第10話 背中

 ─設定男かっけぇ!人生は自分の力でこじ開けるとかちょーかっけぇ!!

 と、言ったのは斑でありんす。

 急に立ち上がって興奮気味に目をキラキラさせながらヴィリーの顔を見た。

 わっちにはコイツがカッコいいとは思えないでありんすがね。

 「おっ、坊主も『設定男』はカッコいいと思うよなぁ?」

 ヴィリーがニコニコしながら言ったでありんす。

 「そうでありんすか?『自分は何もしない』をカッコいい言い回しで公言しただけでありんすよ、何がカッコいいのかわっちにはわからないでありんすよ。」

 わっちは着物の袖から扇子を取り出し、開くと、口元をそれで隠しながらクスクス笑いながらヴィリーに言うと、ヴィリーが頭を掻きながらしながら言い返してくる。

 「んな事よりおめぇ…『設定男』ってナンだよ。まるで俺が厨二病拗らせてるみてぇに聞こえんじゃねぇか。」

 わっちは少し顔を煽り目を細めて

 「厨二病拗らせてる自覚、ないんでありんすか?」

 と、言うとヴィリーも顔を煽り

 「おめぇも最近抱き上げるとズッシリしてんぞ?運動不足、テブまっしぐらじゃねぇか。」

 わっちは扇子をパシッと閉じて

 「わっちは猫でありんすから、あったらあった分だけ食べるのは性でありんす。わっちがデブだと言うのならそれは『飼い主』が悪いんでありんすよ。」

 と、扇子でヴィリーを指す。

 ヴィリーはその扇子を握って

 「おやぁ?『同居人』が『飼い主』に昇格か?やったね☆」

 と、物凄い勝ち誇った顔をしたでありんす。

 何か…気に入らない…。

 「ねぇねぇヴィリーのおじさん?」

 と、会話を遮ったのはヴィリーのあぐらの上で猫座りした娘でありんす。

 お目々クリクリでヴィリーの顔を見上げる。

 「何だい?お嬢様?」

 ヴィリーが娘の可愛さに目尻が下がる。

 「『設定男』はおじさんなんでしょ?何で人間界にいたの?」

 と言う娘の問いに、ヴィリーが頭を掻きながら答える。

 「あー、うん。まぁ…イッパイアッテナ。」

 どこぞの絵本の猫の名前を引っ張りだして誤魔化したでありんすね、ヴィリー。

 「でも、まさかあの時の三毛猫がおめぇだったとはな。エラく遠回りしたもんだよ。」

 と、ヴィリーは笑う。

 「わっちのただの猫のフリもなかなかでありんしょう?」

 と、わっちも笑う。

 すると黒猫がわっちのあぐらの上に乗って来て

 「ニャンニャーーン…。(お前様は人間界で苦労したんでありんすね。)」 

 と、言いながらわっちのあごにスリスリしてきたから、わっちは顔が真っ赤になってしまったでありんす。

 「照れるでありんすよ…。」

 と、わっちは黒猫を抱きあげる。

 ずっと黙ってた虎毛が「うーん?」と首をかしげる。

 「でもとーちゃん?結局、ばぁちゃんもとーちゃんも何者なの?」

 わっちは虎毛の頭を撫でながら

 「まぁ、そんなに焦りなさんな。まだまだ話の先は長いんでありんすから。」

 と、言ったでありんす。


 ─『設定男』と会ってから、わっちはおっかさんを待つのはやめたんでありんす。

 ここにいても何もないし、わっちは「生きる」事を辞めるわけにはいかないからでありんす。

 とりあえず、自分の足で歩いてみようかと思ったんでありんす。


 あれから、2日─。

 わっちは幸の家に入り浸っていたでありんす。

 どうしても幸の様子が気になっていたからでありんす。

 幸は梅の前では元気だったが、わっちの前だと不安そうな顔をずっとしていた。

 夜になるとわっちを抱えて「やっぱりおっかぁにこんなことは言えない」と「福、私の代わりにおっかぁを守ってね」を繰り返して、息が詰まるほど強くわっちを抱きしめた。

 幸はまだ梅に打ち明けられずにいたんでありんす。


 そんなこんなで幸が町へ帰る日が来た。

 わっちは幸のそんな様子を見ていたから、心配でたまらなかった。

 それには梅も薄々気付いていた様だがあえて聞かずにいた。

 その日、梅は幸が帰り支度をしている時わっちに言ったでありんす。

 「福、もしあの子を気に入っているなら、あの子について行ってあの子を守ってくれる?あの子は私の前では弱音を吐かない。それが不憫でね。」

 帰り支度をする幸を遠目で見ながら梅はわっちを抱き上げた。

 「フニィー?(何かあったってわかるの?)」

 わっちは一鳴きした。

 「5年ぶりに突然帰って来たのよ?何かあったに決まってる。親の勘。」

 梅はわっちに笑いかける。


 ─不思議なものでありんす。

 こう言う事は人間にも話が通じるんでありんすね。


 「だからね、福…幸を守ってあげてね?」

 梅はわっちをぎゅっと抱きしめた。

 その時、

 「じゃ、支度も終わったし、私行くわ。」

 と、幸が立ち上がった。

 「そ…そう?もっとゆっくりできないのかい?」

 梅はわっちを下ろしながら言う。

 「そう言う訳にも行かないわ。あちらに不便をかけるわけにもいかないし。また戻ってくるわ。」

 幸が笑って言ったが、顔は少し寂し気だった。

 「それもそうね…。あちら様にお世話になってるのに、ご迷惑をおかけするわけにもいかないわよね。」

 と、梅も笑って言ったが、顔は少し寂し気だった。

 二人は家を出て、村の入り口に向かって歩く。

 何も言わない二人の後をわっちはついて行った。


 気が付けば村の入り口に着いた。

 幸は立ち止まり振り返り、梅を見た。

 わっちも梅の隣で立ち止まった。

 「じゃ、おっかぁ、元気で。」

 その時の笑顔は、今見せられる精一杯のものだったとわっちは感じた。

 「辛かったら戻ってらっしゃい。あなたの仕送りがなくても、あなたと二人で生きるくらいどうにでもなるから。」

 梅はそれ以上何も言わなかった。

 言わない代わりに幸を優しく抱きしめた。

 幸は「うん、分かった。」と言って少し泣いた。

 ─親子とは互いに心配をかけ・かけられるもの。

 『設定男』が言った事が少し分かった気がした。

 幸は梅に背を向けて歩きだした時だった。

 幸の背中を見て「はっ」とした。

 あの炎の中で見た、おっかさんの最後の背中にそっくりだったでありんす。

 「仏様…どうか…どうか…、あの子を守ってください…。」

 梅が手を合わせて泣き出すの見て、わっちは思った。


 ─そうだ。

 おっかさんの背中に守られたからわっちは今ここにいる。

 それならば今度はわっちが『あの背中』を守る番でありんす!


 わっちは梅の横を通り過ぎ幸の後を追いかける。

 「福?!」

 梅はびっくりしたようにわっちの名を呼んだ。

 わっちは振り返り

 「ニャンニャン!(幸は僕が守るよ!)」

 と、言って幸の背中に向かって走り出した。

 「…ありがとう、福…!あの子を…お願いね!」

 梅が小声で言ったのが聞こえたが、わっちは幸の背中を見失う訳には行かなかったのでそのまま走り去ったんでありんす。

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