちは驚いて振り返ると、すっと伸びた目尻、長い眉毛、左右のもみあげの毛を垂らし、綺麗な着物と羽織を着ていた。

 「お兄さん、そんな格好で出たら怪しまれるわよ?あら?」

 女はわっちの耳に気が付いて手を伸ばして…

 「触るな!」

 思わず女の手をはねのける。

 女は最初こそ驚いた顔をしたが、クスッと笑って

 「大丈夫、何もしやしませんよ。私にはそれが『ホンモノ』って最初から分かってるから。ただ…モフモフしたかっただけよ。」

 と、言う。

 「わっちはバケモノでありんすよ?怖くないんでありんすか?」

 (無意識に)耳を伏せて聞くと、女はまた笑って

 「私が分からない天界の者もいるんだねぇ。ほら、私もバケモノよ。」

 女はもみあげの毛をかきあげてみせた。

 その隙間から覗かせた耳は尖っている。

 「ね?これは人間の耳じゃないでしょ?それにほら。」

 と、言った瞬間、女が消えた。


 ─…?!


 わっちは驚いて周りをキョロキョロした…が女は見当たらない。

 「こっちよ。」

 上から声がして、わっちは空を見上げると、女は屋根に立っていた。

 女は屋根から足を踏み外すと、ふわふわとゆっくりと降りてきた。

 「ね?言ったでしょ?私もこの世界じゃバケモノなのよ。」

 女は袖で口を隠しながらクスクス笑っている。

 この世界にわっちたち以外にも『バケモノ』がいた。

 なぜかそれに安心して、わっちは力が抜けてるヘナヘナとその場に座り込んだ。

 「お前さん、大丈夫かい?その様子じゃ、元いた場所から追い出されたか正体がバレたのかい?」

 女はそう言うと、わっちに羽織を被せた。

 「自分から…バラしたんでありんす。」

 と、答えると女は

 「なるほどねぇ…、で行く場所がないって事ね?」

 と、わっちの目線に高さを合わせる。

 「…。」

 わっちは何も言わなかった。

 「うふふ…、じゃ、うちへいらっしゃい。悪い様にはしないから。」

 女が手を差し伸べたので、わっちはその手を取った。

 行く場所が無いよりマシでありんすから。


 わっちは女がかけてくれた羽織を頭から被って耳を隠しながら歩いた。

 女はこの遊郭の更に奥へと歩いていく。

 あんな騒ぎがあったのが嘘みたいに、人が歩いている。

 この街がこんなに広いとは知らなかったでありんす。

 しかし、人はまばらであった。

 「人が少ないでありんすね?」

 わっちは周りをキョロキョロしながら聞くと女が答える。

 「ここはこの広い遊郭の奥の奥だからねぇ。ここまで足を運ぶ人間はなかなかいないのよ。ほら、着いたわよ。」

 女は店に入っていく。

 その店には『キサラギ館』と書いてある。

 その脇の縦看板には『アヤカシ居マス』と言う文字が。


 ─アヤ…カシ?


 「ただいま、みんな。野良猫拾ってきたわよ。」

 と、女はニコニコ言った。


 ─野良猫…ってわっちの事でありんすか…?


 わっちもその店に入ると、男が3人

 「お菊姉さん、おかえりなさい。」

 と現れた。

 しかも何か不思議な物がくっついている男たちだった。

 頭に犬の耳みたいな垂れ耳のヤツ、二本の角が生えたヤツ、お尻にモフモフの尻尾をつけたヤツ。

 わっちは目を丸くした。

 「あのお菊姉さん…コイツは…?」

 と犬耳の男がわっちに近付いてきて何やらクンクンとわっちの匂いを嗅ぎながら聞く。

 お菊姉さんと呼ばれた女が机の引き出しからキセルを取り出しながら言った。

 「うん、さっき拾った。多分猫。今日からここに置くわ。」

 お菊姉さんはキセルを蒸しながら答えた。

 「って事はバケモノ仲間って事か!」

 犬耳が嬉しそうに言った。

 わっちはわけが分からずに

 「えっと…あの…、どーゆーことでありんしょう?」

 とオドオドしながら聞くと、お菊姉さんが答える。

 「ああ、説明してなかったわね。あのね、ここにいるのはみんなこの世界では『バケモノ』って呼ばれてる連中なのよ。」

 と、言うと、階段から男が降りてきた。

 そして、階段のギシギシ音に混じって

 「おい、お菊、おめぇさんまた野良を拾ってきたのか。仕方ねぇヤツだな。」

 と、男の声がする。

 どこかで聞いたことのある声でありんす。

 「良いじゃないか。バケモノはバケモノ同士助け合いってのがお前様のモットーなんでしょ?」

 お菊姉さんは優しく笑う。

 「まぁ、そうなんだけどな。おい野良猫。おめぇさんがここにいたいならいればいい。だが、気に入らねぇなら出ていくといい。好きにしろ。」

 階段から降りきった男は、わっちを見ながらそう言った。

 その男の勝ち誇った憎らしいこの笑みは見覚えがある。

 「まぁ、ここにいたいなら…働いてもらうがな。」

 男は相変わらずだらしなく羽織をはおり、キセルを蒸し、赤味かかった紫の髪を後ろで一つに束ね、耳は尖っていて、つり上がった目の色は金色のチビでありんした。

 そう、コイツはあの『設定男』でありんす。

 何でこんな所で偉そうにしてるんでありんしょう?

 光秀は城の殿さんでありんしょう?

 「んで、おめぇさん、猫だって?」

 と、設定男、明智光秀が聞いてきた。

 わっちは頭から被っていた羽織を、頭だけ外し

 「そうでありんす。猫でありんす。」

 と、答えた。

 光秀はわっちに近付いてきて、おもむろに猫掴み!


 ─ちょ…?!おまっ…!?


 と思った矢先。


 ─ポン


 と、わっちは無意識に煙とともに猫の姿になった。

 「おお!ホントに猫だ!!」

 と、変な格好の3人がパチパチと拍手。

 「お前さん…猫掴みって…知ってる?」

 わっちはワナワナと肉球に力を入れると、光秀は

 「ウワァ…かわいすぎかよ!」

 と、またあの顔をする。

 「キモいわ!!!」

 わっちは光秀の鼻に向かって爪有り猫パンチをしたが

 ─スカッ! 

 光秀は攻撃をひらりと交わした!

 「やっぱりおめぇさん、あの時延暦寺にいた三毛猫か!やっと見つけた!」

 光秀は嬉しそうにわっちを下ろした。

 わっちは


 ─ポン


 と、また人型になって

 「何するんでありんすか?明智光秀!また裸になっちまったじゃありんせんか!」

 と、言うと、光秀は持っていたキセルでわっちの頭をコツンと軽く叩いて

 「確かに俺は『明智光秀』。だが、ここにいる時は『ヴィリー・キサラギ』だ。それが俺の天界での名前だ。覚えとけよ。」

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