第8話 苦悩する三毛猫

 この『だらしない顔』は間違いない。

 『明智光秀って言う設定』とか言ってたヤツでありんす。

 今とそう変わりないだらしない格好で、燃えてる寺をキセルで指して『やっぱりしでかした』とか何とか言ってた。

 この『設定男』はあの日あそこにいた。

 …て、事は


 ─おっかさんに会ったかも知れない!!!


 でも待って…。

 いろいろ聞きたいけど…猫だしなぁ…かと言って人に成るわけにも、人の言葉をしゃべるわにもいかない…。

 人間の前では「ただの猫」のフリをするのがおっかさんとの約束だし…。

 あ、でも、コイツの前で人から猫に化けちゃったんだよね。

 いやいや、コイツその時のわっちと今のわっちが同一人物って気付いてないし…そもそも、コイツはわっちの事覚えてるのか?て言うか、覚えてないな、間違いなく。


 なんて考えながらその場でグルグル回っていたでありんす。

 「おめぇさん、どうしたんだい?ぐるぐる回って? 腹でも 壊したか?」

 設定男はしゃがみ込んだままそう言ったので

 「ワオン!(違うし!)」

 と、低い声で鳴いて、耳を尖らせて目を釣り上げる。

 「違うのかい?じゃ、なんだってんだ?」

 設定男が聞く。

 わっちは耳をこれでもか!くらいに立てて目をクリクリにして、

 「ニャン?ナァーーーオ?ニァ?(お前、あの山にいただろ?あそこで僕と同じ三毛猫に会った事ない?)」

 と、鳴く。

 すると設定男がビックリしたように

 「おめぇさん、何で知ってんだ?」

 と、目を丸くする。


 ─言葉が通じた?!?!


 わっちもビックリする。

 すると設定男は着物の袖に手を突っ込んで

 「ここに『かつお節』がある事を!!」(てってれーん)

 と、袖から出した巾着の中から荒削りかつお節が出てきた。


 ─違う、そうじゃない


 思わず目付きが悪くなる。

 ついでに耳まで尖ってしまった。

 「…なんでぇ、ちげぇのか。」

 設定男はかつお節を袖口にしまう。


 ─いや、それはもらってやらんこともないんだが


 いかんいかん、かつお節に目がくらむところだった。

 「ニャー、にゃん?にゃにゃ!(女の三毛猫にあの時会わなかったか?って聞いてるんだよ!)」

 「ん?なんだって?遊んで欲しいのか?今日は猫じゃらし持ってねぇんだよ…。」


 ─ちげぇし!だからそうじゃねぇ!

 つか、いつもは猫じゃらし持ってんのかよ?お前…?


 「ニヤーーン!(ちがーーーーう!)」

 「違うのかい?ご飯でも猫じゃらしでもねぇならなんだよ?」

 設定男は「うーん」と言いながら腕を組む。

 「ニャオーーーン?(お前、猫好きって言ってなかったっけ?)」

 わっちは呆れた顔をして鳴いた。

 どうせ通じないけど。

 設定男は咥えてたキセル手に持ち

 「ああ、猫は好きだぞ?猫は癒やしだ!」

 と、ニコニコしながら答えた。


 ─そこは通じるのか…。


 「ニャワワァ…ン?(お前、チビだな?)」

 わっちは全然違う事を言う。

 すると、設定男はムスッとして

 「おめぇさん、今俺の悪口言っただろ?」


 ─だから何でそこは通じるんだよ?


 わっちは鼻でため息をついて

 「ヤぁン…(ダメだ…。)」

 と、言う。

 「そっか、おめぇさん、そんなに寂しかったのか…。」

 設定男はそんな事言い出す。


 ─ダメだ、コイツ。話が通じねぇ。(当たり前)


 また耳が尖りジト目になり尻尾を左右にブンブン振った。

 話が通じないからムダだ…でも、話が聞きたい…仕方ないから人になるか…?いや、あの時みたいに驚かない保証はないし、襲って来ない保証もない…。

 …困った…。

 わっちはまたその場でグルグル回り始めた。

 すると、村の方から誰かが歩いてきた。

 わっちが止まって耳をピンと立てると、設定男もわっちが見てる方を見る。


 ─全く、今日は千客万来だな。


 だんだんと近付く人影。

 わっちにはまだ全然見えないが、この匂いと足音は間違いなく幸でありんす。

 「ニャニャ!(幸!)」

 わっちはなぜかルンルンな気分になってしまった。

 そんなわっちでありんすが今は猫でありんすから、目は猫並みでありんす。

 猫は嗅覚や聴覚は人間より発達しているが『目で見る』事に関しては人間の方が発達している。

 だから、わっちより先に幸を視認した設定男は

 「…まさか…!」 

 と、驚いて立ち上がったのだ。

 それに驚いてわっちは設定男の方へ振り向いた。

 「福、やっぱりここにいたのね?」

 と、幸が言ったと同時に、設定男が幸に駆け寄り、両肩を掴んで言った。

 「おめぇさん!生きてたのか?!生きてんならなぜ『天の門』に行かなかった?!」 

 と、叫ぶが幸には何が何だか分からないと言った表情をした。

 「えっと…?あの?どちら様でしょう?」

 少し怯えた声で幸が言う。

 「何を言ってる?!あの山での事覚えてねぇのかよ?!」

 設定男は必死だ。

 ただ、なんとなくそのやり取りは不愉快でありんした。

 わっちは幸と設定男の間に入り、設定男に威嚇をかました。

 「ヴヴヴっ…!フシャーーーーー!!」

 しかし、設定男は全く動じない。

 すると幸は恐る恐る言う。

 「あの私は…あなたに会うのは初めてなので…人違いをしているのでは…?」

 「…あ…、そ…そうか…そうだよな…。驚かせて悪かったな。おめぇさんにそっくりな女から頼まれた事があってな。」

 と、設定男は掴んだ幸の肩を放した。


 ─そしてわっちは確信したんでありんす。

 幸はおっかさんにそっくりだ。

 その幸を見た時の驚き様。

 設定男はあの時おっかさんに会ったんだ、と。

 そしておっかさんに何か頼まれた。

 それは何なのか?─

 

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