第13話 猫の集会
幸は今日も日が暮れる少し前に出掛けていった。
わっちは屋根から幸の姿が見えなくなるまで見送り、毛繕いをする。
毛繕いをしていると、同居人が出かけたのであろうししゃも姉さんも屋根に上がってきて一緒に毛繕いをする。
あれから4年。
そんな毎日を繰り返していたでありんす。
ここに来たばかりの頃の幸は塞ぎこむ事が多かったが、その度わっちは幸に寄り添った。
幸の何が人間の男を刺激したのかわからないでありんすが、幸はまたたく間に人気の遊女になり、いつの間にか花魁にまで上り詰めたでありんす。
花魁まで上り詰めた幸は、湖西屋の女将さんに12畳の広い部屋を貰えたが、幸は「広すぎて落ち着かない」と言い、それでも4畳は狭すぎるからと6畳程の部屋を幸に与えた。
人間の男ども曰く、幸の田舎臭い所がおっかさんを思い出させるから良いんだそうだ。
だからなのか、他の遊女程『体を売る』事は少なかったが、それでも何日かに一度は幸の体目当ての男が幸の部屋に来ていた。
わっちは幸がそう言う男が一緒にいるのは見たくなかったから、その時は幸の部屋には近付かない事にしていた。
「そう言えば聞いたかい?」
と、毛繕いに満足したししゃも姉さんが話しかけてきた。
「何をでありんす?」
わっちは毛繕いを中断して聞き直す。
この頃からでありんす。
幸や湖西屋の女将さんの影響でわっちが「廓言葉」を使う様になったのは。
「噂の魔王様、今度は豪華な城を建て始めたらしいわよ。」
ししゃも姉さんは今度は顔を洗いながら言った。
「織田信長でありんすか。わっちはアイツが嫌いでありんす。第六天魔王とか名乗ってるらしいじゃねぇですか。」
わっちも釣られて顔を洗いながら言う。
「自ら魔王を名乗るって、よっぽど自分に自信があるのかしらねぇ?まぁ、あたしら猫には関係ない事だけど。」
ししゃも姉さんは今度は「うーん」と背伸びしながら言ったので
「そうでありんすね。わっちら猫には関係ないでありんす。」
と、釣られて背伸びしながら言ったでありんす。
ししゃも姉さんはクスクス笑いながら
「何言ってんだい?あんたお猫様なんだから関係ない事もないでしょ?」
と言われたでありんすが
「わっちは人間として暮らす事はしたくないでありんす。人間として生きるのは懲り懲りでありんす。わっちは猫で生きるでありんすよ。」
そう言い返した。
「でも、人間でなけりゃお幸さんをモノにできないわよ?」
髭をピクピクさせながらししゃも姉さんが言う。
「別にいいでありんすよ。わっちは幸を守れればいいんでありんす。」
「とか何とか言って、お幸さんが好きで好きで堪らないって顔してるじゃない?」
ニヤニヤしたししゃも姉さんがわっちの顔を覗き込む。
「そんなことないでありんすよ!幸はおっかさんに似てるってだけでありんす。」
わっちは必死に言い返す。
「またまたぁ〜、そんな事言ってぇ〜。男はおっかさんに似た人を好きになるって言うじゃない〜?」
ししゃも姉さんは体をスリスリと擦り付けながら続ける。
「それに、この前の発情期の時、あんた、色んなメス猫に言い寄られてたにも関わらず「わっちはお前様とは無理でありんす!」とか言って逃げ回ってるだけだったじゃない。あれだけ言い寄られてたらフツーの雄猫なら『イチコロ』なのに。ここらのメス猫の間では『お幸さんに操立ててるんだ』って噂まであるのよ?」
「そ…そんなことはありゃしません。幸は人間でありんすよ?」
わっちは慌てて更に言い返す。
「そんなに慌てて言い返すあたり、怪しいもんだわ。少なくともお猫様であるあんたにとって、人間だの猫だのの境は関係ないじゃない?」
ししゃも姉さんはこの手の話が大好きだから手に負えないでありんす。
「はぁ…。もう分かったでありんすよ。わっちの負けでありんす。なんで『お猫様』って何なのか教えてくりゃれ?」
わっちはため息をついて言った。
「むーーーりーーー。」
ししゃも姉さんはわっちの頭に手をポンと乗せながら言った。
「さぁ、そろそろ行くわよ。」
と、ししゃも姉さんはすっと立ち上がり尻尾を立てた。
ししゃも姉さんもやっぱりわっちを『お猫様』と言う。
でもその『お猫様』が何なのか教えてはくれなかった。
ただ、この4年の会話で分かったことはあったでありんす。
『お猫様は人が猫に化けている』と言う事。
化け猫族は『猫』が『人型』に化けている。
お猫様は『人』が『猫型』に化けている。
だから『お猫様は人間ともツガイになれる』と言う。
ベースが人だからでありんす。
人がベースである、と言う事は『人が化ける力を持っている』と言う事だ。
一部の狐やたぬきや猫には化ける力を持った者がいるのは知っていた。
そしてその『化ける力』を持つものは、何か事情がない限り天界に住むべき物だと言う事。
ただ、なぜわっちにそんな力があるのかは、いまだにさっぱり分からないでありんす。
おっかさんが解けなかった『呪い』。
わっちが何者なのか。
少しずつでも探す事が『自分の人生を行く事』だとわっちは思っていたんでありんす。
さて、「行くわよ」と促されてやって来たのは3件先の『屋根の上』でありんす。
そこにはすでに十数匹の猫が集まっていた。
1ヶ月に1度開かれる猫の集会でありんすが、つい5日前に開かれたばかりであった。
今日は『緊急招集』がかかったのだが、いつもより人数(匹数?)が少なかった。
猫界隈で何かあったらしいのだ。
「みな集まっとるか?」
のそのそと暗闇から現れたのはここらのボス猫、『お玉さん』でありんす。
かわいい名前でありんすが、毛並みは白、他のオスよりひと回り大きくガッチリした体格、髭はピンと伸びていて目はキリッとしたいかにも『ボス』の風格でありんす。
「前置きはなしで行くで。知っとる者もおると思うが、ここ2、3日で怪我ぁしたもんが相次いどるんや。」
ドスの効いた低い声でお玉さんがそう言うと、集まった猫たちがざわめく。
「怪我した連中は口ぃ揃えて『空き巣に蹴り飛ばされた』と言うとる。手口は同居人の客として一度部屋に来て、同居人が留守の時一人で現れ手早く金目の物を盗んで行くようや。被害にあった連中の同居人は、部屋に金品を溜め込んどったらしい。んで、一度客として来た男やから大丈夫やと気が緩んどったらしいがのぅ。」
なるほど、客として来た時は『下見』。
そして部屋の作りを把握した上で『本番』ってワケでありんすね。
お玉さんは続ける。
「『空き巣被害』自体に人間共も気付いてはいるが、『空き巣』だけに人間どもは犯人の特徴や手口は分かっておへん。だが、儂らは猫。犯人の男の特徴はわかっとる。『優男でキツネっぽい目、口ひげはチョビ、あごひげもある』らしいで。みな、気ぃつけるように。以上、解散!」
お玉さんはまたのそのそと暗闇に消えていく。
猫たちはざわつきながらも自分の
するとししゃも姉さんが
「空き巣なんて怖いわねぇ。同居人はいないから鉢合わせはないだろうけど、私達は同居人がいない時ほど部屋でくつろいでるからねぇ…ほんと怖いわねぇ。」
と、言いながら家路につく。
「幸は部屋に金品はありゃしないんで心配なさそうでありんすが、ししゃも姉さんのとこは気を付けたほうがよさそうでありんすね。」
わっちはししゃも姉さんのあとを付いていく。
「そうだね…。ほんと気をつけないと。」
等と話しているうちに、わっちたちは自分たちの家の屋根にたどり着いた。
「おや?お前さんの家灯りが付いてるよ?」
ししゃも姉さんが目を丸くして言う。
ホントだ、幸の部屋に灯りが付いている。
幸が帰ってきたんでありんしょう。
しかし、まだまだ夜はふけはじめたばかり。
帰ってくるには早すぎるでありんす。
わっちは
「とりあえず帰るでありんす。」
と、ししゃも姉さんに言って部屋に戻ると、幸は部屋に客を招いていた。
初めて見る顔でありんす。
わっちが部屋に戻って来たのに気付いた幸は
「福!おかえり。」
と、わっちを抱きあげた。
「へぇ、この子が三毛猫の福か。」
と、客の男が手を伸ばして来たので、爪あり猫パンチで応戦。
─男に撫でられる趣味はありゃしません
「いてっ!」
わっちの爪は見事男の手に引っかかる。
「あ、ごめんなさい!この子、男の人は苦手みたいなんでありんす!」
幸はわっちをおろして男の手を撫でる。
─この男の手…猫の爪の跡だらけでありんすねぇ。
コイツも猫と一緒に暮らしているんでありんしょうか?
と、思ってわっちは男の顔をまじまじと見上げる。
その割にはこの男からは他の猫の匂いはしない。
顔は口ひげもあごひげもなかったが、その代わりにあちこちに引っかき傷があった。
─まさか、コイツが空き巣で、この引っ掻き傷は空き巣に入った時、猫に引っ掻かれた…とか?
と、思い、他の特徴を確認しようとしたんでありんすが…3歩以上歩いたんで忘れちまったでありんす。
まぁ、髭はないし、気にし過ぎでありんすね。
何せ幸は梅への仕送りに加え、お世話になったからと『琵琶薬屋』にも仕送りしてるんで、この部屋に金品はないに等しい。
「いやいや、急に手を出した僕が悪いんだから気にしないで。僕は猫好きなんだけど、猫には嫌われちゃうんだよ。」
と、男は細い目を更に細くして笑う。
「そうなんでありんすか。でも福はオスだからかわかりゃしませんが、男の人には絶対触らせないんでありんす。本当にごめんなさいね。」
幸がそう言うと、男はビックリした様に
「この子、オスなのかい?そっか、なら男の僕が嫌われても当然だな。」
と言った。
幸は男の手を心配して手を擦り続けている。
その様がわっちは気に入らなくて、再び部屋から飛び出したんでありんす。
トントンと屋根まで上がると、ししゃも姉さんがビックリした様に耳を尖らせた。
「なんだい福、お幸さん帰ってきたんじゃないのかい?」
ししゃも姉さんは舌をしまい忘れていたのに気付いたでありんすが、
「客と一緒だったでありんす。」
と、ブスッとしながら答えたでありんす。
「ああ、なるほどね。」
姉さんはクスッと笑って毛繕いの続きをし始めたので、わっちも釣られて毛繕いを始めたんでありんす。
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