第9話 母の言葉

 「そうだったんですね。ビックリしました。」

 幸ははにかんで言った。

 「所で…あなたは…?こんな田舎に何か御用ですか?」

 幸は少し乱れた髪をかきあげながら設定男に問う。

 設定男は

 「あぁ、すまねぇな。俺はヴィ…いや、明智光秀。ここには焼き討ちの後始末に来たんだ。」

 と、答えキセルを蒸した。

 その名前を聞いて幸は驚いて両手で口を塞いだ。

 「坂本城のお殿様?!」

 「ああ、今の所はそう言う設定だ。」

 と、光秀は『ふふんっ』と得意げに鼻を鳴らした。


 ─はい、『設定』頂きましたー(呆


 幸が突然光秀の胸に両手を添えて、その顔を見上げて必死に言う。

 「あのっ…あの街にある『湖西屋』と言うお宿をご存知ですか?!」

 その勢いに押されて光秀がちょっと後ろに引いた。

 「『湖西屋』?ああ、街裏にあるあの店か?知ってるが…、おめぇさんには縁はねぇと思うが…?」

 と、しどろもどろに答えると、幸が続ける。

 「そこは…その…他の店と比べてどうなんでしょうか?働いていて…その…他の店よりキツイ…とか…?」

 「フギャン!」

 必死な幸はわっちの尻尾を踏んだのにも気づいていない。


 ─湖西屋って何だ?

 奉公先?いや、奉公先って確か薬屋だったはずだけど?


 「売られたか?」

 光秀が真顔で言った。

 幸はそう問われて頭を垂れた。

 「…奉公先の主人に…。景気が悪く…もう私を雇っていられないと言われ…でも、おっかぁの事もあるので…何とかならないか?と言ったら…。」

 幸は下を向いたまま必死に涙を堪えている。

 わっちには意味が分からずに、足元から幸の顔を見上げると、不安そうな顔をしていた。

 そんなわっちの存在に気付いた幸はしゃがみこんでわっちの頭を撫でた。

 「…福、ホントおっかぁの言うとおり、あなたの頭を撫でると幸せな気分になるわ。」

 と、幸はわっちにニコッと微笑みかけた。

 そして、光秀がキセルをまた蒸しながら

 「イヤなのか?」

 と、幸に問う。

 「イヤ…と言うより『怖い』のです。その、知らない男の人と…と、言うのは怖いです。おっかぁにそれを言ったら、心配して、「行くな」って言うのが分かっています。ですが、仕送りをしなければおっかぁと私は暮らしていけなくなる…。」

 幸はわっちを撫でながら言う。

 光秀は幸に聞こえない程小さな声で

 「このご時世、生きる事が大変な時代…。何とかしてやりてぇが…俺はこの世界の人間に個人的な干渉はできねぇしなぁ…。」

 と、言った。

 恐らく「猫の耳」じゃないと聞こえないほど小さな声だった。

 空を見上げて煙を吐き出した光秀は

 「劣悪な環境の店があふれる中でも、あの店は良心的な方さ。まぁ、それでも母親は心配するだろうな。親ってのは死ぬ間際まで子供の心配をするものらしいからな。おめぇさんに似たあの女もそうだったし。」

 わっちは耳をピクッとさせた。

 「幸に似たあの女」とはきっとおっかさんの事だな、と思った。

 「その…私に似た女の人は…何と言ってたんですか?」

 幸がナイスな質問をした。

 すぅ…と、キセルを咥えて吸い、ふぅ…と煙を吐き出した光秀が遠い目をしながら答える。

 「息子には、自分と同じ体質で同じ『呪い』にかかっている。呪い持ちで人間に恐怖され、疎まれ、傷付けられるかわいい息子に、自分と同じ人生を送ってほしくない。息子には幸せになって欲しい。だけど息子はまだ小さいから、自分が守ってあげなきゃいけないって。自分にかかった『呪い』を解く事がその子の『呪い』も解く事になるから、息子の為にも呪いを解く為の旅の途中だったらしい。その後はずっと一緒にいてあげられなくてごめんを繰り返してたよ。」

 幸が俯く。

 わっちはただの猫のフリをするのが精一杯だった。

 「今にも命の火が消えそうな中、自分の心配より息子の心配事ばかり言ってやがった。それだけ心配だったんだろうな。」


 ─…おっかさん。心配ばかりかけてごめん。


 わっちは懸命にフツーを装う。

 光秀は少し柔らかな表情で幸の方に向き直し

 「でもな、俺は『守るだけ』が子供を幸せにするとは限らねぇと思ってる。子供を守ってばかりじゃ、守るヤツがいなけりゃ生きていけないヤツになっちまうだろ?だからな、俺は親子は『守り、守られる』モンで、心配も『かけ、かけられる』モンだと思ってんだ。だからおめぇさんは今おっかさんに「心配かけない」という気持ちと「助けて欲しい、守って欲しい」気持ちが混ざってるんだな?」


 ─その言葉にわっちは「はっ」としたでありんす。

 わっちはおっかさんに守られてるだけでありんした。

 心配もかけっぱなしで、おっかさんはいつまでも一緒にいるものだとずっと思ってたから、おっかさんを心配することもなかったし、おっかさんを『守る』なんて、考えた事もなかったでありんす。

 わっちはおっかさんを『守る』事からも逃げてきたんだ。

 もしまた会えたら、今度はわっちがおっかさんを守るでありんすよ。


 そう思ったら涙がこぼれそうになる。

 涙がこぼれない様に空を見上げると、そこには目にいっぱいの涙を浮かべたおっかさんの顔があった。

 そして


 ─行きなさい、そして自分の人生を探しに行きなさい。


 と、言われた気がした。


 わっちは驚いて顔を左右に振ると、そこには幸の顔があった。

 太陽の光が逆光になったから見間違えたんだろう。

 光秀はうずくまる幸の頭をポンと置いて、慰めるように

 「良い親子じゃねぇか。お互いを気に掛ける事ができる。この世界もまだまだ捨てたモンじゃねぇと思うぜ。」

 と、微笑みかけた。

 「今の俺にゃ、おめぇさんに何かをしてあげる事はできねぇ。どうしたらいいかも俺には分からねぇ。でも、俺が何か言ったところで、決めるのはおめぇさんだ。おめぇさんの人生はおめぇさんの力でこじ開けるもんだ。」

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