人か猫かバケモノか
第2話 根無し草
最初の記憶は、おっかさんがピンと立てた尻尾を目印に歩き続けている所からでありんす。
それはどれくらい前だったか?
もう思い出すのも面倒な位でありんすが、人間たちは鎧兜を身に纏い、人間同士で『殺し合い』をしていたでありんす。
何の為に殺し合っていたかなんて、小童だったわっちには分からなかったが、その殺し合いに巻き込まれない為に
『人の姿になってはいけない』
『人の言葉は喋ってはいけない』
と、おっかさんに言われていたでありんす。
おっかさんは長いしっぽの先までツヤツヤの毛並みでわっちと同じ三毛猫でありんした。
わっちに兄弟がいた記憶はない。
気付いた時にはわっち一人だった。
人間の『殺し合い』に巻き込まれて死んだとおっかさんは言っていた。
おっかさんのピンと立てた尻尾だけを追いかけて、道端のお地蔵様から『お供え物』を貰ったり、雨が降れば木陰で雨をしのいでいたでありんす。
できるだけ人間に会わないように、いろんな所を旅をしていたでありんす。
しかし、あれだけ人間を警戒していたおっかさんは冬にだけ人間の村に身を寄せたでありんす。
どうしてか聞いたら、おっかさんは
「確かに人間は嫌いよ?でもね、人間の力は借りないと言うわけではないの。秋に取れた野菜やお米を人間が貯蓄しているとネズミたちは知ってる。だからネズミは人間の住処に居着く。ネズミに食べ物を横取りされると人間たちは困る。私達は冬、食べ物が少なくて困る。そこで、私たちは人間たちの村へ行きネズミを捕る。人間はネズミを取っていれば私達を悪いようにはしないし、ネズミが取れれば私達は食べ物に困らない上に人間の住処は外より温かい。お互いの利害が一致するから人間を利用するのよ。生きる為に。」
と、言っていたのは今でも深く記憶に残っているのでありんす。
今風に言えば「ウィン・ウィン」ってやつでありんす。
そんな冬も近い季節のことでありんす。
わっちにとっては3回目の冬。
近江と言う国にある琵琶湖と呼ばれるそりゃあ大きな「水たまり」の東側に「今浜」と言う町があったでありんす。
「お城」と言う人間の中でも「偉い人」しか住めない
わっちとおっかさんはそこで、ひと冬越すための「人間の住処」を物色していたでありんす。
「ここが良さそうね。坊や、今年はここでお世話になりましょう。」
おっかさんは長いしっぽを尻尾をくるんと一周回した。
「ぼく、さっき通った大きいお屋敷がいい…ここは隙間風ぎ寒そうだよ…ぼく寒いのはキライだ。」
猫でありんすから。
わっちは耳を尖らせ目を少し釣り上げた。
「あの大きなお屋敷には『先住様』の匂いがしたのよ。先住様の領域を踏み荒らしてはいけないわ。」
おっかさんは優しくわっちの頭をなめる。
「そしたら尚更一緒がいいよ。どの先住様もぼくたちを良くしてくれたじゃない?」
わっちはまだごねる。
「今まではね?でも本来猫は他人に家を土足で踏み入るのは好きじゃないものよ。今までは良くしてくれたからって今度もそうとは限らないのよ。」
おっかさんはにっこり笑って言った。
「そっか…そうなんだね。分かったよ、ここで我慢する。」
わっちはちょっとがっかりした。
農家だとは分かる佇まいだが、今にも崩れそうで苔やらなんやらが壁から生えている。
おっかさんはぼっーと佇むわっちを他所にスタスタと行ってしまった。
「待ってーーー!」
と、わっちはおっかさんを追いかけた。
屋根をつたい、屋根裏に潜り込む。
蜘蛛の巣が沢山あったが、やっぱり外よりも暖かかった。
「うへぇ…!」
と、蜘蛛の巣に引っかかる。
ヒゲがこそばゆくて前足で顔を洗う。
「気を付けなさい、ゆっくりでいいから…!」
と、おっかさんが急に止まるもんだから、わっちはおっかさんのお尻にぶつかった。
「おっかさん、急に止まらな…!」
─何かいる
「おっかさん…。」
わっちは小声でおっかさんを呼ぶ。
おっかさんは何かに気付いた様に
「落ち着きなさい、大丈夫よ。こんな所にいるのはコウモリか…」
「─そう、猫さね。」
と、聞いたことのない声がする。
薄暗かったが、眼光が光っていたのが見えた。
猫だ、とわっちが認識するのと同時に、その猫は身をかがめ毛を逆なでてそろりそろりと近付いてきた。
「ごめんなさい、『先住様』がいるとは思ってなかったもので…。すぐに他所へ行きますので…。」
おっかさんは「争うつもりはない」とその場に伏せた。
猫は縄張りを守るために戦うものだ、と言っていた。
わっちも耳を伏せておっかさんの後ろに隠れた。
すると、『先住様』は
「あなた方…『お猫様』じゃないですか?!」
と、戦闘態勢を解いた。
「ホントに人間界にいたんだねぇ!ありがたいわ!」
と、うってかわっておっかさんにスリスリと頭をこすりつけた。
「皆さんそう言います…でも、私達は自分が何者か分からないのです。」
おっかさんがそう言うと、先住様は
「そう…あなたはまだ『自分が何者かを探す旅』の途中ってことなのね?その坊っちゃんも…。」
と、言うとわっちの頭をペロッと舐めた。
わっちがゆっくり頭を上げると、白白地に黒いブチがあり、額には特徴的な「ハの字」の模様のある雌猫だと分かった。
「ええ…未だに何者かは分かりません…。やはり猫には私たちが何者かご存知なのですね?」
おっかさんは少し寂しげに言った。
「ええ、分かるわよ。でも教えるわけには行かないわ。『神様』の機嫌を損ねて私も『天の門』をくぐれなくなるのはイヤだから。ごめんなさいね。」
先住様はちょっと申し訳なさそうに言った。
「大丈夫です、承知してますから。」
おっかさんは困り顔で笑ってみせた。
「私は『ハチ』よ。人間の文字で数字の『8』の字模様が額にあるからって。それに『八』は末広がりで縁起が良いんですって。」
と、先住様ハチは誇らしげに言った。
人間の住処に来ると、おっかさんは近くの猫に世間の話を聞いて回る。
人間たちから逃げ回るように生活しているわっちたちでありんすから、時代に乗り遅れるわけには行かない。
ご存知の通り、わっちたちは『人間にもなれる生き物』でありんすから、いつ
ハチさんによると
「おだのぶなが」と言う人間がいろんな人に喧嘩を売ってる(要約)らしい。
しかも強い(要約)らしい。
他にもいろいろ聞いていた。
比叡山と言う山に『
おっかさんはその『
──翌朝
わっちたちはこの家を出ることにした。
ハチは
「何も出ていかなくてもいいのよ?」
と、名残惜しそうにしていたが、おっかさんは
「お言葉はありがたいのですが、私の一族の『呪い』を解くためにも比叡山に行ってみようと思うのです。」
と、言った。
わっちは「話が長くなりそうだな」と思って人間の畑で遊んでいた。
「そう…坊っちゃんもいるから、相当離れてるあそこへ行くのは大変じゃない?」
ハチがちらっとこちらを見たがわっちは気にせずに土の匂いを嗅いでいた。
「そうですね…あの子ももう『3回目の冬』なんですよ。だから、あの子は私と同じ『呪い』にかかってます。私の『呪い』を解くことは、あの子の『呪い』も解くことになりますから。」
おっかさんは悲しげに言う。
「3回目の冬…!」
ハチは驚く。
そう、猫にとっての「3歳」は、人間に換算すれば『立派な大人』でありんす。
でもわっちは猫の姿でも人の姿でまだ5.6歳だった。
その時点でわっちは『猫ではない』のでありんす。
驚くハチを見ておっかさんは
「私の一族にとってここはとても住みづらい…猫でもなく人でもありません。人にしてみれば、人の姿に化ける猫はただの『化け物』でしかありません。だから私はあの子の『呪い』を解いて早く『天の門』をくぐらせてあげたいのです。」
おっかさんがチラッとこっちを見る。
ハチは
「化け物だなんて…!あなた方はもっと尊い存在ですよ!言えないけど!」
と、声を荒げる。
─ふと、気になるにおいがした
土遊びをしていたわっちはその『気になる』においのするところを掘りまくった。
掘って掘って掘りまくった。
「こらーーーー!野良猫めーーー!畑で粗相するんじゃねぇや!!!」
と、物凄い形相で人間が現れた。
わっちはビックリして飛び上がりおっかさんの元に駆け寄った。
その様を見ていたおっかさんが慌てて
「坊や!逃げるわよ!」
と、言い逃げ出す。
「ウニャウニャン!!(野良猫じゃないわよ!失礼な!)」
と、怒っていたハチに向かってわっちは
「ニャーーーン!(ハチさーん!また遊んでねー!)」
と、鳴いて別れも程々にその場を離れた。
「全く…ハチよ、ちゃんと野良猫を追い払ってくれよ…。畑にこんなに深い穴掘りやがって…ちゃんとならしておかなきゃな…。」
と、人間は鍬を片手にわっちが掘った穴を均そうと鍬を振り下ろした。
──ぶしゃぁぁぁぁ!!!
何が起こったか一瞬分からなかったが、どうやら
「温泉!出たァァァァァ!!!」
と、人間が叫んでいたので多分そう言うことなんだろう。
ちなみに、わっちが探し出したその温泉は、後に豊臣秀吉と言う武将に子宝を運んだと有名になったらしいが…この頃のわっちにそんな事は知る由もなかったんでありんす。
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