第3話 神様の呪い

──ふっ


 と、誰かが鼻で笑った。

 ヴィリーでありんす。

 「何でありんすか?」

 わっちはふくれっ面で言う。

 「いや、あの温泉はおめぇが掘り当てたのか、と思ってな。」

 と、クスクスと笑う。

 「だめでありんすか?」

 「いんや、さすがと言うべきだな、と。」

 『さすが』とはどう言う意味でありんすか?と聞こうと思ったがやめる。

 どうせヴィリーの事でありんす、はぐらかされておわりでありんす。

 「とぉちゃんすげぇ!温泉掘り当てるのすげぇ!」

 斑の目がキラキラしている。

 「そうだろう?とぉちゃんすげぇだろ?」

 と、わっちの顔はニヤける。

 「しかし…おめぇも子供の頃があったとはねぇ。新鮮だねぇ。」

 ヴィリーがニヤニヤしてる姿は何か気に入らないでありんす。

 「そりゃそうでありんしょう。わっちにだってわっぱだった頃はありんした。ただ話さなかっただけでありんす。」

 わっちはブスッとした顔で言い返す。

 「まぁまぁ、そんなに怒りなさんなって。んで?その後おめぇたちはどうしたんだ?」

 ヴィリーのニヤニヤはまだ止まらない。

 「そうだよ、冬寒いのに出てっちゃって、大丈夫だったの?」

 娘がヴィリーのあぐらの上で顔を見上げる。

 「その後、その『比叡山』って所に行ったんでありんすよ。」

 わっちは手を伸ばして娘の頭を撫でながら言った。

 「それよりとーちゃんたちにかかってる『呪い』って何?どんな呪いなの?もしかして腕から黒い炎が出る呪いとか?!」

 虎毛の目がキラキラしている。

 この子は厨二病にかかる可能性があるでありんすね…。

 「まぁまぁ、慌てなさんな。順に話すでありんすよ。あの頃はホント何にも知らなかったでありんすよ。」

 そもそも、その『呪い』の存在すら知らなかったし、なんで自分は他の猫とは違って年を取る速度が遅いのかも、なぜ人になれるのかも、それ自体不思議にも思ってなかった。

 知ったのはもうちょっと後のことでありんす。 


 ──比叡山延暦寺ひえいざんえんりゃくじ

 宗教とか仏教とか全く興味もなく、学ぶ気もなかったでありんすが、おっかさんがとんでとないことを言い出した。

 「人間になって人間としてここで生活しなさい」と。

 もちろんわっちは「イヤだ」と言った。

 人間と一緒に生活なんて絶対イヤだったが、おっかさんも人間と一緒に暮らしていたことがあり、その間に言葉や人間の作法、教養を覚えたらしい。

 そして、人間として生活をしていた事もあったが、人間たちは『戦』と言う『殺し合い』を繰り返していて、人間として生きるのは嫌気がさしたと言っていた。

 それでも「猫だけでなく人間としても生きられる可能性がある以上、その習慣や教養は必要」と言い譲らなかった。

 「だったらおっかさんも一緒に人間になってよ!」とごねると「ここは女人禁制なのよ」と言われ、わっちは渋々「人間の子供」として延暦寺に身を寄せることになったでありんす。


 その頃の延暦寺には、坊主や小坊主と言った「修行者」が多くいた。

 だからこそわっちは人間の小坊主にしれっと紛れて生活し始めた。

 始めはいやいやであったが、次第に人間としての生活にも慣れて、人間の友人も出来た。

 友人たちは皆、親元を離れ、故郷から離れ、知らない土地、知らない人々、そして孤独と闘いながら学問や仏教を学んでいたが、幸いにもわっちにはいつも近くに(猫の姿の)おっかさんがいてくれた。

 夜になるとこっそりわっちの布団に潜り込んできて、朝になるといなくなる、と言う生活が続いたでありんす。

 わっちにとっては新しい発見の毎日でありんした。

 しかし、そんな毎日も長くは続かなかったんでありんす。


 延暦寺に来て2度目の冬が訪れようとしていた秋。

 延暦寺もだいぶ変わってしまったでありんす。

 高僧たちは毎晩「おんなあそび」にふけり、麓の村で豪遊を繰り返し、酒や肉を食べ僧侶あるまじき行いをしまくっていたり、女人禁制のはずなのに人間の女の人が沢山集まったりしている。

 友人たちの話を聞くと「急にお金がたくさん入るようになった」らしいのでありんす。

 いくら学を身に着けたとは言え、さすがに「大人の事情」までは良く分からないが、「お金がたくさんあると、人間は堕落する」と言う事を学んだんでありんす。

 そんな中、いつものようにおっかさんがわっちの寝所に現れたんでありんす。

 

 「権兵衛ごんべえ、三毛猫がまた来てるよ。」

 と、同室の友人がわっちに言う。

 わっちには『人間の名前』がなかったので、勝手に『権兵衛』と呼ばれていたんでありんす。

 「おっかさん布団に入るかい?」

 わっちは掛布団を持ち上げて、中に入るように促した。

 「にゃー(坊や、ありがとう)」

 おっかさんはそろりと布団の中に入り込んだ。

 「しかし、猫に『おっかさん』って名前つけるなんて変わってるな?」

 年のころ10歳くらいで目が細く鼻筋が通ったその友人は、わっちを見てクスっと笑う。

 「僕は三郎丸と違って(人間の)おっかさんはいないから『おっかさん』がどんなものなのか分からないけど、寂しいときにいつもそばにいてくれるから、(人間の)おっかさんはきっとこんな感じなのかな?って思って。」

 と、わっちはおっかさんを撫でながらその友人・三郎丸に言う。

 「そうだったな、ごめんよ。嫌なこと思い出させちゃった?」

 三郎丸は悲しげに謝ってきたが

 「気にしなくていいよ、三郎丸だっておっかさんと離れて寂しいのは同じだろ?」

 と、言ってわっちはにこっと笑った。

 「もう慣れたよ。さすがに2年も経てば。」

 三郎丸も笑いながら自分の布団に潜り込んだ。

 小坊主たちはみんな気のいい連中だ。

 「それにしても、今日教わった『第六天魔王』の話、怖かったな。」

 三郎丸はわっちに背を向けて言う。

 「ああ、『欲界』の六番目の魔王、仏道修行を妨げる悪魔って話だよね。」

 わっちは三郎丸の方に寝返りながら続ける。

 「『此の天は他の所化を奪いて自らの娯楽とす、故、他化自在と言ふ』だっけ…。毎晩欲にまみれて遊びまくってる高僧様がよく言えたもんだなって思っちゃったけど、こうはなりたくないとも思ったよ。」

 わっちはクスっと笑った。

 三郎丸もわっちの方に寝返ると

 「…実はさ…聞いたんだよ。高僧様たちが話してるのを…。」

 と、言った顔はとてもおびえている。

 「何を?」

 わっちは問う。

 三郎丸は半分布団に顔をうずめて恐る恐る喋りだした。

 「今、『織田信長』って言う武将が各地で戦いを挑んでるのは知ってるだろ?その織田信長が、ここを襲うかもしれないって噂になってるんだって。」

 「どうして?」

 布団の中でおっかさんの尻尾が縦に波打ったのに気付いた。

 「浅井・朝倉軍を匿った事があっただろう?それから目を付けられるんだって。でもここはお寺だから襲われる可能性は低いけど、もし襲うようなことがあれば、織田信長は噂通りの『魔王』だって話してたんだよ…ここが戦場になったら…僕は怖くて…。」

 三郎丸はぶるっと震えて布団を被った。

 どうやら『魔王』と言う言葉で連動してこの事を思い出してしまったらしい。

 「大丈夫だよ。ここはお寺だから、ここを襲って自ら『魔王』になっちゃうような事する人間なんていないよ。死後の世界で地獄に落ちるような事、それこそ怖くてできないよ。」

 わっちがそう言うと、三郎丸は少し安心したようで

 「そうだよね!」

 と、言って、しばらくすると寝息を立て始めた。

 …織田信長。

 ハチから聞いた名前でありんす。

 わっちは仰向けになって天井を見つめていると、おっかさんがもぞもぞと布団から顔を出した。

 「坊や、怖いのかい?」

 おっかさんがわっちの頬におでこを摺り寄せた。

 「ううん、怖くないよ。ただ、織田信長は何であんなに戦で人を殺せるのかな?って思うんだ。たくさんの殺した人に呪われるの、怖くないのかなって。」

 わっちは天井を見つめたまま言った。

 「…呪いはね。人だけがかけられるわけじゃないのよ。」

 おっかさんがわっちの胸の上に乗ってきた。

 「どういう事?」

 わっちは顔をおっかさんの方むけて聞いた。

 「実はね、私たち一族にも『呪い』がかかってるの。それは『神様』からかけられた呪い。私たちは『猫でも人でもない生き物』であるのは間違いないけど『正体』がわからない。猫やタヌキ、キツネには人に化けられる者たちがいるけど、その者たちは『化け猫族』や『化けキツネ族』って名前があるの。でも私たち一族は違う。私たちは『もともとは人型』で『猫に化けられる』、化け猫族とは逆なのよ。」

 いつになく真剣なまなざしで語るおっかさん。

 わっちは黙って聞いていた。

 「だから私たちは何者なのかわからない。分かっているのは『神様』にかけられた『呪い』が『自分たちの正体に自分たちが気付かなければ天の門はくぐれない、天界に戻れない』と言う事だけなのよ。」

 話のスケールが大きすぎて理解が追い付かないわっちはなかなか沈黙から脱せずにいた。

 やっと出た言葉は

 「…神様…天界…。」

 だった。

 それまで習ってきた仏教の話では天界はすなわち天国で、神様とは仏、「人が悟りを開いて成仏」することで仏になる。

 「突拍子もない話だとは思うけど、人間たちが思っているよりこの世界はもう少し複雑なのよ。」

 戸惑うわっちにおっかさんは微笑みながら言った。

 「…!」

 つと、おっかさんの耳がぴんと立った。

 「おっかさん?」

 「坊や、外の様子がおかしいわ。」

 おっかさんはわっちの体からぴょんと飛び降りた。

 わっちもゆっくりと体を起こし立ち上がって、ふすまに手を伸ばした。

 ゆっくりとふすまを開けると


 ── そこは一面灼熱地獄だった。

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