第14話 人か猫かバケモノか
─事件が起こったのは、それから2日後のことでありんす。
その日もわっちは幸が出掛けたあと、屋根で毛繕いに勤しんでいたでありんす。
しかし、ししゃも姉さんの同居人は仕事を休んでいたのでししゃも姉さんは来なかった。
「つまらないでありんすね。」
一人で屋根から人間の監視も飽きたので、わっちは幸の部屋で昼寝(夜寝?)をする事にしたでありんす。
幸はいつも窓にわっちが通れるくらいの隙間を開けてくれている。
もちろん、少し開けてあるその窓には『つっかえ棒』がしてあるので、無理矢理開けられないんでありんすが。
幸が留守の時でもそこを通って屋根に行くんでありんす。
そして部屋の押入れの襖もわっちが通れるくらいの隙間を開けてくれている。
わっちはその隙間から押入れの中に入り幸の布団に埋もれていると、ウトウトし始めて…。
─ガタガタっ
と、言う音で目を覚ました。
幸が帰ってきたんでありすかね…?
わっちは押入れの襖の隙間から部屋の中を見ると、そこにはわっちの為に少し開けてある窓から『人の手』が出ていた。
─幸じゃない。
わっちは押入れから出るのを辞めて様子を見ていると、『人の手』は一度窓から引っ込み、そして空いていなかった方の窓を開けて『つっかえ棒』をコトンと床に落とし男が部屋に入って来た。
─『空き巣』だ!
すぐにそう察したわっちは、怖くなって押し入れの中で丸くうずくまっていたでありんす。
「猫飼ってる遊女の部屋は入りやすくて楽でいい。」
と、細い目を更に細くして笑った顔はキツネみたいでありんした。
─遊女は猫の出入りに窓を少し開けて出かける。
そこからコッソリ入ってくるでありんね!
それに、夜は遊女だけじゃなく、この町全体が忙しい。
人間の誰かが気付くこともない!
「こんだけ楽に入れるんだから猫に引っかかれるくらいガマンのし甲斐があるってもんだな。」
だからコイツは猫の引っかき傷がたくさんあったのか!
男は部屋を物色しだしたが、幸の部屋には何もない。
諦めてすぐに出ていくだろう…と、思っていた。
「やっぱりこの部屋には何もないか…。まぁいいさ。ないのは知ってたからな。」
と、立ち上がって両腕を腰に当てて、ふぅと一息ついた男は
「ここに『いない』って事は…屋根か?」
と、窓から顔を出して屋根を見上げる。
「いねぇか。なら、押し入れか?」
男は押し入れに近付いてくる。
わっちは怖いのを我慢して飛び出すタイミングを図る。
─この一撃で決めてみせる!
爪をワキワキしてお尻をフリフリする。
男の手が隙間から入って来て襖を掴む。
─まだだ…まだ。
そして、襖が少しずつ開いて…
─今でありんす!
と、わっちは勢い良く押し入れから飛び出し、男の『目』を狙って引っ掻いた。
「ぐぅ…!」
と、男はうなる。
─会心の一撃!でありんす。
男の右目にわっちの左手がヒットした。
畳に降りたわっちは耳を尖らせ目を釣り上げ背中を丸くハリネズミの様に威嚇する。
「ヴーーーー…。」
と、低い声で唸る。
男の右目はまだ開かない様で、右目は涙で溢れていたのだが、
「あー、いたいた。お前を探してたんだよ。」
と、威嚇したわっちにゆっくり近付いて来た。
─わっちを探してた?どーゆー事でありんしょう?
よく分からなかったが、とりあえず捕まるわけにはいかないと、男と距離を取るために後退った。
「福くん、こっちおいで。」
それでも男は近付いて手を伸ばしてくる。
わっちはヒョイッと手を交わし威嚇をする。
「そんなに…逃げるなよ!」
男は今度はわっちに飛びかかって来たので、わっちはそれも交わした。
「かつお節あげるから…こっちおいで。」
男は諦めずにわっちに向かって手を伸ばして来たので、わっちは更に交わす。
─おいで、と言われて近付くのは同居人に言われた時だけでありんす。
わっちは威嚇したたまま後退りをし続け、ついに窓際まで詰め寄られた。
─窓から逃げるでありんす!
と、わっちが窓の方を見た瞬間。
「福?何をバタバタしてるんでありんすか?」
と、部屋の外から声がする。
幸の声でありんす!
と、思ったのもつかの間。
幸は部屋の襖を開けて、空き巣と鉢合わせてしまったでありんす。
─幸?!なんで帰ってきたんでありんすか?!
「ちっ…!」
幸を見て男は舌打ちする。
男の顔を見て幸は「キャー!!」と悲鳴をあげると、男は幸を羽交い締めにした。
「くっ…!お前さん…空き巣で…ありんすか…!」
幸は苦しそうに唸る。
男は不気味な笑みを浮かべて
「全く、帰ってくるのが早すぎなんだよ、花魁さん。でもそれが運の尽きだな。俺の顔見ちまったんだからな。」
─幸が危ないでありんす!
わっちは男の足に思いっきり噛み付いた。
「いてぇな!お前!」
と、男はわっちの噛み付いた足を蹴り上げる。
わっちは一度飛び退いて再び威嚇する。
「福、お前を傷物にしたくねえから大人しくしてろ。オスの三毛猫は高く売れるんだ。後で捕まえて売り飛ばしてやるから!」
と、男はわっちに向かって怒鳴った。
「福を連れて行かせない!」
幸が男の腕に噛み付くと、男はあまりの痛さに幸を振り払った。
振払われた幸はわっちの前に倒れ込んだ。
わっちは幸と男の間に入り、男を威嚇する。
─幸に何をするでありんす!
「フシャーーー!」
わっちはブチ切れた。
「このアマァ…、何しやがる!」
男は胸元から小刀を取り出して幸に向けた。
わっちは小刀を出した手に噛み付こうと飛び上がる瞬間、幸がわっちを抱きかかえた。
「帰って!お前さんの事は誰にも言わない!福も絶対渡さない!」
幸は男向かって凄んだが、男は不気味な笑みを返し
「分かってねぇな、花魁さん。顔を見られたんだ。花魁さんをこのままにするわけねぇだろ?!」
と握っていた小刀を振り下ろした。
「きゃっ…!」
幸は短く悲鳴をあげた。
わっちを抱きしめていた幸の手が緩み、わっちは畳に降りた。
幸の左腕から、赤い血がポタポタ垂れ、畳には血染めの花が咲く。
─あの時と…同じでありんす…!
わっちの足は竦んで動けなくなる。
が、幸はわっちを庇うようにわっちの前に出て
「帰って!」
と、叫んだ。
すると、外や店の中がざわついているのに気付いた。
人間が異変に気付いた様だった。
「ちっ…気付かれたか!だが、お前を殺せば俺の顔はバレねぇ…。」
と、男はゆっくりと幸の胸ぐらを掴んだ。
─このままじゃあの時と同じになっちまうでありんす。
今度は幸の背中に守られて終わりでありんすか?
そんなのはだめでありんす。
幸を守るのは…わっちでありんす!
「幸は…わっちが守るでありんすよ。」
わっちは『人の言葉』で言った。
「え…?」
胸ぐらを掴まれたまま幸は振り返ってわっちを見る。
「なんだ?何かいったか?花魁?」
男は振り上げた小刀を幸に向かって振り下ろし─
─止まった。
「?!」
幸は驚いて声が出ない様だった。
そりゃそうでありんしょう。
わっちが男の振り上げた手を掴んでいたんでありんすから。
─そう、わっちはおっかさんとの約束を破り人間の前で人になった。
猫の姿が長すぎたせいか、耳は出しっぱなしで、裸のままでありんした。
青い鈴付きの首輪は外れ、鈴が足元に転がった。
でも今はそんな事を気にしている場合ではありんせん。
「お前さん、幸に何をしようとしたでありんすか?」
わっちは「クワッ!」と目だけを猫にして睨んだ。
「あ…あっ…あわ…あっ。」
手を掴まれたまま男は声にならない声だった。
わっちは男の手を掴んだ手に力を入れる。
「これ以上、幸を傷付けるのは許さないでありんす。」
わっちは更に力を入れる。
「呪い殺すでありんすよ?」
と、凄むと、男は
「ばっ…バケモノ…!」
と、やっとこさ声にした瞬間、白目を剥き泡を吹いて崩れ落ちた。
わっちは「ふぅ」とひと息つき、男が気を失ったのを確認して手を放した。
そして、まだ声の出せない幸に
「大丈夫でありんすか?」
と、優しく手を差し伸べると、幸は少し後退って
「ばっ…バケ…モノ…!」
と、怯えた目でわっちを見たんでありんす。
─ショックでありんした…でも、わかってた事でありんす。
わっちは
「もうここにはいられないでありんすね?」
と、はにかんで窓を突き破って外に飛び出た。
外には野次馬が集まっていたが、もうどうでもよかったでありんす。
わっちは空中で体勢を立て直し、猫になって地上に着地した。
それを目の当たりにした人間共は「バケモノだ!」と言う叫びと悲鳴をあげながら、わっちに石を投げつけてきた。
─後はどこをどうやって逃げたのか、どこを走り抜けたのか良く覚えてないでありんす。
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