第7話 男なら
まだ日も登りきらない朝方。
幸がもぞもぞと起き上がり布団から出た。
梅はまだ寝ているので、起こさないように足音を消すように歩いていく。
それに気付いたわっちは幸を追いかけて行く。
幸は水瓶の水を一口飲むとわっちに気付いてにっこり笑う。
昨日わっちが台無しにした水瓶の水は捨てられ、幸と梅が井戸から新しく汲み上げたものだ。
「福、おはよう。お前も水、飲む?」
と聞かれたので。
「ニャー。(飲む)」
と、答えた。
幸は水を自分の手のひらですくい、わっちの顔の前に差し出す。
わっちはペロペロと水を飲み、満足して顔を洗う。
すると幸は笑顔で
「ありがとね、福。村に福を運んでくれて。これで私は心置きなく…。」
と、悲しげな顔をしながら途中まで言って、やめる。
「幸、早いじゃない。」
と、梅が起きてきたからだ。
幸…梅にも言えない何かあるのだろうか?
わっちは梅と幸のやり取りを見ながら、おっかさんの事をまた思い出した。
「もっとゆっくり寝てて良かったのよ?今日は私がご飯を作るから。」
幸が嬉しそうに言うと、梅が
「何言ってるの?折角帰って来たんだから、私が作るわよ。今度はいつ帰って来られるか分からないんでしょう?」
と、言いながら幸を家の中に入れる。
「そうだけど…。」
幸が申し訳なさそうな顔をしたが梅は続けて
「気にしなくて良いのよ、あんたが元気に生きているのが分かっただけで私は嬉しいのよ。」
と言う。
「そう…なの?」
「親なんてみんなそんなものよ。こんな世の中だもの、子供が元気に生きているだけで良いのよ。」
と、梅は本当に嬉しそうに言うもんだから、おっかさんもわっちが元気に生きていれば喜んでくれるのかな?と、思った。
母親とは、そう言う気持ちなんだろうか?
「ニャン…(お世話になりました)」
わっちは二人に向かって一鳴きしてお地蔵様の元へ戻る事にした。
「福、何処へ行くの?朝ご飯を…!」
と、梅が言っていたが、わっちは振り向きもせず歩き出したんでありんす。
お地蔵様は今日も静かに佇んで優しい顔をしていた。
わっちはお地蔵様の前に座って
「お地蔵様は弱い者の味方なんだよね。僕は弱いからお地蔵様が守ってくれていたの?」
お地蔵様は答えてくれるわけもなく、ただ佇んでいる。
─ つと、遠くから足音が聞こえた。
わっちは耳をぴくぴく動かすと、3つの人間の足音だ。
目を凝らすとよちよち歩きの小さな子が男と女に手を引かれ歩いてくる。
わっちはそっとお地蔵様の後ろに隠れた。
三人はお地蔵様の前まで来ると、お供え物をして男と女が手を合わせた。
それを見た子も真似をして手を合わせる。
この人間も村の住人だ。
梅が言っていた「わっちが来てから子宝に恵まれた」って言う親子。
いつもわっちを触りたがる女がわっちは少々苦手だ。
「お地蔵様、どうかこの子が健やかに育つように今日も見守って下さい。」
女が言う。
「僕に何かあったら、どうか二人を守ってください。」
と、男が言う。
「何かあったらって…縁起でもない事を言わないで下さい。」
女が訝し気に男に言うと、男は
「仕方ないだろう、こんな世の中だ。僕もいつ何時何があるかなんて分からないから。僕が生きているうちは君たちを命がけで守ることができるけど、僕に何かあったら君たちを守ってあげられないから。」
と、子供の頭を優しく撫でながら続ける。
「男なら、大切な者を守らないといけない。でも僕に何かあって君たちが残されるような事があれば、君たちが生きていけるかどうかが気がかりで天国に行けそうにないから。」
と、笑いながら言った。
「あー、くくー。」
突然、子供が訳の分からない言葉を発した。
子供と目が合ったわっちは思わず後退り。
両手を前に出し、両手のひらを開いてわっちに近付く子供に、わっちはさらに後退った。
「ヴニャーン!(来ないでぇ!)」
「福そこにいたの?ほら、朝ご飯よ。」
女がわっちにおにぎりを出してくれたけど近付けない。
子供が完全にわっちをロックオンしていて、よちよちしながらわっちに近付いてくるでありんす。
これくらいの子供に『威嚇』は通用しない。
かと言って『猫パンチ』してケガでもさせたら可哀そうだ。
などと考えていると、男がひょいっと子供を抱き上げて
「福はこれからご飯を食べるからまた今度にしような?」
と子供に言った。
「やぁー、やぁ!」
子供は男の腕の中でもまだ、わっちに両腕を伸ばしているが
─ご飯はおいしく頂くものでありんす。
わっちはおにぎりに近付いて匂いを嗅いでから食べ始めた。
それを見て女が
「福、あなたは私たちにこの子を授けてくれた恩人。だからあなたも私が守ってあげるからね。」
と、微笑みながらわっちの頭に手を伸ばしてきたので、飛び退こうと
─したがやめた。
女の手がわっちの頭に触れる。
何だか、おっかさんみたいな温かい手だったでありんす。
そう、この女もこの子のおっかさんでありんす。
わっちは女の顔を見て
「にゃーん。」
と鳴いた。
女はびっくりした顔をしたがすぐに顔をほころばせて
「福が初めて触らせてくれた!」
と、興奮していた。
それを見て男が子供を抱いたままわっちに近付いて手を伸ばしてきた。
ちょうどご飯も終わったので、わっちは「ヌルンっ」と男の手を避けた。
─そう簡単にお前には触らせてやらんよ。
「…なんで…?」
と、男が悲しそうな顔をした。
女はくすくすと笑いながら立ち上がり、「帰りましょう」と促した。
三人がいなくなって、わっちは木陰で毛繕いをしながら考えていた。
わっちにも「おとん」はいるんでありんしょうが、どんなものか想像もできない。
それが「猫のおとん」か「人のおとん」かも知らないし、知りたいとも思ったことはない。
おっかさんもその話をしなかったから。
でもあの男が言った「男なら大切な者は守るもの」という言葉が妙に胸に残っていた。
わっちはおっかさんに「守られてばかり」だったが、わっちも男でありんすから、何かを「守る」事ができるんでありんしょうか?
「守る」とは何だろう…?
すると、今度は男が突然「空から降りてきた」。
わっちはびっくりして飛び跳ねて着地と同時に背中を丸めた。
─ななななっ…なに?なんで人間が空から?!は?は?何なの?!
あまりにも驚きすぎて声が出ない。
「あぁ、ビビらせちまってわりぃな。おめぇさんの毛繕いする姿が可愛すぎて禿げ上がりそうだったもんでな!」
と、鼻息を荒くした男が言った。
男は…割と背が小さく、取り敢えず羽や翼は見当たらない。
人間が飛ぶはずないので、木の上から飛び降りてきたんだと理解した。
赤なのか紫なのか分からない髪の色。
ボサボサの髪は後ろで一つで束ねてあって、他の人間とは違う髪型だ。
吊り上がった目は金色で、やっぱり他の人間とは違う。
だらしなく羽織を肩で掛けて、キセルをふかしながらわっちを見ていた。
─こいつ…何か…どっかで見たような?見てないような?
でも、こんな他の人間とは違うヤツなら覚えていているはずだ。
きっと既視感は勘違いだ─
…それにしてもこの男…ニヤニヤのヘラヘラでキモい。
鼻を引っ掻いてやろうか。
爪を出して前足を構えた瞬間、
「三毛猫だからもしかしたらと思ったが、おめぇさんも違ったみたいだな。」
と、男はしゃがみこんでわっちの頭を…。
─シュッ。
誰が撫でさせてやるかよ。
と、言わんばかりに爪あり猫パンチをかます。
手応え…なし!避けられた!
「甘いな、若造!」
と、男はまたニヤニヤしている。
キモい。
「まぁ、コイツはまだまだ子供。あれから2年経ってる訳だし、あれの子供ならもうとっくに大人になってるはずだしな。」
キモ男はそんなことをボソボソ言っていたが、わっちはお構いなしに「ヴッー」と低い声で唸る。
「悪かったって、そんなに怒りなさんなって。もう行くから。俺も割と忙しいからな。あの女の最後の願いを叶えてやんなきゃいけねぇし、吸血鬼のヤツが…(ブツブツ」
と、キモ男がブツブツ言いながら立ち上がる。
─コイツ、何かを知ってる。
それは直感だった。
どうにかして話を聞きたいが、わっちは今は猫の姿。
人の言葉を話す訳には行かないし、人に成るわけにも行かない。
どうしよう…、とその場をウロウロした結果─
目はクリクリのキラキラで男の目を見る。
そして顔は左に30度傾けて、声のトーンを1段階上げて一声。
「ニャン?」
─
「うわっ…かわいすぎかよ…!」
と、男はメロメロになった。
─ちょろいでありんす…。
『あの時』と同じだらしない顔でありんす。
ん?
わっち、今なんて思った?
…あの時…の?
ああっーーーーー!!!!
コイツ、あの時の『設定男』だ!!!!
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